42 / 65
第2部 第2章「改革の波」
第42話「エーリッヒの帰還と兵士訓練」
第42話「エーリッヒの帰還と兵士訓練」
聖牛モーモーとの再会から、数日が経った。
牧場では、ギュンターが嬉々として聖牛たちの世話をしている。
毎朝、丁寧に搾乳し、草の様子を確認し、牛小屋を掃除する。
聖牛たちも、ギュンターにすっかり懐いていた。
特に三頭の子牛たちは、ギュンターの姿を見るたびに駆け寄る。
「ギュンターおじさん、今日も来た!」
「今日も草、美味しかったよ!」
「ギュンターおじさん、よしよしして!」
ギュンターが、子牛たちを一頭ずつ撫でる。
「はいはい、今日も元気ですね」
その表情は、親戚の子供を見るような、柔らかい笑顔だ。
僕は、牧場の柵の外からその光景を見て、微笑む。
「良かった。ギュンターさんが来てくれて」
そんなある日、グレン領の方から馬車が来た。
見覚えのある馬車だ。
「エーリッヒさん…?」
馬車が止まる。
扉が開いて、がっしりとした体格の男が降りてくる。
エーリッヒだ。
でも、一人ではない。
後ろから、女性が降りてくる。
妻のヘルガさんだ。
そして、背の高い少年と、小さな女の子。
「お父さん、ここがアレン様の領地?」
「そうだ、フリッツ。挨拶をしなさい」
少年が、真剣な表情で頭を下げる。
「初めまして。フリッツ・ヴァーグナーです。十一歳です」
女の子が、元気よく続く。
「グレーテルです! 八歳です! よろしくお願いします!」
僕は、微笑む。
「エーリッヒさん、お帰りなさい」
「アレン様、ご無沙汰しました」
エーリッヒが、深々と頭を下げる。
その目に、安堵の色がある。
「王都での仕事、全て終わりました。お報告に参りました」
屋敷に招いて、話を聞いた。
「王都に、学校を十校建設しました」
エーリッヒが、報告書を取り出す。
「孤児院も五施設。そして、貧民街の再開発も、ほぼ完了しました」
「本当に、全部ですか?」
「はい。アレン様からいただいた資金と、建築ギルドの総力を結集しました」
エーリッヒが、少し疲れた笑顔を見せる。
「正直、二年かかるかと思っていましたが…オスカーが本当によくやってくれました」
「オスカーさんが…」
「あの子は、わしの誇りです」
エーリッヒの目が、細くなる。
「それと、国王陛下から、これを」
エーリッヒが、巻物を取り出す。
感謝状だ。
「国王陛下から…」
「はい。王都の民のために尽くしてくれたと。アレン様のお名前も、しっかりと記されています」
僕は、感謝状を開く。
国王アルブレヒトの署名がある。
「エーリッヒさん、本当にありがとうございます」
「いえ、これはアレン様のご指示があってこそです」
その夜、歓迎の宴が開かれた。
家族全員が集まる。
エーリッヒ一家と、オスカーも招待した。
「エーリッヒさん、お帰りなさい!」
オスカーが、師匠に挨拶する。
「オスカー、大きくなったな」
「エーリッヒさんに恥じない仕事ができました」
「ああ、聞いた。王都の学校建設、見事だったと。国王陛下も、お前のことを褒めていたぞ」
オスカーが、照れる。
「エーリッヒさんの教えのおかげです」
「謙遜するな。お前の実力だ」
エーリッヒが、オスカーの肩を叩く。
師匠と弟子の、温かい光景だ。
グレーテルが、双子を見つけた。
「あなたたちが、レオ君とリナちゃん? お父さんから聞いてたよ!」
「そうだよ! レオだよ!」
「リナです! よろしくね!」
「一緒に遊ぼう!」
三人が、すぐに仲良くなる。
グレーテルは活発で、双子とすぐに意気投合した。
庭を走り回る三人を、大人たちが微笑んで見ている。
「あの双子は、どこでも友達を作るな」
父グレンが笑う。
フリッツは、少し離れた場所で、マルクと話していた。
「フリッツ、建築に興味があるのか?」
「はい。お父さんの仕事を見ていて、すごいと思って」
「それは良いな。ゲルハルト先生に習えば、学べるぞ」
フリッツが目を輝かせる。
「本当ですか?」
聖牛の牛乳を使ったチーズも出された。
「これは…!」
エーリッヒが、目を丸くする。
「なんというチーズだ…こんな味は初めてだ…」
「聖牛の乳から作ったチーズです」
「聖牛…?」
モーモーの話を簡単に説明する。
「従魔に、牛が…」
エーリッヒが、驚いている。
「まあ、アレン様らしいですな」
翌日、エーリッヒは建築ギルドの今後について話し合いに来た。
「アレン様、建築ギルドの拡大をお願いしたいのですが」
「どのくらいまで?」
「二百名体制にしたいと思っています」
「今は?」
「百五十名です。でも、九つの管理領地全てに学校や施設を建てるとなると、もっと人手が必要です」
「わかりました。エーリッヒさんに任せます。必要な資金は出します」
「ありがとうございます。アレン様、本当に…」
エーリッヒが、言葉を詰まらせる。
「子供のアレン様が、こんな大きな事業を…見違えるようですな」
「エーリッヒさんが、最初の仕事をしてくれたから、ここまで来られたんです」
「恐れ入ります」
その日の午後、リトアが来た。
真剣な表情だ。
「アレン様、少し話があります」
「どうしましたか?」
「実は…族の中から、兵士になりたいという者が現れました」
「兵士に…?」
「はい。最初は五十名です。我々リトヴァル族は、アレン様に大きな恩があります。その恩を、力で返したいと言っています」
リトアが続ける。
「我々の体は、人族より基礎筋力が強いと聞きました。もし訓練を受ければ、役に立てると思います」
僕は、考える。
リトヴァル族の五十名。
彼らの気持ちは、本物だ。
神眼で見なくても、リトアの目を見ればわかる。
「わかりました。歓迎します。でも、訓練は厳しいですよ?」
「はい。それでも、と言っています」
「では、ディートリヒさんとコンラートさんに相談しましょう」
ディートリヒとコンラートを呼んだ。
「リトヴァル族五十名が、兵士になりたいと言っています。訓練を引き受けてもらえますか?」
ディートリヒが、リトアを見る。
「リトヴァル族は、体高が百から百二十センチほど。戦い方は、人族とは違ってくるな」
コンラートが頷く。
「でも、基礎筋力が人族より強いと聞いています。それを活かした戦術を考えれば…」
「面白い。やってみましょう」
ディートリヒが、リトアに向き直る。
「リトア殿、我々が鍛えましょう。ただし、手加減はしません。よろしいですか?」
リトアが、力強く頷く。
「望むところです」
翌日から、訓練が始まった。
五十名のリトヴァル族が、騎士団の訓練場に集まる。
全員、真剣な表情だ。
ディートリヒが、最初に話す。
「まず、基礎体力の確認から始めます。走ること、跳ぶこと、剣の素振り…全て基礎からやり直しです」
「わかりました」
五十名が、一斉に動き始める。
走る。
跳ぶ。
剣を振る。
ディートリヒが、その様子を見て、目を見開く。
「速い…!」
リトヴァル族の動きは、予想以上だ。
短い足で、すごい速度で走る。
ジャンプ力も、人族の二倍以上ある。
コンラートも驚く。
「基礎筋力が強いどころじゃない…この動きは、もとから素晴らしい」
エルヴィンが、横で見ている。
「身体強化魔法を教えれば、どうなるか…楽しみだな」
一週間後、身体強化魔法の講習が始まった。
エルヴィンと僕が担当する。
「身体強化魔法は、自分の魔力を体全体に巡らせる魔法です。筋力、速度、耐久力が上がります」
僕が説明する。
「まず、自分の中の魔力を感じてください」
リトヴァル族たちが、目を閉じる。
数分後――
「感じた…!」
「なんか、体の中に何かある…」
「これが魔力か…!」
反応が、早い。
人族の兵士に同じことを教えると、数日かかることもある。
でも、リトヴァル族は数分で感じ取った。
「素晴らしい。では、その魔力を体全体に巡らせてください」
さらに数分後――
「体が、熱い…!」
「力が、みなぎってくる…!」
エルヴィンが、感心する。
「魔力の感知と制御が、もともと優れているな。人族より、精霊に近い種族だからかもしれない」
「素晴らしい。では、その状態で動いてみてください」
リトヴァル族の一人が、走り出す。
その速度が、さっきとは比べ物にならない。
「はやっ…!!」
ディートリヒが、目を丸くする。
「これは…騎馬より速いのでは…?」
「剣の素振りもやってみてください」
一人が剣を振る。
風圧が生まれる。
「ものすごい力だ…」
コンラートが呟く。
「人族の兵士と比べると…三倍以上の戦闘力があるかもしれない」
その翌日。
訓練を見ていたリトヴァル族の人々が、騒ぎ始めた。
牧場で作業していたリトヴァル族の職人たちが、訓練場の方を指差している。
「あの動き…すごい…」
「昨日まで普通だったのに…」
「私たちも、あんなに強くなれるのか…」
訓練に参加していた五十名が、あまりにも鮮やかに変わっていたのだ。
数日前まで普通だった仲間が、今や騎士団の人族兵士と互角以上に動いている。
リトヴァル族の若者たちが、リトアのところに押し寄せた。
「リトア様、私たちも参加したい!」
「兵士になりたい!」
「アレン様のために、戦いたい!」
リトアが、僕のところに来た。
「アレン様…志願者が増えました」
「何名ですか?」
「今のところ…三百名を超えています」
「三百名!?」
「次々と来ています。おそらく、もっと増えると思います」
翌日、翌々日と、志願者が増え続けた。
一週間後、志願者は二千名に達した。
「二千名…」
僕は、驚く。
リトヴァル族の成人男性のほぼ全員だ。
「本当に、全員が志願しているんですか?」
「はい。全員が、アレン様への恩返しをしたいと言っています」
リトアが、真剣な表情で言う。
「私たちリトヴァル族は、長年、奴隷狩りから逃げ続けてきました。戦う力がなかったから。でも、今は違います。アレン様が、安全な場所を与えてくださった。今度は、私たちがアレン様と、この領地を守りたい」
僕は、神眼で確認する。
二千名の志願者たちを、一人一人。
全員、本気だ。
恩義と忠誠心が、強く感じられる。
「わかりました。全員、受け入れます」
ディートリヒとコンラートが、二人で話し合っていた。
「二千名か…これは、大規模な訓練体制が必要だな」
「今の訓練場では、全員を同時に訓練できません」
「訓練場を拡大しましょう。リトヴァル族のサイズに合わせた設備も必要ですね」
「隊編成はどうしますか?」
「まず、最初の五十名を幹部候補として育てる。彼らが、二千名を率いる」
「なるほど。そして全員に、身体強化魔法と空間収納魔法を習得させる」
ディートリヒが頷く。
「その通りです。身体強化魔法は必須。空間収納は、物資の運搬に使えます」
翌日、オスカーに訓練場の拡張を依頼した。
「リトヴァル族の体格に合わせた訓練場を作ってください」
「はい。的の高さや、障害物のサイズも調整します」
三日で、拡張された訓練場が完成した。
二千名の本格訓練が始まった。
訓練は、五段階に分けて進める。
第一段階:基礎体力強化。
第二段階:剣術・弓術の基礎。
第三段階:身体強化魔法の習得。
第四段階:空間収納魔法の習得。
第五段階:連携戦術の習得。
指導担当は、それぞれ分担する。
ディートリヒ:剣術、戦術指導。
コンラート:弓術、部隊運営。
エルヴィン:魔法全般の指導。
そして、家族も参加することになった。
父グレンが言う。
「アレン、わしも少し手伝おう」
「父さん、良いんですか?」
「グレン領の警備もあるが、これだけの兵力が育てば、この王国全体が強くなる。手伝うのは当然だ」
「ありがとうございます」
父が、戦術と剣術を担当する。
ソフィア姉さんも、申し出てくれた。
「私は、剣術を教えます。体の使い方、リトヴァル族のサイズでも応用できる技を」
「姉さん、ありがとう」
マルク兄さんは、弓術を担当する。
「弓は、体格に合わせた弓を作れば、リトヴァル族でも扱えるはずです」
マルクが、リトヴァル族のサイズに合わせた弓の設計を始める。
母は、治癒魔法を担当する。
「訓練で怪我をした時のために、治癒魔法の基礎も教えます」
ノエルは、クラフト魔法を担当する。
「武器の整備や、簡単な魔導具の作り方を教えます」
そして、双子も参加を申し出た。
「僕たちも、手伝う!」
「基礎魔法なら、教えられる!」
双子が、リトヴァル族の子供たちに基礎魔法を教えることになった。
「レオ先生!」
「リナ先生!」
子供たちが、双子に懐く。
一ヶ月後。
訓練の成果が、明らかになってきた。
最初の五十名は、すでに騎士団の精鋭と互角以上に戦えるようになっていた。
二千名全員も、身体強化魔法をほぼ習得している。
「信じられない速さです」
ディートリヒが、驚いている。
「人族の兵士に同じことを教えると、三ヶ月かかります。でもリトヴァル族は、一ヶ月で習得してしまう」
「魔力の感知が優れているからだと思います」
エルヴィンが言う。
「それと、もとの基礎筋力が高い。身体強化魔法との相乗効果が、人族より大きい」
コンラートが続ける。
「剣術の習得も、早い。体が小さい分、懐に入るのが上手い。人族の大きな剣で防御しにくい角度から攻撃できる」
「弓術も素晴らしい」
マルクが報告する。
「小型の弓ですが、精度が高い。指先が器用なので、弦の扱いが上手いんです」
父グレンも、満足そうだ。
「連携戦術も、覚えが早い。もともと、群れで行動する習性があるからかもしれないな」
二ヶ月後。
二千名のリトヴァル族兵士が、正式に騎士団に編入された。
元の人族の騎士団が三百名。
新たに加わったリトヴァル族が二千名。
合計、二千三百名の大騎士団が誕生した。
僕は、全員の前で挨拶した。
「みなさん、今日からあなたたちは正式な騎士団の一員です」
二千三百名が、整列している。
その光景は、圧巻だ。
「人族もリトヴァル族も、同じ騎士団の仲間です。互いの強みを活かして、この領地を守りましょう」
全員が、一斉に敬礼する。
「はい!」
その声が、訓練場に響き渡る。
ディートリヒが、感慨深そうに言う。
「これほどの騎士団が、この王国に存在したことはありません」
「ヴェルデン王国の軍も、これなら抑止できますか?」
「十分すぎるほどです。それに…」
ディートリヒが、リトヴァル族の兵士たちを見る。
「彼らの戦い方は、人族とは全く違う。人族の戦術では対処しにくい。予測不能な動きをする」
「それが強みですね」
「はい。正面から戦うだけではなく、奇襲、撹乱、包囲…様々な戦術が使えます」
訓練の合間に、リトアと話した。
「リトア、みんなの様子はどうですか?」
「皆、生き生きとしています。アレン様のために戦える、と」
リトアが、少し遠い目をする。
「私たちは、長年逃げ続けてきました。追われる日々。怯える日々。でも、今は違う」
「今は…守る側に立てる。自分たちの居場所を、自分たちで守れる」
リトアの目が、輝いている。
「それが、どれほど嬉しいことか…アレン様には、わかっていただけると思います」
「わかります」
僕は、頷く。
「あなたたちが強くなることは、この領地全体が強くなることです。一緒に守りましょう」
「はい。必ず」
夕方、訓練を終えたリトヴァル族の兵士たちが、牧場の方を通りかかった。
モーモーたちが、草を食んでいる。
「わあ、聖牛様だ」
「神々しい…」
子牛の三頭が、兵士たちに気づく。
ドドドドド――
「うわっ、来た!」
でも、子牛たちは舐めるのではなく、兵士たちの周りをぐるぐると走り回る。
「嬉しいんでしょう」
ギュンターが、微笑む。
「聖牛は、良い人間に懐くんです。この兵士の方々は、みんな心が綺麗だから」
モーモーが、ゆっくりと兵士たちに近づく。
「あなたたちが、主様を守る者たちですね」
モーモーの念話は、僕にしか聞こえない。
「そうです」
「ならば、私たちも協力します。魔の森からの魔物が出た時は、私たちも戦います」
「モーモー…でも、危険では?」
「私たちの強さを、まだご存知ではないのでしょう。ご覧に入れましょうか?」
翌日、モーモーが力を見せてくれた。
訓練場の外に、大きな岩がある。
エルヴィンが土魔法で作ったものだ。
モーモーが、岩に向かって走り出す。
金色の角が、光る。
そして――
ドンッ。
岩が、粉々に砕け散った。
訓練場にいた全員が、固まる。
「…え?」
「あの岩が…一瞬で…」
「しかも、角一本で…」
ディートリヒが、呟く。
「これは…ワイバーンが相手でも、一突きで…」
エルヴィンが頷く。
「神牛…いや、聖牛の戦闘力は、伝説でも聞いていたが…なるほど。これほどとは」
さらに、モーモーが空を歩いて見せる。
四本の足が、空中で魔力の足場を踏む。
地上から五メートルの高さを、普通に歩く。
「空を…歩いてる…」
「足場を、魔法で作ってるのか…」
リトヴァル族の兵士たちが、口をあんぐりと開けている。
子牛の三頭も、お母さんに続いて空を歩く。
「私たちも、できる!」
「見て見て!」
子牛たちが、ふわふわと空を歩く。
その愛らしい姿に、緊張が解けて笑いが起きる。
「可愛い…」
「聖牛様の子供も、空を歩けるんだ…」
モーモーが降りてきて、僕に頭を下げる。
「主様、私たちもこの領地を守ります。どうか、遠慮なくおっしゃってください」
夜、書斎で僕は地図を広げた。
九つの管理領地。
四つの直轄領地。
リトヴァル族五千人以上の居住区。
牧場。
醸造施設。
水道システム。
そして、二千三百名の騎士団。
「一年前と比べると、何もかもが変わった」
エルヴィンが来る。
「アレン、今日の聖牛の演武は、良い効果があった」
「騎士団の士気が上がりましたね」
「ああ。人族もリトヴァル族も、同じ仲間と、あれほどの存在が一緒に戦ってくれると知れば、心強い」
エルヴィンが続ける。
「それと、グロスマンから新しい情報が来た」
「何ですか?」
「ヴェルデン王国が、軍備を増強しているらしい。疫病で国力が落ちたはずなのに、新王は軍拡を止めていない」
「やはり、また来ますか」
「可能性は高い。だが」
エルヴィンが、訓練場の方を見る。
「今のお前の騎士団なら、十分に対処できる。人族三百名とリトヴァル族二千名、そして聖牛三十五頭」
「最後に頼ることになるかもしれないな」
「ああ。だが、できれば戦わずに済む方が良い」
「そうですね。強い軍を持つことで、戦争を抑止できれば…それが一番です」
エルヴィンが、頷く。
「その通りだ。お前は、よくわかっている」
窓の外を見る。
訓練場の灯りが、まだついている。
夜間訓練を続けているリトヴァル族の兵士たちだ。
その向こうに、牧場が見える。
聖牛たちの白い体が、月明かりに照らされている。
そして、さらに遠くには、暗い魔の森。
「守るべきものが、どんどん増えていく」
でも、恐れはない。
仲間も、どんどん増えている。
「みんなで、守り抜こう」
心の中で、そう誓う。
すると、念話でモーモーの声が聞こえてきた。
「主様、今日もお疲れ様でした」
「モーモーも、ありがとう。明日もよろしく」
「もちろんです。末永く、お供します」
温かい声だ。
どんな時も、変わらない。
この穏やかな夜が、いつまでも続くように。
そう願いながら、僕は窓を閉じた。
次回:第43話「新たな予兆」
聖牛モーモーとの再会から、数日が経った。
牧場では、ギュンターが嬉々として聖牛たちの世話をしている。
毎朝、丁寧に搾乳し、草の様子を確認し、牛小屋を掃除する。
聖牛たちも、ギュンターにすっかり懐いていた。
特に三頭の子牛たちは、ギュンターの姿を見るたびに駆け寄る。
「ギュンターおじさん、今日も来た!」
「今日も草、美味しかったよ!」
「ギュンターおじさん、よしよしして!」
ギュンターが、子牛たちを一頭ずつ撫でる。
「はいはい、今日も元気ですね」
その表情は、親戚の子供を見るような、柔らかい笑顔だ。
僕は、牧場の柵の外からその光景を見て、微笑む。
「良かった。ギュンターさんが来てくれて」
そんなある日、グレン領の方から馬車が来た。
見覚えのある馬車だ。
「エーリッヒさん…?」
馬車が止まる。
扉が開いて、がっしりとした体格の男が降りてくる。
エーリッヒだ。
でも、一人ではない。
後ろから、女性が降りてくる。
妻のヘルガさんだ。
そして、背の高い少年と、小さな女の子。
「お父さん、ここがアレン様の領地?」
「そうだ、フリッツ。挨拶をしなさい」
少年が、真剣な表情で頭を下げる。
「初めまして。フリッツ・ヴァーグナーです。十一歳です」
女の子が、元気よく続く。
「グレーテルです! 八歳です! よろしくお願いします!」
僕は、微笑む。
「エーリッヒさん、お帰りなさい」
「アレン様、ご無沙汰しました」
エーリッヒが、深々と頭を下げる。
その目に、安堵の色がある。
「王都での仕事、全て終わりました。お報告に参りました」
屋敷に招いて、話を聞いた。
「王都に、学校を十校建設しました」
エーリッヒが、報告書を取り出す。
「孤児院も五施設。そして、貧民街の再開発も、ほぼ完了しました」
「本当に、全部ですか?」
「はい。アレン様からいただいた資金と、建築ギルドの総力を結集しました」
エーリッヒが、少し疲れた笑顔を見せる。
「正直、二年かかるかと思っていましたが…オスカーが本当によくやってくれました」
「オスカーさんが…」
「あの子は、わしの誇りです」
エーリッヒの目が、細くなる。
「それと、国王陛下から、これを」
エーリッヒが、巻物を取り出す。
感謝状だ。
「国王陛下から…」
「はい。王都の民のために尽くしてくれたと。アレン様のお名前も、しっかりと記されています」
僕は、感謝状を開く。
国王アルブレヒトの署名がある。
「エーリッヒさん、本当にありがとうございます」
「いえ、これはアレン様のご指示があってこそです」
その夜、歓迎の宴が開かれた。
家族全員が集まる。
エーリッヒ一家と、オスカーも招待した。
「エーリッヒさん、お帰りなさい!」
オスカーが、師匠に挨拶する。
「オスカー、大きくなったな」
「エーリッヒさんに恥じない仕事ができました」
「ああ、聞いた。王都の学校建設、見事だったと。国王陛下も、お前のことを褒めていたぞ」
オスカーが、照れる。
「エーリッヒさんの教えのおかげです」
「謙遜するな。お前の実力だ」
エーリッヒが、オスカーの肩を叩く。
師匠と弟子の、温かい光景だ。
グレーテルが、双子を見つけた。
「あなたたちが、レオ君とリナちゃん? お父さんから聞いてたよ!」
「そうだよ! レオだよ!」
「リナです! よろしくね!」
「一緒に遊ぼう!」
三人が、すぐに仲良くなる。
グレーテルは活発で、双子とすぐに意気投合した。
庭を走り回る三人を、大人たちが微笑んで見ている。
「あの双子は、どこでも友達を作るな」
父グレンが笑う。
フリッツは、少し離れた場所で、マルクと話していた。
「フリッツ、建築に興味があるのか?」
「はい。お父さんの仕事を見ていて、すごいと思って」
「それは良いな。ゲルハルト先生に習えば、学べるぞ」
フリッツが目を輝かせる。
「本当ですか?」
聖牛の牛乳を使ったチーズも出された。
「これは…!」
エーリッヒが、目を丸くする。
「なんというチーズだ…こんな味は初めてだ…」
「聖牛の乳から作ったチーズです」
「聖牛…?」
モーモーの話を簡単に説明する。
「従魔に、牛が…」
エーリッヒが、驚いている。
「まあ、アレン様らしいですな」
翌日、エーリッヒは建築ギルドの今後について話し合いに来た。
「アレン様、建築ギルドの拡大をお願いしたいのですが」
「どのくらいまで?」
「二百名体制にしたいと思っています」
「今は?」
「百五十名です。でも、九つの管理領地全てに学校や施設を建てるとなると、もっと人手が必要です」
「わかりました。エーリッヒさんに任せます。必要な資金は出します」
「ありがとうございます。アレン様、本当に…」
エーリッヒが、言葉を詰まらせる。
「子供のアレン様が、こんな大きな事業を…見違えるようですな」
「エーリッヒさんが、最初の仕事をしてくれたから、ここまで来られたんです」
「恐れ入ります」
その日の午後、リトアが来た。
真剣な表情だ。
「アレン様、少し話があります」
「どうしましたか?」
「実は…族の中から、兵士になりたいという者が現れました」
「兵士に…?」
「はい。最初は五十名です。我々リトヴァル族は、アレン様に大きな恩があります。その恩を、力で返したいと言っています」
リトアが続ける。
「我々の体は、人族より基礎筋力が強いと聞きました。もし訓練を受ければ、役に立てると思います」
僕は、考える。
リトヴァル族の五十名。
彼らの気持ちは、本物だ。
神眼で見なくても、リトアの目を見ればわかる。
「わかりました。歓迎します。でも、訓練は厳しいですよ?」
「はい。それでも、と言っています」
「では、ディートリヒさんとコンラートさんに相談しましょう」
ディートリヒとコンラートを呼んだ。
「リトヴァル族五十名が、兵士になりたいと言っています。訓練を引き受けてもらえますか?」
ディートリヒが、リトアを見る。
「リトヴァル族は、体高が百から百二十センチほど。戦い方は、人族とは違ってくるな」
コンラートが頷く。
「でも、基礎筋力が人族より強いと聞いています。それを活かした戦術を考えれば…」
「面白い。やってみましょう」
ディートリヒが、リトアに向き直る。
「リトア殿、我々が鍛えましょう。ただし、手加減はしません。よろしいですか?」
リトアが、力強く頷く。
「望むところです」
翌日から、訓練が始まった。
五十名のリトヴァル族が、騎士団の訓練場に集まる。
全員、真剣な表情だ。
ディートリヒが、最初に話す。
「まず、基礎体力の確認から始めます。走ること、跳ぶこと、剣の素振り…全て基礎からやり直しです」
「わかりました」
五十名が、一斉に動き始める。
走る。
跳ぶ。
剣を振る。
ディートリヒが、その様子を見て、目を見開く。
「速い…!」
リトヴァル族の動きは、予想以上だ。
短い足で、すごい速度で走る。
ジャンプ力も、人族の二倍以上ある。
コンラートも驚く。
「基礎筋力が強いどころじゃない…この動きは、もとから素晴らしい」
エルヴィンが、横で見ている。
「身体強化魔法を教えれば、どうなるか…楽しみだな」
一週間後、身体強化魔法の講習が始まった。
エルヴィンと僕が担当する。
「身体強化魔法は、自分の魔力を体全体に巡らせる魔法です。筋力、速度、耐久力が上がります」
僕が説明する。
「まず、自分の中の魔力を感じてください」
リトヴァル族たちが、目を閉じる。
数分後――
「感じた…!」
「なんか、体の中に何かある…」
「これが魔力か…!」
反応が、早い。
人族の兵士に同じことを教えると、数日かかることもある。
でも、リトヴァル族は数分で感じ取った。
「素晴らしい。では、その魔力を体全体に巡らせてください」
さらに数分後――
「体が、熱い…!」
「力が、みなぎってくる…!」
エルヴィンが、感心する。
「魔力の感知と制御が、もともと優れているな。人族より、精霊に近い種族だからかもしれない」
「素晴らしい。では、その状態で動いてみてください」
リトヴァル族の一人が、走り出す。
その速度が、さっきとは比べ物にならない。
「はやっ…!!」
ディートリヒが、目を丸くする。
「これは…騎馬より速いのでは…?」
「剣の素振りもやってみてください」
一人が剣を振る。
風圧が生まれる。
「ものすごい力だ…」
コンラートが呟く。
「人族の兵士と比べると…三倍以上の戦闘力があるかもしれない」
その翌日。
訓練を見ていたリトヴァル族の人々が、騒ぎ始めた。
牧場で作業していたリトヴァル族の職人たちが、訓練場の方を指差している。
「あの動き…すごい…」
「昨日まで普通だったのに…」
「私たちも、あんなに強くなれるのか…」
訓練に参加していた五十名が、あまりにも鮮やかに変わっていたのだ。
数日前まで普通だった仲間が、今や騎士団の人族兵士と互角以上に動いている。
リトヴァル族の若者たちが、リトアのところに押し寄せた。
「リトア様、私たちも参加したい!」
「兵士になりたい!」
「アレン様のために、戦いたい!」
リトアが、僕のところに来た。
「アレン様…志願者が増えました」
「何名ですか?」
「今のところ…三百名を超えています」
「三百名!?」
「次々と来ています。おそらく、もっと増えると思います」
翌日、翌々日と、志願者が増え続けた。
一週間後、志願者は二千名に達した。
「二千名…」
僕は、驚く。
リトヴァル族の成人男性のほぼ全員だ。
「本当に、全員が志願しているんですか?」
「はい。全員が、アレン様への恩返しをしたいと言っています」
リトアが、真剣な表情で言う。
「私たちリトヴァル族は、長年、奴隷狩りから逃げ続けてきました。戦う力がなかったから。でも、今は違います。アレン様が、安全な場所を与えてくださった。今度は、私たちがアレン様と、この領地を守りたい」
僕は、神眼で確認する。
二千名の志願者たちを、一人一人。
全員、本気だ。
恩義と忠誠心が、強く感じられる。
「わかりました。全員、受け入れます」
ディートリヒとコンラートが、二人で話し合っていた。
「二千名か…これは、大規模な訓練体制が必要だな」
「今の訓練場では、全員を同時に訓練できません」
「訓練場を拡大しましょう。リトヴァル族のサイズに合わせた設備も必要ですね」
「隊編成はどうしますか?」
「まず、最初の五十名を幹部候補として育てる。彼らが、二千名を率いる」
「なるほど。そして全員に、身体強化魔法と空間収納魔法を習得させる」
ディートリヒが頷く。
「その通りです。身体強化魔法は必須。空間収納は、物資の運搬に使えます」
翌日、オスカーに訓練場の拡張を依頼した。
「リトヴァル族の体格に合わせた訓練場を作ってください」
「はい。的の高さや、障害物のサイズも調整します」
三日で、拡張された訓練場が完成した。
二千名の本格訓練が始まった。
訓練は、五段階に分けて進める。
第一段階:基礎体力強化。
第二段階:剣術・弓術の基礎。
第三段階:身体強化魔法の習得。
第四段階:空間収納魔法の習得。
第五段階:連携戦術の習得。
指導担当は、それぞれ分担する。
ディートリヒ:剣術、戦術指導。
コンラート:弓術、部隊運営。
エルヴィン:魔法全般の指導。
そして、家族も参加することになった。
父グレンが言う。
「アレン、わしも少し手伝おう」
「父さん、良いんですか?」
「グレン領の警備もあるが、これだけの兵力が育てば、この王国全体が強くなる。手伝うのは当然だ」
「ありがとうございます」
父が、戦術と剣術を担当する。
ソフィア姉さんも、申し出てくれた。
「私は、剣術を教えます。体の使い方、リトヴァル族のサイズでも応用できる技を」
「姉さん、ありがとう」
マルク兄さんは、弓術を担当する。
「弓は、体格に合わせた弓を作れば、リトヴァル族でも扱えるはずです」
マルクが、リトヴァル族のサイズに合わせた弓の設計を始める。
母は、治癒魔法を担当する。
「訓練で怪我をした時のために、治癒魔法の基礎も教えます」
ノエルは、クラフト魔法を担当する。
「武器の整備や、簡単な魔導具の作り方を教えます」
そして、双子も参加を申し出た。
「僕たちも、手伝う!」
「基礎魔法なら、教えられる!」
双子が、リトヴァル族の子供たちに基礎魔法を教えることになった。
「レオ先生!」
「リナ先生!」
子供たちが、双子に懐く。
一ヶ月後。
訓練の成果が、明らかになってきた。
最初の五十名は、すでに騎士団の精鋭と互角以上に戦えるようになっていた。
二千名全員も、身体強化魔法をほぼ習得している。
「信じられない速さです」
ディートリヒが、驚いている。
「人族の兵士に同じことを教えると、三ヶ月かかります。でもリトヴァル族は、一ヶ月で習得してしまう」
「魔力の感知が優れているからだと思います」
エルヴィンが言う。
「それと、もとの基礎筋力が高い。身体強化魔法との相乗効果が、人族より大きい」
コンラートが続ける。
「剣術の習得も、早い。体が小さい分、懐に入るのが上手い。人族の大きな剣で防御しにくい角度から攻撃できる」
「弓術も素晴らしい」
マルクが報告する。
「小型の弓ですが、精度が高い。指先が器用なので、弦の扱いが上手いんです」
父グレンも、満足そうだ。
「連携戦術も、覚えが早い。もともと、群れで行動する習性があるからかもしれないな」
二ヶ月後。
二千名のリトヴァル族兵士が、正式に騎士団に編入された。
元の人族の騎士団が三百名。
新たに加わったリトヴァル族が二千名。
合計、二千三百名の大騎士団が誕生した。
僕は、全員の前で挨拶した。
「みなさん、今日からあなたたちは正式な騎士団の一員です」
二千三百名が、整列している。
その光景は、圧巻だ。
「人族もリトヴァル族も、同じ騎士団の仲間です。互いの強みを活かして、この領地を守りましょう」
全員が、一斉に敬礼する。
「はい!」
その声が、訓練場に響き渡る。
ディートリヒが、感慨深そうに言う。
「これほどの騎士団が、この王国に存在したことはありません」
「ヴェルデン王国の軍も、これなら抑止できますか?」
「十分すぎるほどです。それに…」
ディートリヒが、リトヴァル族の兵士たちを見る。
「彼らの戦い方は、人族とは全く違う。人族の戦術では対処しにくい。予測不能な動きをする」
「それが強みですね」
「はい。正面から戦うだけではなく、奇襲、撹乱、包囲…様々な戦術が使えます」
訓練の合間に、リトアと話した。
「リトア、みんなの様子はどうですか?」
「皆、生き生きとしています。アレン様のために戦える、と」
リトアが、少し遠い目をする。
「私たちは、長年逃げ続けてきました。追われる日々。怯える日々。でも、今は違う」
「今は…守る側に立てる。自分たちの居場所を、自分たちで守れる」
リトアの目が、輝いている。
「それが、どれほど嬉しいことか…アレン様には、わかっていただけると思います」
「わかります」
僕は、頷く。
「あなたたちが強くなることは、この領地全体が強くなることです。一緒に守りましょう」
「はい。必ず」
夕方、訓練を終えたリトヴァル族の兵士たちが、牧場の方を通りかかった。
モーモーたちが、草を食んでいる。
「わあ、聖牛様だ」
「神々しい…」
子牛の三頭が、兵士たちに気づく。
ドドドドド――
「うわっ、来た!」
でも、子牛たちは舐めるのではなく、兵士たちの周りをぐるぐると走り回る。
「嬉しいんでしょう」
ギュンターが、微笑む。
「聖牛は、良い人間に懐くんです。この兵士の方々は、みんな心が綺麗だから」
モーモーが、ゆっくりと兵士たちに近づく。
「あなたたちが、主様を守る者たちですね」
モーモーの念話は、僕にしか聞こえない。
「そうです」
「ならば、私たちも協力します。魔の森からの魔物が出た時は、私たちも戦います」
「モーモー…でも、危険では?」
「私たちの強さを、まだご存知ではないのでしょう。ご覧に入れましょうか?」
翌日、モーモーが力を見せてくれた。
訓練場の外に、大きな岩がある。
エルヴィンが土魔法で作ったものだ。
モーモーが、岩に向かって走り出す。
金色の角が、光る。
そして――
ドンッ。
岩が、粉々に砕け散った。
訓練場にいた全員が、固まる。
「…え?」
「あの岩が…一瞬で…」
「しかも、角一本で…」
ディートリヒが、呟く。
「これは…ワイバーンが相手でも、一突きで…」
エルヴィンが頷く。
「神牛…いや、聖牛の戦闘力は、伝説でも聞いていたが…なるほど。これほどとは」
さらに、モーモーが空を歩いて見せる。
四本の足が、空中で魔力の足場を踏む。
地上から五メートルの高さを、普通に歩く。
「空を…歩いてる…」
「足場を、魔法で作ってるのか…」
リトヴァル族の兵士たちが、口をあんぐりと開けている。
子牛の三頭も、お母さんに続いて空を歩く。
「私たちも、できる!」
「見て見て!」
子牛たちが、ふわふわと空を歩く。
その愛らしい姿に、緊張が解けて笑いが起きる。
「可愛い…」
「聖牛様の子供も、空を歩けるんだ…」
モーモーが降りてきて、僕に頭を下げる。
「主様、私たちもこの領地を守ります。どうか、遠慮なくおっしゃってください」
夜、書斎で僕は地図を広げた。
九つの管理領地。
四つの直轄領地。
リトヴァル族五千人以上の居住区。
牧場。
醸造施設。
水道システム。
そして、二千三百名の騎士団。
「一年前と比べると、何もかもが変わった」
エルヴィンが来る。
「アレン、今日の聖牛の演武は、良い効果があった」
「騎士団の士気が上がりましたね」
「ああ。人族もリトヴァル族も、同じ仲間と、あれほどの存在が一緒に戦ってくれると知れば、心強い」
エルヴィンが続ける。
「それと、グロスマンから新しい情報が来た」
「何ですか?」
「ヴェルデン王国が、軍備を増強しているらしい。疫病で国力が落ちたはずなのに、新王は軍拡を止めていない」
「やはり、また来ますか」
「可能性は高い。だが」
エルヴィンが、訓練場の方を見る。
「今のお前の騎士団なら、十分に対処できる。人族三百名とリトヴァル族二千名、そして聖牛三十五頭」
「最後に頼ることになるかもしれないな」
「ああ。だが、できれば戦わずに済む方が良い」
「そうですね。強い軍を持つことで、戦争を抑止できれば…それが一番です」
エルヴィンが、頷く。
「その通りだ。お前は、よくわかっている」
窓の外を見る。
訓練場の灯りが、まだついている。
夜間訓練を続けているリトヴァル族の兵士たちだ。
その向こうに、牧場が見える。
聖牛たちの白い体が、月明かりに照らされている。
そして、さらに遠くには、暗い魔の森。
「守るべきものが、どんどん増えていく」
でも、恐れはない。
仲間も、どんどん増えている。
「みんなで、守り抜こう」
心の中で、そう誓う。
すると、念話でモーモーの声が聞こえてきた。
「主様、今日もお疲れ様でした」
「モーモーも、ありがとう。明日もよろしく」
「もちろんです。末永く、お供します」
温かい声だ。
どんな時も、変わらない。
この穏やかな夜が、いつまでも続くように。
そう願いながら、僕は窓を閉じた。
次回:第43話「新たな予兆」
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。