【完結】花は一人で咲いているか

瀬川香夜子

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「私さ、告白しようと思うんだよね」
 試験も終わってひさびさにのんびりと机を囲んで話していると、不意に咲恵がぽつりと言った。
 その言葉に、撫子と美南はあんぐりと口を開けて驚いた。
 あれだけ美南や撫子が告白したらと提案しても、今の関係が崩れるのが嫌だと尻込みして突っぱねていたあの咲恵が……?
 驚きつつも、やがて二人は喜色を浮かばせた。
 直接会ったことはないが、話を聞いている限りでは、幼なじみの彼も咲恵のことを憎からず思っているように感じた。受け入れてもらえる可能性は高いと思う。
 なにより、友人が一歩踏み出そうとしているのだ。嬉しいに決まっている。
「いや、ほら来年は受験とか進路で忙しくなるし……一緒にいる時間減っちゃうだろうから……」
 二人の喜びように恥ずかしくなったのか、顔を赤くした咲恵は早口に捲し立てる。しかし、不意に肩を落とす。
「……あいつ、この前同じ学校の女子に告白されたんだって。断わったとは言ってたけど、結構ショックだった」
 今の関係が崩れて距離が出来るのが嫌だからと、気持ちをひた隠しにしていたが、自分から言わなくたって、彼の状況が変わって今の関係が続けていけなくなることもあるのだと、実感したらしい。
「他の人にとられちゃってから後悔したくないし……だから、頑張ろうかなって」
「うん。咲恵ちゃんの後悔しないようにしたほうがいいからね。咲恵ちゃんには私やなっちゃんがついてるから大丈夫だよ!」
 励ますように言った美南に、咲恵もほっとしたように笑った。すると、そんな咲恵を見て美南も「よし」と決心したように拳を作った。
「私も、今度ちゃんと先輩に別れますって伝える!」
「はあ? あんたまだ別れてなかったの!?」
 なに考えてんの? と、さっきまでのしおらしい様子を消して、咲恵が険しい顔で美南に詰め寄った。さすがにあれからひとつきは経っているので、てっきりもう別れたものだと思っていた撫子も驚く。
「連絡は取ってないんだけどさ。ハッキリ別れるとも言ってなくて……会うのは嫌だなって思うけど、こういうのちゃんとしておかないとモヤモヤしたのが後を引きそうでさ」
 だから頑張る。そう宣言した美南に、咲恵もそういうことならと引き下がった。
「でも、あの先輩と二人で会って大丈夫? 俺も一緒に行こうか?」
 撫子が見た駅前での様子を見るに、素直に応じてくれそうには思えない。威圧するように美南に声を荒げていたのを思い出して、撫子は心配になった。
「大丈夫! 一楓さんが一緒に来てくれることになってるから。それになっちゃんとはいえ、別れ話に男を連れて行くともっと面倒になりそうだからさ……」
 あ、なっちゃんの気持ちは嬉しいよ! ありがとね!
 笑う美南に撫子は頷いた。一楓が一緒にいくのなら安心だろう。
 気を付けなさいよ、と心配する咲恵に、嬉しそうに頷く美南。その表情は清々しく、未練なんて感じさせない。咲恵ちゃんも頑張ってね、なんて言って彼女を真っ赤にさせていた。
 それを眺めていると、嬉しいのに、どうしてか撫子の胸がぽかんと穴が空いたような……なんとなく切ない気持ちに包まれた。
「なっちゃん? なんか落ち込んでる? どうしたの?」
 気づいた美南が問いかけ、倣って眼を向けた咲恵も心配そうに眉を寄せた。
「ううん。落ち込んでるとかじゃないんだけど……なんだか二人が遠くに行っちゃうみたいで淋しくて」
 理解するよりも早く、するりと口から飛び出て、ああ、と納得した。
(そっか、俺……二人がどんどん前に進んで行っちゃうから淋しかったんだ)
「え、なにそれ。なっちゃんめっちゃ可愛いこと言うじゃん」
「大丈夫だよ! 私はむしろ別れるんだから今まで以上にもっと一緒にいられるよ?」
「私だってオッケーもらえるか分かんないし、例え付き合ったとしても友達なのは変わんないでしょ!」
 美南の言葉に、咲恵が心外とばかりに吠えた。
「でも、淋しいって言うのちょっと分かるかも」
 ふと美南が思い出すように呟いた。
「なっちゃんが四条くんと仲良くし始めた頃、ちょっと淋しかったし」
「まああのなっちゃんが男の相談受けてるって言うのもビックリだったっし、四条と仲良くなってるのも心配だったしね」
 腕を組み、咲恵もうんうんと同意した。淋しかったと言われるのはくすぐったいが、それだけ二人に衝撃を与えていたことにも驚きだ。
「そんなに俺が男子の相談受けるのって意外だった?」
 女好きが故に男嫌い――なんて噂が根も葉もないのは、一緒にいる二人が一番よく分かっているだろうに。ちょっぴり残念というかショックな気分だ。女好きだから一緒にいると思われていたのだろうか。
 二人はきょとりとして目配せすると、まるで揃えたように言った。
「だってなっちゃん男の人のこと苦手でしょ?」
「――えっ」
 驚愕に眼を見開いた。どうして二人がそれを知っているんだろうか。
 驚きで唖然としながら「なんで……」と零してしまうと、二人はそんな撫子の様子を不思議がるように首を傾げた。
「なんでって……見てたら分かるよ?」
 友達だもん。とあっけらかんとした様子で、さも当然に言われ、ふと撫子は四条の言葉を思い出した。
 ――もっと周りの愛情を信じてみろよ。
 あの時の言葉が実感を伴い、じわじわと撫子の胸を温めた。
(信じてみても、いいのかな……)
 本当に俺のことを好きな人がいるの?
 それでもやはり及び腰になってしまう。
 と、教室の扉が開き、一楓が買い物袋片手にやって来た。
「差し入れ持ってきたよ~テストお疲れさま」
 並べた机の端に袋を置き、そこからぽいぽいと手早くお菓子を取り出していく。大袋でみんなで食べられる物から始まり、日頃から咲恵や美南が好きだと言っているお菓子まで。それぞれを二人に手渡しし、眼を輝かせた咲恵と美南がお礼を言った。
 すると、今度は撫子にも一つ差し出された。
「これはあんたの。好きでしょ?」
「ありがとうございます……」
 好きだけれど、それを誰かに言ったことはない。基本的に食などは他人の好みに合わせるから、自分の趣向を主張したことはないのだ。なんで知ってるんだろう、と不思議に思って眺めていると、気づいた一楓がクスリと笑った。
「よく食べてるじゃん。この前のお返し」
 してやったり。といい笑顔で言った。机の上いっぱいにお菓子が広がって、一楓も椅子を引っ張ってきて輪に加わった。三人がわいわいと話す中で、撫子は手元のお菓子に視線を落とす。
(そんなに俺、分かりやすかったかな……)
 ふと考え、いやと思い直す。
(それだけ俺のことを見ててくれたんだ……)
撫子の食べている物なんて、そんなこと誰も気にしないと思っていたのに。
(本当に俺のこと愛してくれてるんだ)
 都合がいいから。役に立つから傍にいさせてくれているわけじゃない。ちゃんと友達だと思ってもらえてるんだ。
 瞳がじわりと潤んだ。いけない、と気を引き締めた。泣いたりしたら、みんなを心配させてしまう。慌てて瞬きをして堪えようとしたとき。
「お、すげー量のお菓子」
 ひょいと四条が撫子の後ろから覗き込んだ。いつの間に来ていたのか、驚いた撫子は振り仰いで彼を見た。
 放課後に四条がこのクラスに顔を出すのはすでに日常になってしまっていて、咲恵も美南も平然としている。
「今日は気分いいから分けてあげてもいいわよ」
 つっけんどんな態度を取る咲恵に、美南が苦笑しながら近くの椅子を持ってきて撫子の隣に促した。
 座りながら、四条は「なんかいいことでもあったのか?」と訝しげだ。
 四条の問いに、咲恵と美南はチラリと視線を合わせ、にんまりと笑った。
「なっちゃんと私たちの友情は不滅って話」
「そうそう。私たちのずっと友達って話」
 ね、なっちゃん。
 同意を求めるように二人の瞳がこちらを見た。微笑む眼差しに、撫子がせり上がる喜びや感激をぐっと堪え、口角をいっぱいに上げて「うん」と頷いた。
「なんだそれ……」
 話が見えないと拗ねたような声で呟いた四条を、撫子は横目でチラリと見た。
 控えめに見つめていた撫子に気づき、四条が「どうした?」と目許を和らげた。
「ううん。……ねえ四条くん、ありがとね」
 あの日、慰めてくれてありがとう。こうしてみんなの愛情に気づかせてくれてありがとう。
 色んな感情が込められたその感謝の言葉に、四条はサッと頬を赤らめた。
「なんだよ急に」
 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、ふっと吹き出すように笑った四条は照れているようにも見えた。彼の微笑に、心臓がトクトクと鳴る。ああ、好きだなあとしみじみ思った。
 いつもだったら、すぐに絶望するような淋しい痛みが迫ってくるのに、今日はひどく穏やかだ。
 ――もっと周りの愛情を……
 鼓膜の奥にしみこんだ彼の優しい言葉。その言葉も、一つの愛情だったのかもしれないと撫子はふと思った。
 そう思うと、なんでも出来るような気がした。


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