『転生勇者の俺、家族に正体を隠さず話した結果、家族も最強になった件』

アルさんのシッポ

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第2部 第2章「改革の波」

第41話「聖牛モーモーとの再会」

第41話「聖牛モーモーとの再会」


 領地に帰ると、嬉しいニュースが待っていた。
 グロスマンから手紙が来ている。
「醸造品の注文が、さらに増えています。王都だけでなく、他の王国からも注文が来始めました」
「他の王国から…!」
「はい。ロートリンゲン王国とシルバーライヒ王国の商人が、日本酒とウイスキーを買いたいと言っています」
 リトアに知らせる。
「他の王国からも、注文が来ました」
 リトアが、嬉しそうだ。
「我々の酒が、世界に広まるのですね」
「はい。でも、生産が追いつかなくなりそうです」
「熟成室を、さらに増やしましょう。そして、職人も」
 醸造事業は、順調に拡大している。
 その夜、父から手紙が来た。
「アレン、魔の森の異変が、少し悪化している。Aランクの魔物が、領地に近い場所で目撃された。騎士団で対処したが、念のため知らせておく」
 僕は、手紙を見つめる。
 魔の森の異変。
 封印の弱体化。
 これも、早急に対処しなければならない。
 でも、今は手が足りない。
「もう少し待っていてください、父さん。必ず、対処します」
 翌朝、僕は屋敷の設計を始めた。
 国境の街、ノイブルクに、本格的な屋敷を建てる計画だ。
 オスカーに相談する。
「オスカーさん、屋敷を建てたいんです」
「国境の街に、ですか?」
「はい。これから、ここに居ることが多くなります。仮住まいでは、不便で」
「わかりました。どのような屋敷を?」
「広い中庭が欲しいんです。そして、中庭に小さな神殿を作りたい」
「神殿…ですか?」
「はい。私専用の、祈りの場所です」
 オスカーが、図面を描き始める。
「では、この設計はどうでしょうか?」
 立派な屋敷だ。
 広い中庭。
 その中央に、小さな神殿。
「素晴らしいです。お願いします」
「では、着工します。二週間で完成させます」
 二週間後、屋敷が完成した。
 立派な石造りの屋敷だ。
 広い中庭には、美しい神殿が建っている。
 白い石で作られた、小さな神殿。
 中には、祭壇が一つ。
 シンプルだが、神聖な雰囲気がある。
「完成しました、アレン様」
「ありがとうございます、オスカーさん」
 僕は、神殿に入る。
 静かだ。
 祭壇の前に、ひざまずく。
 目を閉じる。
 心の中で、呼びかける。
「セレスティア様…聞こえますか?」
 しばらくすると、温かい光が満ちる。
 女神の声が、聞こえた。
「聞こえていますよ、アレン。立派な神殿を作ってくれたのですね」
「はい。これから、よくここで話しましょう」
「嬉しいわ。で、今日は何か相談ですか?」
 僕は、少し恥ずかしそうに聞く。
「実は…勇者時代に、魔の森で出会った牛のことを覚えていますか?モーモーと呼んでいた」
 女神が、少し笑う。
「ああ、あの子ね。実は…あの子は神牛なのよ」
「神牛…?」
「神界で育てている、特別な牛です。神気を纏っていて、普通の魔物とは全く異なる存在。寿命もありません」
「神界の…牛が、なぜ魔の森に…?」
「逃げ出したのよ」
 女神が、少し困ったような声で言う。
「神界の柵を壊して、こちらの世界に逃げてきた。困ったものだと思っていたのですが…」
「なぜ逃げたんですか?」
「それは…あの子に聞いてみないとわからないけど」
 女神が、続ける。
「ただ、あの子が人間に懐いたのは、あなたが初めてです。勇者だったあなただから、手懐けられたのでしょう」
「そうだったんですか…あの牛乳、本当に美味しかったな…」
 懐かしい記憶だ。
 前世で飲んだ牛乳の中で、あれほど美味しいものはなかった。
「もうあの牛乳は飲めないんでしょうか…」
 思わず、独り言のように呟く。
 女神が、くすくすと笑う。
「諦めるのは早いですよ、アレン」
「え?」
「あの子は、まだ生きています。神牛は寿命がありませんから、五百年経っても元気なはずです」
「本当ですか!?」
「それだけじゃないわ」
 女神の声が、少し楽しそうになる。
「実は…あの子は、あなたの従魔になっているのよ」
「従魔…!?」
 僕は、驚いて顔を上げる。
「い、いつの間に…」
「あなたが気づかないうちに、勝手になっていたのよ。あの子が、自分からあなたを主と認めたの」
「そんなことが…」
「神牛は、自分の主を自分で選ぶ生き物なの。あなたを選んだということは、それだけあなたを信頼していたということよ」
 僕は、しばらく言葉を失う。
「では…今でも、召喚できるんですか?」
「できるはずよ。あなたが従魔と認識できれば、召喚も念話での会話も可能なはずです」
「念話まで…」
「今まではあなたが従魔と気づいていなかったから、念話ができなかった。でも今は、私が教えたから、認識できるでしょう」
 女神が、少し意地悪そうに笑う。
「それと、一つ教えておくわ。あの子、天界に帰ってから、随分たくましくなったのよ」
「たくましく…?」
「詳しくは、あの子に聞いてみなさい。きっと驚くから」
 念話を終えて、神殿から出た。
 広い中庭。
 空は、青く澄んでいる。
 僕は、中庭の中央に立つ。
 目を閉じる。
 記憶を辿る。
 五百年以上前。
 魔の森の深部。
 大きな体。
 優しい目。
 そして――
 あの美味しい牛乳。
「モーモー」
 静かに呼びかける。
 しばらく、何も起きない。
 でも――
 突然、空気が揺れた。
 光が集まる。
 白く、眩しい光。
 そして――
 姿が現れた。
 体高三メートルを超える、巨大な牛。
 全身が白く、神々しい輝きを放っている。
 角は金色に光っている。
 体の周りには、うっすらと神気が漂っている。
 それが――
 僕を見た瞬間。
 巨大な目が、大きく見開かれた。
 そして、猛烈な勢いで近づいてくる。
 ドドドドド――
 地面が、揺れる。
「も、モーモー!?」
 体高三メートルの牛が、勢いよく顔を近づけてくる。
 そして――
 ベロッ。
「うわっ!」
 顔を、舐められた。
 大きな舌で、思い切り。
 僕の顔が、よだれだらけになる。
「モーモー! 顔が…!」
 でも、モーモーは嬉しそうだ。
 尻尾を、激しく振っている。
 そして――
 前足を折り、頭を下げる。
 巨大な牛が、僕に向かって頭を下げている。
 その光景は、なんとも不思議だ。
 その時、頭の中に声が響いた。
「…主様。お久しぶりです」
「モーモー…! 念話で話せる…!」
「はい。主様が、私を従魔と認識してくださったので」
 声は、思ったより穏やかだ。
 女性的な、落ち着いた声。
「モーモー、ずっと元気だったか?」
「はい。主様のことが、ずっと気になっていました。天界に帰った後も、主様の様子を時々見ていました」
「そうだったのか…」
「主様が転生したと知った時、嬉しかったです。また会えると思って」
 モーモーの声が、温かい。
「それで…女神様から聞いたんだが、天界に帰ってから、たくましくなったって」
 モーモーが、少し得意げな気配を出す。
「はい。実は、子供が十頭おります」
「十頭!?」
「五百年の間に、少しずつ産みました。神牛は、大人になるまでに二十年かかります。二十歳になると子を産める様になります。子供たちも子を産み始め、群が増えていきました」
「なるほど…」
「なので、最近産まれた子はまだ小さいです。でも、二十年以上前に産まれた子は、もう立派な大人です」
「私はその群の長をしております。今は合計三十五頭の群ですの長です」
「さ、三十五頭…!」
 僕は、驚く。
「主様がご主人様ということは、自動的に、子供たちも、群の全員も、主様の従魔になっているのです」
「え…それは…」
「ご迷惑でしたか?」
「い、いや、迷惑じゃないけど…三十五頭は、さすがに…」
「主様がお望みであれば、三十五頭全員をこちらに呼ぶことができます。でも、ご迷惑なら、天界に残しておきます」
 僕は、少し考える。
 三十五頭の神牛。
 魔の森の問題がある。
 父の領地の警備も強化したい。
 そして、農業への効果も期待できる。
「来てもらいたい。でも、まず牧場を作ってから」
「わかりました。主様の準備ができるまで、待ちます」
 その時、庭に人が集まってきていた。
 騒ぎを聞いて、みんなが様子を見に来たのだ。
 父グレン、母エレナ、ソフィア姉さん、マルク兄さん、ノエル、双子。
 ディートリヒ、コンラート、エルヴィン。
 そして、農業顧問のギュンターも。
 全員が、体高三メートルの巨大な白い牛を見て、固まっている。
「な、なんだ…この牛は…」
 父が呟く。
「でかい…!」
 マルクが言う。
「神々しい…」
 母が言う。
「可愛い!」
 双子が言う。
 さすがの双子だ。
 エルヴィンが、静かに近づいてきた。
 モーモーをじっくりと見る。
 その目が、驚きで見開かれる。
「…これは…神牛か」
「エルヴィン様、ご存知なんですか?」
「伝説では聞いていた。神界に生きる神聖な牛。神気を纏い、魔物を寄せ付けず、寿命を持たない」
 エルヴィンが、低い声で続ける。
「だが…アレン、一つ問題がある」
「問題…?」
「この牛が神牛だとわかれば、教会関係者が必ず動く」
「教会が…?」
 エルヴィンが、真剣な表情で言う。
「神と名の付くものは、教会が直接調べに来る。そして、自分たちの管理下に置こうとする」
「それは…まずいですね」
「神牛をここに置いておくとなれば、聖都から使者が来て、連れ帰ろうとするだろう。場合によっては、強引な手段も取りかねない」
 父グレンが、眉をひそめる。
「そんなことをされたら…」
「だから」
 エルヴィンが、僕を見る。
「この牛のことを話す時は、神牛とは呼ばない方が良い。別の呼び方をすることだ」
「別の呼び方…」
 僕は、少し考える。
「では…聖牛はどうでしょうか?」
「聖牛か。神牛よりは目立たない。教会も、聖という字は使うが…神ほど敏感には反応しないはずだ」
「では、これからはモーモーたちのことを、聖牛と呼ぶことにします」
 エルヴィンが頷く。
「それが良い。くれぐれも、神牛という言葉は使わないように。家族にも、周囲の者にも、徹底させること」
「わかりました」
 父グレンも頷く。
「聖牛か。それなら、教会も動きにくいだろう。気をつけよう」
 その場にいた全員が、真剣な表情で頷いた。
 その後、農業顧問のギュンターが前に出てきた。
 元々は農場主だ。
 牛には、詳しい。
 でも――
 彼の目は、今まで見たことのない輝きを持っていた。
「アレン様…この牛は…」
「聖牛のモーモーです。従魔なんです」
「せ、聖牛…!」
 ギュンターが、震えている。
「こんな素晴らしい牛を、間近で見るとは…」
 ギュンターが、ゆっくりとモーモーに近づく。
 モーモーが、じっとギュンターを見ている。
 ギュンターが、モーモーの前で膝をつく。
「美しい…なんという神々しさだ…」
 モーモーが、ギュンターの頭の匂いを嗅ぐ。
 そして、優しく頭を舐める。
「あっ…」
 ギュンターが、感動で涙を流す。
「こんな素晴らしい生き物が…わしの頭を…」
 モーモーが念話で言う。
「この方、牛が好きなんですね。優しい気持ちが伝わります」
「ギュンターさんは、農場主だったんです。牛の扱いも上手です」
 モーモーが、ギュンターをじっと見る。
「この方が、私たちの世話をしてくれるのですか?」
「お願いしたいと思っているんだが…」
 モーモーが、ギュンターに近づく。
 そして、もう一度、頭を舐める。
「この方なら、信頼できます」
 ギュンターが、僕のところに来た。
 まだ、涙が残っている。
「アレン様…お願いがあります」
「なんですか?」
「この聖牛の牧場管理を、私に任せていただけませんか」
「ギュンターさん…でも、農業顧問の仕事は…」
「両方、やります。この牛を世話するためなら、どんな仕事でもします」
 ギュンターが、真剣な目で言う。
「わかっています。食肉にしてはいけない。粗末に扱ってもいけない。神聖な存在です」
「はい、その通りです」
「だからこそ、私が責任を持って世話をしたい。この牛にふさわしい環境を作りたい」
 モーモーが念話で言う。
「主様、この方に任せてください。信頼できます」
「わかりました、ギュンターさん。お願いします」
 ギュンターが、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。一生をかけて、お世話します」
 その日から、牧場建設が始まった。
 広大な土地を選ぶ。
 国境の街の近く、広い草地がある。
 オスカーが設計を担当する。
「聖牛が三十五頭…それに見合った牧場を作りましょう」
 エルヴィンが土魔法で、広大な牧場を整備する。
 僕がクラフト魔法で、頑丈な柵を作る。
 リトヴァル族が、細かい作業を手伝う。
 ギュンターが、牛小屋の設計に口を出す。
「聖牛にふさわしい、立派な小屋を作りたい」
「どんな設計がいいですか?」
「広くて、清潔で、風通しが良くて…それと」
 ギュンターが、真剣な表情で続ける。
「搾乳室が必要です。清潔で、静かな環境で搾乳できるように」
「搾乳室…確かに、大切ですね」
「牛は、信頼できる人間にしか搾乳させません。特に、この聖牛は」
 モーモーが念話で言う。
「その通りです。私たちは、信頼できる者にしか乳を出しません。ギュンターさんは、すでに信頼できると判断しています」
「ギュンターさん以外には?」
「主様と、主様が許可した者だけです」
 三日後、立派な牧場が完成した。
 広い草地、頑丈な柵、立派な牛小屋。
 清潔な搾乳室も完備されている。
 上水道も引いた。
 清潔な水がいつでも飲めるように。
「完璧です」
 ギュンターが、満足そうだ。
 モーモーも、牧場を歩き回って確認する。
「気に入りましたか?」
「はい。素晴らしいです、主様」
「では、みんなを呼んでも良いですか?」
「どうぞ」
 モーモーが、念話で天界に呼びかける。
 しばらくすると――
 空が、光り始めた。
 白い光の柱が、いくつも降りてくる。
 一頭、一頭、聖牛が降りてくる。
 まず降りてきたのは、モーモーに次ぐ大きさの聖牛たちだ。
 体高三メートル近く、立派な角を持つ、堂々とした個体。
 五百年の間に産まれ、すでに成体となった子供たちだ。
「長子のアルフォンスです」
 モーモーが紹介する。
「二番目のベアトリスです」
「三番目のカルロスです」
 次々と降りてくる。
 全員、親に劣らぬ神々しさだ。
 続いて、少し小さめの個体が降りてくる。
 体高二メートル半ほど。
 まだ成体になって間もない、若い個体だ。
「八番目のハンナ、九番目のイグナツです。二十年を少し超えたばかりで、まだ体が育ちきっていません」
 そして最後に――
 さらに小さな個体が三頭、降りてきた。
 体高一メートルから一メートル半ほど。
 それでも人間より大きい。
 まだ幼さの残る、丸みを帯びた体つきだ。
「十番目のユーリ、十一番目のクラウス、十二番目のリーゼです。それぞれ五年、三年、一年前に産まれました。まだ子供です」
 三頭の子牛たちが、きょろきょろと辺りを見回している。
 そして、モーモーのそばに寄り添う。
「この子たちが一番の末っ子ですね」
「はい。私も、まさかこの歳で三頭も産まれるとは思いませんでした」
 モーモーが、少し照れたように言う。
 その後、群の他の個体たちも、次々と降りてきた。
 全員が成体で、堂々とした体格だ。
 総勢三十五頭。
 牧場が、神々しい白い光で満ちる。
 全員が僕を見た。
「主様ですか?」
「お母さんがいつも話していた、主様ですか?」
 成体の聖牛たちが、整然と僕の前に並ぶ。
 そして、一頭一頭、丁寧に頭を下げる。
「よろしくお願いします、主様」
 その所作は、落ち着いていて品がある。
 さすがに長い年月を生きた個体たちだ。
 若い二頭も、先輩たちに倣って頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
 そして――
 問題は、三頭の子牛たちだ。
 きょろきょろと辺りを見回した後、僕を発見する。
 目が輝く。
「主様だ!」
「お母さんの主様だ!」
 ドドドド――
「ま、待って…!」
 三頭が、一斉に突進してくる。
 次の瞬間、僕の顔が三方向から同時に舐められる。
「うわああ!」
 よだれだらけになる。
 周りで見ていた家族たちが、大笑いしている。
「アレン、大変なことになってるぞ」
 父が笑う。
「お兄ちゃん、よだれだらけ!」
 双子も笑う。
「モーモー、子牛たちに挨拶の仕方を教えてください…」
「申し訳ありません、主様。あの子たちは、まだ生まれて数年ですので…」
 モーモーが、子牛たちを注意する。
 三頭が、しゅんとなる。
「ごめんなさい、主様」
「舐めちゃ、だめだった」
「でもでも、嬉しくて…」
 僕は、思わず笑う。
「いいよ。ちゃんと会えて、こっちも嬉しい」
 三頭が、また目を輝かせる。
 でも今度は、大人しく頭を下げる。
「よろしくお願いします、主様!」
 ギュンターが、三十五頭の聖牛を前に、立ち尽くしていた。
 感動で、言葉が出ない。
 涙が、頬を伝っている。
「こんなに…こんなに素晴らしい…」
 成体の聖牛たちが、ギュンターに近づく。
 一頭が、ギュンターの顔の匂いを嗅ぐ。
 そして、優しく頭を舐める。
「あっ…」
 また涙が溢れる。
「この方、信頼できる人ですね」
 成体の一頭が念話で言う。
 モーモーが答える。
「この方が、これからみんなの世話をしてくれます」
 成体の聖牛たちが、一頭一頭、ギュンターに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
 そして、子牛の三頭も。
「よろしくおねがいします!」
 ギュンターが、両手で顔を覆う。
「こんな幸せが…わしにあるとは…」
 夕方、家族全員が牧場に集まった。
 三十五頭の聖牛が、のんびりと草を食んでいる。
 夕日が、白い体を金色に染めている。
 美しい光景だ。
「モーモーのお乳、飲んでみたいな…」
 ノエルが、ちょっと遠慮がちに言う。
「モーモー、良いですか?」
「主様と、主様のご家族のためなら、喜んで」
 ギュンターが、搾乳室に案内する。
 清潔な石造りの部屋だ。
 モーモーが、静かに入ってくる。
 ギュンターが、丁寧に搾乳を行う。
 慣れた手つきだ。
 でも――
「アレン様、これは…」
 バケツに、みるみる牛乳が満ちていく。
「すごい量が出ますね」
「一日百リットル出ます」
 モーモーが、さらっと言う。
「ひゃ、百リットル!?」
 ギュンターが驚く。
「普通の牛は、良くて三十リットルほどです…百リットルとは…」
「しかも、妊娠していなくても乳が出ます。私たちは、信頼できる方に搾乳していただければ、いつでも出ます」
「搾乳しなくても、問題はないんですか?」
「はい、問題ありません。ただ、信頼できない者に触れられるのは嫌なので、搾乳できる者は主様が決めてください」
 僕は頷く。
「わかりました。搾乳はギュンターさんに任せます。他の者は、僕の許可が必要ということで」
「ありがとうございます、主様」
 家族全員で牛乳を飲む。
「…!!!」
 全員が、同時に驚く。
「な、なんだこれは…!」
 父が、目を見開く。
「こんな牛乳、飲んだことない…!」
 母が、感動している。
「甘くて、濃くて、まろやかで…」
「美味しい…!」
 双子も、夢中で飲む。
 僕は、前世の記憶を思い出す。
 五百年以上前、魔の森で飲んだ、あの味。
「やっぱり、変わらない…」
 本当に、美味しい。
 その時、疲れた様子だったコンラートが、一杯飲んで、急に顔色が良くなった。
「あ…体が、軽い…」
「コンラートさん、どこか悪かったんですか?」
「実は、昨日から腰が痛くて…でも、これを飲んだら、すっと消えた…」
 エルヴィンが、目を細める。
「体力回復だけではないな。治癒効果もある」
 モーモーが答える。
「はい。私たちの乳には、体力回復、魔力回復、病の治癒、怪我の治癒…様々な効果があります」
「怪我の治癒まで…!」
「それだけではありません。呪いの解呪効果も」
 エルヴィンが、驚く。
「解呪まで…それは、相当な効力だ」
「神界の力を宿した乳ですから」
 一同が、しばらく無言になった。
 その沈黙を破ったのは、リーブ老職人だった。
 牛乳を一口飲んで、目を丸くする。
「こ、これは…! この牛乳で酒を作ったら…!」
「乳酒ですか?」
「いや、まずはチーズとヨーグルトです! この牛乳なら、素晴らしい発酵食品ができる!」
 リーブが、興奮している。
「腐ったりしませんか?」
 モーモーが答える。
「私たちの乳は、チーズやヨーグルトのような良い発酵はします。でも、腐るということはありません」
「腐らない…!」
 リーブが、さらに興奮する。
「それは…保存期間の心配が要らないということですか!?」
「はい。適切に管理すれば、いつまでも良い状態を保ちます」
「これは…革命だ…!」
 リーブが、僕に向き直る。
「アレン様、お乳を少し分けてもらえますか? 試作してみたいんです」
 僕は、モーモーに確認する。
「モーモー、リーブさんは信頼できますか?」
 モーモーが、リーブをじっと見る。
「…はい。主様が許可するなら、構いません」
「では、リーブさん、ギュンターさんの立ち合いのもとで、搾乳した分を使ってください」
「ありがとうございます!」
 リーブが、嬉しそうに走り出す。
 後日、グロスマンを呼んだ。
 牛乳とリーブが試作したチーズを試食させる。
 グロスマンが、牛乳を一口飲む。
「…!」
 固まる。
 数秒間、動かない。
 そして――
「これは…なんですか…?」
「聖牛の乳です」
「聖牛…あの神々しい牛の…」
 グロスマンが、もう一口飲む。
「体が、温かくなる…疲れが取れる…」
「治癒効果もあるんです」
「し、治癒効果まで…!」
 次に、チーズを一口。
「うっ…!」
 また、固まる。
「こんなチーズ…王都の最高級レストランにも、ない…」
 グロスマンが、立ち上がる。
「アレン伯爵、これを、販売させてください!」
「もちろんです。ただ」
 僕は、真剣な表情で言う。
「聖牛に関する全ての権限は、僕にあります。乳の販売も、チーズの販売も、糞の販売も、全て僕の許可なしには動かないでください」
「もちろんです!」
「価格の設定も、販売先の選定も、全て僕が決めます」
「わかりました。全てアレン伯爵の指示に従います」
 グロスマンが、深々と頭を下げる。
「では、価格ですが…」
 僕は考える。
 聖牛の乳は一日百リットル出る。
 雌は二十一頭だが、まだ乳の出ない子牛を除くと成体と若い個体が乳を出せる。
 リーゼはまだ一歳なので、乳は出ない。
 ユーリとクラウスは五歳と三歳。
 十歳になれば少しずつ乳が出始めるが、まだ出ない。
 実質的に、乳を出せるのは十八頭。
 一日合計千八百リットル。
 これは、相当な量だ。
「牛乳は、小瓶一本(一リットル)で金貨一枚。王侯貴族向けの最高級品として」
「それは…破格の高値ですが、間違いなく売れます」
「チーズは、小さな一ホールで金貨二枚」
「完璧です」
「ただし、一般の民にも少しは届けたい。一部は、安価で孤児院や病院に提供します」
 グロスマンが、感動する。
「さすが、アレン伯爵です…」
 父グレンが、相談を持ちかけてきた。
「アレン、お願いがあるんだが」
「なんですか、父さん?」
「この聖牛たちに、うちの領地の魔の森周辺を、時々歩いてもらえないか?」
「どうしてですか?」
 父が、真剣な表情で言う。
「魔の森の異変が続いている。Aランクの魔物が出始めているし、領民への被害も増えている」
 僕は、モーモーに確認する。
「モーモー、定期的に父さんの領地の魔の森周辺を歩くのは、大丈夫ですか?」
「もちろんです。そのためにこちらに来たようなものです」
「そのためにって…?」
「主様の領地が魔の森の近くにあると、天界から見ていて心配していました。私たちが近くにいれば、少しは助けになれると」
 モーモーが続ける。
「それと、魔の森の草は、とても美味しそうです。ぜひ食べてみたいと思っていました」
「魔の森の草が美味しそう…さすが聖牛だな」
 僕は、父に報告する。
「モーモーたちが、喜んで行ってくれるそうです」
「本当か! ありがとう」
 エルヴィンが付け加える。
「それだけではない。聖牛が魔の森の草を食べ続けると、その場所の魔素が少しずつ減っていく」
 父が聞く。
「魔素が減ると、どうなるんだ?」
「魔の森は、強い魔素があるから魔物が生まれ、育つ。その魔素が減れば、魔物の数も減っていく。数十年単位の話だが、長い目で見れば魔の森が徐々に削られていくことになる」
 父が、驚く。
「魔の森が削られる…!?」
「すぐには変わらない。だが、確実に進んでいく。聖牛には寿命がない。百年でも、二百年でも、食べ続けられる」
 父が、しばらく言葉を失う。
 そして、深々とため息をつく。
「アレン…お前は、どこまでやるんだ」
「父さん?」
「魔の森を削るとは…そんなことを考えるとは…」
 父が、僕の肩に手を置く。
「わかった。本当に、ありがとう」
 その後、定期的な散歩が始まった。
 週に二回、成体の聖牛数頭が、グレン領の魔の森周辺を歩く。
 その効果は、すぐに現れた。
 魔物が、ぱったりと現れなくなった。
 農民たちが、驚く。
「最近、魔物が来ない…」
「なんでだろう…」
 そして、聖牛が通った後の草地に、白い糞が残っている。
 農民たちが、最初は戸惑う。
「これは…牛の糞か?」
「でも、臭くない…」
 マティアスが、試しに畑に使ってみる。
 一週間後――
「野菜が、大きくなってる…!」
「しかも、倍以上の収穫量だ…!」
「味も、全然違う…こんなに美味しいのか…!」
 農民たちが、糞の回収に殺到する。
「聖牛様が通った後は、必ず拾いに行く!」
「これは、宝だ!」
 牧場での糞も、ギュンターが丁寧に集めた。
 袋に詰めて、販売の準備をする。
「アレン様、糞の販売について、ご指示をいただけますか?」
「はい。肥料用と魔物避け用に分けて販売します」
 僕は、価格を設定する。
「肥料用小袋:銀貨五枚。魔物避け用小袋:銀貨三枚」
「わかりました」
「ただし、販売はグロスマンさんを通すこと。そして、必ず僕の許可を得てから動いてください」
「はい、必ずそうします」
 グロスマンが販売を開始すると――
 またたく間に完売した。
「もっと欲しい!」
「農地に使ったら、収穫量が倍になった!」
「旅の途中に置いておいたら、魔物が来なかった!」
 注文が殺到する。
 ある夜、モーモーが念話で教えてくれた。
「主様、一つ大切なことをお伝えしたいのですが」
「なんですか?」
「私たちは毎年、子供を産みます。これからも、群は増え続けます」
「毎年…どのくらい産まれますか?」
「群全体で、年に約二十頭産まれます。ただ」
 モーモーが続ける。
「大人になるまでに二十年かかります。ですから、子供が乳を出せるようになるのは、十歳を過ぎた頃から。少しずつ、徐々に増えていきます。完全に大人になるまでは子供は産めませんが、乳は十歳頃から少しずつ出始めます」
「つまり、今から十年後には、今の子牛たちが少し乳を出してくれるようになると」
「はい。そして二十年後には、今年産まれた子供たちが大人になります。群はどんどん大きくなっていきます」
 僕は、その言葉の重みを感じる。
 年に二十頭。
 十年で二百頭。
 二十年で四百頭以上。
「これは…とんでもないことになるな」
「主様の領地が、どんどん豊かになっていきます」
「でも、全員の世話ができるか…」
「ギュンターさんは、優秀な方です。弟子も育てれば、大丈夫です」
 モーモーが、温かく言う。
「主様、私たちは主様の役に立つために来ました。安心してください」
 その夜、僕は書斎で考えた。
 聖牛との再会。
 魔の森対策。
 農業の発展。
 糞の商品化。
 牛乳とチーズの販売。
 リーブの新しい醸造への挑戦。
 そして、これからも増え続ける群。
 全てが、一頭の牛から始まった。
「前世での出会いが、こんな形で続いていたとは…」
 エルヴィンが、書斎に来た。
「アレン、今日は大きな出会いがあったな」
「はい。モーモーとの再会、本当に嬉しかったです」
「聖牛が三十五頭…しかも、毎年二十頭ずつ増えるとは」
「数十年後には、とんでもない数になりますね」
「ああ。魔の森対策にも、農業にも、医療にも…あらゆる面で役に立つ」
 エルヴィンが、少し微笑む。
「だが、くれぐれも教会には気をつけることだ。聖牛という名で呼んでいても、あれほどの神気を持つ生き物だ。いずれ、嗅ぎつける者が出てくるかもしれない」
「その時は…」
「その時は、毅然と対処すれば良い。あの牛たちはお前の従魔だ。誰にも渡す必要はない」
「わかりました」
 窓の外を見る。
 牧場に、聖牛たちの白い姿が見える。
 夜の月明かりに照らされて、神々しく輝いている。
 成体の聖牛たちが、静かに草を食んでいる。
 子牛三頭は、寄り添って眠っている。
「モーモー、これからもよろしくな」
 心の中で、呼びかける。
 すると、念話で声が返ってきた。
「はい、主様。末永く、お供します」
 温かい声だ。
 前世から続く、不思議な縁。
 それが今、新しい形で、続いていた。

第42話「エーリッヒの帰還と兵士訓練」

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