我儘女に転生したよ

B.Branch

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大好きな人と場所

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「こちらでお待ちください」

案内された部屋に入ると、そこは"勝手知ったる"と言っていい程に見慣れた部屋だった。

華美になり過ぎず上品にしつらえられた調度品はこの部屋の主人の性格を表し、重厚さと柔軟さを併せ持っている。
手入れは行き届いているが、子供の頃初めてこの部屋を訪れた時と殆ど変わらない光景だ。

自然と笑みが口元に浮かぶ。
ここは小さなアマーリエの大好きな場所だった。
大好きな人がいるお気に入りの場所。
ここでは心が凍るような事など絶対になく、暖かくて優しい時間が流れていた。

大好きなあの人の前では、、、

コンコン

「どうぞ」

扉の方を見ると、お茶を載せたワゴンがまず部屋に入って来る。
そして、聞き慣れた声がした。

「やあ、お姫様」

上品な顔立ちの青年が満面の笑顔で近付いて来る。

「ベル兄様!どうされたのですか?今の時間は執務中では?建国祭の準備で書類が山積みと聞いていますよ」

「ああ、君の夫と宰相閣下を撒くのは苦労したよ」

悪戯を成功させた少年のように、ベル兄様がニヤリと笑う。

「まあ、抜け出していらしたのですか?」

「今日は朝から父上が妙に機嫌が良いから探ってみたら、ミリィが来るっていうじゃないか!私に黙って独り占めする気だったんだよ、あの人。全く!信じられないよ」

"ミリィ"はアマーリエの愛称で、この世で四人の人間だけが私を小さい頃からそう呼んでいる。
その中にお父様とお母様は入っていない。

「今日は私がお時間を頂けるようにお願いしたので、あまり大袈裟にならないように配慮してくださったのだと思いますわ」

「いいや、絶対に私を邪魔だと思っているね」

ベル兄様が憤りを込めて断言する。

「それで、そのお父上様はどうされたのですか?やはりお忙しいのでしょうね」

「そうだね、確かに忙しいよ。それなのに、かなりの時間を空けようと画策していたんだ。それだけならいいが、その仕事の大部分を私に押し付けて自分だけミリィと楽しく過ごす気だったんだよ!」

久しぶりに王宮にやって来たが、この方達は相変わらずで、困りながらも笑みが浮かんでしまう。

ベル兄様も小父様も対外的にはとても切れ者で評判の方々なのに、ことアマーリエに関しては子供染みた真似をなさる。
昔から、小父様は本当のお父様よりも父親のように、ベル兄様も本当の兄のようにアマーリエを可愛がってくれた。

「そう言えば、このお茶の用意はまさかベル兄様が運んでいらっしゃったのではないですよね?」

そう言って、扉口に置かれたままのお茶のワゴンを見る。

「ああ、扉口に侍女が運んで来ていたんだ。ミリィ、お茶の用意を頼んでいいかい?」

勿論良家の女性として、お茶の淹れ方などは一通り教え込まれている。しかし、純然たる身分制度のあるこの貴族社会では、自分より身分の低い者に手ずからお茶を注ぐなどの行為はたしなみがないとされる。
けれど、ベル兄様にその配慮は全く必要ないだろう。

なぜなら、ベル兄様はこの国の王太子殿下なのだから。

「父上もそのうち来るだろう。先に二人でお茶にしよう。ミリィの近況を聞かせてくれるかい?」

ベル兄様のお父上様、つまりこのモルゲンロート王国の国王陛下を差し置いて、お茶を始めてしまっていいの迷う。
しかし、王太子殿下にお茶を用意しない訳にもいかない。
まあ、この方達がアマーリエに怒りを向けたりしない事は分かっているが。

「近況と言ってはなんですが、先日、うちで新しいお菓子を作りましたの。お持ちしたので食べていただけますか?」

「ああ、もしかして、お茶の横にあるやつかい?」

ベル兄様がワゴンの上の覆いを掛けられた皿を示す。

「ええ、厨房で切り分けてくれたようですわ」

お茶をポットからカップに注ぎ、お菓子と一緒にテーブルの上に置くと、ベル兄様は早速お菓子を口に運んだ。

「これはバームクーヘンと言います。お口に合うといいのですが」

私がそう言う間に、ベル兄様のお皿からバームクーヘンがあっという間になくなった。

「美味い!ミリィ、こんなお菓子は食べた事がないよ!フラクスブルベ家の料理人が考えたのかい?このバームクーヘン?だけで店が出せるよ!王室御用達の看板を喜んで進呈するよ!」

ハハ、乾いた笑いが口から漏れそうになる。

目を瞑ると瞼の裏に喜色満面のベッカーの残像が見える気がする。
最近知ったが、ベッカーは意外と調子に乗って暴走する。
私のおかしな逸話を広めている事然り、彼を調子付かせると碌な事にならないと学んだ。

「ありがとうございます。作った人間も光栄に思う事でしょう」

当たり障りのない言葉でその場を誤魔化そうとしていると、丁度良く大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。

「ミリィ!待たせて悪かったね。私の事を邪魔・・する輩がいてね!」

私を見てにこやかに言った後、我が国の国王陛下は忌々しそうに自分の息子を睨み付けた。

「父上、早かったですね。あの二人をこんなに早く振り切るとは流石父上です。しかし、私とミリィの時間を邪魔・・しないで頂きたい」

この国のトップ二人が険悪にガンを飛ばし合う。

「あの、小父様?ベル兄様?」

私が呼びかけると、一転優しい笑顔がこちらを向いた。

「ミリィ、すまなかったね。私に用があったのにこの馬鹿が邪魔・・をして」

「ミリィは父上が邪魔・・をするまで、私との時間をとても楽しんでいましたよ」

わざとらしい程に二人で邪魔邪魔と連呼し合い、とうとうお決まりの大人気ない舌戦に突入した。

「ミリィの初恋は私だぞ!」

「父上は何かというとそれを持ち出されますが、あれは幼い少女の気の迷いです。もし、私があの頃、もう少し大人であれば結果は違ったでしょうね」

「ふ、負け惜しみは止めるんだな。見苦しいぞ」

「見苦しいのは父上の方でしょう。ミリィの息子は私の名前から"ベル"の字をとって名付けられているのですよ。毎日、私の事を思って呼んでいる事でしょう」

「思い込みもはなはだしいわ!お前こそ何かといえばそれを持ち出すが、どうせお前がフラクスブルベ公爵に強要したのだろう」

この方達は、、、と、頭を抱えていると、開け放たれていた扉口から冷静な声が響いた。

「国王陛下、ベルホルト殿下、お二人のお声が廊下にまで響き渡っておりましたよ。いい加減になされた方が宜しいかと」

「ライムント」

「宰相」

小父様とベル兄様が気まずそうに、入って来たモルゲンロート王国の宰相の方を振り返った。

「ベルホルト殿下、国王陛下にはお約束がおありになるとの事ですので、申し訳ございませんが、殿下には執務室に戻って頂きたく存じます」

「、、、ハァ、ミリィ、また後で」

観念したのか、ベル兄様が部屋を出て行く。

「では、失礼いたします」

慇懃にお辞儀した宰相が、出て行く直前こちらを振り向いた。

「アマーリエ、元気そうだな」

「はい、お父様もお元気そうでなによりです」

静かに視線が交わされる。

宰相閣下、アマーリエの父親。

お父様が私をどう思っているのかは正直分からない。昔からなんでも与えてくれて叱られたりもしなかった。嫌悪を向けられた事もないが分かりやすい愛情を示された事もない。
私とお母様のいる屋敷より王宮にいる事の方が多かった。
前王の姪であり現王の従姉妹である姫君を妻に迎えたお父様には、いろいろな事情もあったのだろう。

「ミリィ?」

お父様を見送った後、物思いに沈んでいると、小父様に優しく呼び掛けられた。

この方はいつもアマーリエを落ち着かせてくれた。
この方の前ではヒステリックを起こす事もなく、素直な少し内気な少女でいられた。
大好きな私の初恋の人。

「小父様、今日はお時間を頂いてありがとうございます。早速ですが、お話を聞いてください」

そして、例の白粉の危険性と、この国に入って来た際の影響について話をした。

「毒か、、、分かった、なんとかしよう。君の能力で見えたのなら確実だろう」

小父様が白粉に規制を設ける事を約束してくれる。

小父様だけが私のこの特殊なスキルの事を知っている。

最初に気付いた時はとても怖かった。
母親に強過ぎる魔力を忌むべきものと教えられていたアマーリエは、新たな能力に心底怯えた。
誰にも話す事が出来ずにいた時、小父様だけがアマーリエの不安に気付いてくれた。
悪いものではない。とても、役立つ特別な力だと言ってくれた。
すごくホッとした。小さな少女が一人で抱えるには重い秘密だったのだ。

「ありがとうございます」

「ああ、さて、仕事に戻るとしよう。また、ライムントが小言を言いに来たら面倒だからね」

やれやれというように、小父様が肩をすくめる。

「私はこれからお祖母様の所にも顔を出してまいります」

「そうだね。王宮に来たのに母上に会わずに帰ったら、君の家にまで押し掛けかねないからね」

お祖母様なら本当にやりそうで、小父様と顔を見合わせて一緒笑ってしまう。

この国の王太后であるお祖母様は、国母として国民に慕われている優しい方だ。
だが、確実に怒らせてはいけない方でもある。
それに純粋にお会いしたい気持ちもある。

さて、では、お祖母様に会いに参りましょうかね!
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