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第2部 第3章「魔の森の封印」
第48話「帰還途中、アレンの決意」
第48話「帰還途中、アレンの決意」
封印の間で、僕たちはしばらく休憩を取った。
魔力を大幅に消耗している。
すぐには動けない。
エルヴィンが、魔力回復薬を取り出す。
「アレン、これを飲め」
「ありがとうございます」
薬を飲む。
少しずつ、魔力が戻ってくる。
でも、完全回復には時間がかかるだろう。
モーモーが、僕の隣に座る。
「主様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少し疲れただけです」
「無理をなさいました」
モーモーが、優しく僕の頭を舐める。
五百年前も、同じようにしてくれたのだろうか。
「モーモー、記憶は…」
「はい。完全に戻りました」
モーモーが、遠い目をする。
「五百年前、私は前世の主様と共にここに来ました。そして、封印を強化しました」
「その記憶が、封印と共に閉じ込められていた…」
「はい。でも、今、取り戻せました」
モーモーが、微笑む。
「主様、前世でも今世でも、私は主様の側にいます。それが、私の運命です」
「ありがとう、モーモー」
アルフォンスたち五頭も、疲れているようだ。
神気を大量に放出したからだ。
でも、全員が満足そうな表情をしている。
「母上、やり遂げましたね」
「ああ、アルフォンス。お前たちも、よくやってくれた」
ベアトリスが言う。
「これで、五百年は安心ですね」
「そうだな」
一時間ほど休んで、僕たちは封印の間を出た。
魔法陣が、安定した青白い光を放っている。
亀裂は、全て消えている。
完璧だ。
エルヴィンが、最後にもう一度確認する。
「間違いない。五百年は持つ」
「良かった…」
僕たちは、石の回廊を戻る。
壁に刻まれた古代文字を見ながら。
千年前の記録。
七種族の戦いの記録。
そして、五百年前の記録も、少し見える。
エルヴィンが、それを指差す。
「これは…わしが書いたものだ」
「エルヴィン様が?」
「ああ。五百年前、わしはここに記録を残した。『勇者ハルト、封印を強化す』と」
エルヴィンが、続ける。
「そして今、お前がまた記録を残す番だ」
エルヴィンが、魔法で壁に文字を刻む。
古代文字で。
「『勇者ハルトの転生、アレン・フォン・ノイシュテルン、封印を強化す。神牛モーモーと共に』」
その文字が、壁に刻まれる。
五百年後、また誰かがこれを読むのだろう。
そして、封印を強化するのだろう。
遺跡を出ると、外では探索隊が待っていた。
ディートリヒが、駆け寄ってくる。
「アレン様! ご無事で!」
「ただいま、ディートリヒさん」
コンラートも安堵の表情を浮かべる。
「封印は…?」
「成功しました。五百年は持ちます」
全員が、歓声を上げる。
「やった!」
「アレン様が成功した!」
ヴォルフが、リトヴァル族の精鋭たちに告げる。
「聞いたか! 封印は強化された! これで、魔の森の脅威は減る!」
リトヴァル族の精鋭たちも、喜んでいる。
「良かった…」
「アレン様、ありがとうございます!」
でも、僕は少し疲れている。
「すみません、少し休ませてください」
「もちろんです! テントを張ります!」
遺跡の前で、一晩過ごすことにした。
明日の朝、帰路につく。
夕食を取りながら、探索隊に報告する。
「封印の中にいたのは、災厄の獣と呼ばれる存在でした」
全員が、真剣に聞いている。
「その存在は…この世界の混沌の側面でした」
僕は、獣から聞いた話を伝える。
世界のバランス。
光と影。
秩序と混沌。
殺してはいけない理由。
全員が、静かに聞いている。
ディートリヒが、考え込む。
「つまり、封印を続けるしかない…」
「はい。根本的な解決ではありませんが、今はこれが最善です」
コンラートが言う。
「五百年の猶予があれば、十分です。その間に、この世界はさらに発展するでしょう」
エルヴィンが頷く。
「その通りだ。五百年後のことは、五百年後の者が考えれば良い」
夜、僕はテントの中で一人になった。
でも、眠れない。
心の奥底に、何かが引っかかっている。
封印は成功した。
五百年の猶予を得た。
それで良いはずだ。
でも――
スッキリしない気持ちが、消えない。
災厄の獣の、あの目を思い出す。
金色の、悲しい目。
千年の孤独。
誰にも理解されず、ただ封印されているだけ。
五百年後も、また同じ。
千年後も、また同じ。
永遠に、孤独のまま。
「…これで、良いのか?」
僕は、自分に問いかける。
封印を強化した。
それは正しい。
世界を守るために、必要なことだった。
でも――
あの獣も、救いたい。
そう思ってしまう自分がいる。
彼は、悪ではない。
ただ、役割を与えられただけだ。
混沌の側面として、存在することを強いられている。
それは、彼が選んだことではない。
「いつか…」
僕は、静かに呟く。
「いつか、彼も救いたい」
根本的な解決。
封印ではなく、別の方法。
彼が孤独でなくなる方法。
そんなものが、あるのだろうか。
テントの外から、モーモーの声が聞こえた。
「主様、眠れないのですか?」
「モーモー…」
「入っても良いですか?」
「どうぞ」
モーモーが、テントの中に入ってくる。
大きな体だが、不思議と狭く感じない。
モーモーが、僕の隣に座る。
「主様の心が、揺れているのが伝わってきました」
「…わかるんですか」
「はい。五百年前から、主様の心は私に伝わります」
モーモーが、優しく言う。
「あの方のことを、考えているのですね」
「はい」
僕は、正直に答える。
「封印を強化しました。それは正しいことです。でも…彼のことを思うと、心が痛みます」
「千年の孤独を、これからも続けさせることに?」
「はい」
モーモーが、しばらく黙る。
そして、静かに言う。
「主様は、優しい方です」
「優しい…?」
「前世の主様も優しかったです。でも、今世の主様は、さらに優しい」
モーモーが続ける。
「前世の主様は、戦いの中で生きてきました。だから、封印という選択をしても、それ以上は考えませんでした」
「でも、今の僕は…」
「今の主様は、家族に囲まれて育ちました。愛されて育ちました。だから、他者の孤独に敏感なのです」
モーモーが、温かく言う。
「それは、素晴らしいことです」
「でも、どうすれば…」
「わかりません」
モーモーが、正直に言う。
「私にも、答えはわかりません。でも」
モーモーが、僕を見る。
「主様が、その答えを見つけてくれると信じています」
「モーモー…」
「今すぐではなくて良いのです。いつか、主様が答えを見つける。それまで、私は側にいます」
モーモーが、優しく僕の頭を舐める。
「焦らないでください。主様には、時間があります」
翌朝、僕は神殿で念話をした。
ノエルからもらった念話増幅器を使う。
魔の森の深部からでも、届くはずだ。
「セレスティア様」
しばらく待つ。
そして――
「アレン、お疲れ様でした」
女神の声が聞こえる。
「封印の強化、成功したのですね」
「はい。五百年は持ちます」
「よくやりました」
女神の声が、優しい。
「あなたは、前世と同じように、世界を守ってくれました」
「セレスティア様、一つ聞いても良いですか?」
「何ですか?」
僕は、少し迷う。
でも、聞かなければならない。
「災厄の獣…混沌の側面である彼を、救う方法は…ないのでしょうか?」
沈黙。
長い、沈黙。
「セレスティア様?」
「…アレン、あなたはそれを考えていたのですね」
「はい」
「前世のあなたは、そこまで考えませんでした」
女神が、続ける。
「前世のあなたは、封印を選び、それで終わりました。でも、今のあなたは違う」
「彼も、救いたいんです」
僕は、正直に言う。
「千年の孤独を、これからも続けさせたくない。何か、方法はないでしょうか」
また、沈黙。
そして――
「…あるかもしれません」
「本当ですか!」
「ただし」
女神の声が、真剣になる。
「それは、簡単なことではありません。神界の許可が必要です。そして、多くの条件があります」
「どんな条件でも、聞きます」
「まず、帰ってきてください」
女神が言う。
「ノイブルクに戻ったら、改めて詳しく話しましょう。神殿で、直接」
「わかりました」
「アレン、あなたの優しさは、本当に素晴らしい」
女神の声が、温かい。
「その優しさが、いつか世界を変えるかもしれません」
「ありがとうございます、セレスティア様」
念話を終えて、僕はテントから出た。
朝日が、森を照らしている。
魔の森は、まだ暗い。
でも、少しだけ、明るくなった気がする。
封印が強化されたからだろうか。
魔素の濃度が、わずかに薄くなっている。
探索隊が、出発の準備をしている。
「アレン様、準備ができました」
「ありがとうございます、ディートリヒさん」
僕は、モーモーの背に乗る。
他の五頭の聖牛も、準備ができている。
エルヴィンが言う。
「帰るぞ。ノイブルクへ」
「はい」
探索隊が、動き出す。
魔の森を、出る。
来た道を、戻る。
でも、心は軽い。
封印を強化した。
そして、新しい希望を見つけた。
災厄の獣を、救う方法があるかもしれない。
まだ、わからない。
でも、女神が「あるかもしれません」と言った。
それだけで、十分だ。
「いつか、必ず」
僕は、心の中で誓う。
「彼も、救う」
孤独から、解放してあげる。
千年の悲しみを、終わらせてあげる。
それが、いつになるかはわからない。
でも、諦めない。
モーモーが、念話で言う。
「主様、私も手伝います」
「ありがとう、モーモー」
「前世でも、今世でも、私は主様の味方です」
森を抜けるまで、二日かかった。
その間、魔物との戦闘はほとんどなかった。
封印が強化されたことで、魔物が大人しくなっているようだ。
神気の効果も、相変わらず絶大だ。
Bランク以下の魔物は、モーモーたちを見ただけで逃げる。
三日目の夕方。
ついに、魔の森の出口に到着した。
探索隊が、歓声を上げる。
「出た! 魔の森を出た!」
「生きて帰れた!」
リトヴァル族の精鋭たちも、喜んでいる。
「アレン様のおかげです!」
「聖牛様のおかげです!」
でも、僕たちの旅は、まだ終わっていない。
ここから、グレン領を経由して、ノイブルクまで。
あと三日の行軍だ。
グレン領に着くと、父の部下たちが迎えてくれた。
「アレン様、お帰りなさい!」
「封印の強化、成功したと聞きました!」
一晩、グレン領で休む。
温かい食事。
柔らかいベッド。
久しぶりの文明だ。
翌朝、再び出発する。
あと二日で、ノイブルクだ。
その間、僕は考え続けた。
災厄の獣を救う方法。
女神が言っていた「神界の許可」。
「多くの条件」。
一体、どんな方法なのだろう。
でも、きっと、道はある。
そう信じて、進む。
最後の夜、野営の時。
エルヴィンが、僕のところに来た。
「アレン、少し話があるか?」
「はい」
エルヴィンと二人で、少し離れた場所に移動する。
火の明かりが、遠くに見える。
「お前、何か考えているな」
「…わかりますか」
「わかる。封印を強化してから、お前の目が変わった」
エルヴィンが、僕を見る。
「何を考えている?」
僕は、少し迷う。
でも、エルヴィンなら、話しても良いだろう。
「災厄の獣のことです」
「ああ」
「彼を、救いたいんです」
エルヴィンが、驚いた表情を見せる。
「救う…?」
「はい。封印ではなく、別の方法で」
僕は、正直に話す。
千年の孤独。
彼の悲しみ。
それを終わらせたい。
エルヴィンが、しばらく黙る。
そして――
「お前らしいな」
「エルヴィン様…」
「前世のお前は、強かった。でも、今のお前は、強いだけではない」
エルヴィンが、微笑む。
「優しい。そして、誰も考えないことを考える」
「でも、可能なんでしょうか」
「わからない。だが」
エルヴィンが、僕の肩に手を置く。
「お前がやると決めたなら、わしは協力する」
「エルヴィン様…」
「五百年前、わしは勇者ハルトの友だった。今度は、お前の友だ」
エルヴィンが、真剣に言う。
「お前の夢を、手伝わせてくれ」
「ありがとうございます」
翌朝、ついにノイブルクが見えてきた。
街の城壁。
街の建物。
懐かしい景色だ。
街の門に、人々が集まっている。
見送りに来てくれた人たちが、帰りを待っていたのだ。
門が開く。
探索隊が、街に入る。
人々が、歓声を上げる。
「お帰りなさい!」
「アレン様、お帰りなさい!」
双子が、走ってくる。
「お兄ちゃん!」
二人が、僕に飛びつく。
「帰ってきた! 本当に帰ってきた!」
「心配したんだよ!」
僕は、二人を抱きしめる。
「ただいま、レオ、リナ」
父グレンも来ている。
「アレン、よくやった」
「ありがとうございます、父さん」
母エレナが、涙を流している。
「無事で良かった…本当に良かった…」
ノエルも来ている。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
リトアも来ている。
「アレン様、お帰りなさい。族全員で、お待ちしていました」
マティアス、クララ、ハンス、イルゼ。
みんなが、集まってくれている。
温かい。
この街が、温かい。
「ただいま、みんな」
僕は、笑顔で答える。
そして――
心の中で、もう一度誓う。
「彼も、この温かさを感じられるように」
いつか、必ず。
災厄の獣を、孤独から救う。
それが、今の僕の新しい目標だ。
次回:
第49話「女神との相談、神界の審議」
封印の間で、僕たちはしばらく休憩を取った。
魔力を大幅に消耗している。
すぐには動けない。
エルヴィンが、魔力回復薬を取り出す。
「アレン、これを飲め」
「ありがとうございます」
薬を飲む。
少しずつ、魔力が戻ってくる。
でも、完全回復には時間がかかるだろう。
モーモーが、僕の隣に座る。
「主様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少し疲れただけです」
「無理をなさいました」
モーモーが、優しく僕の頭を舐める。
五百年前も、同じようにしてくれたのだろうか。
「モーモー、記憶は…」
「はい。完全に戻りました」
モーモーが、遠い目をする。
「五百年前、私は前世の主様と共にここに来ました。そして、封印を強化しました」
「その記憶が、封印と共に閉じ込められていた…」
「はい。でも、今、取り戻せました」
モーモーが、微笑む。
「主様、前世でも今世でも、私は主様の側にいます。それが、私の運命です」
「ありがとう、モーモー」
アルフォンスたち五頭も、疲れているようだ。
神気を大量に放出したからだ。
でも、全員が満足そうな表情をしている。
「母上、やり遂げましたね」
「ああ、アルフォンス。お前たちも、よくやってくれた」
ベアトリスが言う。
「これで、五百年は安心ですね」
「そうだな」
一時間ほど休んで、僕たちは封印の間を出た。
魔法陣が、安定した青白い光を放っている。
亀裂は、全て消えている。
完璧だ。
エルヴィンが、最後にもう一度確認する。
「間違いない。五百年は持つ」
「良かった…」
僕たちは、石の回廊を戻る。
壁に刻まれた古代文字を見ながら。
千年前の記録。
七種族の戦いの記録。
そして、五百年前の記録も、少し見える。
エルヴィンが、それを指差す。
「これは…わしが書いたものだ」
「エルヴィン様が?」
「ああ。五百年前、わしはここに記録を残した。『勇者ハルト、封印を強化す』と」
エルヴィンが、続ける。
「そして今、お前がまた記録を残す番だ」
エルヴィンが、魔法で壁に文字を刻む。
古代文字で。
「『勇者ハルトの転生、アレン・フォン・ノイシュテルン、封印を強化す。神牛モーモーと共に』」
その文字が、壁に刻まれる。
五百年後、また誰かがこれを読むのだろう。
そして、封印を強化するのだろう。
遺跡を出ると、外では探索隊が待っていた。
ディートリヒが、駆け寄ってくる。
「アレン様! ご無事で!」
「ただいま、ディートリヒさん」
コンラートも安堵の表情を浮かべる。
「封印は…?」
「成功しました。五百年は持ちます」
全員が、歓声を上げる。
「やった!」
「アレン様が成功した!」
ヴォルフが、リトヴァル族の精鋭たちに告げる。
「聞いたか! 封印は強化された! これで、魔の森の脅威は減る!」
リトヴァル族の精鋭たちも、喜んでいる。
「良かった…」
「アレン様、ありがとうございます!」
でも、僕は少し疲れている。
「すみません、少し休ませてください」
「もちろんです! テントを張ります!」
遺跡の前で、一晩過ごすことにした。
明日の朝、帰路につく。
夕食を取りながら、探索隊に報告する。
「封印の中にいたのは、災厄の獣と呼ばれる存在でした」
全員が、真剣に聞いている。
「その存在は…この世界の混沌の側面でした」
僕は、獣から聞いた話を伝える。
世界のバランス。
光と影。
秩序と混沌。
殺してはいけない理由。
全員が、静かに聞いている。
ディートリヒが、考え込む。
「つまり、封印を続けるしかない…」
「はい。根本的な解決ではありませんが、今はこれが最善です」
コンラートが言う。
「五百年の猶予があれば、十分です。その間に、この世界はさらに発展するでしょう」
エルヴィンが頷く。
「その通りだ。五百年後のことは、五百年後の者が考えれば良い」
夜、僕はテントの中で一人になった。
でも、眠れない。
心の奥底に、何かが引っかかっている。
封印は成功した。
五百年の猶予を得た。
それで良いはずだ。
でも――
スッキリしない気持ちが、消えない。
災厄の獣の、あの目を思い出す。
金色の、悲しい目。
千年の孤独。
誰にも理解されず、ただ封印されているだけ。
五百年後も、また同じ。
千年後も、また同じ。
永遠に、孤独のまま。
「…これで、良いのか?」
僕は、自分に問いかける。
封印を強化した。
それは正しい。
世界を守るために、必要なことだった。
でも――
あの獣も、救いたい。
そう思ってしまう自分がいる。
彼は、悪ではない。
ただ、役割を与えられただけだ。
混沌の側面として、存在することを強いられている。
それは、彼が選んだことではない。
「いつか…」
僕は、静かに呟く。
「いつか、彼も救いたい」
根本的な解決。
封印ではなく、別の方法。
彼が孤独でなくなる方法。
そんなものが、あるのだろうか。
テントの外から、モーモーの声が聞こえた。
「主様、眠れないのですか?」
「モーモー…」
「入っても良いですか?」
「どうぞ」
モーモーが、テントの中に入ってくる。
大きな体だが、不思議と狭く感じない。
モーモーが、僕の隣に座る。
「主様の心が、揺れているのが伝わってきました」
「…わかるんですか」
「はい。五百年前から、主様の心は私に伝わります」
モーモーが、優しく言う。
「あの方のことを、考えているのですね」
「はい」
僕は、正直に答える。
「封印を強化しました。それは正しいことです。でも…彼のことを思うと、心が痛みます」
「千年の孤独を、これからも続けさせることに?」
「はい」
モーモーが、しばらく黙る。
そして、静かに言う。
「主様は、優しい方です」
「優しい…?」
「前世の主様も優しかったです。でも、今世の主様は、さらに優しい」
モーモーが続ける。
「前世の主様は、戦いの中で生きてきました。だから、封印という選択をしても、それ以上は考えませんでした」
「でも、今の僕は…」
「今の主様は、家族に囲まれて育ちました。愛されて育ちました。だから、他者の孤独に敏感なのです」
モーモーが、温かく言う。
「それは、素晴らしいことです」
「でも、どうすれば…」
「わかりません」
モーモーが、正直に言う。
「私にも、答えはわかりません。でも」
モーモーが、僕を見る。
「主様が、その答えを見つけてくれると信じています」
「モーモー…」
「今すぐではなくて良いのです。いつか、主様が答えを見つける。それまで、私は側にいます」
モーモーが、優しく僕の頭を舐める。
「焦らないでください。主様には、時間があります」
翌朝、僕は神殿で念話をした。
ノエルからもらった念話増幅器を使う。
魔の森の深部からでも、届くはずだ。
「セレスティア様」
しばらく待つ。
そして――
「アレン、お疲れ様でした」
女神の声が聞こえる。
「封印の強化、成功したのですね」
「はい。五百年は持ちます」
「よくやりました」
女神の声が、優しい。
「あなたは、前世と同じように、世界を守ってくれました」
「セレスティア様、一つ聞いても良いですか?」
「何ですか?」
僕は、少し迷う。
でも、聞かなければならない。
「災厄の獣…混沌の側面である彼を、救う方法は…ないのでしょうか?」
沈黙。
長い、沈黙。
「セレスティア様?」
「…アレン、あなたはそれを考えていたのですね」
「はい」
「前世のあなたは、そこまで考えませんでした」
女神が、続ける。
「前世のあなたは、封印を選び、それで終わりました。でも、今のあなたは違う」
「彼も、救いたいんです」
僕は、正直に言う。
「千年の孤独を、これからも続けさせたくない。何か、方法はないでしょうか」
また、沈黙。
そして――
「…あるかもしれません」
「本当ですか!」
「ただし」
女神の声が、真剣になる。
「それは、簡単なことではありません。神界の許可が必要です。そして、多くの条件があります」
「どんな条件でも、聞きます」
「まず、帰ってきてください」
女神が言う。
「ノイブルクに戻ったら、改めて詳しく話しましょう。神殿で、直接」
「わかりました」
「アレン、あなたの優しさは、本当に素晴らしい」
女神の声が、温かい。
「その優しさが、いつか世界を変えるかもしれません」
「ありがとうございます、セレスティア様」
念話を終えて、僕はテントから出た。
朝日が、森を照らしている。
魔の森は、まだ暗い。
でも、少しだけ、明るくなった気がする。
封印が強化されたからだろうか。
魔素の濃度が、わずかに薄くなっている。
探索隊が、出発の準備をしている。
「アレン様、準備ができました」
「ありがとうございます、ディートリヒさん」
僕は、モーモーの背に乗る。
他の五頭の聖牛も、準備ができている。
エルヴィンが言う。
「帰るぞ。ノイブルクへ」
「はい」
探索隊が、動き出す。
魔の森を、出る。
来た道を、戻る。
でも、心は軽い。
封印を強化した。
そして、新しい希望を見つけた。
災厄の獣を、救う方法があるかもしれない。
まだ、わからない。
でも、女神が「あるかもしれません」と言った。
それだけで、十分だ。
「いつか、必ず」
僕は、心の中で誓う。
「彼も、救う」
孤独から、解放してあげる。
千年の悲しみを、終わらせてあげる。
それが、いつになるかはわからない。
でも、諦めない。
モーモーが、念話で言う。
「主様、私も手伝います」
「ありがとう、モーモー」
「前世でも、今世でも、私は主様の味方です」
森を抜けるまで、二日かかった。
その間、魔物との戦闘はほとんどなかった。
封印が強化されたことで、魔物が大人しくなっているようだ。
神気の効果も、相変わらず絶大だ。
Bランク以下の魔物は、モーモーたちを見ただけで逃げる。
三日目の夕方。
ついに、魔の森の出口に到着した。
探索隊が、歓声を上げる。
「出た! 魔の森を出た!」
「生きて帰れた!」
リトヴァル族の精鋭たちも、喜んでいる。
「アレン様のおかげです!」
「聖牛様のおかげです!」
でも、僕たちの旅は、まだ終わっていない。
ここから、グレン領を経由して、ノイブルクまで。
あと三日の行軍だ。
グレン領に着くと、父の部下たちが迎えてくれた。
「アレン様、お帰りなさい!」
「封印の強化、成功したと聞きました!」
一晩、グレン領で休む。
温かい食事。
柔らかいベッド。
久しぶりの文明だ。
翌朝、再び出発する。
あと二日で、ノイブルクだ。
その間、僕は考え続けた。
災厄の獣を救う方法。
女神が言っていた「神界の許可」。
「多くの条件」。
一体、どんな方法なのだろう。
でも、きっと、道はある。
そう信じて、進む。
最後の夜、野営の時。
エルヴィンが、僕のところに来た。
「アレン、少し話があるか?」
「はい」
エルヴィンと二人で、少し離れた場所に移動する。
火の明かりが、遠くに見える。
「お前、何か考えているな」
「…わかりますか」
「わかる。封印を強化してから、お前の目が変わった」
エルヴィンが、僕を見る。
「何を考えている?」
僕は、少し迷う。
でも、エルヴィンなら、話しても良いだろう。
「災厄の獣のことです」
「ああ」
「彼を、救いたいんです」
エルヴィンが、驚いた表情を見せる。
「救う…?」
「はい。封印ではなく、別の方法で」
僕は、正直に話す。
千年の孤独。
彼の悲しみ。
それを終わらせたい。
エルヴィンが、しばらく黙る。
そして――
「お前らしいな」
「エルヴィン様…」
「前世のお前は、強かった。でも、今のお前は、強いだけではない」
エルヴィンが、微笑む。
「優しい。そして、誰も考えないことを考える」
「でも、可能なんでしょうか」
「わからない。だが」
エルヴィンが、僕の肩に手を置く。
「お前がやると決めたなら、わしは協力する」
「エルヴィン様…」
「五百年前、わしは勇者ハルトの友だった。今度は、お前の友だ」
エルヴィンが、真剣に言う。
「お前の夢を、手伝わせてくれ」
「ありがとうございます」
翌朝、ついにノイブルクが見えてきた。
街の城壁。
街の建物。
懐かしい景色だ。
街の門に、人々が集まっている。
見送りに来てくれた人たちが、帰りを待っていたのだ。
門が開く。
探索隊が、街に入る。
人々が、歓声を上げる。
「お帰りなさい!」
「アレン様、お帰りなさい!」
双子が、走ってくる。
「お兄ちゃん!」
二人が、僕に飛びつく。
「帰ってきた! 本当に帰ってきた!」
「心配したんだよ!」
僕は、二人を抱きしめる。
「ただいま、レオ、リナ」
父グレンも来ている。
「アレン、よくやった」
「ありがとうございます、父さん」
母エレナが、涙を流している。
「無事で良かった…本当に良かった…」
ノエルも来ている。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
リトアも来ている。
「アレン様、お帰りなさい。族全員で、お待ちしていました」
マティアス、クララ、ハンス、イルゼ。
みんなが、集まってくれている。
温かい。
この街が、温かい。
「ただいま、みんな」
僕は、笑顔で答える。
そして――
心の中で、もう一度誓う。
「彼も、この温かさを感じられるように」
いつか、必ず。
災厄の獣を、孤独から救う。
それが、今の僕の新しい目標だ。
次回:
第49話「女神との相談、神界の審議」
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