異世界転生?と予想してましたが、異世界転移でした………ってどっちでも良いワ!!

アルさんのシッポ

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第5章:「子爵になって、神の使徒になって、婚約もして。あ、魔の森の開拓もありました。貴族って、こんなに忙しいものなんですか?」

第64話「ダンジョン・タワーの賑わいと最初の犠牲者」

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第64話「ダンジョン・タワーの賑わいと最初の犠牲者」


開業から4日後。
グリューンヴァルト領。
朝。
ダンジョン・タワーの周囲に、既に人が集まっている。
開業初日よりも、明らかに多い。
30階。
レンの部屋。
レンが、窓の外を見ている。
「キュルル~」
アラクネが、肩に乗っている。
「そうだな、アラクネ……」
レンが、呟く。
「どんどん増えている……」
開業初日:163名。
2日目:189名。
3日目:214名。
そして今日、4日目。
朝から、昨日以上の人が集まっている。
(噂が、広まっている……)
レンが、考える。
(100階層以上のダンジョン……見返りが大きい……)
(だから、冒険者たちは集まってくる……)
エドガーが、部屋に入ってくる。
「おはようございます、レン様」
「おはよう、エドガー」
「本日も、朝から列ができています」
エドガーが、報告する。
「遠方からの来訪者が、さらに増えています。昨日は、全体の7割が領外からの冒険者でした」
「7割……」
レンが、驚く。
「噂が、相当広まっているようですね」
「はい。王都でも、かなり話題になっているようです」
エドガーが、続ける。
「ヴィクトール殿から伺いました。王都のギルド本部にも、問い合わせが相次いでいると……」
「なるほど……」
レンが、頷く。
「それと……」
エドガーが、少し声を落とす。
「今日は、少し気になる申請が来ています」
「気になる?」
「はい。単独でのダンジョン挑戦を希望する冒険者が、3名います。全員、Bランクです」
「……Bランク単独で、何階を目指すのですか?」
「一人は20階まで、と言っています。もう一人は30階まで。そして……」
エドガーが、少し間を置く。
「一人は、40階を目指すと言っています」
「40階を……Bランク単独で……」
レンが、表情を曇らせる。
「ヴィクトール殿には、しっかり説明するよう伝えてあります」
エドガーが、続ける。
「40階のボスは、Aランク相当の魔獣です。Bランク単独では……」
「はい。十分に説明してください。それでも行くと言うなら……最終的には、本人の判断です」
レンが、静かに言う。
「……はい」
エドガーが、頷く。
その表情が、少し複雑だ。
「行きましょう、エドガー」
レンが、身支度を整える。
「今日も、しっかり管理します」
剛刃の狼牙・再挑戦
午前中。
「剛刃の狼牙」が、4日ぶりに再来場する。
6名。
今日は、全員の装備が新しい。
4階の防具ショップで購入したものと、王都から取り寄せた装備が組み合わさっている。
「おはようございます、クロード殿」
レンが、声をかける。
「閣下」
クロードが、レンに頷く。
「今日は、70階を目指します」
クロードが、静かに言う。
「3日間……準備しました」
「神聖魔法の練習は?」
レンが、聞く。
「はい。ルーナが、かなりの精度に上げてきました」
クロードが、パーティーの中の若い女性を示す。
聖職者だ。
「ルーナといいます」
女性が、丁寧に頭を下げる。
「エルダーリッチの浄化……任せてください」
その目が、静かな闘志に満ちている。
「頼もしいですね」
レンが、微笑む。
「クロード殿、一つ情報を提供します」
「はい」
「70階層は……60階層のエルダーリッチとは、次元が違います」
レンが、静かに言う。
「60階層での消耗を最小限に抑えて、体力と魔力を温存したまま70階に臨んでください。60階層で全力を出してしまうと……70階には、たどり着けません」
「……!」
クロードが、真剣な表情になる。
「つまり……60階のエルダーリッチを、効率よく倒すことが鍵ですね」
「はい。神聖魔法の一撃で、アンデッドの軍団を一掃できれば……消耗を大幅に減らせます」
レンが、答える。
「……ありがとうございます」
クロードが、深く頷く。
「こんなに詳しく教えてもらえるとは……」
「情報を隠す理由がありません。皆さんに、安全に挑戦していただきたいのです」
レンが、微笑む。
クロードが、しばらくレンを見る。
「……不思議な領主だ」
クロードが、仲間たちを振り返る。
「行くぞ。60階は神聖魔法で手早く片付ける。全員、体力温存を最優先だ」
「剛刃の狼牙」が、ダンジョンへ向かう。
単独挑戦者の受付
午前中。
受付カウンター。
「次の方、どうぞ」
受付担当の職員が、次の冒険者を呼ぶ。
30代の男性。
がっしりとした体型。
剣士の装備。
「Bランク冒険者の、マルク・ベルガーです」
男性が、冒険者証を提示する。
「確認しました、ベルガー様」
職員が、受付を進める。
「本日、希望される階層は?」
「40階まで行きたい」
「!」
受付職員の表情が、緊張する。
「少々お待ちください」
ベテランの職員が、代わりに前に出る。
「ベルガー様、40階のご希望とのことですね」
「ああ」
マルクが、頷く。
「Bランクの実力は、十分にあります。単独で40階まで行けます」
「少し、詳しくお話させてください」
ベテラン職員が、説明を始める。
「このダンジョンの40階のボスは……レッドミノタウロスです。ランク換算すると、Aランク相当の魔獣です」
「Aランク相当……」
マルクが、眉をひそめる。
「しかし、単独でも倒せる。俺の実力なら……」
「ベルガー様」
ベテラン職員が、静かに続ける。
「Aランク相当の魔獣は、Bランク単独では極めて危険です。パーティーを組んでいただくか……目標を30階以下に変更されることを、強くお勧めします」
「……」
マルクが、黙っている。
「30階であれば、単独のBランクでも対応できます。実績を積んで、まず30階のボスを倒してください」
「……俺は、40階に行く」
マルクが、きっぱりと言う。
「これまで、色々なダンジョンで戦ってきた。この程度なら、問題ない」
「……」
ベテラン職員が、レンを見る。
レンが、静かに前に出る。
「ベルガーさん」
レンが、声をかける。
「!」
マルクが、レンを見る。
「グリューンヴァルト伯爵、レンアスカです」
レンが、名乗る。
「……伯爵閣下が、直接……」
マルクが、少し驚く。
「一つだけ、聞かせてください」
レンが、静かに言う。
「40階のボス……レッドミノタウロスを、あなたはどのように倒すつもりですか?」
「剣で……正面から斬る」
マルクが、答える。
「レッドミノタウロスは……」
レンが、続ける。
「全身が炎を纏っています。近接攻撃で正面から斬りかかれば、炎のダメージを受け続けます。Bランクの防具では、長時間耐えることができません」
「!」
マルクが、黙る。
「炎耐性の防具か、水・氷系の魔法で炎を打ち消しながら戦う必要があります。あなたは、水・氷の魔法を使えますか?」
「……使えない」
マルクが、小声で答える。
「炎耐性の防具は、お持ちですか?」
「……持っていない」
「……」
レンが、静かに頷く。
「今のあなたには、40階への挑戦は難しい。それが現実です」
レンが、真剣な目で言う。
「4階の防具ショップに、炎耐性の防具があります。それを揃えて、再挑戦されることをお勧めします」
マルクが、しばらく黙っている。
「……分かりました」
マルクが、深く息をつく。
「今日は……30階まで行きます。装備を揃えてから、出直します」
「賢明な判断です」
レンが、頷く。
「30階のボスも、十分な強敵です。気をつけて行ってください」
「はい……」
マルクが、受付のサインを書き直す。
「30階まで、に変更します」
「ありがとうございます」
ベテラン職員が、ほっとした表情で言う。
マルクが、4階の防具ショップへ向かう。
(良かった……)
レンが、胸をなでおろす。
(ちゃんと、話を聞いてくれた……)
昼の様子
正午。
タワー全体が、活気に満ちている。
1階の食事処。
ほぼ満席。
「このスープ……絶品だな……」
冒険者の一人が、呟く。
「俺は、この黒パンが気に入った。外はカリカリで、中がもちもちで……」
「次の依頼が終わったら、また来よう」
冒険者たちが、口々に話す。
5階のポーションショップ。
「今日も、在庫が……」
アルヴィンが、棚を見て、困り顔をしている。
「ポーションが、予想以上に売れています……」
エドガーが、様子を見に来る。
「追加の仕入れが必要ですか?」
「はい。このペースでは、1週間で底をつきます」
アルヴィンが、答える。
「王都の工房に連絡して、追加の発注をします。ただ……輸送に3日はかかります」
「私も……」
アルヴィンが、続ける。
「できる限り、ここで調合します。工房スペースを、少し広げてもらえますか?」
「分かりました。クラフト魔法で、調合スペースを追加します」
エドガーが、レンに確認する。
「レン様、よろしいでしょうか」
「はい」
レンが、頷く。
「クラフト:調合台×3、薬草棚×5」
クラフト魔法を発動する。
光が輝く。
調合台と薬草棚が、追加される。
「!」
アルヴィンが、目を丸くする。
「閣下……ありがとうございます!」
「フル稼働で調合します!」
アルヴィンが、早速調合を始める。
18階。
監視ルーム。
「現在のダンジョン内入場者……43名です」
担当職員が、報告する。
「最も深い位置は……剛刃の狼牙が55階層に到達しています」
「順調に進んでいますね」
レンが、モニターを見る。
モニターに、6人の冒険者が映っている。
連携が、取れている。
「60階のエルダーリッチまで……体力温存ができているようです」
レンが、頷く。
「引き続き、監視をお願いします」
予感
午後。
レンが、18階の監視ルームを見回っている。
「全体的に……異常はないですね」
レンが、確認する。
「はい。今のところ、問題なく……」
担当職員が、答えかけた、その時。
「!」
別の職員が、声を上げる。
「レン様……30階のモニターを……」
レンが、モニターを見る。
30階層。
一人の冒険者が映っている。
がっしりとした体型。
剣士の装備。
(マルク・ベルガー……)
レンが、認識する。
(30階まで変更したと言っていたが……)
(今、30階のボス部屋の前に立っている)
「30階のボスは……オーガキングですね」
レンが、確認する。
「はい。Bランク相当の魔獣です」
担当職員が、答える。
「Bランク単独では……」
「厳しいですが……不可能ではありません」
レンが、見守る。
ボス部屋の扉が、開く。
マルクが、中に入っていく。
「……!」
オーガキングが、姿を現す。
巨大な体。
3メートルを超える体躯。
太い棍棒。
「交戦、始まりました……」
担当職員が、モニターを見ながら報告する。
「マルク殿の動き……速い……」
マルクが、素早い剣さばきでオーガキングの足元を攻撃している。
「流石、Bランクです……」
「うまく立ち回っています……」
戦いが、続く。
オーガキングが、棍棒を振り下ろす。
マルクが、かわす。
再び、斬りつける。
「……オーガキングの体力が、減ってきています」
担当職員が、報告する。
「このまま……いけるかもしれません」
「でも……マルク殿も、かなり消耗しています」
別の職員が、指摘する。
「動きが、少し鈍くなっています……」
「……」
レンが、モニターを見つめる。
(疲れが……出てきている……)
その時。
「!」
オーガキングが、態勢を変える。
単純な棍棒攻撃から……突進に切り替わる。
「!」
「突進……!」
マルクが、回避しようとする。
しかし――
疲弊した足が、一瞬遅れる。
「!」
棍棒の端が、マルクの左肩を掠める。
「……!!」
マルクが、吹き飛ぶ。
壁に激突する。
「!」
担当職員たちが、息を呑む。
「立ち上がれ……!」
誰かが、思わず呟く。
マルクが、立ち上がろうとする。
よろよろと。
ポーションを取り出す。
飲む。
「回復しています……!」
「まだ戦える……!」
マルクが、剣を構え直す。
オーガキングが、再び迫る。
「……!」
マルクが、渾身の一撃を放つ。
オーガキングの首に、深く斬り込む。
「……!!」
オーガキングが、倒れる。
「やった……!」
担当職員たちが、安堵の声を上げる。
「倒しました……!」
「Bランク単独で……オーガキングを……!」
「凄い……」
レンが、静かに息をつく。
(良かった……)
しかし――
「レン様」
担当職員が、声を落とす。
「マルク殿が……動いています」
「!」
レンが、モニターを見る。
マルクが、宝箱を開けている。
中身を確認している。
そして――
立ち上がる。
「!」
「どこへ……」
マルクが、先へ進もうとしている。
31階へ続く階段に向かっている。
「……」
レンが、目を細める。
(まずい……)
(30階のボスを倒して、さらに先へ行こうとしている……)
(興奮して、限界を超えようとしている……)
しかし――
マルクは、31階への階段を降りていく。
「……」
レンが、モニターを見続ける。
31階。
魔獣が、姿を現す。
32階相当の魔獣。
Bランク上位相当。
「マルク殿の……動きが……」
担当職員が、報告する。
「かなり、消耗しています……30階のボス戦で……」
「……」
レンが、静かに見ている。
(引き返せ……)
(頼む……引き返してくれ……)
マルクが、戦っている。
懸命に。
しかし――
疲弊した体では、動きが鈍い。
魔獣の攻撃を、完全にかわせない。
一撃を受ける。
もう一撃を受ける。
ポーションを飲もうとする。
その瞬間――
魔獣が、間合いに入る。
「!」
「……!!」
「……」
モニターが、静止する。
マルクが、倒れている。
動かない。
「…………」
監視ルームが、静まり返る。
誰も、言葉を出せない。
担当職員の一人が、顔を覆う。
「……マルク・ベルガー様……享年25歳……」
担当職員のリーダーが、震える声で記録を取る。
レンが、モニターを見ている。
黙って。
しばらく。
「……ヴィクトール殿に、報告してください」
レンが、静かに言う。
「ギルドの規定通りに、対応します」
「は……はい……」
担当職員が、頷く。
「緊急転送装置は……」
「30階のボスを倒した後、興奮して先へ進んでしまいました。踊り場には戻っていませんでした」
担当職員が、報告する。
「……そうですか」
レンが、目を閉じる。
(私が……止めるべきだった……)
(受付で、もっと強く……)
(いや……)
(彼は、自分で判断して、挑んだ)
(それが……ダンジョンだ……)
「引き続き、他の冒険者の監視を続けてください」
レンが、静かに言う。
「はい……」
担当職員たちが、モニターに向き直る。
その目が、赤い。
レンが、部屋を出る。
廊下で、一人になる。
「……」
レンが、壁に手をつく。
(25歳……)
(私より、若い……)
(前世の感覚が、まだある……)
(この世界では、命は軽い……)
(違う……)
(命は、重い)
(だから……きちんと管理しなければならない)
レンが、深く息を吸う。
立ち上がる。
「……行こう」
レンが、1階へ向かう。
ヴィクトールへの報告
1階のギルドエリア。
「ヴィクトール殿」
レンが、ヴィクトールを呼ぶ。
「はい」
「マルク・ベルガーさんが、31階で……」
レンが、静かに言う。
ヴィクトールの表情が、固まる。
「……そうですか」
ヴィクトールが、目を閉じる。
しばらく、沈黙。
「ご遺族への連絡を、お願いします」
レンが、言う。
「はい……承知しました」
ヴィクトールが、頷く。
「遺体の回収依頼は……明日、受付を出します。31階は、Bランク相当の魔獣です。回収に向かう冒険者のランクを、十分に確認してください」
「はい」
「それと……」
レンが、続ける。
「明日以降の受付で……30階のボスを倒した後、さらに先へ進もうとする冒険者への注意事項を、マニュアルに追加してください」
「はい、閣下」
「ボスを倒した時の興奮で、冷静な判断ができなくなることがあります。その点を、特に強調してください」
レンが、静かに言う。
「……分かりました」
ヴィクトールが、深く頷く。
「閣下……」
ヴィクトールが、少し間を置く。
「あなたは……辛くないですか」
ヴィクトールが、静かに聞く。
「……辛いですよ」
レンが、正直に答える。
「今朝、受付で話をしました。30階に変更してくれていたのに……」
「……」
「でも……最終的に、先へ進む判断をしたのは彼自身です。それが……ダンジョンです」
レンが、続ける。
「私たちは、できる限りのことをする。しかし……全ての命を守ることは、できない」
「はい……」
ヴィクトールが、頷く。
「私も……長年、ギルドマスターをしていて……冒険者の死には慣れているつもりでした。しかし……」
ヴィクトールが、続ける。
「こうして、映像で見てしまうと……なかなか……」
「慣れる必要はありません」
レンが、静かに言う。
「慣れてしまったら……管理者として、何かが壊れる気がします」
「……そうですね」
ヴィクトールが、深く息をつく。
「マルク・ベルガーさんのご冥福を……祈ります」
レンが、静かに言う。
「はい……」
「剛刃の狼牙」帰還
夕方。
「剛刃の狼牙」が、ダンジョンから戻ってくる。
全員、無事。
しかし、全員が消耗している。
特に……
ルーナの顔が、蒼白い。
魔力を、大量に消費したのだろう。
「クロード殿」
レンが、声をかける。
クロードが、レンを見る。
「70階……どうでしたか?」
「たどり着けませんでした」
クロードが、静かに言う。
「何……?」
レンが、驚く。
「60階のエルダーリッチは、神聖魔法で倒せました。ルーナの一撃で、アンデッドの軍団を全滅させました」
「では、60階は突破できたのですね」
「はい。しかし……」
クロードが、苦い表情で続ける。
「65階で、引き返しました」
「65階で……」
「60階を突破した後の65階層が……あまりにも強かった」
クロードが、答える。
「魔獣の種類も、攻撃力も……60階までとは、明らかに次元が違う」
クロードが、レンをまっすぐ見る。
「閣下……70階以降は、Aランクパーティーでも……本当に生きて帰れないかもしれません」
「……はい」
レンが、頷く。
「65階からそれ以上は……私たちの実力では、まだ無理です」
クロードが、はっきりと認める。
Aランクパーティーのリーダーが。
それを認める。
「正直な言葉、ありがとうございます」
レンが、頭を下げる。
「実力を正確に把握した上で、引き返す判断をする……それが、生き残るための知恵です」
「閣下……」
クロードが、レンを見る。
「今日……ここで、死者が出たと聞きました」
「……はい」
レンが、静かに答える。
「Bランクの冒険者が……30階のボスを倒した後、さらに先へ進んで……」
「……」
クロードが、目を閉じる。
「ダンジョンは……怖い場所ですね」
クロードが、静かに言う。
「強くなるほど……さらに深みにはまっていく……」
「はい」
レンが、頷く。
「勝てたことで、自分の限界を超えようとする……誰にでも、そういう瞬間がある」
「……俺も、今日の65階で……一瞬、先へ進もうとしました」
クロードが、認める。
「しかし、仲間の状態を見て……引き返しました」
「賢明な判断です」
レンが、頷く。
「あなたに仲間がいて……良かったと思います」
クロードが、しばらく黙っている。
「閣下……」
クロードが、言う。
「次は、もっと準備して来ます。70階を必ず突破してみせます」
「待っています」
レンが、微笑む。
「6階の治療院へ、どうぞ。ルーナさんも、必ず診てもらってください」
「はい……」
クロードが、仲間たちを連れて6階へ向かう。
その背中を、レンが見送る。
夜の総括
夜。
全ての来場者が帰った後。
1階のギルドエリア。
全員が集まっている。
いつもより、静かな雰囲気だ。
「本日の報告をします」
エドガーが、前に立つ。
書類を持っている。
「本日の入場者数:231名」
「ダンジョン内での死者:1名」
場が、静まる。
「Bランク冒険者、マルク・ベルガー様。31階層にて、戦闘不能が確認されました」
エドガーが、淡々と、しかし丁寧に報告する。
「ご遺族への連絡は、ヴィクトール殿にお願いしています。遺体の回収依頼は、明日受付を出します」
「……」
全員が、黙って聞いている。
「怪我人:27名。全員、6階の治療院で治療完了」
「魔石換金額:金貨4枚・銀貨78枚」
「ショップ売上……武器ショップ:金貨8枚、防具ショップ:金貨7枚、ポーションショップ:金貨16枚」
「最深到達……剛刃の狼牙、65階層」
エドガーが、報告を締めくくる。
静寂。
レンが、立ち上がる。
「一言だけ……」
全員が、レンを見る。
「今日、マルク・ベルガーさんが亡くなりました」
レンが、静かに言う。
「25歳でした」
「……」
「今朝、受付で話をしました。最初は40階を希望していましたが……私が話をして、30階に変更してくれました」
レンが、続ける。
「30階のボスを倒した後……先へ進んでしまいました」
「……」
「私たちは、できる限りのことをしました。しかし……防げませんでした」
レンが、全員を見渡す。
「これが……ダンジョンです」
誰も、言葉を出せない。
「私たちにできることは……今日のことを、しっかり記録して、学ぶことです」
レンが、続ける。
「エドガー、明日のマニュアルに追加事項を加えてください。ボスを倒した後の興奮状態での進軍……これを特に注意するよう、受付で伝えてください」
「はい、レン様」
エドガーが、頷く。
「ヴィクトール殿、ご遺族への対応……よろしくお願いします」
「はい……承知しました」
ヴィクトールが、重い表情で答える。
「皆さん、今日もお疲れ様でした」
レンが、深く頭を下げる。
「……はい」
全員が、静かに答える。
開業4日目の夜
30階。
レンの執務室。
夜の景色。
タワーの魔石灯が、輝いている。
湖が、月明かりに照らされている。
静かな、美しい夜だ。
アラクネが、膝に乗っている。
「キュルル……」
アラクネが、静かに鳴く。
「今日は……重かったな」
レンが、呟く。
「キュルル……」
アラクネが、レンの手に顔を寄せる。
「ありがとう、アラクネ」
レンが、撫でる。
携帯電話を、手に取る。
「002」を入力。
辺境伯。
『もしもし、辺境伯です』
「レンです。今日、初めての死者が出ました」
レンが、報告する。
『……そうですか』
辺境伯が、静かに言う。
しばらく、沈黙。
『ダンジョンである以上……いつかは、そうなると思っていました』
「はい」
『あなたは……大丈夫ですか?』
辺境伯が、心配そうに聞く。
「……辛くないと言えば、嘘になります」
レンが、正直に答える。
「でも……しっかり管理します。今日の教訓を、明日に生かします」
『あなたは、強い方ですね……』
辺境伯が、しみじみと言う。
『今日も、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください』
「ありがとうございます」
通話を切る。
「004」を入力。
アリシア。
『もしもし、アリシアです』
「レンです。今日……初めての死者が出ました」
レンが、報告する。
『……!』
『……』
アリシアが、沈黙する。
しばらく。
『……辛いですね』
アリシアが、静かに言う。
「はい」
レンが、素直に認める。
「今朝、受付で話をしました。30階に変更してくれていたのに……ボスを倒して、先へ行ってしまいました」
『……』
『自分を責めていますか?』
アリシアが、静かに聞く。
「……少し」
レンが、答える。
「でも……最終的に判断したのは、彼自身です。それが……ダンジョンだと、分かっています」
『レン様……』
アリシアが、続ける。
『あなたは、できることを全てされました。今朝、直接話をして……注意を促して……』
「はい」
『それ以上は……誰にも、できません』
「アリシア……」
レンが、静かに言う。
「ありがとう」
『……ゆっくり休んでください。明日も、あなたを必要としている人が大勢います』
「はい。おやすみなさい、アリシア」
『おやすみなさい……レン様』
通話が、切れる。
その時――
念話が、響く。
『レン様』
エリシアの声。
今日は、いつもより静かだ。
『エリシア様』
レンが、答える。
『今日は……辛い一日でしたね』
エリシアが、言う。
『マルク・ベルガーさん……25歳でしたね』
「はい……」
『私も……神として、見守るしかできませんでした』
エリシアが、続ける。
その声が、少し震えている。
「エリシア様……」
レンが、驚く。
(エリシア様も……辛いのだ)
(神として、見守るしかできない……)
「エリシア様は、十分なことをしてくれています」
レンが、言う。
「私を、この世界に送り出してくれた。ダンジョンマスターの力を与えてくれた。いつも、見守ってくれている」
『レン様……』
「それで……十分です」
『……ありがとうございます』
エリシアが、小さく言う。
しばらく、静かな沈黙。
『レン様……一つ、お話があります』
エリシアが、続ける。
「はい」
『国王への報告……早めにした方が良いと思います。ゲートのことだけではなく……ダンジョン・タワーのこと、マルクさんのこと……全て、正直に報告してください』
「はい。近いうちに、王都へ参ります」
レンが、答える。
『陛下は、あなたを信頼しています。正直に話せば……きっと、理解してくださいます』
「分かりました」
『では……おやすみなさい。今日も、お疲れ様でした』
エリシアが、静かに言う。
『おやすみなさい、エリシア様』
念話が、切れる。
その時――
《レン》
シルの声。
『シル』
《今日のことで……落ち込んでいるか》
シルが、聞く。
『……少し』
《それで良い》
シルが、静かに言う。
《完全に割り切れる方が、おかしい。あなたは人の命を大切にする。だから……少し辛い》
《その感覚を、忘れるな》
シルが、続ける。
《ダンジョンマスターは……冷静でなければならない。だが、感情がなくなってはいけない》
《その両方を、持ち続けることが……真の管理者だ》
『……はい』
《それと……》
シルが、続ける。
《国王への報告を、急ぎなさい。ゲートのことも含めて……信頼は、先手で築くものだ》
《早ければ早いほど、良い》
『はい。週明けには、王都へ向かいます』
《うむ》
《おやすみ》
シルの声が、静かになる。
レンが、椅子に座る。
(今日……最初の死者が出た)
(25歳……マルク・ベルガー……)
(彼の名前を、忘れない)
(明日も、冒険者が来る)
(危険なダンジョンに、命懸けで挑む者たちが……)
(それを支える場所として……)
(今日より、少しでも……しっかり管理する)
レンが、微笑む。
悲しみと、決意が混ざった、静かな笑みだ。
アラクネが、膝の上で丸くなっている。
「キュルル……」
「おやすみ、アラクネ」
レンが、アラクネを優しく撫でる。
目を閉じる。
静かに、眠りにつく。
今日の教訓を、胸に刻んで。

第64話 完


次回予告: 第65話「王都への報告」

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12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

異世界に降り立った刀匠の孫─真打─

リゥル
ファンタジー
 異世界に降り立った刀匠の孫─影打─が読みやすく修正され戻ってきました。ストーリーの続きも連載されます、是非お楽しみに!  主人公、帯刀奏。彼は刀鍛冶の人間国宝である、帯刀響の孫である。  亡くなった祖父の刀を握り泣いていると、突然異世界へと召喚されてしまう。  召喚されたものの、周囲の人々の期待とは裏腹に、彼の能力が期待していたものと違い、かけ離れて脆弱だったことを知る。  そして失敗と罵られ、彼の祖父が打った形見の刀まで侮辱された。  それに怒りを覚えたカナデは、形見の刀を抜刀。  過去に、勇者が使っていたと言われる聖剣に切りかかる。 ――この物語は、冒険や物作り、によって成長していく少年たちを描く物語。  カナデは、人々と触れ合い、世界を知り、祖父を超える一振りを打つことが出来るのだろうか……。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。 前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。 その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

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