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第2部 第3章「魔の森の封印」
第44話「春の準備と新たな訓練」
第44話「春の準備と新たな訓練」
冬が、終わろうとしていた。
ノイブルクの街に、少しずつ雪解けの水が流れ始める。
木々の芽が、ほんの少し膨らんでいる。
春の予感だ。
でも、僕の毎朝は、変わらない。
夜明けとともに起きて、訓練場に向かう。
エルヴィンが、すでに待っている。
「遅い」
「夜明けすぐですよ」
「わしはその一刻前から来ている」
七百六十年生きた老エルフには、かなわない。
訓練が始まる。
まず、魔力の循環。
全身に魔力を巡らせる。
これは、前世から体に染み付いた習慣だ。
目を閉じる。
体の中を、魔力が流れていく。
前世の勇者ハルトとしての記憶が、この体を動かす。
エルヴィンが、静かに観察している。
「アレン、今日の魔力の状態は?」
「良好です。いつも通り」
「魔力総量を、測ってみよう」
エルヴィンが、計測用の魔導具を取り出す。
球状の、透明な水晶だ。
魔力を流し込むと、光の色と強さで魔力量がわかる仕組みだ。
「やってみろ」
僕は、水晶に手を当てる。
魔力を流し込む。
水晶が、光り始める。
白く、眩しく。
どんどん、光が強くなる。
エルヴィンの目が、わずかに見開かれる。
水晶が、最大値に達する。
でも、まだ僕の魔力は余っている。
「…止めて良い」
エルヴィンが、静かに言う。
計測値を見る。
しばらく、沈黙が続く。
「エルヴィン様?」
「…驚いたな」
エルヴィンが、水晶をもう一度見る。
「この計測器の上限値は、Sランク冒険者の五倍だ。それを、お前は軽々と超えた」
「以前の計測より、増えましたか?」
「ああ。この半年で、さらに増えている」
エルヴィンが、腕を組む。
「勇者ハルトとしての記憶と魔力が、この体に馴染んでいくにつれて、魔力量が増えているのかもしれない」
「つまり、まだ増える可能性がある?」
「ある。お前の体が成長すれば、さらに」
エルヴィンが、真剣な表情になる。
「問題は、そこではない」
「では、何ですか?」
「制御と出力だ」
エルヴィンが、説明する。
「お前の魔力量は、すでにこの世界の人族の限界を遥かに超えている。前世の勇者ハルトとしての記憶と技術がある。その実力は、本来ならSランクを超えている」
「はい」
「だが、今の訓練の目的は、そこではない」
エルヴィンが、訓練場の端を指差す。
「あそこに、岩がある。壊せるか?」
「簡単です」
「では」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「あの岩の中心部、地表から十センチの深さにある、米粒大の範囲『だけ』を残して、周囲を全て消し飛ばせ。残す部分は、一切傷つけてはいけない」
僕は、岩を見る。
大きな岩だ。
全部消すのは、簡単だ。
でも、内部の特定の一点だけを残して、周囲だけを消す?
しかも、残す部分を傷つけずに。
「…やってみます」
魔力を絞る。
極限まで圧縮する。
岩の内部を、魔力で探る。
中心部の位置を確認する。
そこを避けて、周囲だけに魔力を集中させる。
狙いを定める。
魔法を放つ。
岩が、砕け散る。
粉々に。
でも――
地面を見ると、米粒大どころか、拳大の塊が残っている。
しかも、表面に亀裂が入っている。
「残す部分が大きすぎる。しかも、傷ついている」
エルヴィンが、冷静に言う。
「これが、お前の今の制御精度だ」
僕は、悔しさを感じる。
「もう一度、やります」
「そうだ。これが課題だ」
エルヴィンが、岩の残骸を見る。
「お前は今、強大な魔力を持っている。前世の勇者としての技術もある。Sランク以上の実力は、間違いない」
「はい」
「だが、十歳の子供の体だ」
エルヴィンが、僕をじっと見る。
「前世の勇者ハルトは、二十七歳の鍛え抜かれた成人男性の肉体だった。魔力の器も、完全に成熟していた」
「…そうですね」
「今のお前の体は、まだ成長途中だ。同じ魔力を持っていても、体が出力できる量には制約がある」
エルヴィンが続ける。
「特に、精密な制御と、長時間の戦闘だ。大きな魔法をぶつけることはできる。でも、魔力を極限まで絞って、米粒大の範囲を残す精度。それは、今の体ではまだ難しい」
「制御の精度を上げることが、今回の訓練の目的ですか」
「ああ。魔の森の深部では、大雑把な魔法では困る状況が出てくるかもしれない。封印の周辺は、魔素が複雑に絡み合っている。そこに大きな魔法をぶつければ、悪化させる可能性がある」
なるほど。
「それと、もう一つ」
エルヴィンが、真剣な表情になる。
「お前の体は成長途中だ。長時間の戦闘や、連続して強力な魔法を使った時の体への負荷が、成人男性とは違う」
「持久力の問題ですか」
「ああ。短期決戦なら、今のお前でもSランクと渡り合える。だが、長期戦になると、体の制約が出てくる」
エルヴィンが、新しい岩を土魔法で作る。
「もう一度、やってみろ」
「はい」
一週間後。
ようやく、米粒大の範囲を残せるようになってきた。
でも、まだ完璧ではない。
時々、残す部分に亀裂が入る。
「まだ粗い。もっと細かく」
「はい」
精密制御の訓練は、想像以上に難しかった。
魔力を絞れば絞るほど、安定させることが難しくなる。
前世の記憶を辿っても、これほど細かい制御をした記憶は少ない。
「エルヴィン様、前世では、こんな精密な制御は必要ありませんでしたか?」
「勇者ハルトは、主に戦闘魔法を使っていた。精密さより、威力と速度が求められた」
「そうですか」
「今のお前には、その威力がある。次は、精密さを身につける番だ」
もう一つ、新しい魔法の訓練もある。
転移魔法の基礎だ。
「まず、物を転移させることから始めろ」
小石を、一メートル先に転移させる。
これも、一見簡単そうで難しい。
「空間を歪める感覚を掴め。位置を誤れば、物が別の場所に出現する」
「出現する場所が、壁の中だったら?」
「物が、壁と融合する」
「それは怖いですね」
「だから、慎重にやれ」
小石が、消える。
次の瞬間、一メートル先に現れる。
「できました」
「では、五メートル先に」
「はい」
距離を、少しずつ伸ばしていく。
午後は、別の訓練だ。
精神防御魔法。
「上位の魔物や、強大な存在は、精神攻撃を使う場合がある」
「精神攻撃とは?」
「脳に直接干渉して、恐怖を植え付けたり、幻覚を見せたりする」
「それへの対処は?」
「精神に障壁を張ることだ。自分の意識を、強固な壁で守る」
エルヴィンが、実際にやってみせる。
「わしの精神防御を、破ってみろ」
「え? 僕がエルヴィン様の精神に?」
「そうだ。わしが弱めておく。お前が突破する練習だ」
精神魔法を使って、エルヴィンの防御に触れる。
固い。
まるで、鋼鉄の壁のようだ。
「それが防御の感触だ。お前もこれと同じものを作れ」
「自分の精神に、壁を作る…」
試してみる。
意識を内側に向ける。
自分の思考の領域を、壁で囲む。
エルヴィンが確認する。
「…悪くない。前世の経験が生きているな」
「勇者として戦っていた時に、似たような経験があります」
「そうだろう。では、もっと厚くしろ。封印の奥にいるものは、強大な意思を持つ存在かもしれない」
夕方、訓練が終わった後、僕はエルヴィンに尋ねた。
「エルヴィン様、一つ聞きたいことがあります」
「何だ?」
「封印の話が何度も出ていますが…正直、僕は前世の記憶で、封印についてほとんど覚えていないんです」
僕は、正直に言う。
「前世の勇者ハルトとしての記憶はあります。戦いの記憶もあります。でも、封印に関する記憶だけが、ぼんやりとしているんです」
エルヴィンが、少し驚いた表情を見せる。
「そうか…やはり、そうなのか」
「やはり、とは?」
「書斎に来い。話すことがある」
書斎で、エルヴィンは古い本を取り出した。
分厚い、羊皮紙で綴じられた本だ。
「これは、千年前の記録だ」
「千年前…」
エルヴィンが、ページを開く。
「千年前、この世界に『災厄の獣』と呼ばれる存在が現れた」
「災厄の獣…」
「その存在は、圧倒的な力を持っていた。七種族――人族、エルフ、ドワーフ、獣人、海人族、小人族、精霊族――が連合して戦った」
エルヴィンが、深刻な表情で続ける。
「だが、直接倒すことはできなかった。各種族の長老たちが力を合わせ、なんとか封印することに成功した」
「千年前の封印…」
「ああ。だが、その封印は完璧ではなかった」
エルヴィンが、次のページをめくる。
「五百年前、封印が弱まり始めた。魔の森の異変が起き、魔物が増え始めた」
「五百年前…それは…」
「そうだ。その時、現れたのが勇者ハルトだ。前世のお前だ」
僕は、息を呑む。
「前世の僕が…」
「ああ。わしは、その場面を見ていた」
エルヴィンが、遠い目をする。
「当時のわしは、二百六十歳だった。勇者ハルトの力は、圧倒的だった」
「エルヴィン様が、直接見ていた…」
「勇者ハルトは、魔の森の深部に入った。そして、弱まった封印を強化した。神牛の神気と、勇者の魔力を使って」
エルヴィンが、僕を見る。
「その封印は、五百年持つように作られた」
「そして、その五百年が…」
「ああ。今、過ぎようとしている」
僕は、深く息を吐く。
「では、僕が覚えていないのは…」
「封印を施す時、術者の記憶の一部を封印と共に閉じ込めることがある。強力な封印ほど、その傾向が強い」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「おそらく、勇者ハルトは自分の記憶の一部を封印と一緒に閉じ込めた。それが、封印の力を強めるためだった」
「自分の記憶を…」
「だから、転生したお前にも、その記憶はない」
僕は、しばらく考える。
前世の自分が、記憶を犠牲にして封印を強化した。
その封印が、今、弱まっている。
「では、僕が封印を強化する時も…」
「記憶を失う可能性はある」
エルヴィンが、静かに言う。
「だが、必ずしもそうとは限らない。前世のお前と同じ方法を取るとは限らないからだ」
「わかりました」
その夜、神殿で念話をした。
「セレスティア様」
「アレン、どうしました?」
「封印のことで、聞きたいことがあります」
「…はい」
「前世の僕、勇者ハルトが封印を強化したと聞きました。でも、その記憶がほとんどないんです」
しばらく、沈黙があった。
「それは…仕方ないことです」
「どういう意味ですか?」
「封印を強化する時、勇者ハルトは自分の記憶の一部を封印と共に閉じ込めました。それが、封印の力を強めるためでした」
「自分の記憶を…」
「ええ。だから、転生したあなたにも、その記憶はありません」
女神の声が、少し悲しげになる。
「勇者ハルトは、それを覚悟の上で封印を強化しました」
「では、封印の中にいる『災厄の獣』とは、一体…」
「それは、現地で確かめてください」
女神が、優しく言う。
「あなた自身が、封印の場所で、その存在と対話してください。そうすれば、前世のあなたが『なぜ殺さずに封印したのか』がわかるはずです」
「千年前、七種族が封印した時も、殺さなかったんですよね」
「ええ。それには、理由があります」
「理由…」
「アレン、一つだけ約束してください」
「何ですか?」
「その存在を、最初から敵だと思わないでください」
「敵だと思わない…? でも、災厄の獣と呼ばれている存在を…」
「それでも、です。千年前の七種族も、前世のあなたも、封印を選んだのには理由があります」
女神の声が、真剣になる。
「その理由を、あなた自身で見つけてください」
「…わかりました」
「そして…急いでください。封印が、思ったより早く弱まっています。このままでは」
「どのくらい持ちますか?」
また、沈黙。
「一年を超えるかどうか、わかりません」
僕は、息を呑む。
「わかりました。準備を急ぎます」
「アレン、あなたなら大丈夫です。私が信じています」
「ありがとうございます、セレスティア様」
翌朝、エルヴィンに伝えた。
「セレスティア様から聞きました。封印が、一年以内に破れる可能性があります」
エルヴィンの表情が、厳しくなる。
「…わかった。訓練の期間を短縮する」
「でも、準備が」
「準備をしながら、並行して進める。お前の今の実力なら、魔の森の深部に入れるはずだ」
「精密制御が、まだ完全ではありません」
「完全になってから行っていたら、間に合わない。八割できれば十分だ」
エルヴィンが、地図を広げる。
「春が来たら、すぐに出発する。今から逆算して、準備を整えろ」
「わかりました」
エルヴィンが、続ける。
「モーモーたちにも、話をしておくと良い。封印の強化には、神牛の神気が必要になる」
「千年前も、五百年前も、神牛の神気が使われたんですね」
「ああ。神牛の神気は、封印の触媒として最適だ」
僕は、念話でモーモーに連絡する。
「モーモー、少し聞いてもいいですか?」
「何でしょうか、主様」
「千年前と五百年前の封印に、神牛の先祖が関わっていたと聞きました。その話を、知っていますか?」
しばらく、沈黙。
「…知っています。私の母から、聞かされました」
「教えてもらえますか?」
「千年前、私の祖先の中から六頭が選ばれ、初代の封印を手伝いました。そして五百年前、再び六頭が選ばれ、封印の強化を手伝いました」
「神気を封印の触媒として…」
「はい。神牛の神気は、封印を安定させる力があります」
モーモーが、続ける。
「そして今度は、私たちの番です」
「モーモー…」
「主様が封印を強化するなら、私たちが側にいます。これは、神牛としての義務です」
モーモーの声が、落ち着いていて力強い。
「必ず、お力になります」
「ありがとう、モーモー」
騎士団の訓練も、佳境を迎えていた。
ディートリヒが、全員を集めて報告する。
「身体強化魔法、全員習得完了。空間収納魔法、九割五分習得完了」
「残りの五分は?」
「あと数日で、完了する見込みです」
コンラートが続く。
「連携魔法陣の訓練も、最終段階に入っています。五十名一組で組む魔法陣は、Sランク魔物相当の威力が出ます」
「Sランク相当…騎士団が連携すれば、そこまで」
「はい。リトヴァル族の速度と、人族の魔法を組み合わせた結果です。どちらか片方では、ここまで来られませんでした」
ヴォルフが前に出る。
「アレン様、リトヴァル族の幹部五十名は、いつでも魔の森に同行できます」
「ありがとうございます、ヴォルフ」
ヴォルフが、力強く言う。
「五百年前、前世の勇者様が守ってくれた封印を、今度は転生されたアレン様と共に守る。光栄です」
夜、書斎で報告書を書いていると、グロスマンから手紙が来た。
封を開ける。
内容を読む。
眉をひそめる。
ノックの音がした。
「どうぞ」
エルヴィンが入ってくる。
「グロスマンから来たか?」
「はい。読みましたか?」
「早馬が来たと聞いた。何が書いてあった?」
僕は、手紙をエルヴィンに渡す。
エルヴィンが読む。
その目が、静かに細くなる。
「ヴェルデン王国が、傭兵を大量に雇っているか」
「はい。総勢二万を超えているとのことです。早ければ夏、遅くとも秋には動くと」
「つまり、魔の森の調査は春のうちに済ませなければならない」
「そう思います。両方が同時に来たら、厄介です」
エルヴィンが、腕を組む。
「春の中頃。それまでに、訓練を仕上げる」
「わかりました」
「封印の術式は全く別物だ。どれほどの魔力消耗になるか、予測が難しい」
「覚悟しています」
「覚悟だけでは足りない。準備が必要だ」
エルヴィンが、窓の外を見る。
遠くに、暗い魔の森が見える。
「もう一つ、話しておかなければならないことがある」
「何ですか?」
「封印を強化したのが、前世のお前、勇者ハルトだったとしたら…封印の術式には、お前の魔力の痕跡が残っている」
「それは…どういう意味ですか?」
「お前の魔力は、前世と同質だ。つまり、封印との相性が最も良い。だが」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「それは同時に、封印がお前の魔力を強く引き込む可能性がある。必要以上に魔力を持っていかれるかもしれない」
「…対策は?」
「ある。封印に触れる時に、魔力の流れを自分で制御し続けること。流されないようにする。それが、精密制御の訓練の、もう一つの目的だ」
「つまり、強い力だけでなく、細かい制御ができないと、封印に全ての魔力を吸い取られてしまう可能性がある」
「そうだ。最悪、意識を失う」
僕は、深呼吸する。
「わかりました。精密制御の訓練、さらに頑張ります」
その日の夕方。
牧場に行くと、ギュンターが嬉しそうに走ってきた。
「アレン様、大変です!」
「どうしました?」
「モーモーが…!」
急いで牧場に向かう。
モーモーが、牛小屋の前に座っている。
周りに、成体の聖牛たちが集まっている。
「モーモー、大丈夫ですか?」
「はい、主様。大丈夫です」
「ギュンターさんが、大変だと…」
モーモーが、少し照れたように言う。
「実は…また、子供が産まれそうなのです」
「え?! 今すぐ?」
「今夜か、明日には」
ギュンターが、目を輝かせながら涙を流している。
「また聖牛の赤ちゃんが…!」
「ギュンターさん、泣いてますよ」
「嬉し涙です!」
その夜、モーモーは双子の子牛を産んだ。
一頭は雄、一頭は雌。
生まれたばかりで、まだ小さく、体高は五十センチほどだ。
でも、すでに体が白く、神々しい輝きがある。
ギュンターが、大事そうに二頭の世話をする。
双子が、翌朝見て大喜びする。
「赤ちゃん聖牛だ!」
「可愛い! 名前つけていい?」
「モーモーが決めますよ」
モーモーが言う。
「主様のご家族が決めてくださって構いません。私は嬉しいです」
「では…」
双子が、真剣に考える。
「雄の方はゾルン!」
「雌の方はルナ!」
子牛たちが、名前を呼ばれてきょとんとしている。
「よろしく、ゾルン、ルナ」
モーモーが、温かく言う。
「良い名前です、主様」
夜、書斎で訓練の記録をまとめながら、僕は考えた。
春まで、あと少し。
封印の強化。
ヴェルデン王国の動向。
やるべきことは、山ほどある。
でも、準備は着々と整っている。
精密制御の訓練。
転移魔法の習得。
精神防御魔法の強化。
騎士団の仕上げ。
モーモーたちとの連携確認。
千年前に七種族が作った封印を、五百年前に前世の自分が強化した。
そして今、転生した自分が再び強化する。
不思議な縁だと思う。
でも、それが自分の役割なら、やり遂げる。
「準備は整えた。後は、春が来るのを待つだけだ」
窓の外、雪がまた降り始めていた。
でも、その雪は、もう冬の雪ではない。
春を呼ぶ、最後の雪だ。
モーモーから念話が来る。
「主様、ゾルンとルナ、元気です。よく眠っています」
「良かったです。モーモーも、ゆっくり休んでください」
「はい。でも、主様こそ。あまり夜遅くまで起きていては」
「もう少ししたら、寝ます」
「約束ですよ」
「はい、約束です」
温かい声が、頭の中に響く。
千年前から続く、神牛と封印の縁。
五百年前、前世の自分も神牛と共に封印を強化した。
そして今、転生した自分も、モーモーたちと共に封印を守る。
「ありがとう、モーモー」
ランプを消す。
明日も、訓練だ。
春まで、やれることは全部やる。
全てのために。
次回:第45話「魔の森へ」
冬が、終わろうとしていた。
ノイブルクの街に、少しずつ雪解けの水が流れ始める。
木々の芽が、ほんの少し膨らんでいる。
春の予感だ。
でも、僕の毎朝は、変わらない。
夜明けとともに起きて、訓練場に向かう。
エルヴィンが、すでに待っている。
「遅い」
「夜明けすぐですよ」
「わしはその一刻前から来ている」
七百六十年生きた老エルフには、かなわない。
訓練が始まる。
まず、魔力の循環。
全身に魔力を巡らせる。
これは、前世から体に染み付いた習慣だ。
目を閉じる。
体の中を、魔力が流れていく。
前世の勇者ハルトとしての記憶が、この体を動かす。
エルヴィンが、静かに観察している。
「アレン、今日の魔力の状態は?」
「良好です。いつも通り」
「魔力総量を、測ってみよう」
エルヴィンが、計測用の魔導具を取り出す。
球状の、透明な水晶だ。
魔力を流し込むと、光の色と強さで魔力量がわかる仕組みだ。
「やってみろ」
僕は、水晶に手を当てる。
魔力を流し込む。
水晶が、光り始める。
白く、眩しく。
どんどん、光が強くなる。
エルヴィンの目が、わずかに見開かれる。
水晶が、最大値に達する。
でも、まだ僕の魔力は余っている。
「…止めて良い」
エルヴィンが、静かに言う。
計測値を見る。
しばらく、沈黙が続く。
「エルヴィン様?」
「…驚いたな」
エルヴィンが、水晶をもう一度見る。
「この計測器の上限値は、Sランク冒険者の五倍だ。それを、お前は軽々と超えた」
「以前の計測より、増えましたか?」
「ああ。この半年で、さらに増えている」
エルヴィンが、腕を組む。
「勇者ハルトとしての記憶と魔力が、この体に馴染んでいくにつれて、魔力量が増えているのかもしれない」
「つまり、まだ増える可能性がある?」
「ある。お前の体が成長すれば、さらに」
エルヴィンが、真剣な表情になる。
「問題は、そこではない」
「では、何ですか?」
「制御と出力だ」
エルヴィンが、説明する。
「お前の魔力量は、すでにこの世界の人族の限界を遥かに超えている。前世の勇者ハルトとしての記憶と技術がある。その実力は、本来ならSランクを超えている」
「はい」
「だが、今の訓練の目的は、そこではない」
エルヴィンが、訓練場の端を指差す。
「あそこに、岩がある。壊せるか?」
「簡単です」
「では」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「あの岩の中心部、地表から十センチの深さにある、米粒大の範囲『だけ』を残して、周囲を全て消し飛ばせ。残す部分は、一切傷つけてはいけない」
僕は、岩を見る。
大きな岩だ。
全部消すのは、簡単だ。
でも、内部の特定の一点だけを残して、周囲だけを消す?
しかも、残す部分を傷つけずに。
「…やってみます」
魔力を絞る。
極限まで圧縮する。
岩の内部を、魔力で探る。
中心部の位置を確認する。
そこを避けて、周囲だけに魔力を集中させる。
狙いを定める。
魔法を放つ。
岩が、砕け散る。
粉々に。
でも――
地面を見ると、米粒大どころか、拳大の塊が残っている。
しかも、表面に亀裂が入っている。
「残す部分が大きすぎる。しかも、傷ついている」
エルヴィンが、冷静に言う。
「これが、お前の今の制御精度だ」
僕は、悔しさを感じる。
「もう一度、やります」
「そうだ。これが課題だ」
エルヴィンが、岩の残骸を見る。
「お前は今、強大な魔力を持っている。前世の勇者としての技術もある。Sランク以上の実力は、間違いない」
「はい」
「だが、十歳の子供の体だ」
エルヴィンが、僕をじっと見る。
「前世の勇者ハルトは、二十七歳の鍛え抜かれた成人男性の肉体だった。魔力の器も、完全に成熟していた」
「…そうですね」
「今のお前の体は、まだ成長途中だ。同じ魔力を持っていても、体が出力できる量には制約がある」
エルヴィンが続ける。
「特に、精密な制御と、長時間の戦闘だ。大きな魔法をぶつけることはできる。でも、魔力を極限まで絞って、米粒大の範囲を残す精度。それは、今の体ではまだ難しい」
「制御の精度を上げることが、今回の訓練の目的ですか」
「ああ。魔の森の深部では、大雑把な魔法では困る状況が出てくるかもしれない。封印の周辺は、魔素が複雑に絡み合っている。そこに大きな魔法をぶつければ、悪化させる可能性がある」
なるほど。
「それと、もう一つ」
エルヴィンが、真剣な表情になる。
「お前の体は成長途中だ。長時間の戦闘や、連続して強力な魔法を使った時の体への負荷が、成人男性とは違う」
「持久力の問題ですか」
「ああ。短期決戦なら、今のお前でもSランクと渡り合える。だが、長期戦になると、体の制約が出てくる」
エルヴィンが、新しい岩を土魔法で作る。
「もう一度、やってみろ」
「はい」
一週間後。
ようやく、米粒大の範囲を残せるようになってきた。
でも、まだ完璧ではない。
時々、残す部分に亀裂が入る。
「まだ粗い。もっと細かく」
「はい」
精密制御の訓練は、想像以上に難しかった。
魔力を絞れば絞るほど、安定させることが難しくなる。
前世の記憶を辿っても、これほど細かい制御をした記憶は少ない。
「エルヴィン様、前世では、こんな精密な制御は必要ありませんでしたか?」
「勇者ハルトは、主に戦闘魔法を使っていた。精密さより、威力と速度が求められた」
「そうですか」
「今のお前には、その威力がある。次は、精密さを身につける番だ」
もう一つ、新しい魔法の訓練もある。
転移魔法の基礎だ。
「まず、物を転移させることから始めろ」
小石を、一メートル先に転移させる。
これも、一見簡単そうで難しい。
「空間を歪める感覚を掴め。位置を誤れば、物が別の場所に出現する」
「出現する場所が、壁の中だったら?」
「物が、壁と融合する」
「それは怖いですね」
「だから、慎重にやれ」
小石が、消える。
次の瞬間、一メートル先に現れる。
「できました」
「では、五メートル先に」
「はい」
距離を、少しずつ伸ばしていく。
午後は、別の訓練だ。
精神防御魔法。
「上位の魔物や、強大な存在は、精神攻撃を使う場合がある」
「精神攻撃とは?」
「脳に直接干渉して、恐怖を植え付けたり、幻覚を見せたりする」
「それへの対処は?」
「精神に障壁を張ることだ。自分の意識を、強固な壁で守る」
エルヴィンが、実際にやってみせる。
「わしの精神防御を、破ってみろ」
「え? 僕がエルヴィン様の精神に?」
「そうだ。わしが弱めておく。お前が突破する練習だ」
精神魔法を使って、エルヴィンの防御に触れる。
固い。
まるで、鋼鉄の壁のようだ。
「それが防御の感触だ。お前もこれと同じものを作れ」
「自分の精神に、壁を作る…」
試してみる。
意識を内側に向ける。
自分の思考の領域を、壁で囲む。
エルヴィンが確認する。
「…悪くない。前世の経験が生きているな」
「勇者として戦っていた時に、似たような経験があります」
「そうだろう。では、もっと厚くしろ。封印の奥にいるものは、強大な意思を持つ存在かもしれない」
夕方、訓練が終わった後、僕はエルヴィンに尋ねた。
「エルヴィン様、一つ聞きたいことがあります」
「何だ?」
「封印の話が何度も出ていますが…正直、僕は前世の記憶で、封印についてほとんど覚えていないんです」
僕は、正直に言う。
「前世の勇者ハルトとしての記憶はあります。戦いの記憶もあります。でも、封印に関する記憶だけが、ぼんやりとしているんです」
エルヴィンが、少し驚いた表情を見せる。
「そうか…やはり、そうなのか」
「やはり、とは?」
「書斎に来い。話すことがある」
書斎で、エルヴィンは古い本を取り出した。
分厚い、羊皮紙で綴じられた本だ。
「これは、千年前の記録だ」
「千年前…」
エルヴィンが、ページを開く。
「千年前、この世界に『災厄の獣』と呼ばれる存在が現れた」
「災厄の獣…」
「その存在は、圧倒的な力を持っていた。七種族――人族、エルフ、ドワーフ、獣人、海人族、小人族、精霊族――が連合して戦った」
エルヴィンが、深刻な表情で続ける。
「だが、直接倒すことはできなかった。各種族の長老たちが力を合わせ、なんとか封印することに成功した」
「千年前の封印…」
「ああ。だが、その封印は完璧ではなかった」
エルヴィンが、次のページをめくる。
「五百年前、封印が弱まり始めた。魔の森の異変が起き、魔物が増え始めた」
「五百年前…それは…」
「そうだ。その時、現れたのが勇者ハルトだ。前世のお前だ」
僕は、息を呑む。
「前世の僕が…」
「ああ。わしは、その場面を見ていた」
エルヴィンが、遠い目をする。
「当時のわしは、二百六十歳だった。勇者ハルトの力は、圧倒的だった」
「エルヴィン様が、直接見ていた…」
「勇者ハルトは、魔の森の深部に入った。そして、弱まった封印を強化した。神牛の神気と、勇者の魔力を使って」
エルヴィンが、僕を見る。
「その封印は、五百年持つように作られた」
「そして、その五百年が…」
「ああ。今、過ぎようとしている」
僕は、深く息を吐く。
「では、僕が覚えていないのは…」
「封印を施す時、術者の記憶の一部を封印と共に閉じ込めることがある。強力な封印ほど、その傾向が強い」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「おそらく、勇者ハルトは自分の記憶の一部を封印と一緒に閉じ込めた。それが、封印の力を強めるためだった」
「自分の記憶を…」
「だから、転生したお前にも、その記憶はない」
僕は、しばらく考える。
前世の自分が、記憶を犠牲にして封印を強化した。
その封印が、今、弱まっている。
「では、僕が封印を強化する時も…」
「記憶を失う可能性はある」
エルヴィンが、静かに言う。
「だが、必ずしもそうとは限らない。前世のお前と同じ方法を取るとは限らないからだ」
「わかりました」
その夜、神殿で念話をした。
「セレスティア様」
「アレン、どうしました?」
「封印のことで、聞きたいことがあります」
「…はい」
「前世の僕、勇者ハルトが封印を強化したと聞きました。でも、その記憶がほとんどないんです」
しばらく、沈黙があった。
「それは…仕方ないことです」
「どういう意味ですか?」
「封印を強化する時、勇者ハルトは自分の記憶の一部を封印と共に閉じ込めました。それが、封印の力を強めるためでした」
「自分の記憶を…」
「ええ。だから、転生したあなたにも、その記憶はありません」
女神の声が、少し悲しげになる。
「勇者ハルトは、それを覚悟の上で封印を強化しました」
「では、封印の中にいる『災厄の獣』とは、一体…」
「それは、現地で確かめてください」
女神が、優しく言う。
「あなた自身が、封印の場所で、その存在と対話してください。そうすれば、前世のあなたが『なぜ殺さずに封印したのか』がわかるはずです」
「千年前、七種族が封印した時も、殺さなかったんですよね」
「ええ。それには、理由があります」
「理由…」
「アレン、一つだけ約束してください」
「何ですか?」
「その存在を、最初から敵だと思わないでください」
「敵だと思わない…? でも、災厄の獣と呼ばれている存在を…」
「それでも、です。千年前の七種族も、前世のあなたも、封印を選んだのには理由があります」
女神の声が、真剣になる。
「その理由を、あなた自身で見つけてください」
「…わかりました」
「そして…急いでください。封印が、思ったより早く弱まっています。このままでは」
「どのくらい持ちますか?」
また、沈黙。
「一年を超えるかどうか、わかりません」
僕は、息を呑む。
「わかりました。準備を急ぎます」
「アレン、あなたなら大丈夫です。私が信じています」
「ありがとうございます、セレスティア様」
翌朝、エルヴィンに伝えた。
「セレスティア様から聞きました。封印が、一年以内に破れる可能性があります」
エルヴィンの表情が、厳しくなる。
「…わかった。訓練の期間を短縮する」
「でも、準備が」
「準備をしながら、並行して進める。お前の今の実力なら、魔の森の深部に入れるはずだ」
「精密制御が、まだ完全ではありません」
「完全になってから行っていたら、間に合わない。八割できれば十分だ」
エルヴィンが、地図を広げる。
「春が来たら、すぐに出発する。今から逆算して、準備を整えろ」
「わかりました」
エルヴィンが、続ける。
「モーモーたちにも、話をしておくと良い。封印の強化には、神牛の神気が必要になる」
「千年前も、五百年前も、神牛の神気が使われたんですね」
「ああ。神牛の神気は、封印の触媒として最適だ」
僕は、念話でモーモーに連絡する。
「モーモー、少し聞いてもいいですか?」
「何でしょうか、主様」
「千年前と五百年前の封印に、神牛の先祖が関わっていたと聞きました。その話を、知っていますか?」
しばらく、沈黙。
「…知っています。私の母から、聞かされました」
「教えてもらえますか?」
「千年前、私の祖先の中から六頭が選ばれ、初代の封印を手伝いました。そして五百年前、再び六頭が選ばれ、封印の強化を手伝いました」
「神気を封印の触媒として…」
「はい。神牛の神気は、封印を安定させる力があります」
モーモーが、続ける。
「そして今度は、私たちの番です」
「モーモー…」
「主様が封印を強化するなら、私たちが側にいます。これは、神牛としての義務です」
モーモーの声が、落ち着いていて力強い。
「必ず、お力になります」
「ありがとう、モーモー」
騎士団の訓練も、佳境を迎えていた。
ディートリヒが、全員を集めて報告する。
「身体強化魔法、全員習得完了。空間収納魔法、九割五分習得完了」
「残りの五分は?」
「あと数日で、完了する見込みです」
コンラートが続く。
「連携魔法陣の訓練も、最終段階に入っています。五十名一組で組む魔法陣は、Sランク魔物相当の威力が出ます」
「Sランク相当…騎士団が連携すれば、そこまで」
「はい。リトヴァル族の速度と、人族の魔法を組み合わせた結果です。どちらか片方では、ここまで来られませんでした」
ヴォルフが前に出る。
「アレン様、リトヴァル族の幹部五十名は、いつでも魔の森に同行できます」
「ありがとうございます、ヴォルフ」
ヴォルフが、力強く言う。
「五百年前、前世の勇者様が守ってくれた封印を、今度は転生されたアレン様と共に守る。光栄です」
夜、書斎で報告書を書いていると、グロスマンから手紙が来た。
封を開ける。
内容を読む。
眉をひそめる。
ノックの音がした。
「どうぞ」
エルヴィンが入ってくる。
「グロスマンから来たか?」
「はい。読みましたか?」
「早馬が来たと聞いた。何が書いてあった?」
僕は、手紙をエルヴィンに渡す。
エルヴィンが読む。
その目が、静かに細くなる。
「ヴェルデン王国が、傭兵を大量に雇っているか」
「はい。総勢二万を超えているとのことです。早ければ夏、遅くとも秋には動くと」
「つまり、魔の森の調査は春のうちに済ませなければならない」
「そう思います。両方が同時に来たら、厄介です」
エルヴィンが、腕を組む。
「春の中頃。それまでに、訓練を仕上げる」
「わかりました」
「封印の術式は全く別物だ。どれほどの魔力消耗になるか、予測が難しい」
「覚悟しています」
「覚悟だけでは足りない。準備が必要だ」
エルヴィンが、窓の外を見る。
遠くに、暗い魔の森が見える。
「もう一つ、話しておかなければならないことがある」
「何ですか?」
「封印を強化したのが、前世のお前、勇者ハルトだったとしたら…封印の術式には、お前の魔力の痕跡が残っている」
「それは…どういう意味ですか?」
「お前の魔力は、前世と同質だ。つまり、封印との相性が最も良い。だが」
エルヴィンが、真剣な目で言う。
「それは同時に、封印がお前の魔力を強く引き込む可能性がある。必要以上に魔力を持っていかれるかもしれない」
「…対策は?」
「ある。封印に触れる時に、魔力の流れを自分で制御し続けること。流されないようにする。それが、精密制御の訓練の、もう一つの目的だ」
「つまり、強い力だけでなく、細かい制御ができないと、封印に全ての魔力を吸い取られてしまう可能性がある」
「そうだ。最悪、意識を失う」
僕は、深呼吸する。
「わかりました。精密制御の訓練、さらに頑張ります」
その日の夕方。
牧場に行くと、ギュンターが嬉しそうに走ってきた。
「アレン様、大変です!」
「どうしました?」
「モーモーが…!」
急いで牧場に向かう。
モーモーが、牛小屋の前に座っている。
周りに、成体の聖牛たちが集まっている。
「モーモー、大丈夫ですか?」
「はい、主様。大丈夫です」
「ギュンターさんが、大変だと…」
モーモーが、少し照れたように言う。
「実は…また、子供が産まれそうなのです」
「え?! 今すぐ?」
「今夜か、明日には」
ギュンターが、目を輝かせながら涙を流している。
「また聖牛の赤ちゃんが…!」
「ギュンターさん、泣いてますよ」
「嬉し涙です!」
その夜、モーモーは双子の子牛を産んだ。
一頭は雄、一頭は雌。
生まれたばかりで、まだ小さく、体高は五十センチほどだ。
でも、すでに体が白く、神々しい輝きがある。
ギュンターが、大事そうに二頭の世話をする。
双子が、翌朝見て大喜びする。
「赤ちゃん聖牛だ!」
「可愛い! 名前つけていい?」
「モーモーが決めますよ」
モーモーが言う。
「主様のご家族が決めてくださって構いません。私は嬉しいです」
「では…」
双子が、真剣に考える。
「雄の方はゾルン!」
「雌の方はルナ!」
子牛たちが、名前を呼ばれてきょとんとしている。
「よろしく、ゾルン、ルナ」
モーモーが、温かく言う。
「良い名前です、主様」
夜、書斎で訓練の記録をまとめながら、僕は考えた。
春まで、あと少し。
封印の強化。
ヴェルデン王国の動向。
やるべきことは、山ほどある。
でも、準備は着々と整っている。
精密制御の訓練。
転移魔法の習得。
精神防御魔法の強化。
騎士団の仕上げ。
モーモーたちとの連携確認。
千年前に七種族が作った封印を、五百年前に前世の自分が強化した。
そして今、転生した自分が再び強化する。
不思議な縁だと思う。
でも、それが自分の役割なら、やり遂げる。
「準備は整えた。後は、春が来るのを待つだけだ」
窓の外、雪がまた降り始めていた。
でも、その雪は、もう冬の雪ではない。
春を呼ぶ、最後の雪だ。
モーモーから念話が来る。
「主様、ゾルンとルナ、元気です。よく眠っています」
「良かったです。モーモーも、ゆっくり休んでください」
「はい。でも、主様こそ。あまり夜遅くまで起きていては」
「もう少ししたら、寝ます」
「約束ですよ」
「はい、約束です」
温かい声が、頭の中に響く。
千年前から続く、神牛と封印の縁。
五百年前、前世の自分も神牛と共に封印を強化した。
そして今、転生した自分も、モーモーたちと共に封印を守る。
「ありがとう、モーモー」
ランプを消す。
明日も、訓練だ。
春まで、やれることは全部やる。
全てのために。
次回:第45話「魔の森へ」
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