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花乱る鳥籠
45.
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夕方、ウィリアムの部屋にはルイとレオナルド、それからジョン、ディラン、リヴィの五人がいた。部屋の主であるウィリアムは五人を部屋に迎えると、自分が帰るまで部屋を出ないように五人に言い含めてから、すぐに会議のために部屋を出て行った。
「もう一度聞くけど。どうして手を繋いでいたの」
ソファにレオナルドを座らせると、ルイはその隣に座って早速問い詰める。
「もう一度言うけど、特別な意味なんてないよ。ただ、僕がヴィルとして、彼がリトゥムハウゼとしていられるように、隣にいただけで」
レオナルドがありのままを端的に述べると、ルイは「はぁ……」と大きくため息をついた。
「意味が分からない。具合が悪くて彼の支えがなければ歩けないの? 倒れてしまうの? そういうわけではないよね。そういう手の繋ぎ方ではなかったように見えたもの」
「体調はすこぶる良いわけではないけど、悪くもないよ。そういうことではなくて、ただ、精神的な支えというか」
「精神的? レオナルドはあの人に心を許したってわけ? あの人を心の内側に入れて、あの人を頼りにしてるの?」
レオナルドの言葉尻を食うように畳みかけるルイに、
「ねえ、ルイ。怒ってるの? どうして?」
とレオナルドが少し怯えたように問うと、ルイは更に苛立ちを深めた。
「どうしてもこうしてもないでしょ。あの人は中央教会の人間で、レオナルドがずっと酷い目に遭ってるのを一番近くで見てたくせに、ボロボロになるまで何もしなかった。そんな人をどうしてレオナルドは信じられるの」
「そんな、テオドールはテオドールなりに葛藤して、葛藤して、最後はウィリアム先生を呼んでくれたの。泣きながら指導から帰っていた日もあったし」
「泣いていたから? 泣いていたから信じるの? その涙はレオナルドを思っての涙ではないでしょうよ。レオナルドどうこうではなくて、あの人があの人自身を憐れんで流した涙じゃないか」
「それでも!」
「一瞬だけそうやってレオナルドに寄り添うような態度をとって、その後で突然、谷底まで突き落とすつもりかもしれないだろ」
「そんなことない!」
「なんでそこまで信じるんだよ!」
ルイの怒号にレオナルドがビクリと体を跳ねさせると、ルイは悔いたような表情で顔をそむける。しかしそれからすぐに、もう一度レオナルドを見据えた。
「何のために僕が昔の話、話して聞かせたと思ってるの? そんな簡単に中央の人間を信用しないでよ。傷つくのはレオナルドなんだよ」
声を落としたルイに、レオナルドは
「ルイの話に出てきたその人と、テオドールは違うもの……」
と涙声で訴える。
「何が。どこが。違うってどうして言いきれるの。レオナルドのその信用を裏切らない確証がどこにあるの」
「テオドールと話したこともないくせに、悪いことばかり言わないでよ!」
「何なのその言い方! 僕はレオナルドを心配して」
「心配なんていらない! テオドールは優しい人だよ!」
「どうしてそう頑固なの!」
今にも掴みかからんばかりの勢いの二人に
「そこまで」
と、ジョンが間に入った。
「二人とも、学徒同士の諍いは禁止だと、稽古前に言われただろ」
ジョンがルイを立たせてレオナルドから離れるように促す。
「諍いじゃない、話し合いだよ」
どこか拗ねたようにジョンを睨むルイに、
「話し合いなら、もっと落ち着かないとね」
とディランがその肩を優しく抱く。
「僕は落ち着いてる」
「ふふ、そうは見えないけど?」
「だって僕は悪くない。話を聞かないレオナルドが悪いんだよ」
「ルイはレオナルドが心配なんだよね。だから話を聞いて欲しいんでしょ? だったら、レオナルドが聞こうと思えるような話し方にしないと」
宥めるディランにルイが黙ると、それを待っていたようにジョンがレオナルドの隣に座った。
「なあ、レオナルド。俺らの知らないところで、レオナルドはテオドールと、きっとたくさん話していたんだよな。その上でテオドールを信じたいと思ったんだろ? さっきまでの話でそれはよく分かったよ。だけど、……いや、だからこそ、ルイに言った『心配なんていらない』ってのは、取り消してもらえないか」
ジョンの言い方は酷く穏やかで、だからこそ寂しさが滲んでいるのがレオナルドにもよく分かった。
「それは、ごめん。言いすぎた。けど、テオドールは本当に良い人なんだよ。ドアを開け放って僕の部屋まで暖かくなるようにしてくれたし、ご飯も温めてくれるし」
レオナルドが胸元をギュッと握りしめて言い募ると、
「それくらい、して当然でしょ」
と、向かいの壁に沿うように立つルイが冷たく返す。
「僕がヴィルに選ばれたせいで、きっとこれまでにリトゥムハウゼ役やヴィル役が受けられたような指導は受けられてないんだ。最後の十日間は指導そのものが無くなってしまったし。それでも、テオドールは僕を責めることなんてなくて、僕の体調を気にかけながら、教わったことを僕に教えてくれる」
「そもそも、満足な指導を受けられない状況がおかしいんだよ。なんでレオナルドが自分のせいだなんて気に病まなきゃならないの」
「そもそもの話は置いておいて、とにかくテオドールは本当に優しくて良い人なんだって」
「そもそもの話だよ! どうしてレオナルドばっかり傷つかなくちゃならないの? どうしてレオナルドはそんなにボロボロになっても誰も恨まないの? どうして! どうして……」
ルイがとうとう泣き崩れて、レオナルドは何も言えずに視線を彷徨わせた。傍らに立つディランはつられたように涙を静かに流し、代わりにルイの肩を抱いたのはリヴィだった。
「レオナルド。悪いけど、僕はルイの味方だよ。知り合って間もない僕ですら、会うたびに傷が増えていくレオナルドの手を見て苦しかった。悲しかった。愚痴も言わず日に日に憔悴していくレオナルドの、なんの力にもなれないことが悔しかった。僕だってそうだったんだ。ルイなんて殊更……。一番辛かったのはレオナルドだよ。だけど、ルイだってずっと辛かったんだ」
リヴィの言葉が鋭くレオナルドの喉を裂いた。なんの力にもなれないだなんて、そんなことはなかったのに、その一言が言えなかった。
「レオナルドがどれだけ言葉を尽くしてくれても、テオドールとかいう人のことを、僕らはレオナルドと同じ分だけ信じることなんて出来ない。敵の制服を着た人を信じるって、尋常じゃない勇気が必要なんだよ」
「まあまあ。ルイもリヴィも、レオナルドを責めたいわけじゃないでしょ? そんなに刺々しくならないで」
頬を伝う涙を拭いながら、ディランはそれでもいつものように柔らかに言う。
「レオナルド、ごめんね。物言いはキツイけれど、二人ともレオナルドが大事なだけなんだ。分かってくれるよね?」
ディランはレオナルドにそう問いかけてから、ルイとリヴィに向き直った。
「ねえ。誰が誰を信じるかなんて、他人が決められることではないよ。まして僕らはレオナルドよりもテオドールと付き合いが浅いし。彼を信じたいというレオナルドの気持ちを、止めることは僕らには出来ない。僕らができるのは、例えばレオナルドのその気持ちをが裏切られた時、そばにいて慰めて、支えてあげることなんじゃないのかな?」
優し気なディランの言葉に、レオナルドは自分の中の何かが、まるで呆気なく切れてしまった音を聞いた。
「なんで、なんで……」
誰も彼も皆、レオナルドのためだとそう言って、自分の言葉を信じてはくれない。テオドールは良い人だと、そう感じるのが誤りなのだと。信じる先には希望などないと。まだこの手に思い出される彼の鼓動が、自分を導くその温もりが、まるで偽物なのだと言われているようだった。テオドールを否定されたことは勿論悔しかったが、それ以上にレオナルドは、自分自身を否定されたような気持ちがして、どうしようもなく悲しい。
「もういい!」
レオナルドが勢いよく立ち上がる。立ち眩むのもそのままにドアまで向かおうとする手を
「レオナルド!」
とジョンが強く引いて、そのまま抱き止められる。
「離して!」
「ウィリアム先生が帰ってくるまで、この部屋から出てはいけないって言われただろ?」
「だって! だって……!」
逞しいジョンの腕の中では、倒れかけのレオナルドがいくら暴れてもどうにもならなかった。
テオドールをここへ連れてきて、話をすれば分かってもらえるかもしれない。しかし、それはたとえこの部屋から出られたとしてもレオナルドには出来なかった。そんなことはしたくなかった。彼をここへ連れてくるということは、自分が中央教会に来た時のような強い緊張を彼に強いるようなものだ。テオドールには、あんな思いはさせたくないとレオナルドは強く思っていた。
それからいくらもしない内にウィリアムが帰ってくると、ジョンの腕の力が緩んだ瞬間にレオナルドはそこから抜け出してウィリアムに駆け寄っていった。ウィリアムはレオナルドを抱き止めながら後ろ手でドアを閉めつつ、一方で座り込み泣いているルイを見て、一体何事かと眉を寄せて問い掛ける。ジョンが端的に状況を説明すると、ウィリアムは会話の内容を詳細に聞き出して、それからレオナルドの後頭部を優しく一度撫でた。
「レオナルド。彼らはただ、貴方の心の中に自分達も入りたいと思っているのですよ。貴方がテオドールを支えにしているのを見て、自分達もそうなりたいと嫉妬しているだけです」
ウィリアムの言葉にレオナルドは顔を上げ、小さく首を横に振る。
「そんな……」
レオナルドは呆然と呟いて、それからウィリアムから一歩離れた。
「そんなはずないです。だって四人は、ずっと前から私を支えてくれていますから。ルイが笑っていてくれたから、皆が楽しい話を聞かせてくれるから、私は頑張っていられたんです。ここに来てからずっと、心が折れないでいられたのは皆がいたからです。私はずっと皆を心の支えにしていました。テオドールに嫉妬なんて、そんなことする必要が無いんです」
だから別の理由があるはずだ、と言う前に、ウィリアムはレオナルドの唇に指を置いてそれを制した。
「と、いうことですよ、皆さん」
ウィリアムが声をかけると、四人は顔を崩して泣き出した。困惑するレオナルドの背中に何かがドシンと当たって、振り返って確かめる前にそれがルイだと気がつく。状況がいまいち掴めないレオナルドは、しかし泣きながら抱きついてきてくれたルイを慰めたくて、背中に手を回すことが出来なくて制服の脇を掴む彼の手を擦った。
「まったく、手を繋ぎたいなら手を繋いだら良いのですよ。テオドールがレオナルドを支えているのが羨ましく見えるなら、テオドール無しでも大丈夫だと思えるように、四人でレオナルドを支えてやるくらいの気概を見せたらよろしい」
やれやれとウィリアムが呆れて笑う。やがて全員が泣き止むと、
「解決したなら夕食ですよ」
と、ウィリアムは五人を連れて部屋を出た。
先にレオナルド以外の四人を各自の部屋へ送り届けると、ウィリアムは階段を二人で上りながらレオナルドの左手をそっと握る。驚いて見上げるレオナルドに、ウィリアムは今度は自分の唇に人差し指を当ててみせた。
階段を上り終えて重たい扉を開けると、丁度食事を部屋の中へ運ぼうとするテオドールと目があった。テオドールは会釈してから手早く二人分の食事を暖炉の前に並べると、二人の前に戻ってきて、繋がれた手に何かあったのかとレオナルドへ心配の目を遣る。
「いえ、私がね。少し、嬉しいことがあったものですから」
ウィリアムがテオドールにそう言うとレオナルドまで「えっ?」という顔をして、それを見てテオドールは更に不可解そうな顔をした。
ウィリアムが繋いだ手を離すと、当然かのようにレオナルドはテオドールの右横に立ってウィリアムに向き合う。三人で話す時はいつも、ケーキの一切れのような三角形が基本の立ち位置だった。
「レオナルド。先ほどは四人がいたからあんな風に言いましたが、テオドールが貴方の支えになっているのなら、ずっとそのままで良いですからね。貴方の支えになりたいという、あの四人も、テオドールも、五人まとめて確かな心の柱にしてしまえば良いのですよ」
ウィリアムの言葉にレオナルドは嬉しそうに「はい」と答えて、それから
「ウィリアム先生も、良いですか?」
と尋ねた。
「私も、貴方の支えに?」
「あ、いえ、その、ご迷惑でしたら、その、だけど」
口ごもりながらも引こうとしないレオナルドをウィリアムは暫し面白そうに見つめた後、
「良いですよ。私でいいのなら、いくらでも貴方を支えましょう」
と微笑んで握手を求めた。
「アルバート、アダムスの皆さん、貴方のご家族、そしてあの四人とテオドールと私。貴方を支える人はたくさんいますね」
レオナルドと握手しながら、ウィリアムはもう一方の手でテオドールの手もその握手に添えさせる。
「あの、あと、医務官さんも」
「君、いつも叱られてばかりじゃないか」
レオナルドにテオドールが突っ込むと、「そうだけど、たまに褒めて下さるもの」とレオナルドは唇を尖らせた。
「心強いですね、レオナルド」
「はい」
レオナルドが確かに頷くと、ウィリアムはそれから「ああ、でも」と何かを思い出して握手を解く。
「あの四人はどうにも独占欲が強いみたいですから、あの四人の前では『皆が一番』もしくは『ルイが一番』とでも言っておきなさい。それだけであの四人はおとなしくなります」
どこか面倒そうに言うウィリアムにテオドールは小さく笑ったが、レオナルドはポカンとして曖昧に頷いた。
「そういうものですか?」
「そういうものです」
ウィリアムはレオナルドに深く頷いてみせると、今度はテオドールに目を向けた。
「テオドール。レオナルドの友人の四人から、貴方へ当たりが強くなるかもしれませんが」
「構いません。一番レオナルドの傍にいるのは私ですから、それくらいは」
「なるほど、その余裕が彼らを焦らせたのでしょうね」
「なんだかそれは、悪いことをしてしまったでしょうか」
「いえ、面白いからそのままで良いです」
ウィリアムとテオドールがクスクスと笑う。二人がやけに楽しそうだからレオナルドも分からないなりにニコニコしていると、ウィリアムが愛しさ堪らずレオナルドの頭を撫でた。
「明日からは、歌劇団の皆さんをお招きしての稽古です。お会いしたことはありますか?」
ウィリアムがレオナルドに訊ねる。
「はい。試験を受ける前に一度、アルバート先生がアダムスに歌劇団を招待してくださったので、その時に」
「歌劇団の皆さんは良い方ばかりだったでしょう。歌も踊りも丁寧に教えてくださいますから、二人とも心配しないで稽古に向かいなさい。最初の一週間は、全体で行う柔軟体操と発声練習の後は二人は他の学徒が使う旧礼拝堂とは離れた部屋を予定していますから、稽古不足も心配しなくて大丈夫です」
ウィリアムの言葉に、レオナルドとテオドールは同時に安堵の表情を浮かべて、
「ありがとうございます」
と、これまた同時に頭を下げた。
「だから今日は、ゆっくりご飯を食べて、早めに休みなさい。久しぶりの大人数に疲れたでしょう」
また明日、とウィリアムはいつものように二人の額に口づけて、おやすみなさいと扉の向こうへ帰っていく。その背を見送ってから二人はなんとなく微笑みあって、それから夕食の準備を始めた。
「もう一度聞くけど。どうして手を繋いでいたの」
ソファにレオナルドを座らせると、ルイはその隣に座って早速問い詰める。
「もう一度言うけど、特別な意味なんてないよ。ただ、僕がヴィルとして、彼がリトゥムハウゼとしていられるように、隣にいただけで」
レオナルドがありのままを端的に述べると、ルイは「はぁ……」と大きくため息をついた。
「意味が分からない。具合が悪くて彼の支えがなければ歩けないの? 倒れてしまうの? そういうわけではないよね。そういう手の繋ぎ方ではなかったように見えたもの」
「体調はすこぶる良いわけではないけど、悪くもないよ。そういうことではなくて、ただ、精神的な支えというか」
「精神的? レオナルドはあの人に心を許したってわけ? あの人を心の内側に入れて、あの人を頼りにしてるの?」
レオナルドの言葉尻を食うように畳みかけるルイに、
「ねえ、ルイ。怒ってるの? どうして?」
とレオナルドが少し怯えたように問うと、ルイは更に苛立ちを深めた。
「どうしてもこうしてもないでしょ。あの人は中央教会の人間で、レオナルドがずっと酷い目に遭ってるのを一番近くで見てたくせに、ボロボロになるまで何もしなかった。そんな人をどうしてレオナルドは信じられるの」
「そんな、テオドールはテオドールなりに葛藤して、葛藤して、最後はウィリアム先生を呼んでくれたの。泣きながら指導から帰っていた日もあったし」
「泣いていたから? 泣いていたから信じるの? その涙はレオナルドを思っての涙ではないでしょうよ。レオナルドどうこうではなくて、あの人があの人自身を憐れんで流した涙じゃないか」
「それでも!」
「一瞬だけそうやってレオナルドに寄り添うような態度をとって、その後で突然、谷底まで突き落とすつもりかもしれないだろ」
「そんなことない!」
「なんでそこまで信じるんだよ!」
ルイの怒号にレオナルドがビクリと体を跳ねさせると、ルイは悔いたような表情で顔をそむける。しかしそれからすぐに、もう一度レオナルドを見据えた。
「何のために僕が昔の話、話して聞かせたと思ってるの? そんな簡単に中央の人間を信用しないでよ。傷つくのはレオナルドなんだよ」
声を落としたルイに、レオナルドは
「ルイの話に出てきたその人と、テオドールは違うもの……」
と涙声で訴える。
「何が。どこが。違うってどうして言いきれるの。レオナルドのその信用を裏切らない確証がどこにあるの」
「テオドールと話したこともないくせに、悪いことばかり言わないでよ!」
「何なのその言い方! 僕はレオナルドを心配して」
「心配なんていらない! テオドールは優しい人だよ!」
「どうしてそう頑固なの!」
今にも掴みかからんばかりの勢いの二人に
「そこまで」
と、ジョンが間に入った。
「二人とも、学徒同士の諍いは禁止だと、稽古前に言われただろ」
ジョンがルイを立たせてレオナルドから離れるように促す。
「諍いじゃない、話し合いだよ」
どこか拗ねたようにジョンを睨むルイに、
「話し合いなら、もっと落ち着かないとね」
とディランがその肩を優しく抱く。
「僕は落ち着いてる」
「ふふ、そうは見えないけど?」
「だって僕は悪くない。話を聞かないレオナルドが悪いんだよ」
「ルイはレオナルドが心配なんだよね。だから話を聞いて欲しいんでしょ? だったら、レオナルドが聞こうと思えるような話し方にしないと」
宥めるディランにルイが黙ると、それを待っていたようにジョンがレオナルドの隣に座った。
「なあ、レオナルド。俺らの知らないところで、レオナルドはテオドールと、きっとたくさん話していたんだよな。その上でテオドールを信じたいと思ったんだろ? さっきまでの話でそれはよく分かったよ。だけど、……いや、だからこそ、ルイに言った『心配なんていらない』ってのは、取り消してもらえないか」
ジョンの言い方は酷く穏やかで、だからこそ寂しさが滲んでいるのがレオナルドにもよく分かった。
「それは、ごめん。言いすぎた。けど、テオドールは本当に良い人なんだよ。ドアを開け放って僕の部屋まで暖かくなるようにしてくれたし、ご飯も温めてくれるし」
レオナルドが胸元をギュッと握りしめて言い募ると、
「それくらい、して当然でしょ」
と、向かいの壁に沿うように立つルイが冷たく返す。
「僕がヴィルに選ばれたせいで、きっとこれまでにリトゥムハウゼ役やヴィル役が受けられたような指導は受けられてないんだ。最後の十日間は指導そのものが無くなってしまったし。それでも、テオドールは僕を責めることなんてなくて、僕の体調を気にかけながら、教わったことを僕に教えてくれる」
「そもそも、満足な指導を受けられない状況がおかしいんだよ。なんでレオナルドが自分のせいだなんて気に病まなきゃならないの」
「そもそもの話は置いておいて、とにかくテオドールは本当に優しくて良い人なんだって」
「そもそもの話だよ! どうしてレオナルドばっかり傷つかなくちゃならないの? どうしてレオナルドはそんなにボロボロになっても誰も恨まないの? どうして! どうして……」
ルイがとうとう泣き崩れて、レオナルドは何も言えずに視線を彷徨わせた。傍らに立つディランはつられたように涙を静かに流し、代わりにルイの肩を抱いたのはリヴィだった。
「レオナルド。悪いけど、僕はルイの味方だよ。知り合って間もない僕ですら、会うたびに傷が増えていくレオナルドの手を見て苦しかった。悲しかった。愚痴も言わず日に日に憔悴していくレオナルドの、なんの力にもなれないことが悔しかった。僕だってそうだったんだ。ルイなんて殊更……。一番辛かったのはレオナルドだよ。だけど、ルイだってずっと辛かったんだ」
リヴィの言葉が鋭くレオナルドの喉を裂いた。なんの力にもなれないだなんて、そんなことはなかったのに、その一言が言えなかった。
「レオナルドがどれだけ言葉を尽くしてくれても、テオドールとかいう人のことを、僕らはレオナルドと同じ分だけ信じることなんて出来ない。敵の制服を着た人を信じるって、尋常じゃない勇気が必要なんだよ」
「まあまあ。ルイもリヴィも、レオナルドを責めたいわけじゃないでしょ? そんなに刺々しくならないで」
頬を伝う涙を拭いながら、ディランはそれでもいつものように柔らかに言う。
「レオナルド、ごめんね。物言いはキツイけれど、二人ともレオナルドが大事なだけなんだ。分かってくれるよね?」
ディランはレオナルドにそう問いかけてから、ルイとリヴィに向き直った。
「ねえ。誰が誰を信じるかなんて、他人が決められることではないよ。まして僕らはレオナルドよりもテオドールと付き合いが浅いし。彼を信じたいというレオナルドの気持ちを、止めることは僕らには出来ない。僕らができるのは、例えばレオナルドのその気持ちをが裏切られた時、そばにいて慰めて、支えてあげることなんじゃないのかな?」
優し気なディランの言葉に、レオナルドは自分の中の何かが、まるで呆気なく切れてしまった音を聞いた。
「なんで、なんで……」
誰も彼も皆、レオナルドのためだとそう言って、自分の言葉を信じてはくれない。テオドールは良い人だと、そう感じるのが誤りなのだと。信じる先には希望などないと。まだこの手に思い出される彼の鼓動が、自分を導くその温もりが、まるで偽物なのだと言われているようだった。テオドールを否定されたことは勿論悔しかったが、それ以上にレオナルドは、自分自身を否定されたような気持ちがして、どうしようもなく悲しい。
「もういい!」
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「レオナルド!」
とジョンが強く引いて、そのまま抱き止められる。
「離して!」
「ウィリアム先生が帰ってくるまで、この部屋から出てはいけないって言われただろ?」
「だって! だって……!」
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それからいくらもしない内にウィリアムが帰ってくると、ジョンの腕の力が緩んだ瞬間にレオナルドはそこから抜け出してウィリアムに駆け寄っていった。ウィリアムはレオナルドを抱き止めながら後ろ手でドアを閉めつつ、一方で座り込み泣いているルイを見て、一体何事かと眉を寄せて問い掛ける。ジョンが端的に状況を説明すると、ウィリアムは会話の内容を詳細に聞き出して、それからレオナルドの後頭部を優しく一度撫でた。
「レオナルド。彼らはただ、貴方の心の中に自分達も入りたいと思っているのですよ。貴方がテオドールを支えにしているのを見て、自分達もそうなりたいと嫉妬しているだけです」
ウィリアムの言葉にレオナルドは顔を上げ、小さく首を横に振る。
「そんな……」
レオナルドは呆然と呟いて、それからウィリアムから一歩離れた。
「そんなはずないです。だって四人は、ずっと前から私を支えてくれていますから。ルイが笑っていてくれたから、皆が楽しい話を聞かせてくれるから、私は頑張っていられたんです。ここに来てからずっと、心が折れないでいられたのは皆がいたからです。私はずっと皆を心の支えにしていました。テオドールに嫉妬なんて、そんなことする必要が無いんです」
だから別の理由があるはずだ、と言う前に、ウィリアムはレオナルドの唇に指を置いてそれを制した。
「と、いうことですよ、皆さん」
ウィリアムが声をかけると、四人は顔を崩して泣き出した。困惑するレオナルドの背中に何かがドシンと当たって、振り返って確かめる前にそれがルイだと気がつく。状況がいまいち掴めないレオナルドは、しかし泣きながら抱きついてきてくれたルイを慰めたくて、背中に手を回すことが出来なくて制服の脇を掴む彼の手を擦った。
「まったく、手を繋ぎたいなら手を繋いだら良いのですよ。テオドールがレオナルドを支えているのが羨ましく見えるなら、テオドール無しでも大丈夫だと思えるように、四人でレオナルドを支えてやるくらいの気概を見せたらよろしい」
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「解決したなら夕食ですよ」
と、ウィリアムは五人を連れて部屋を出た。
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階段を上り終えて重たい扉を開けると、丁度食事を部屋の中へ運ぼうとするテオドールと目があった。テオドールは会釈してから手早く二人分の食事を暖炉の前に並べると、二人の前に戻ってきて、繋がれた手に何かあったのかとレオナルドへ心配の目を遣る。
「いえ、私がね。少し、嬉しいことがあったものですから」
ウィリアムがテオドールにそう言うとレオナルドまで「えっ?」という顔をして、それを見てテオドールは更に不可解そうな顔をした。
ウィリアムが繋いだ手を離すと、当然かのようにレオナルドはテオドールの右横に立ってウィリアムに向き合う。三人で話す時はいつも、ケーキの一切れのような三角形が基本の立ち位置だった。
「レオナルド。先ほどは四人がいたからあんな風に言いましたが、テオドールが貴方の支えになっているのなら、ずっとそのままで良いですからね。貴方の支えになりたいという、あの四人も、テオドールも、五人まとめて確かな心の柱にしてしまえば良いのですよ」
ウィリアムの言葉にレオナルドは嬉しそうに「はい」と答えて、それから
「ウィリアム先生も、良いですか?」
と尋ねた。
「私も、貴方の支えに?」
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と微笑んで握手を求めた。
「アルバート、アダムスの皆さん、貴方のご家族、そしてあの四人とテオドールと私。貴方を支える人はたくさんいますね」
レオナルドと握手しながら、ウィリアムはもう一方の手でテオドールの手もその握手に添えさせる。
「あの、あと、医務官さんも」
「君、いつも叱られてばかりじゃないか」
レオナルドにテオドールが突っ込むと、「そうだけど、たまに褒めて下さるもの」とレオナルドは唇を尖らせた。
「心強いですね、レオナルド」
「はい」
レオナルドが確かに頷くと、ウィリアムはそれから「ああ、でも」と何かを思い出して握手を解く。
「あの四人はどうにも独占欲が強いみたいですから、あの四人の前では『皆が一番』もしくは『ルイが一番』とでも言っておきなさい。それだけであの四人はおとなしくなります」
どこか面倒そうに言うウィリアムにテオドールは小さく笑ったが、レオナルドはポカンとして曖昧に頷いた。
「そういうものですか?」
「そういうものです」
ウィリアムはレオナルドに深く頷いてみせると、今度はテオドールに目を向けた。
「テオドール。レオナルドの友人の四人から、貴方へ当たりが強くなるかもしれませんが」
「構いません。一番レオナルドの傍にいるのは私ですから、それくらいは」
「なるほど、その余裕が彼らを焦らせたのでしょうね」
「なんだかそれは、悪いことをしてしまったでしょうか」
「いえ、面白いからそのままで良いです」
ウィリアムとテオドールがクスクスと笑う。二人がやけに楽しそうだからレオナルドも分からないなりにニコニコしていると、ウィリアムが愛しさ堪らずレオナルドの頭を撫でた。
「明日からは、歌劇団の皆さんをお招きしての稽古です。お会いしたことはありますか?」
ウィリアムがレオナルドに訊ねる。
「はい。試験を受ける前に一度、アルバート先生がアダムスに歌劇団を招待してくださったので、その時に」
「歌劇団の皆さんは良い方ばかりだったでしょう。歌も踊りも丁寧に教えてくださいますから、二人とも心配しないで稽古に向かいなさい。最初の一週間は、全体で行う柔軟体操と発声練習の後は二人は他の学徒が使う旧礼拝堂とは離れた部屋を予定していますから、稽古不足も心配しなくて大丈夫です」
ウィリアムの言葉に、レオナルドとテオドールは同時に安堵の表情を浮かべて、
「ありがとうございます」
と、これまた同時に頭を下げた。
「だから今日は、ゆっくりご飯を食べて、早めに休みなさい。久しぶりの大人数に疲れたでしょう」
また明日、とウィリアムはいつものように二人の額に口づけて、おやすみなさいと扉の向こうへ帰っていく。その背を見送ってから二人はなんとなく微笑みあって、それから夕食の準備を始めた。
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