東雲に風が消える

園下三雲

文字の大きさ
上 下
29 / 39
白夜に見る七星

29.

しおりを挟む
 入り口の扉が開いて、覗いた顔に桔梗はあからさまにうんざりとして見せた。

「また来たのかよ」

「お邪魔でした?」

 訪問者は慣れた様子で軽口を返す。

「分かってんなら来んな」

 桔梗が悪態をつけば、その頭を枳殻がコツンと叩いて

「桔梗。一応、お前の上司なんだからな?」

と弱く窘めた。

「知ったこっちゃねえよ。俺は枳殻だけでいい」

「あれまあ、可愛いことを言うお子さんですね、枳殻」

「だろ?」

「二人がかりで馬鹿にしてんじゃねえ」

 まるで子猫の威嚇でも見るように生温い空気が流れ、居心地の悪さがさらに桔梗を苛めた。

「桔梗、俺はちょっと部屋で空木と話してくるから、碧龍達のこと頼むぞ」

「なんでわざわざ部屋に行くんだよ。ここで良いだろ」

「ここじゃしづらい話なんだよ」

「意味分かんねえ」

 ガンを飛ばす桔梗を宥めきれずに枳殻は眉を下げる。それを助けるように、空木は肩から提げた鞄から一綴りの書類を取り出して桔梗の目の前に差し出した。

「桔梗君。この間提出してもらった報告書ですが、残念ながら誤字が多かったので、今日中に書き直して再提出してください」

 訂正の朱色の目立つそれは、桔梗が受け取る前に奪うようにして枳殻が手に取った。枳殻は空に掲げるようにしてそれを見上げ、「ああー」と大袈裟に溜め息をつく。

「やっぱり俺が隣でみててやんなきゃならなかったか」

「枳殻だって誤字が多いでしょうに」

 睦まじい二人のやり取りすら桔梗は不愉快で、劣等心に似た感情が破裂する前に、飛び上がって報告書を奪い取った。

「正しい字は誤字の隣に書いておきましたから。子どもじゃないなら、一人でも出来ますよね?」

 意地の悪い目が桔梗を見る。沸々と腸が煮えくり返る。どうして、涙までじわりと浮かんでくる。

「……出来るし! 行くなら早く行け、泥棒猫に浮気猫!」

 キッと睨みつけて言い放てば、二人は「ミャオン」と顔の横で愛らしく拳を構えた。

「ぅ、んあぁぁあ!」

 何か言ってやりたくて、しかし言葉が見つからなかった。何か投げつけたくて、手頃な物が見つからなかった。桔梗の、辛うじて音になった叫びと地団駄を笑いながら二人は部屋を出ていく。

 少しして桔梗はどうにか癇癪を抑え、飴狼の傍に寄った。

「俺、あいつ嫌いだ」

 愚痴を溢すが、飴狼は全く目もくれない。

「なんだよ。お前までつれなくすんなよ」

 涙声を隠すようにじゃれつけば、飴狼は馬鹿にしたような息を一つ大きく吐いた後、桔梗に思い切り体当たりした。
しおりを挟む

処理中です...