雨は藤色の歌

園下三雲

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湖月の夢

2.

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「なあー、どうする? レポート」

 日の傾いた講堂に箒をかけながらマルコは問いかけた。

「どうするも何も、書くしかないだろ。マシューは俺と一緒に考えような」
「え、ずるい! 俺も俺も」
「ずるくなんかないだろ。マシューは六歳、お前は?」
「十一歳」
「なら自分で書けるだろ」
「なんで! 五つしか違わないのに!」
「大違いだろ。それに、マルコはそろそろ自分一人で書けるようにならないと。いつまでも年上の俺らと一緒じゃ、困るのはお前だぞ」

 シェーベルの言葉にマルコはぶすくれて箒をぐるぐる振り回す。

「そんなこと言ったってさあ。レオちゃーん、助けてー?」
「マルコはルイとノアと年が近いでしょ? 三人で頑張ってみたらどうかな」

 レオナルドの提案に、マルコは目を丸くした。

「ルイとノアと……? 二人はどう?」
「僕たちは二人でどうしようねって相談してたから、マルコも一緒だと嬉しい、よね?」
「うん。マルコがよければ」

 二人の申し出にマルコはパァッと表情を明るくし、
「うん! うん! 三人で頑張ろー!」
と、調子よく肩を組んだ。

「他に困ってる子はいない? ダニエルも大丈夫?」
「うん、僕、ヨセフとルークが誘ってくれたから」
「よかった。二人ともありがとう。それじゃあみんな大丈夫かな?」
「そういうお前はどうなんだよ、レオナルド」

 周囲を気にしてばかりのレオナルドにシェーベルが尋ねる。

「僕は一人で書くよ。ちょうど考えていたこともあるし。みんな、どうにも困ったら僕のところにおいでね。少しなら力になれるかもしれないから」
「お前は、相変わらず……。まあいいか。全員問題ないなら手早く掃除済ませるぞ。私語が見つかって掃除やり直しにでもなったら大変だからな」

 シェーベルの言葉に少年らはハッとして急いで手を動かし始める。講堂はさらに薄暗く、埃も汚れも見えづらくなった。

(この椅子、ずいぶん軋むな)

 長椅子を麻布の端切れで空拭きしながら、レオナルドは位置を確認する。さすがにこの暗さでは、どこが傷んでいるのか確認することは難しい。五日後の公同礼拝までには修復、若しくは新しく作り直さなければならない。レオナルドは小さくため息をついた。

(他も確認するか……)

 レオナルドが長椅子の脇に立ち講堂を見渡していると、後ろから制服の裾をついついと引かれた。

「ダレン。どうした?」
「何か、手伝うこと、ある?」

 上目がちに尋ねるダレンに、レオナルドは優しく笑いかける。

「自分の持ち場は終わったんだね?」
「うん」
「そうしたら、軋んでいる椅子がないか確認してもらえるかな? こんな風に、力を入れると音がするから」
「分かった」

 ダレンはこくりと頷いて、それからまだ物言いたげにレオナルドを見つめる。

「……あのね、僕ね、今回一人で書こうと思ってるんだけどね? ちょっと不安でね、それでね、あのね、一緒のお部屋で書いてもいい?」
「うん、もちろん! 必要なもの持っておいで。一緒にやろう」

 可愛くねだるダレンの頬を両手でムニムニと押しながら、レオナルドは「それじゃあ、椅子の確認頼んだよ」と微笑んだ。
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