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しおりを挟む「貴方とは…別れなきゃいけなくなった」
私は震える声で目の前の恋人にそう言った。彼は最初は私の言葉の意味を分かっていないかのようにポカンとしたが徐々にその言葉の意味が分かるとみるみるうちに真っ青になっていく。
「ヴァレリア…嘘、だろう?俺…何かしたか?」
「違う…違うの、バギーが何かしたわけじゃない。貴方は何も悪くないの…私の、家の問題で…」
そう、これは私が望んだ別れじゃない。私の住んでいる村が、一族が、至って普通の人間の彼を受け入れることはできないのである。
私、ヴァレリア・ハルフォードの住んでいる村の住民は遠い祖先にオオカミの精霊がおり、一見人間には見えるが【普通】ではないのである。一般には魔法と呼ばれるものが使えたり、いざとなったときには姿を狼に変えられたり、動物特有の優れた五感を駆使することができる。その住民の中でも私たち神官一族は代々神秘の血を守ってきた。
今となってはたいていの獣人は人間の血も混じり代を重ねるごとに精霊の加護が薄れてしまっている。そんな中私たち神官一族の直系長子は代々獣人同士でだけで交わることにより、その神秘を継承してきた。私は父が次男だったし、そのため母も人間だったので跡継ぎとしての資格はなかったのだが、跡継ぎにならざるを得ない状況になったのだ。そうして今の別れの場面に至る。
跡継ぎの私は『普通の人間』とは結婚できないのだ。
「もう一杯お願いひまひゅっ!」
「お客さんもう何杯目?今日開けたボトル全部飲み切っちゃうんじゃないの?」
その後の私はひどい有様だった。酒場で浴びるほどお酒を飲んでマスターに愚痴りまくる。典型的なタチの悪い酔っぱらいだ。
「今時何が『血を守るために身内内で結婚する』…ですか!私にも恋愛くらいさせろー!」
わーと呻いているとその勢いで隣に座っている人の肩にぶつかってしまう。
「す、すみましぇん…」
「いやいや、大丈夫…お姉ちゃんこそだいぶ飲んでるみたいだけど大丈夫?」
わずかに残った理性で謝罪をすると隣のお兄さんはなんでもないように受け答えた。頭の右半分の髪は無造作に下ろされ、左半分の髪は後ろにかき上げられている。右耳は灰色の髪に隠れてわからないが左耳にエメラルド色の石のピアスをしていて、その眼の色とも同じでつい見惚れてしまった。
「大丈夫れす、今日はもう飲みまくるんれ」
「もうやめた方が良さそうだけど、失恋でもしたの?よかったら俺も話聞くよ」
正気だったらこんなふうに馴れ馴れしく声をかけられたら警戒するのだが脳にもアルコールがまわった状態ではその言葉に甘えてしまう。
「私の家子供が私しか居なくてですね…父は跡継ぎのことは気にすんなって言ってくれてたんですけど…流石に父も歳なんで結局私が跡継ぎになって…結婚相手も選べないんですよ、だから…彼に…別れを…」
もっと複雑な事情があるのだが簡潔に言うとそういうことだ。一連の出来事を改めて口にすると眼の奥が熱くなってくる。
好きだった、本当に彼が好きで。優しくて温かい人で、結婚だって真剣に考えていたのに。
「あー…ほら、泣いていいけどさ…ここじゃまずいから。ちょっと出よう」
男性は私の分まで代金を払って私に肩を貸すように歩き出す。立ち上がった彼の身長は思いの外高くてわざわざ屈み込むようにして肩を貸してくれる。よく見たら体も軍人かというくらい筋肉質で厚い。そして触れた瞬間に感じた。この人普通の人間じゃない。
「どしたのそんなジロジロ見て。」
「いえ…キレーな顔立ちしてるなと思って」
「そりゃ嬉しいこと言ってくれるね」
適当な言葉で誤魔化したが思考が多少復活したところで体はただの酔っ払いのままだ。フラフラした足取りで半ば男性に寄り掛かるように歩いたが彼は何一つ文句を言わないでいてくれる。冷たい夜風が頬を掠めて徐々に涙は引っ込んでいった。暫く歩いていると彼はある建物の中に入った。そこは宿屋でカウンターで受付をして部屋に入ると優しくベッドに座らされる。
「少しは落ち着いた?」
いつの間に準備したのか水を差し出されたのでありがたくいただくことにした。お酒で少し乾いた喉が潤されてコップ一杯全て飲み切ってしまう。
「ありがとうございます…少し、落ち着きました」
「おお、いい飲みっぷり。その様子じゃもう大丈夫そうだな」
ぽんぽんと頭を撫でられてなんだか安心する。彼の正体が掴めない以上警戒しなきゃいけないのに色々とぐちゃぐちゃになった頭ではろくに思考も働かない。
「もう大丈夫っていうのは…こういうことですか?」
彼の首を引き寄せてベッドに横たわると彼は目を丸くした後にニンマリと笑った。
「いいのか?彼を忘れたくて俺のこと利用するってんなら別にいいが…姉ちゃんはそれで?」
「宿に二人で居て…何も無い方が、おかしいですよ。」
「そういうつもりはなかったんだけど、冷静に考えればそれもそうか」
自暴自棄もいいところだ。初めて会ったばかりの人と後腐れのないセックス 。どうせ好きな人を諦めて、親の選んだ人と結婚しなきゃいけない運命ならなんて、そんな考えで彼の唇にキスをした。こんなの親への遅れた反抗だ。28にもなって、心のどこかで自分が跡継ぎになることを悟っていながら、あの優しい人とズルズルと関係を続けて諦め切ることが出来なかった。
呼吸もままならないくらい荒々しいキス。彼の舌が別の生き物のように動いて私の口内を熱く蹂躙する。─ああ、あの人はキスも優しかったな。
唇が離れたと思ったら服をたくし上げて下着をずらして感触を確かめるように揉まれながら先端をしゃぶられる。─ああ、あの人は私の背中をさすりながら、ゆっくり私の下着を外し撫でるように胸を触ったっけ。
その後も…あの人はあの人はあの人はあの人はなんて、目の前の男性と恋人だった人を比べて、勝手に落ち込んで、自分から別れを告げたのに心の整理なんて全く出来てないんだと実感する。
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