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第2部 第3章「魔の森の封印」
第49話「女神との相談、神界の審議」
第49話「女神との相談、神界の審議」
ノイブルクに帰還した翌日。
僕は、朝早くから神殿に向かった。
セレスティア様と、詳しく話をする約束をしていた。
神殿は、街の中心にある。
白い石造りの、美しい建物だ。
中に入ると、静寂に包まれる。
祭壇の前に立つ。
そこには、女神セレスティアの像がある。
優しい微笑みを浮かべた、美しい女神の像。
僕は、祭壇に手を当てる。
念話を始める。
「セレスティア様」
すぐに、返事が来た。
「アレン、よく来てくれました」
女神の声が、温かい。
「お疲れ様でした。封印の強化、本当によくやってくれました」
「ありがとうございます」
「では、約束通り、詳しく話しましょう」
女神が、話し始める。
「アレン、あなたは災厄の獣…いえ、混沌の獣を救いたいと言いました」
「はい」
「その気持ちは、本当に尊いものです。千年の間、誰もそんなことを考えませんでした」
女神の声が、少し悲しげになる。
「私でさえ、彼を救うことは考えていませんでした。封印することが、唯一の解決策だと思っていました」
「セレスティア様…」
「でも、あなたは違った。彼の孤独を感じ取り、救いたいと思った」
女神が続ける。
「その優しさが、新しい可能性を開くかもしれません」
「可能性…?」
「はい。実は、一つだけ方法があります」
僕は、息を呑む。
「どんな方法ですか?」
「分体を作ることです」
「分体…?」
「混沌の獣の本体は、封印の中に残したまま、その意識の一部を分離して、別の体に宿らせるのです」
女神が、説明を続ける。
「その分体は、人間の姿を取ります。そして、あなたと共に、人間として生活します」
「人間として…」
「そうです。本体は封印の中で眠り続けます。でも、分体は外で生活できます」
女神が、慎重に言う。
「ただし、分体に宿る意識は、本体のごく一部です。力も、ごくわずかしか持てません」
「それでも…彼は、孤独ではなくなる?」
「はい。分体の経験は、本体にも伝わります。分体が見たもの、聞いたもの、感じたもの、全てが本体と共有されます」
女神が、優しく言う。
「つまり、本体も、分体を通じて外の世界を経験できるのです」
僕は、少し考える。
「でも、それは…神界の法に触れませんか?」
「触れます」
女神が、正直に言う。
「だから、神界の許可が必要なのです」
「許可…もらえるでしょうか?」
「わかりません。正直に言えば、難しいでしょう」
女神が、続ける。
「神々の多くは、混沌の獣を危険な存在だと考えています。封印から解放することには、強く反対するでしょう」
「では…」
「でも」
女神の声が、少し明るくなる。
「説得できる理由が、一つあります」
「何ですか?」
「混沌の浄化です」
女神が、詳しく説明し始める。
「アレン、封印の場所には、混沌が蓄積しています」
「混沌…?」
「はい。世界中の憎悪、妬み、嫉妬、悲しみ、怒り…様々な負の感情が、魔素となって魔の森に集まります」
女神が続ける。
「そして、その魔素の多くが、封印の場所に引き寄せられるのです」
「混沌の獣に…」
「そうです。彼は、混沌の側面ですから、混沌を引き寄せます」
女神が、深刻な声になる。
「問題は、その混沌が際限なく蓄積し続けることです」
「蓄積し続けると…?」
「いつか、封印が耐えきれなくなります。五百年ごとに強化していても、蓄積された混沌の量が多すぎれば、封印は破れます」
僕は、驚く。
「それは…大変なことでは?」
「はい。だから、本来は混沌を浄化する必要があるのです」
「浄化…どうやって?」
「それが、今まで方法がありませんでした」
女神が、続ける。
「でも、あなたの提案は、その解決策になるかもしれません」
「僕の提案が…?」
「はい。分体を作る時、その体に神気を纏わせます」
女神が、説明する。
「神気は、混沌を浄化する力があります。分体が神気を纏っていれば、本体との繋がりを通じて、封印の場所の混沌を少しずつ浄化できるのです」
「なるほど…」
「分体が外で活動すればするほど、神気が混沌を浄化します。そして、浄化された分、新しい混沌を受け入れられます」
女神が、嬉しそうに言う。
「つまり、混沌がある一定のバランスを保てるようになるのです」
僕は、理解する。
「では、この提案は…」
「彼を救うだけではなく、世界のためにもなるのです」
女神が、続ける。
「これを理由に、神界を説得できるかもしれません」
「でも、神々は信じてくれるでしょうか?」
「正直に言えば、多くの神々は懐疑的でしょう」
女神が、静かに言う。
「混沌の浄化がうまくいくかどうか、保証はありません。分体が本当に安全かどうかも、わかりません」
「では…」
「でも、少なくとも試す価値はあります。そして」
女神の声が、優しくなる。
「何より、彼に対する憐れみもあります」
「憐れみ…?」
「千年の孤独は、あまりにも長い。神々も、それを理解しています」
女神が続ける。
「彼は、自分で選んで混沌の側面になったわけではありません。創造者によって、そう作られただけです」
「そうですね」
「だから、神々の中にも、彼を憐れむ者がいます。完全に期待はできなくても、少しでも彼の苦しみを和らげたいと思う者が」
女神が、決意を込めて言う。
「私は、神界に提案します。あなたの願いを、神々に伝えます」
「セレスティア様…」
「ただし、条件があります」
女神が、真剣に言う。
「分体は、あなたが責任を持って管理しなければなりません」
「はい」
「分体が何か問題を起こせば、あなたにも責任が及びます」
「わかっています」
「そして、分体の力は制限されます。本体の力のごく一部しか使えません」
女神が続ける。
「ただし、分体に宿る体は特別なものです」
「特別…?」
「神界で作られる、神気を纏った体です。何でできているかは、秘密ですが」
女神が、少し誇らしげに言う。
「その体は、半神級の性能を持ちます。混沌の獣の力はほとんど使えませんが、神気を纏った体自体が強力なのです」
「半神級…」
「戦闘力も高く、悪意に対して敏感に感じ取れます」
女神が続ける。
「そして、最も重要な条件があります」
「何ですか?」
「分体に宿る意識は、自由意志を持ちます。強制ではありません」
女神が、強調する。
「もし、彼自身がこの提案を拒否すれば、実行されません。あくまで、彼の意思を尊重します」
「当然です」
僕は、頷く。
「彼が望まないなら、強制はしません」
「わかりました」
女神が、優しく言う。
「では、まず神界に提案します。許可が出れば、封印の場所に戻って、彼に直接聞きましょう」
「ありがとうございます、セレスティア様」
「アレン、あなたの優しさに、心から感謝します」
念話が一旦切れる。
僕は、祭壇の前で待つ。
セレスティア様が、神界で提案しているのだろう。
どのくらい時間がかかるのか、わからない。
でも、待つ。
じっと、待つ。
一時間ほど経った頃。
再び、女神の声が聞こえた。
「アレン」
「はい」
「神界での審議が、終わりました」
僕は、緊張する。
「結果は…?」
「許可が出ました」
「本当ですか!」
女神が、少し驚いたように言う。
「正直、私も驚いています。予想以上に、すんなりと許可が出ました」
「なぜですか?」
「理由は、いくつかあります」
女神が、説明し始める。
「まず、混沌の浄化という理由が、神々に受け入れられました」
「浄化が…」
「はい。封印の場所に混沌が蓄積し続ける問題は、神々も認識していました。でも、解決策がなかった」
女神が続ける。
「あなたの提案は、その解決策になる可能性があります。だから、試す価値があると判断されました」
「良かった…」
「ただし」
女神が、正直に言う。
「多くの神々は、実際に混沌が浄化されるとは、あまり期待していません」
「期待していない…?」
「はい。理論上は可能でも、実際にうまくいくかどうかは、わかりません」
女神が、少し苦笑する。
「神々の多くは、『どうせ失敗するだろうが、試すだけ試してみれば良い』という程度の認識です」
「それでも、許可が出たなら…」
「そうです。そして、もう一つの理由があります」
女神が、優しく言う。
「憐れみです」
「憐れみ…」
「神々の多くは、混沌の獣に対して憐れみを感じています」
女神が続ける。
「彼は、自分の意思で混沌の側面になったわけではありません。創造者によって、そう作られただけです」
「はい」
「千年の孤独。それは、あまりにも長い。あまりにも残酷です」
女神の声が、悲しげになる。
「神々も、それを理解しています。だから、少しでも彼の苦しみを和らげたいと思っています」
「神々も…優しいんですね」
「ええ。完全に期待はできなくても、試す価値はあると考えました」
女神が、嬉しそうに言う。
「だから、許可が出たのです」
女神が、さらに続ける。
「そして、審議の中で、ある神がこう言いました」
「何と言ったんですか?」
「『人間の子供が、混沌の獣を救おうとしている。その純粋な優しさを、我々が否定してはいけない』と」
女神が、温かく言う。
「その言葉が、多くの神々の心を動かしました」
「ありがとうございます…」
「アレン、あなたの優しさが、神界をも動かしたのです」
女神が、続ける。
「さて、では次の段階に進みましょう」
「はい」
「まず、分体を作るための儀式を行います。これは、神界で行われます」
「神界で…?」
「はい。あなたと、モーモーたち神牛に来てもらいます」
女神が説明する。
「神気を纏った体を作るには、神牛の神気が必要だからです」
「わかりました」
「儀式の後、その体に混沌の獣の意識の一部を宿らせます」
女神が、慎重に言う。
「ただし、その前に、彼の意思を確認します」
「はい」
「彼が拒否すれば、儀式は中止されます」
「当然です」
女神が、最後に言う。
「儀式は、明日の夜に行います」
「明日…」
「はい。それまでに、準備をしておいてください」
「何を準備すれば…?」
「まず、家族に説明してください」
女神が、優しく言う。
「新しい仲間が増えることになりますと、そして執事として、あなたの側に置いてやって下さい……」
「執事……」
「はい。分体は、あなたに恩を感じるでしょう。だから、あなたのために働きたいと思うはずです」
女神が続ける。
「その役割として、執事が適切だと思います」
「わかりました」
「そして、モーモーたちにも伝えてください。明日の夜、神界に来てもらうことを」
「はい」
「準備ができたら、また神殿に来てください。そこから、神界に案内します」
「わかりました」
念話が終わる。
僕は、祭壇の前でしばらく立ち尽くす。
許可が出た。
神界の許可が、出た。
混沌の獣を、救える。
孤独から、解放できる。
胸が、熱くなる。
目に、涙が浮かぶ。
「ありがとうございます、セレスティア様」
僕は、心から感謝する。
そして、祭壇に深く頭を下げる。
神殿を出ると、モーモーが待っていた。
「主様、どうでしたか?」
「モーモー、聞いてください」
僕は、モーモーに全てを話す。
分体のこと。
神界の許可が出たこと。
明日の夜、神界で儀式を行うこと。
モーモーが、涙を流す。
「主様…本当に、彼を救えるのですね」
「はい。モーモーの力も必要です」
「もちろんです。喜んで協力します」
モーモーが、嬉しそうに言う。
「五百年前、私は彼と話しました。『あなたは一人ではない』と言いました」
「はい」
「今度こそ、本当に一人ではなくなります」
モーモーが、笑う。
「主様、ありがとうございます」
屋敷に戻ると、家族全員が集まっていた。
双子が、駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、神殿に行ってたの?」
「どうだった?」
僕は、家族全員に説明する。
混沌の獣のこと。
彼の孤独のこと。
分体を作って、救うこと。
明日、儀式があること。
全員が、真剣に聞いている。
父グレンが、腕を組む。
「つまり、明日から新しい仲間が増えるということか」
「はい」
母エレナが、優しく言う。
「アレン、あなたは本当に優しい子ね」
「母さん…」
「誰も考えないことを、考える。そして、実行する」
母が、僕を抱きしめる。
「誇りに思うわ」
双子が、興奮している。
「新しい人が来るの?」
「どんな人?」
「優しい人だよ。きっと」
夜、書斎で一人になった時。
僕は、窓の外を見る。
星空が、綺麗だ。
明日、神界に行く。
そして、混沌の獣に会う。
彼に、提案する。
「人間として、一緒に生きませんか」と。
彼が、何と答えるだろう。
受け入れてくれるだろうか。
それとも、拒否するだろうか。
わからない。
でも――
きっと、大丈夫だ。
彼も、孤独は嫌なはずだ。
誰かと一緒にいたいはずだ。
そう信じて、明日を待つ。
モーモーから念話が来る。
「主様、明日が楽しみです」
「僕もです、モーモー」
「きっと、うまくいきます」
「そうだと良いですね」
「主様が望むことは、必ずうまくいきます。私が、保証します」
温かい声が、心を満たす。
「ありがとう、モーモー」
「おやすみなさい、主様。明日に備えて、ゆっくり休んでください」
「はい。おやすみなさい」
ベッドに入る。
でも、興奮して眠れない。
明日。
神界に行く。
そして、新しい仲間を迎える。
混沌の獣が、人として生きる。
執事として、僕の側にいる。
どんな人になるのだろう。
どんな名前をつけようか。
色々なことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
夢の中で、金色の目が見えた。
優しく微笑む、金色の目。
「ありがとう」
そんな声が、聞こえた気がした。
次回:第50話「分体の儀式、執事長誕生」
ノイブルクに帰還した翌日。
僕は、朝早くから神殿に向かった。
セレスティア様と、詳しく話をする約束をしていた。
神殿は、街の中心にある。
白い石造りの、美しい建物だ。
中に入ると、静寂に包まれる。
祭壇の前に立つ。
そこには、女神セレスティアの像がある。
優しい微笑みを浮かべた、美しい女神の像。
僕は、祭壇に手を当てる。
念話を始める。
「セレスティア様」
すぐに、返事が来た。
「アレン、よく来てくれました」
女神の声が、温かい。
「お疲れ様でした。封印の強化、本当によくやってくれました」
「ありがとうございます」
「では、約束通り、詳しく話しましょう」
女神が、話し始める。
「アレン、あなたは災厄の獣…いえ、混沌の獣を救いたいと言いました」
「はい」
「その気持ちは、本当に尊いものです。千年の間、誰もそんなことを考えませんでした」
女神の声が、少し悲しげになる。
「私でさえ、彼を救うことは考えていませんでした。封印することが、唯一の解決策だと思っていました」
「セレスティア様…」
「でも、あなたは違った。彼の孤独を感じ取り、救いたいと思った」
女神が続ける。
「その優しさが、新しい可能性を開くかもしれません」
「可能性…?」
「はい。実は、一つだけ方法があります」
僕は、息を呑む。
「どんな方法ですか?」
「分体を作ることです」
「分体…?」
「混沌の獣の本体は、封印の中に残したまま、その意識の一部を分離して、別の体に宿らせるのです」
女神が、説明を続ける。
「その分体は、人間の姿を取ります。そして、あなたと共に、人間として生活します」
「人間として…」
「そうです。本体は封印の中で眠り続けます。でも、分体は外で生活できます」
女神が、慎重に言う。
「ただし、分体に宿る意識は、本体のごく一部です。力も、ごくわずかしか持てません」
「それでも…彼は、孤独ではなくなる?」
「はい。分体の経験は、本体にも伝わります。分体が見たもの、聞いたもの、感じたもの、全てが本体と共有されます」
女神が、優しく言う。
「つまり、本体も、分体を通じて外の世界を経験できるのです」
僕は、少し考える。
「でも、それは…神界の法に触れませんか?」
「触れます」
女神が、正直に言う。
「だから、神界の許可が必要なのです」
「許可…もらえるでしょうか?」
「わかりません。正直に言えば、難しいでしょう」
女神が、続ける。
「神々の多くは、混沌の獣を危険な存在だと考えています。封印から解放することには、強く反対するでしょう」
「では…」
「でも」
女神の声が、少し明るくなる。
「説得できる理由が、一つあります」
「何ですか?」
「混沌の浄化です」
女神が、詳しく説明し始める。
「アレン、封印の場所には、混沌が蓄積しています」
「混沌…?」
「はい。世界中の憎悪、妬み、嫉妬、悲しみ、怒り…様々な負の感情が、魔素となって魔の森に集まります」
女神が続ける。
「そして、その魔素の多くが、封印の場所に引き寄せられるのです」
「混沌の獣に…」
「そうです。彼は、混沌の側面ですから、混沌を引き寄せます」
女神が、深刻な声になる。
「問題は、その混沌が際限なく蓄積し続けることです」
「蓄積し続けると…?」
「いつか、封印が耐えきれなくなります。五百年ごとに強化していても、蓄積された混沌の量が多すぎれば、封印は破れます」
僕は、驚く。
「それは…大変なことでは?」
「はい。だから、本来は混沌を浄化する必要があるのです」
「浄化…どうやって?」
「それが、今まで方法がありませんでした」
女神が、続ける。
「でも、あなたの提案は、その解決策になるかもしれません」
「僕の提案が…?」
「はい。分体を作る時、その体に神気を纏わせます」
女神が、説明する。
「神気は、混沌を浄化する力があります。分体が神気を纏っていれば、本体との繋がりを通じて、封印の場所の混沌を少しずつ浄化できるのです」
「なるほど…」
「分体が外で活動すればするほど、神気が混沌を浄化します。そして、浄化された分、新しい混沌を受け入れられます」
女神が、嬉しそうに言う。
「つまり、混沌がある一定のバランスを保てるようになるのです」
僕は、理解する。
「では、この提案は…」
「彼を救うだけではなく、世界のためにもなるのです」
女神が、続ける。
「これを理由に、神界を説得できるかもしれません」
「でも、神々は信じてくれるでしょうか?」
「正直に言えば、多くの神々は懐疑的でしょう」
女神が、静かに言う。
「混沌の浄化がうまくいくかどうか、保証はありません。分体が本当に安全かどうかも、わかりません」
「では…」
「でも、少なくとも試す価値はあります。そして」
女神の声が、優しくなる。
「何より、彼に対する憐れみもあります」
「憐れみ…?」
「千年の孤独は、あまりにも長い。神々も、それを理解しています」
女神が続ける。
「彼は、自分で選んで混沌の側面になったわけではありません。創造者によって、そう作られただけです」
「そうですね」
「だから、神々の中にも、彼を憐れむ者がいます。完全に期待はできなくても、少しでも彼の苦しみを和らげたいと思う者が」
女神が、決意を込めて言う。
「私は、神界に提案します。あなたの願いを、神々に伝えます」
「セレスティア様…」
「ただし、条件があります」
女神が、真剣に言う。
「分体は、あなたが責任を持って管理しなければなりません」
「はい」
「分体が何か問題を起こせば、あなたにも責任が及びます」
「わかっています」
「そして、分体の力は制限されます。本体の力のごく一部しか使えません」
女神が続ける。
「ただし、分体に宿る体は特別なものです」
「特別…?」
「神界で作られる、神気を纏った体です。何でできているかは、秘密ですが」
女神が、少し誇らしげに言う。
「その体は、半神級の性能を持ちます。混沌の獣の力はほとんど使えませんが、神気を纏った体自体が強力なのです」
「半神級…」
「戦闘力も高く、悪意に対して敏感に感じ取れます」
女神が続ける。
「そして、最も重要な条件があります」
「何ですか?」
「分体に宿る意識は、自由意志を持ちます。強制ではありません」
女神が、強調する。
「もし、彼自身がこの提案を拒否すれば、実行されません。あくまで、彼の意思を尊重します」
「当然です」
僕は、頷く。
「彼が望まないなら、強制はしません」
「わかりました」
女神が、優しく言う。
「では、まず神界に提案します。許可が出れば、封印の場所に戻って、彼に直接聞きましょう」
「ありがとうございます、セレスティア様」
「アレン、あなたの優しさに、心から感謝します」
念話が一旦切れる。
僕は、祭壇の前で待つ。
セレスティア様が、神界で提案しているのだろう。
どのくらい時間がかかるのか、わからない。
でも、待つ。
じっと、待つ。
一時間ほど経った頃。
再び、女神の声が聞こえた。
「アレン」
「はい」
「神界での審議が、終わりました」
僕は、緊張する。
「結果は…?」
「許可が出ました」
「本当ですか!」
女神が、少し驚いたように言う。
「正直、私も驚いています。予想以上に、すんなりと許可が出ました」
「なぜですか?」
「理由は、いくつかあります」
女神が、説明し始める。
「まず、混沌の浄化という理由が、神々に受け入れられました」
「浄化が…」
「はい。封印の場所に混沌が蓄積し続ける問題は、神々も認識していました。でも、解決策がなかった」
女神が続ける。
「あなたの提案は、その解決策になる可能性があります。だから、試す価値があると判断されました」
「良かった…」
「ただし」
女神が、正直に言う。
「多くの神々は、実際に混沌が浄化されるとは、あまり期待していません」
「期待していない…?」
「はい。理論上は可能でも、実際にうまくいくかどうかは、わかりません」
女神が、少し苦笑する。
「神々の多くは、『どうせ失敗するだろうが、試すだけ試してみれば良い』という程度の認識です」
「それでも、許可が出たなら…」
「そうです。そして、もう一つの理由があります」
女神が、優しく言う。
「憐れみです」
「憐れみ…」
「神々の多くは、混沌の獣に対して憐れみを感じています」
女神が続ける。
「彼は、自分の意思で混沌の側面になったわけではありません。創造者によって、そう作られただけです」
「はい」
「千年の孤独。それは、あまりにも長い。あまりにも残酷です」
女神の声が、悲しげになる。
「神々も、それを理解しています。だから、少しでも彼の苦しみを和らげたいと思っています」
「神々も…優しいんですね」
「ええ。完全に期待はできなくても、試す価値はあると考えました」
女神が、嬉しそうに言う。
「だから、許可が出たのです」
女神が、さらに続ける。
「そして、審議の中で、ある神がこう言いました」
「何と言ったんですか?」
「『人間の子供が、混沌の獣を救おうとしている。その純粋な優しさを、我々が否定してはいけない』と」
女神が、温かく言う。
「その言葉が、多くの神々の心を動かしました」
「ありがとうございます…」
「アレン、あなたの優しさが、神界をも動かしたのです」
女神が、続ける。
「さて、では次の段階に進みましょう」
「はい」
「まず、分体を作るための儀式を行います。これは、神界で行われます」
「神界で…?」
「はい。あなたと、モーモーたち神牛に来てもらいます」
女神が説明する。
「神気を纏った体を作るには、神牛の神気が必要だからです」
「わかりました」
「儀式の後、その体に混沌の獣の意識の一部を宿らせます」
女神が、慎重に言う。
「ただし、その前に、彼の意思を確認します」
「はい」
「彼が拒否すれば、儀式は中止されます」
「当然です」
女神が、最後に言う。
「儀式は、明日の夜に行います」
「明日…」
「はい。それまでに、準備をしておいてください」
「何を準備すれば…?」
「まず、家族に説明してください」
女神が、優しく言う。
「新しい仲間が増えることになりますと、そして執事として、あなたの側に置いてやって下さい……」
「執事……」
「はい。分体は、あなたに恩を感じるでしょう。だから、あなたのために働きたいと思うはずです」
女神が続ける。
「その役割として、執事が適切だと思います」
「わかりました」
「そして、モーモーたちにも伝えてください。明日の夜、神界に来てもらうことを」
「はい」
「準備ができたら、また神殿に来てください。そこから、神界に案内します」
「わかりました」
念話が終わる。
僕は、祭壇の前でしばらく立ち尽くす。
許可が出た。
神界の許可が、出た。
混沌の獣を、救える。
孤独から、解放できる。
胸が、熱くなる。
目に、涙が浮かぶ。
「ありがとうございます、セレスティア様」
僕は、心から感謝する。
そして、祭壇に深く頭を下げる。
神殿を出ると、モーモーが待っていた。
「主様、どうでしたか?」
「モーモー、聞いてください」
僕は、モーモーに全てを話す。
分体のこと。
神界の許可が出たこと。
明日の夜、神界で儀式を行うこと。
モーモーが、涙を流す。
「主様…本当に、彼を救えるのですね」
「はい。モーモーの力も必要です」
「もちろんです。喜んで協力します」
モーモーが、嬉しそうに言う。
「五百年前、私は彼と話しました。『あなたは一人ではない』と言いました」
「はい」
「今度こそ、本当に一人ではなくなります」
モーモーが、笑う。
「主様、ありがとうございます」
屋敷に戻ると、家族全員が集まっていた。
双子が、駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、神殿に行ってたの?」
「どうだった?」
僕は、家族全員に説明する。
混沌の獣のこと。
彼の孤独のこと。
分体を作って、救うこと。
明日、儀式があること。
全員が、真剣に聞いている。
父グレンが、腕を組む。
「つまり、明日から新しい仲間が増えるということか」
「はい」
母エレナが、優しく言う。
「アレン、あなたは本当に優しい子ね」
「母さん…」
「誰も考えないことを、考える。そして、実行する」
母が、僕を抱きしめる。
「誇りに思うわ」
双子が、興奮している。
「新しい人が来るの?」
「どんな人?」
「優しい人だよ。きっと」
夜、書斎で一人になった時。
僕は、窓の外を見る。
星空が、綺麗だ。
明日、神界に行く。
そして、混沌の獣に会う。
彼に、提案する。
「人間として、一緒に生きませんか」と。
彼が、何と答えるだろう。
受け入れてくれるだろうか。
それとも、拒否するだろうか。
わからない。
でも――
きっと、大丈夫だ。
彼も、孤独は嫌なはずだ。
誰かと一緒にいたいはずだ。
そう信じて、明日を待つ。
モーモーから念話が来る。
「主様、明日が楽しみです」
「僕もです、モーモー」
「きっと、うまくいきます」
「そうだと良いですね」
「主様が望むことは、必ずうまくいきます。私が、保証します」
温かい声が、心を満たす。
「ありがとう、モーモー」
「おやすみなさい、主様。明日に備えて、ゆっくり休んでください」
「はい。おやすみなさい」
ベッドに入る。
でも、興奮して眠れない。
明日。
神界に行く。
そして、新しい仲間を迎える。
混沌の獣が、人として生きる。
執事として、僕の側にいる。
どんな人になるのだろう。
どんな名前をつけようか。
色々なことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
夢の中で、金色の目が見えた。
優しく微笑む、金色の目。
「ありがとう」
そんな声が、聞こえた気がした。
次回:第50話「分体の儀式、執事長誕生」
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