43 / 65
第2部 第2章「改革の波」
第43話「新たな予兆」
第43話「新たな予兆」
十月の終わり。
国境の街ノイブルクに、朝から活気があった。
今日は、アレン・フォン・ノイシュテルンの十歳の誕生日だ。
街の人々が、朝早くから準備を始めている。
花屋は花を飾り、パン屋は特別なパンを焼き、商人たちは屋台を並べる。
リトヴァル族の住居区からも、人々が出てくる。
小さな体で、大きな荷物を抱えている。
「急いで、急いで!」
「飾り付けが、まだ終わってない!」
双子は、朝から興奮している。
「お兄ちゃんの誕生日だ!」
「準備は完璧!」
二人は、何週間も前から秘密で準備していた。
母エレナが微笑む。
「レオ、リナ、アレンを起こしに行ってあげなさい」
「わかった!」
二人が、アレンの部屋に走る。
ドンドンドン。
「お兄ちゃん、起きて!」
「誕生日だよ! 早く起きて!」
僕は、目を覚ます。
窓から朝の光が入ってくる。
扉を開けると、双子が飛びついてくる。
「お誕生日おめでとう!」
「十歳になったね!」
「ありがとう、二人とも」
僕は、双子を抱きしめる。
レオとリナが、嬉しそうに笑っている。
一年前、この二人は六歳だった。
今は七歳。
双子も、大きくなった。
「プレゼント、渡したい!」
「後で、ね。今は着替えさせて」
「早く早く!」
朝食の時間、家族全員が集まっていた。
父グレン、母エレナ、ソフィア姉さん、マルク兄さん、ノエル、双子。
そして、エルヴィン、ディートリヒ、コンラート、ゲオルグさん、エーリッヒさん一家。
テーブルには、豪華な料理が並んでいる。
そして――
聖牛モーモーの乳で作ったチーズと、リーブ老職人のヨーグルト。
「アレン、誕生日おめでとう」
父が、静かに言う。
「十歳になったな」
「はい、父さん」
「お前が生まれた時、まさかここまでになるとは、思わなかった」
父の目が、少し潤んでいる。
「グレン様、泣いてるんですか?」
ノエルが、優しく聞く。
「泣いてない!」
父が、照れる。
みんなが笑う。
母が言う。
「アレン、今日は何も仕事しないでね。一日くらい、ゆっくりしなさい」
「でも、母さん…」
「だめ。お誕生日は特別な日です」
母が、きっぱりと言う。
「わかりました」
双子から、プレゼントを受け取った。
小さな箱だ。
「開けて! 開けて!」
開けると――
手作りのペンダントが入っていた。
小さな青い石が、銀の台座に嵌められている。
台座には、細かい模様が刻まれている。
「ノエルに教えてもらって、作ったんだ!」
「レオが石を磨いて、リナが台座に模様を刻んだの!」
「ノエルは、最後の仕上げだけ手伝ってくれた」
僕は、ペンダントを手に取る。
小さいけど、丁寧に作られている。
二人の気持ちが、込められている。
「ありがとう、レオ、リナ」
僕は、すぐにペンダントを首にかける。
「似合う!」
「良かった!」
双子が、嬉しそうに笑う。
ソフィア姉さんからは、新しい剣。
マルク兄さんからは、上質な弓。
ノエルからは、クラフト魔法の補助魔石。
父からは、立派な執務用の椅子。
「お前の屋敷の書斎に、ちょうど良いだろう」
「ありがとうございます、父さん」
母からは、手編みのマフラー。
「冬になると、国境は寒いでしょう。体を大切にしてね」
「ありがとう、母さん」
エルヴィンからは、古い魔法書だった。
「わしが、若い頃に使っていた魔法書だ。役に立つかもしれない」
「エルヴィン様の…」
分厚くて、古い本。
ページをめくると、見たことのない魔法の理論が書かれている。
「大切にします」
昼頃、街の広場で誕生祭が始まった。
街の人々が集まる。
人族の住民たち。
ヴェルデン王国からの難民たち。
そして、リトヴァル族たち。
みんなが、一緒に祝ってくれる。
「アレン伯爵、お誕生日おめでとうございます!」
「十歳になられたんですね!」
「これからも、よろしくお願いします!」
屋台には、様々な料理が並んでいる。
聖牛の乳で作ったチーズとヨーグルト。
日本酒(子供用にはリトヴァル族特製の甘酒)。
味噌を使った料理。
醤油で味付けした串焼き。
前世の味が、この世界に根付いている。
僕は、広場を歩きながら、一人一人に挨拶する。
マティアスが来ていた。
「アレン様、フェルゼン領から来ました。今年の収穫は、聖牛の糞のおかげで倍以上でした」
「本当ですか。良かった」
「領民たちが、皆喜んでいます。来年も、よろしくお願いします」
クララも来ていた。
「商業も、順調です。新しい商人がどんどん来ています」
「それは嬉しいですね」
「はい。アレン様の領地は、商売しやすいと評判です」
ハンスも来ていた。
「治安は、完璧です。この一年、重大な犯罪はゼロです」
「ハンスさんのおかげです」
「いえ、領民が良い人たちばかりなので」
ギュンターが、子牛の三頭を連れてきていた。
「子牛たちも、祭りに参加させていいですか?」
「もちろんです」
子牛たちが、広場を歩き回る。
子供たちが、駆け寄る。
「聖牛だ!」
「可愛い!」
子牛たちが、子供たちに囲まれて嬉しそうにしている。
子供と子牛が一緒に遊ぶ、不思議な光景。
リトアが、僕の隣に来た。
「アレン様、おめでとうございます」
「ありがとうございます、リトア」
「この一年を振り返ると…本当に、色々なことがありましたね」
「そうですね」
リトアが、遠い目をする。
「一年前、私たちは怯えながら国境に来ました。受け入れてもらえるか、不安で…」
「今は、どうですか?」
リトアが、広場を見渡す。
リトヴァル族の人々が、人族の人々と笑い合っている。
「夢のようです」
リトアの目が、潤む。
「最近、また子供が増えました。今月だけで、三組の夫婦に子供が産まれました」
「それは、おめでとうございます」
「皆、安心して子供を産める場所が出来たと、喜んでいます。本当に、ありがとうございます」
リトアが、深々と頭を下げる。
夕方、騎士団の幹部たちが集まった。
ディートリヒが、僕に向き直る。
「アレン様、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ディートリヒさん」
「この一年で、騎士団は大きく変わりました」
コンラートも続く。
「二百名から、二千三百名になりました。しかも、質も大幅に向上しています」
リトヴァル族の幹部候補たち五十名も、整列している。
「アレン様、私たちも、祝いの言葉を」
最初の五十名の中で最も優秀なリトヴァル族の若者、ヴォルフが前に出る。
「アレン様のおかげで、私たちは強くなれました。この力を、必ず良いことに使います」
「頼もしいです、ヴォルフ」
「はい。アレン様のために、どこまでも」
祭りが最高潮になった頃、グロスマンが到着した。
長旅で疲れているはずなのに、急いで来た様子だ。
「アレン伯爵、誕生日おめでとうございます。ですが…」
グロスマンが、少し深刻な表情をしている。
「どうしましたか?」
「実は、お急ぎの話がありまして。祭りが終わった後で、構いませんか?」
「わかりました。後ほど」
祭りが終わった夜。
書斎に、グロスマンを招いた。
父グレン、エルヴィン、ディートリヒも同席する。
「何があったんですか?」
グロスマンが、表情を引き締める。
「ヴェルデン王国の動きが、予想より早いです」
「どのような?」
「新王が、周辺の傭兵団を大量に雇っています。総勢二万を超える軍を集める予定らしいです………」
父グレンが、眉をひそめる。
「二万…!」
「しかも、王国内の反対派貴族を、次々と粛清しています。戦争に反対する声を、完全に封じている状況です」
「それは…」
「さらに」
グロスマンが、続ける。
「ロートリンゲン王国とノルトヴァルト王国の間でも、国境紛争が起きています。人族七王国全体で、緊張が高まっています」
書斎が静まり返る。
エルヴィンが、低い声で言う。
「それだけではない」
全員が、エルヴィンを見る。
「魔の森の異変が、悪化している」
「悪化…?」
「先週、冒険者ギルドから報告が来た。Aランクの魔物が、魔の森の外で目撃された。しかも、複数同時にだ」
父が言う。
「ああ、グレン領の騎士団が対処した。だが、今まで外には出てこなかった強さの魔物が出てきている」
「それだけではない」
エルヴィンが、深刻な表情になる。
「わしは、魔の森の封印を確認しに行った。一週間前に」
「どうでしたか?」
「ヒビが、増えていた」
一同が、息を呑む。
「前に見た時より、明らかに弱くなっている。このままでは…」
「封印が、破れる可能性があると?」
「可能性ではなく、時間の問題だ。ただし、いつかはわからない。十年後かもしれないし、五十年後かもしれない」
父が、拳を握る。
「十年後では、遅すぎる。今から対策を打たなければ」
「ああ。一度、封印の場所に行く必要がある。封印の状態を詳しく調べ、強化できるかどうか確認しなければ」
「それは、危険ですか?」
「かなり危険だ。封印の場所は、魔の森の深部にある。Sランクの魔物がいても、おかしくない」
エルヴィンが、僕を見る。
「アレン、お前の実力をさらに調整する必要がある」
「調整…ですか?」
エルヴィンが、腕を組む。
「お前は前世の勇者ハルトの記憶と魔力を、全て引き継いで転生している。その実力は、本来ならSランク以上だ」
「はい」
「だが」
エルヴィンが、真剣な目で続ける。
「お前は今、十歳の子供の体だ。勇者ハルトは、二十七歳の鍛え抜かれた成人男性の肉体を持っていた」
「…そうですね」
「体格が違う。筋力が違う。魔力の器の大きさも、まだ成長途中だ。前世と同じ魔力を持っていても、今の体で出力できる量には限界がある」
父グレンが、頷く。
「エルヴィンの言う通りだ。魔法の威力は問題なくても、持久力や身体能力は、成人男性には及ばない」
「つまり…」
エルヴィンが続ける。
「お前は確かに強い。今の体でも、Aランクの魔物を倒すことは十分できる。Sランクとも、短期決戦なら渡り合えるだろう。だが、勇者ハルトの全盛期と比べれば、まだ出力に制約がある」
「出力の制約…」
「特に、長時間の戦闘や、連続して強力な魔法を使う場合だ。成人の体なら耐えられる負荷が、今の体には大きい」
僕は、自分の手を見る。
確かに、まだ子供の手だ。
前世の記憶では、もっと大きくて、傷だらけの手だった。
「それに」
エルヴィンが、さらに続ける。
「魔の森の深部では、体力の消耗も激しい。魔素が濃いため、普通に歩くだけでも疲労する。お前の体が成長しきっていないことが、そこで響く可能性がある」
「わかりました。では、どうすれば?」
「今の体で、最大限の力を引き出せるよう訓練する。魔力の制御を精密にし、無駄なく力を使えるようにする」
エルヴィンが、空を見上げる。
「来年の春まで、集中して鍛える。そして、春に調査に行こう」
「わかりました」
「それと、モーモーたちも一緒に連れて行くと、心強いかもしれないな」
「モーモーが、一緒に来てくれるなら…確かに」
グロスマンが帰った後、父と二人で残った。
「アレン、正直に言う」
父が、珍しく真剣な顔をしている。
「いくら前世の記憶を取り戻したからと言っても、お前は十歳の、まだ子供の体だ」
「父さん…」
父が、続ける。
「恐らく、精神も若い体に引っ張られているだろう。二十七歳の大人の精神が、そのまま十歳の体に入っているわけではない」
「…その通りです」
僕は、正直に答える。
「前世の記憶はあります。でも、この体で生きている十年間の記憶や感覚も、同じくらい強い。だから、完全に大人の精神とは言えません」
「そうだろうな」
父が、僕の肩に手を置く。
「それなのに、お前はこれほどの重荷を背負っている」
「父さん…」
「辛くないか?」
僕は、少し考える。
「辛くないとは言えないです」
正直に答える。
「でも、嫌ではない」
「嫌ではない…?」
「だって、守りたいものが、たくさんある。リトヴァル族の人たち。この街の人たち。家族。みんなが笑っていてくれる限り、頑張れます」
父が、しばらく僕を見る。
そして、深々とため息をつく。
「お前は、本当に俺の息子か?」
「どういう意味ですか」
「こんなに出来た息子が、どこから来たのか、不思議でな」
父が、微笑む。
「わかった。お前を信じる。ただし、一つだけ約束しろ」
「なんですか?」
「無理をするな。困ったら、必ず俺に言え。お前がいくら前世の記憶があっても、今は十歳の子供の体だ。大人が助けなければならない時がある」
「…はい、約束します」
父が、僕の頭を撫でる。
大きくて、温かい手だ。
「誕生日おめでとう、アレン」
「ありがとうございます、父さん」
その夜遅く、書斎で一人になった時、モーモーから念話が来た。
「主様、今日はお誕生日でしたね」
「ありがとう、モーモー」
「主様が十歳になられた。でも、主様はずっと大人びていますね」
「前世があるから、かもしれないです」
「そうですね。でも、今日の主様は、子供らしかったです」
「そうかな」
「双子様からペンダントをもらった時の顔。とても嬉しそうでした。あれが、主様の本当の顔だと思います」
僕は、ペンダントを手で触れる。
双子が作ってくれた、青い石のペンダント。
「そうかもしれないな」
「主様、頑張りすぎないでください。私たちが、いつでも側にいます」
「ありがとう、モーモー」
窓の外を見る。
ノイブルクの街に、灯りが見える。
祭りの後片付けをしている人々の声。
子供たちの笑い声。
リトヴァル族の住居区からも、明かりが見える。
牧場には、聖牛たちの白い姿。
遠くには、暗い魔の森。
そして、さらに遠くには、西にヴェルデン王国。
この平和な景色の裏に、三つの脅威が迫っている。
でも――
僕は、怖くなかった。
「守るべきものが、たくさんある」
一年前、荒廃した領地と、数百人の住民しかいなかった。
今は、人口一万五千人を超える領地になった。
リトヴァル族五千人以上。
二千三百名の騎士団。
三十五頭の聖牛。
信頼できる仲間たち。
一人では、何もできなかった。
でも、みんながいてくれた。
「次の戦いも、みんなで乗り越えよう」
そう、心の中で誓う。
その時、神殿の方から、かすかな光が漏れてきた。
セレスティア様が、見守ってくれている。
心の中で、言葉が届く。
「アレン、よくやっています。これからも、あなたを見守っています」
「ありがとうございます、セレスティア様」
翌朝、家族全員で朝食を取った後、父とソフィア姉さん、マルク兄さんは、グレン領に戻る準備をしていた。
「父さん、気をつけて」
「ああ。お前もな」
父が、僕の肩を叩く。
「何かあれば、すぐに連絡しろ」
「はい」
ソフィア姉さんが、僕を抱きしめる。
「アレン、無理しないでね。お姉ちゃんも、いつでも来るから」
「ありがとう、姉さん」
マルク兄さんが、ぽんと頭を叩く。
「俺も、いつでも来るぞ。呼べよ」
「うん、ありがとう」
母は、ノイブルクに残る。
「私は、ここに残ります。医療と福祉は、まだやることが山ほどあるので」
「助かります、母さん」
ノエルも残る。
「私も、魔導具の研究が続いているので」
「ありがとう、ノエル」
双子も残る。
「僕たちは、学校で教えることがあるから!」
「子供たちが待ってるから!」
頼もしい限りだ。
父たちを見送った後、僕は街を歩いた。
一年前、何もなかった場所に、今は活気がある。
学校から、子供たちの声が聞こえる。
建築ギルドが、新しい建物を作っている。
商店には、人が溢れている。
上水道の蛇口から、清潔な水が出ている。
リトヴァル族の職人たちが、魔導具を作っている。
醸造施設からは、良い香りが漂っている。
田んぼでは、稲が育っている。
来年の春には、田植えができるだろう。
牧場では、聖牛たちがのんびりと草を食んでいる。
全ての景色が、この一年で生まれたものだ。
「これが、僕の領地だ」
リトアが歩いてくる。
「アレン様、どうぞ」
リトアが、小さな包みを渡す。
「これは?」
「遅くなりましたが、誕生日のプレゼントです。族全員からの気持ちです」
包みを開くと――
小さな木彫りの像が入っていた。
リトヴァル族の職人が彫った、精巧な像だ。
よく見ると――
それは、一人の少年が、人々に囲まれて立っている場面だ。
人族も、リトヴァル族も、一緒に。
「これは…」
「アレン様と、私たちです。この一年を、形にしました」
僕は、しばらく像を見つめる。
「ありがとうございます、リトア」
「こちらこそ、ありがとうございます。アレン様がいなければ、私たちはまだ逃げ続けていました」
リトアが、真剣な目で言う。
「これから、どんな脅威が来ても、私たちはアレン様と共に戦います。それが、族全員の意志です」
「頼もしいです、リトア」
夕方、エルヴィンと二人で、街の外れに出た。
遠くに、魔の森が見える。
暗くて、深い森。
その奥に、封印がある。
「エルヴィン様」
「何だ?」
「封印の調査、いつ行きますか?」
「焦るな。まず、準備が必要だ」
「どんな準備ですか?」
「お前の実力を、今の体に完全に馴染ませる必要がある。封印の場所には、それなりの力がなければ近づけない」
「前世の勇者ハルトなら、問題なかったと思いますが…」
「ああ。だが、今のお前の体は十歳だ。勇者時代と比べれば、出力に制約がある」
エルヴィンが、空を見上げる。
「今の訓練の目的は、お前の前世の力を今の体で最大限引き出せるようにすることだ。無駄なく、効率的に」
「わかりました」
「来年の春まで、集中して鍛える。そして、春に調査に行こう」
「わかりました」
「それと、モーモーたちも一緒に連れて行くと、心強いかもしれないな」
「モーモーが、一緒に来てくれるなら…確かに」
念話でモーモーに聞いてみる。
「モーモー、魔の森の調査に一緒に来てもらえますか?」
「もちろんです、主様。それくらいの魔物なら、問題ありません」
「頼もしいです」
日が沈んでいく。
空が、赤く染まる。
エルヴィンが言う。
「アレン、この一年を振り返ると、お前は本当によくやった」
「まだまだ、課題は山積みです」
「ああ。でも、課題があるということは、それだけ成長できるということだ」
エルヴィンが、僕を見る。
「前世の知識と、この世界の力を持ち、しかも人の心を大切にする。普通、力を持てば、傲慢になる者が多い。でも、お前は違う」
「エルヴィン様に、そう言っていただけると、嬉しいです」
「お前は勇者ハルトの転生だ。前世のお前も、素晴らしい人間だった」
エルヴィンが、続ける。
「だが、この世界に転生して十年。お前は前世とはまた違う経験を積んでいる。家族に囲まれて育ち、領地を治め、人々を救う。前世の勇者時代には、そんな経験はなかった」
「…そうですね」
確かに、前世の勇者ハルトは、戦いばかりの人生だった。
家族や領地を持ったことはなかった。
「前世の知識と今世の経験。両方が合わさって、お前は前世の自分以上に成長している」
エルヴィンが、微笑む。
「前世のお前を超えていく。それが、転生の意味だ。これからも、楽しみにしているぞ」
夜、書斎に戻る。
机の上に、双子からのペンダント。
リトアからの木彫りの像。
エルヴィンからの魔法書。
父からの椅子に、座る。
地図を広げる。
七つの王国。
魔の森。
そして、グレンツブルクの方向。
いつか、グレンツブルクにも行かなければならない。
世界は、広い。
やるべきことは、山ほどある。
でも――
「一歩ずつ、確実に」
それが、僕のやり方だ。
焦らず、でも止まらず。
窓の外を見る。
ノイブルクの街に、明かりが灯っている。
この一年で作った街。
この一年で出会った人たち。
全てが、かけがえない。
「ありがとう、みんな」
心の中で、呟く。
すると、念話でモーモーの声が聞こえた。
「主様、お誕生日、改めておめでとうございます」
「ありがとう、モーモー」
「来年は、さらに良い年になりますよ」
「そうだといいな」
「きっとそうなります。主様が頑張っている限り」
温かい声だ。
どんな時も、変わらない。
僕は、魔法書を開く。
エルヴィンの字で、びっしりと書かれた魔法の理論。
新しい知識が、ここに眠っている。
「さて、勉強しよう」
ランプの灯りのもと、僕はページをめくる。
第2章「改革の波」は、こうして幕を閉じた。
でも、物語は続く。
新しい試練が、待っている。
封印の謎。
ヴェルデン王国の脅威。
そして、まだ見ぬ世界の広さ。
全ての答えは、前にある。
アレン・フォン・ノイシュテルン、十歳。
この世界の歴史が、動き始めていた。
第2部 第2章「改革の波」 完
次章予告:第2部 第3章「魔の森の封印」
十月の終わり。
国境の街ノイブルクに、朝から活気があった。
今日は、アレン・フォン・ノイシュテルンの十歳の誕生日だ。
街の人々が、朝早くから準備を始めている。
花屋は花を飾り、パン屋は特別なパンを焼き、商人たちは屋台を並べる。
リトヴァル族の住居区からも、人々が出てくる。
小さな体で、大きな荷物を抱えている。
「急いで、急いで!」
「飾り付けが、まだ終わってない!」
双子は、朝から興奮している。
「お兄ちゃんの誕生日だ!」
「準備は完璧!」
二人は、何週間も前から秘密で準備していた。
母エレナが微笑む。
「レオ、リナ、アレンを起こしに行ってあげなさい」
「わかった!」
二人が、アレンの部屋に走る。
ドンドンドン。
「お兄ちゃん、起きて!」
「誕生日だよ! 早く起きて!」
僕は、目を覚ます。
窓から朝の光が入ってくる。
扉を開けると、双子が飛びついてくる。
「お誕生日おめでとう!」
「十歳になったね!」
「ありがとう、二人とも」
僕は、双子を抱きしめる。
レオとリナが、嬉しそうに笑っている。
一年前、この二人は六歳だった。
今は七歳。
双子も、大きくなった。
「プレゼント、渡したい!」
「後で、ね。今は着替えさせて」
「早く早く!」
朝食の時間、家族全員が集まっていた。
父グレン、母エレナ、ソフィア姉さん、マルク兄さん、ノエル、双子。
そして、エルヴィン、ディートリヒ、コンラート、ゲオルグさん、エーリッヒさん一家。
テーブルには、豪華な料理が並んでいる。
そして――
聖牛モーモーの乳で作ったチーズと、リーブ老職人のヨーグルト。
「アレン、誕生日おめでとう」
父が、静かに言う。
「十歳になったな」
「はい、父さん」
「お前が生まれた時、まさかここまでになるとは、思わなかった」
父の目が、少し潤んでいる。
「グレン様、泣いてるんですか?」
ノエルが、優しく聞く。
「泣いてない!」
父が、照れる。
みんなが笑う。
母が言う。
「アレン、今日は何も仕事しないでね。一日くらい、ゆっくりしなさい」
「でも、母さん…」
「だめ。お誕生日は特別な日です」
母が、きっぱりと言う。
「わかりました」
双子から、プレゼントを受け取った。
小さな箱だ。
「開けて! 開けて!」
開けると――
手作りのペンダントが入っていた。
小さな青い石が、銀の台座に嵌められている。
台座には、細かい模様が刻まれている。
「ノエルに教えてもらって、作ったんだ!」
「レオが石を磨いて、リナが台座に模様を刻んだの!」
「ノエルは、最後の仕上げだけ手伝ってくれた」
僕は、ペンダントを手に取る。
小さいけど、丁寧に作られている。
二人の気持ちが、込められている。
「ありがとう、レオ、リナ」
僕は、すぐにペンダントを首にかける。
「似合う!」
「良かった!」
双子が、嬉しそうに笑う。
ソフィア姉さんからは、新しい剣。
マルク兄さんからは、上質な弓。
ノエルからは、クラフト魔法の補助魔石。
父からは、立派な執務用の椅子。
「お前の屋敷の書斎に、ちょうど良いだろう」
「ありがとうございます、父さん」
母からは、手編みのマフラー。
「冬になると、国境は寒いでしょう。体を大切にしてね」
「ありがとう、母さん」
エルヴィンからは、古い魔法書だった。
「わしが、若い頃に使っていた魔法書だ。役に立つかもしれない」
「エルヴィン様の…」
分厚くて、古い本。
ページをめくると、見たことのない魔法の理論が書かれている。
「大切にします」
昼頃、街の広場で誕生祭が始まった。
街の人々が集まる。
人族の住民たち。
ヴェルデン王国からの難民たち。
そして、リトヴァル族たち。
みんなが、一緒に祝ってくれる。
「アレン伯爵、お誕生日おめでとうございます!」
「十歳になられたんですね!」
「これからも、よろしくお願いします!」
屋台には、様々な料理が並んでいる。
聖牛の乳で作ったチーズとヨーグルト。
日本酒(子供用にはリトヴァル族特製の甘酒)。
味噌を使った料理。
醤油で味付けした串焼き。
前世の味が、この世界に根付いている。
僕は、広場を歩きながら、一人一人に挨拶する。
マティアスが来ていた。
「アレン様、フェルゼン領から来ました。今年の収穫は、聖牛の糞のおかげで倍以上でした」
「本当ですか。良かった」
「領民たちが、皆喜んでいます。来年も、よろしくお願いします」
クララも来ていた。
「商業も、順調です。新しい商人がどんどん来ています」
「それは嬉しいですね」
「はい。アレン様の領地は、商売しやすいと評判です」
ハンスも来ていた。
「治安は、完璧です。この一年、重大な犯罪はゼロです」
「ハンスさんのおかげです」
「いえ、領民が良い人たちばかりなので」
ギュンターが、子牛の三頭を連れてきていた。
「子牛たちも、祭りに参加させていいですか?」
「もちろんです」
子牛たちが、広場を歩き回る。
子供たちが、駆け寄る。
「聖牛だ!」
「可愛い!」
子牛たちが、子供たちに囲まれて嬉しそうにしている。
子供と子牛が一緒に遊ぶ、不思議な光景。
リトアが、僕の隣に来た。
「アレン様、おめでとうございます」
「ありがとうございます、リトア」
「この一年を振り返ると…本当に、色々なことがありましたね」
「そうですね」
リトアが、遠い目をする。
「一年前、私たちは怯えながら国境に来ました。受け入れてもらえるか、不安で…」
「今は、どうですか?」
リトアが、広場を見渡す。
リトヴァル族の人々が、人族の人々と笑い合っている。
「夢のようです」
リトアの目が、潤む。
「最近、また子供が増えました。今月だけで、三組の夫婦に子供が産まれました」
「それは、おめでとうございます」
「皆、安心して子供を産める場所が出来たと、喜んでいます。本当に、ありがとうございます」
リトアが、深々と頭を下げる。
夕方、騎士団の幹部たちが集まった。
ディートリヒが、僕に向き直る。
「アレン様、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ディートリヒさん」
「この一年で、騎士団は大きく変わりました」
コンラートも続く。
「二百名から、二千三百名になりました。しかも、質も大幅に向上しています」
リトヴァル族の幹部候補たち五十名も、整列している。
「アレン様、私たちも、祝いの言葉を」
最初の五十名の中で最も優秀なリトヴァル族の若者、ヴォルフが前に出る。
「アレン様のおかげで、私たちは強くなれました。この力を、必ず良いことに使います」
「頼もしいです、ヴォルフ」
「はい。アレン様のために、どこまでも」
祭りが最高潮になった頃、グロスマンが到着した。
長旅で疲れているはずなのに、急いで来た様子だ。
「アレン伯爵、誕生日おめでとうございます。ですが…」
グロスマンが、少し深刻な表情をしている。
「どうしましたか?」
「実は、お急ぎの話がありまして。祭りが終わった後で、構いませんか?」
「わかりました。後ほど」
祭りが終わった夜。
書斎に、グロスマンを招いた。
父グレン、エルヴィン、ディートリヒも同席する。
「何があったんですか?」
グロスマンが、表情を引き締める。
「ヴェルデン王国の動きが、予想より早いです」
「どのような?」
「新王が、周辺の傭兵団を大量に雇っています。総勢二万を超える軍を集める予定らしいです………」
父グレンが、眉をひそめる。
「二万…!」
「しかも、王国内の反対派貴族を、次々と粛清しています。戦争に反対する声を、完全に封じている状況です」
「それは…」
「さらに」
グロスマンが、続ける。
「ロートリンゲン王国とノルトヴァルト王国の間でも、国境紛争が起きています。人族七王国全体で、緊張が高まっています」
書斎が静まり返る。
エルヴィンが、低い声で言う。
「それだけではない」
全員が、エルヴィンを見る。
「魔の森の異変が、悪化している」
「悪化…?」
「先週、冒険者ギルドから報告が来た。Aランクの魔物が、魔の森の外で目撃された。しかも、複数同時にだ」
父が言う。
「ああ、グレン領の騎士団が対処した。だが、今まで外には出てこなかった強さの魔物が出てきている」
「それだけではない」
エルヴィンが、深刻な表情になる。
「わしは、魔の森の封印を確認しに行った。一週間前に」
「どうでしたか?」
「ヒビが、増えていた」
一同が、息を呑む。
「前に見た時より、明らかに弱くなっている。このままでは…」
「封印が、破れる可能性があると?」
「可能性ではなく、時間の問題だ。ただし、いつかはわからない。十年後かもしれないし、五十年後かもしれない」
父が、拳を握る。
「十年後では、遅すぎる。今から対策を打たなければ」
「ああ。一度、封印の場所に行く必要がある。封印の状態を詳しく調べ、強化できるかどうか確認しなければ」
「それは、危険ですか?」
「かなり危険だ。封印の場所は、魔の森の深部にある。Sランクの魔物がいても、おかしくない」
エルヴィンが、僕を見る。
「アレン、お前の実力をさらに調整する必要がある」
「調整…ですか?」
エルヴィンが、腕を組む。
「お前は前世の勇者ハルトの記憶と魔力を、全て引き継いで転生している。その実力は、本来ならSランク以上だ」
「はい」
「だが」
エルヴィンが、真剣な目で続ける。
「お前は今、十歳の子供の体だ。勇者ハルトは、二十七歳の鍛え抜かれた成人男性の肉体を持っていた」
「…そうですね」
「体格が違う。筋力が違う。魔力の器の大きさも、まだ成長途中だ。前世と同じ魔力を持っていても、今の体で出力できる量には限界がある」
父グレンが、頷く。
「エルヴィンの言う通りだ。魔法の威力は問題なくても、持久力や身体能力は、成人男性には及ばない」
「つまり…」
エルヴィンが続ける。
「お前は確かに強い。今の体でも、Aランクの魔物を倒すことは十分できる。Sランクとも、短期決戦なら渡り合えるだろう。だが、勇者ハルトの全盛期と比べれば、まだ出力に制約がある」
「出力の制約…」
「特に、長時間の戦闘や、連続して強力な魔法を使う場合だ。成人の体なら耐えられる負荷が、今の体には大きい」
僕は、自分の手を見る。
確かに、まだ子供の手だ。
前世の記憶では、もっと大きくて、傷だらけの手だった。
「それに」
エルヴィンが、さらに続ける。
「魔の森の深部では、体力の消耗も激しい。魔素が濃いため、普通に歩くだけでも疲労する。お前の体が成長しきっていないことが、そこで響く可能性がある」
「わかりました。では、どうすれば?」
「今の体で、最大限の力を引き出せるよう訓練する。魔力の制御を精密にし、無駄なく力を使えるようにする」
エルヴィンが、空を見上げる。
「来年の春まで、集中して鍛える。そして、春に調査に行こう」
「わかりました」
「それと、モーモーたちも一緒に連れて行くと、心強いかもしれないな」
「モーモーが、一緒に来てくれるなら…確かに」
グロスマンが帰った後、父と二人で残った。
「アレン、正直に言う」
父が、珍しく真剣な顔をしている。
「いくら前世の記憶を取り戻したからと言っても、お前は十歳の、まだ子供の体だ」
「父さん…」
父が、続ける。
「恐らく、精神も若い体に引っ張られているだろう。二十七歳の大人の精神が、そのまま十歳の体に入っているわけではない」
「…その通りです」
僕は、正直に答える。
「前世の記憶はあります。でも、この体で生きている十年間の記憶や感覚も、同じくらい強い。だから、完全に大人の精神とは言えません」
「そうだろうな」
父が、僕の肩に手を置く。
「それなのに、お前はこれほどの重荷を背負っている」
「父さん…」
「辛くないか?」
僕は、少し考える。
「辛くないとは言えないです」
正直に答える。
「でも、嫌ではない」
「嫌ではない…?」
「だって、守りたいものが、たくさんある。リトヴァル族の人たち。この街の人たち。家族。みんなが笑っていてくれる限り、頑張れます」
父が、しばらく僕を見る。
そして、深々とため息をつく。
「お前は、本当に俺の息子か?」
「どういう意味ですか」
「こんなに出来た息子が、どこから来たのか、不思議でな」
父が、微笑む。
「わかった。お前を信じる。ただし、一つだけ約束しろ」
「なんですか?」
「無理をするな。困ったら、必ず俺に言え。お前がいくら前世の記憶があっても、今は十歳の子供の体だ。大人が助けなければならない時がある」
「…はい、約束します」
父が、僕の頭を撫でる。
大きくて、温かい手だ。
「誕生日おめでとう、アレン」
「ありがとうございます、父さん」
その夜遅く、書斎で一人になった時、モーモーから念話が来た。
「主様、今日はお誕生日でしたね」
「ありがとう、モーモー」
「主様が十歳になられた。でも、主様はずっと大人びていますね」
「前世があるから、かもしれないです」
「そうですね。でも、今日の主様は、子供らしかったです」
「そうかな」
「双子様からペンダントをもらった時の顔。とても嬉しそうでした。あれが、主様の本当の顔だと思います」
僕は、ペンダントを手で触れる。
双子が作ってくれた、青い石のペンダント。
「そうかもしれないな」
「主様、頑張りすぎないでください。私たちが、いつでも側にいます」
「ありがとう、モーモー」
窓の外を見る。
ノイブルクの街に、灯りが見える。
祭りの後片付けをしている人々の声。
子供たちの笑い声。
リトヴァル族の住居区からも、明かりが見える。
牧場には、聖牛たちの白い姿。
遠くには、暗い魔の森。
そして、さらに遠くには、西にヴェルデン王国。
この平和な景色の裏に、三つの脅威が迫っている。
でも――
僕は、怖くなかった。
「守るべきものが、たくさんある」
一年前、荒廃した領地と、数百人の住民しかいなかった。
今は、人口一万五千人を超える領地になった。
リトヴァル族五千人以上。
二千三百名の騎士団。
三十五頭の聖牛。
信頼できる仲間たち。
一人では、何もできなかった。
でも、みんながいてくれた。
「次の戦いも、みんなで乗り越えよう」
そう、心の中で誓う。
その時、神殿の方から、かすかな光が漏れてきた。
セレスティア様が、見守ってくれている。
心の中で、言葉が届く。
「アレン、よくやっています。これからも、あなたを見守っています」
「ありがとうございます、セレスティア様」
翌朝、家族全員で朝食を取った後、父とソフィア姉さん、マルク兄さんは、グレン領に戻る準備をしていた。
「父さん、気をつけて」
「ああ。お前もな」
父が、僕の肩を叩く。
「何かあれば、すぐに連絡しろ」
「はい」
ソフィア姉さんが、僕を抱きしめる。
「アレン、無理しないでね。お姉ちゃんも、いつでも来るから」
「ありがとう、姉さん」
マルク兄さんが、ぽんと頭を叩く。
「俺も、いつでも来るぞ。呼べよ」
「うん、ありがとう」
母は、ノイブルクに残る。
「私は、ここに残ります。医療と福祉は、まだやることが山ほどあるので」
「助かります、母さん」
ノエルも残る。
「私も、魔導具の研究が続いているので」
「ありがとう、ノエル」
双子も残る。
「僕たちは、学校で教えることがあるから!」
「子供たちが待ってるから!」
頼もしい限りだ。
父たちを見送った後、僕は街を歩いた。
一年前、何もなかった場所に、今は活気がある。
学校から、子供たちの声が聞こえる。
建築ギルドが、新しい建物を作っている。
商店には、人が溢れている。
上水道の蛇口から、清潔な水が出ている。
リトヴァル族の職人たちが、魔導具を作っている。
醸造施設からは、良い香りが漂っている。
田んぼでは、稲が育っている。
来年の春には、田植えができるだろう。
牧場では、聖牛たちがのんびりと草を食んでいる。
全ての景色が、この一年で生まれたものだ。
「これが、僕の領地だ」
リトアが歩いてくる。
「アレン様、どうぞ」
リトアが、小さな包みを渡す。
「これは?」
「遅くなりましたが、誕生日のプレゼントです。族全員からの気持ちです」
包みを開くと――
小さな木彫りの像が入っていた。
リトヴァル族の職人が彫った、精巧な像だ。
よく見ると――
それは、一人の少年が、人々に囲まれて立っている場面だ。
人族も、リトヴァル族も、一緒に。
「これは…」
「アレン様と、私たちです。この一年を、形にしました」
僕は、しばらく像を見つめる。
「ありがとうございます、リトア」
「こちらこそ、ありがとうございます。アレン様がいなければ、私たちはまだ逃げ続けていました」
リトアが、真剣な目で言う。
「これから、どんな脅威が来ても、私たちはアレン様と共に戦います。それが、族全員の意志です」
「頼もしいです、リトア」
夕方、エルヴィンと二人で、街の外れに出た。
遠くに、魔の森が見える。
暗くて、深い森。
その奥に、封印がある。
「エルヴィン様」
「何だ?」
「封印の調査、いつ行きますか?」
「焦るな。まず、準備が必要だ」
「どんな準備ですか?」
「お前の実力を、今の体に完全に馴染ませる必要がある。封印の場所には、それなりの力がなければ近づけない」
「前世の勇者ハルトなら、問題なかったと思いますが…」
「ああ。だが、今のお前の体は十歳だ。勇者時代と比べれば、出力に制約がある」
エルヴィンが、空を見上げる。
「今の訓練の目的は、お前の前世の力を今の体で最大限引き出せるようにすることだ。無駄なく、効率的に」
「わかりました」
「来年の春まで、集中して鍛える。そして、春に調査に行こう」
「わかりました」
「それと、モーモーたちも一緒に連れて行くと、心強いかもしれないな」
「モーモーが、一緒に来てくれるなら…確かに」
念話でモーモーに聞いてみる。
「モーモー、魔の森の調査に一緒に来てもらえますか?」
「もちろんです、主様。それくらいの魔物なら、問題ありません」
「頼もしいです」
日が沈んでいく。
空が、赤く染まる。
エルヴィンが言う。
「アレン、この一年を振り返ると、お前は本当によくやった」
「まだまだ、課題は山積みです」
「ああ。でも、課題があるということは、それだけ成長できるということだ」
エルヴィンが、僕を見る。
「前世の知識と、この世界の力を持ち、しかも人の心を大切にする。普通、力を持てば、傲慢になる者が多い。でも、お前は違う」
「エルヴィン様に、そう言っていただけると、嬉しいです」
「お前は勇者ハルトの転生だ。前世のお前も、素晴らしい人間だった」
エルヴィンが、続ける。
「だが、この世界に転生して十年。お前は前世とはまた違う経験を積んでいる。家族に囲まれて育ち、領地を治め、人々を救う。前世の勇者時代には、そんな経験はなかった」
「…そうですね」
確かに、前世の勇者ハルトは、戦いばかりの人生だった。
家族や領地を持ったことはなかった。
「前世の知識と今世の経験。両方が合わさって、お前は前世の自分以上に成長している」
エルヴィンが、微笑む。
「前世のお前を超えていく。それが、転生の意味だ。これからも、楽しみにしているぞ」
夜、書斎に戻る。
机の上に、双子からのペンダント。
リトアからの木彫りの像。
エルヴィンからの魔法書。
父からの椅子に、座る。
地図を広げる。
七つの王国。
魔の森。
そして、グレンツブルクの方向。
いつか、グレンツブルクにも行かなければならない。
世界は、広い。
やるべきことは、山ほどある。
でも――
「一歩ずつ、確実に」
それが、僕のやり方だ。
焦らず、でも止まらず。
窓の外を見る。
ノイブルクの街に、明かりが灯っている。
この一年で作った街。
この一年で出会った人たち。
全てが、かけがえない。
「ありがとう、みんな」
心の中で、呟く。
すると、念話でモーモーの声が聞こえた。
「主様、お誕生日、改めておめでとうございます」
「ありがとう、モーモー」
「来年は、さらに良い年になりますよ」
「そうだといいな」
「きっとそうなります。主様が頑張っている限り」
温かい声だ。
どんな時も、変わらない。
僕は、魔法書を開く。
エルヴィンの字で、びっしりと書かれた魔法の理論。
新しい知識が、ここに眠っている。
「さて、勉強しよう」
ランプの灯りのもと、僕はページをめくる。
第2章「改革の波」は、こうして幕を閉じた。
でも、物語は続く。
新しい試練が、待っている。
封印の謎。
ヴェルデン王国の脅威。
そして、まだ見ぬ世界の広さ。
全ての答えは、前にある。
アレン・フォン・ノイシュテルン、十歳。
この世界の歴史が、動き始めていた。
第2部 第2章「改革の波」 完
次章予告:第2部 第3章「魔の森の封印」
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。