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第1部:転生と覚醒
第3話:突然の訃報
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第3話:突然の訃報
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
いつもと変わらない、穏やかな朝——のはずだった。
「アレン様! アレン様!」
激しく扉を叩く音で、俺は目を覚ました。
「……セバス?」
時計を見ると、まだ朝の六時だ。いつもより一時間以上早い。
「失礼いたします!」
返事を待たずに、セバスが部屋に飛び込んできた。
その表情を見て、俺は全てを悟った。
セバスの顔は青ざめ、手に持った手紙が震えていた。五十代の
彼が、こんな表情を見せるのは初めてだ。
「どうした、セバス」
「アレン様……領地から、緊急の知らせが」
セバスが差し出した手紙を受け取る。
封蝋が破られ、中には一枚の便箋が入っていた。
読み始めた瞬間、俺の手も震えた。
『アレン様
突然の連絡、お許しください。
誠に申し上げにくいのですが、旦那様が昨夜、急逝されました。
夕食の後、突然倒れられ、そのまま……
医師の診断では心臓発作とのことですが、私には毒殺ではないかという疑いがございます。
詳細は追って報告いたしますが、まずは至急お知らせすべきと
判断し、夜通し馬を走らせて使者を送りました。
一刻も早く、伯爵位の相続手続きを始められることをお勧めいたします。
ヴェルナー伯爵領執事長代理 クラウス・フォン・ベルク』
手紙が、手から滑り落ちた。
「父上が……」
声が、震えた。
「アレン様……」
セバスが俺の肩に手を置く。
「嘘だろ……昨日の報告書には、何も書いてなかった。元気だって……」
「おそらく、突然のことだったのでしょう」
「毒殺……? 誰が、なんのために……」
頭が混乱する。
父は善良な領主だった。領民からも慕われ、他の貴族とも友好的な関係を築いていた。恨みを買うような人物ではない。
「アレン様」
セバスの声が、いつになく真剣だった。
「今は悲しんでいる時間はございません。すぐに行動を起こす
必要があります」
「行動……?」
「はい。至急、伯爵位の相続を王宮に申請してください」
「相続の申請……そうか、それをしないと」
貴族の爵位は世襲制だが、正式な手続きが必要だ。国王の承認を得なければ、爵位を継ぐことはできない。
「このまま放置すれば、領地が王家に没収される可能性があります」
「分かった。すぐに準備する」
「私が書類を用意いたします。アレン様は身支度を」
セバスが部屋を出ていく。
俺は立ち上がり、洗面台で顔を洗った。
鏡に映る自分の顔は、青白く、目には涙が浮かんでいた。
(父上……)
会いたかった。
最後に会ったのは、二年前。領地を発つ時だった。
「アレン、王都でしっかり学んでこい。お前はヴェルナー家の跡取りだ」
そう言って、力強く肩を叩いてくれた父の顔が、脳裏に浮かぶ。
もう、会えない。
話すこともできない。
(くそ……!)
拳で壁を叩いた。
痛みが、現実を思い知らせる。
泣いている場合じゃない。
今は、やるべきことをやらなければ。
一時間後、俺は正装に着替え、書斎でセバスと向き合っていた。
「これが相続申請の書類です。ここに署名を」
セバスが用意した羊皮紙には、既に必要事項が記入されていた。
俺は羽根ペンを取り、署名する。
アレン・フォン・ヴェルナー。
これから、この名前に「伯爵」の称号が加わる
「セバス、これを王宮に届けてくれ」
「いえ」
セバスが首を振った。
「アレン様ご自身で届けるべきです」
「俺が?」
「はい。これほど重要な書類を、使用人に任せるわけにはいきません。それに——」
セバスの表情が、より深刻になった。
「クラウスの手紙にあった『毒殺の疑い』が事実なら、これは
単なる事故ではありません」
「……陰謀、ということか」
「その可能性があります。だからこそ、アレン様ご自身で動かれた方が安全です」
確かに、その通りだ。
もし本当に陰謀なら、使者が襲われる可能性もある。
「分かった。すぐに王宮に向かう」
「ステラにも事情を話しておきました。彼女が朝食を用意しています」
「ありがとう、セバス」
食堂に行くと、ステラが目を赤く腫らしていた。
「アレン様……」
「ステラ……」
「お父様のこと……本当に……」
彼女の目から、涙が溢れた。
ステラは三年前、領地から王都に来た。父や母にも会ったことがある。だから、この知らせは彼女にとっても辛いものだったはずだ。
「ありがとう、ステラ。でも、今は泣いている場合じゃない」
「はい……朝食、作りました。しっかり食べてください」
テーブルには、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
パン、卵料理、ベーコン、サラダ、そしてスープ。
「こんなに……」
「アレン様には、しっかりしていただかないと。私たちのためにも」
ステラの言葉に、俺は頷いた。
そうだ。
俺には、守るべき人たちがいる。
領地の家族、領民たち、そしてセバスやステラ。
ここで倒れるわけにはいかない。
「いただきます」
食事を口に運ぶ。
味は、いつも通り美味しかった。
でも、どこか砂を噛んでいるような感覚だった。
王宮は、王都の中心部にそびえ立つ巨大な建造物だ。
白い大理石の壁、色とりどりのステンドグラス、天を突く尖塔。この国の権力の象徴である。
正門の前には、銀の鎧を纏った衛兵が立っていた。
「止まれ。何用か」
「アレン・フォン・ヴェルナーです。伯爵位の相続申請に参りました」
「ヴェルナー伯爵……ああ、訃報が届いていたな。待て、確認する」
衛兵が中に入り、しばらくして戻ってきた。
「通れ。内務官が応対する」
門が開かれ、俺は王宮の中へ入った。
廊下は広く、天井が高い。壁には歴代の王の肖像画が飾られている。
案内された部屋には、初老の男性が待っていた。
「ヴェルナー伯爵のご子息ですね。お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
「相続の書類を拝見します」
俺は書類を差し出した。
内務官がそれを確認し、何度か頷く。
「書類に不備はありません。明日、謁見の間で国王陛下に謁見していただきます」
「明日……ですか」
「はい。本来なら一週間ほどかかるのですが、緊急の案件ということで、特別に早めました」
「ありがとうございます」
「では、明日の午前十時に、再度ここへ。正装でお越しください」
「承知しました」
屋敷に戻ると、セバスとステラが待っていた。
「いかがでしたか、アレン様」
「明日、国王に謁見することになった」
「明日……早いですね」
「緊急案件だからだそうだ」
俺は椅子に座り、深く息を吐いた。
「セバス、正直に言ってくれ。父上は本当に毒殺されたのか?」
セバスは少し黙った後、口を開いた。
「断言はできませんが……おそらく、その可能性が高いでしょう」
「なぜ、そう思う?」
「ヴェルナー伯爵は健康そのものでした。心臓に持病があったわけでもない。それが突然、夕食の後に倒れるというのは不自然です」
確かに、父は健康だった。
剣術の腕も立ち、毎日のように訓練をしていた。そんな人間が、突然心臓発作で死ぬだろうか。
「では、犯人は……」
「分かりません。ですが」
セバスの目が、鋭くなった。
「おそらく、明日の謁見で、何かが明らかになるでしょう」
「どういう意味だ?」
「もし、これが計画的な暗殺なら、黒幕は必ず次の手を打ってきます。それが、明日かもしれません」
背筋に冷たいものが走った。
「気をつけろ、ということか」
「はい。どうか、お気をつけください」
その夜、俺は眠れなかった。
ベッドに横になっても、頭の中で様々な考えが渦巻く。
父を殺したのは誰だ?
なんのために?
そして、明日の謁見で何が起こる?
時計の針が、ゆっくりと進んでいく。
午前零時、一時、二時——
結局、ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。
翌朝、午前十時。
俺は再び王宮の前に立っていた。
今日は正装だ。黒いジャケットに白いシャツ、家紋の入ったマント。ヴェルナー家の正式な服装である。
「アレン・フォン・ヴェルナー様、お待ちしておりました」
内務官に案内され、俺は王宮の奥へと進んだ。
廊下を歩きながら、緊張が高まる。
やがて、巨大な扉の前に着いた。
『謁見の間』
扉に、金色の文字で刻まれている。
「では、お入りください」
扉が、ゆっくりと開かれた。
謁見の間は、想像以上に広かった。
天井は高く、シャンデリアが煌びやかに輝いている。赤い絨毯が奥まで続き、その先には——
玉座があった。
そこに座っているのは、この国の王、ハインリヒ三世。
五十代半ばの彼は、金の王冠を被り、威厳に満ちた表情で俺を
見下ろしていた。
そして、玉座の横には——
「……」
一人の男が立っていた。
痩せた体、鋭い目つき、口元に浮かぶ不気味な笑み。
王都宰相、オットー・フォン・グリムハルト。
この国の実質的な権力者だ。
「アレン・フォン・ヴェルナー、参りました」
俺は膝をつき、頭を下げた。
「面を上げよ」
国王の声が響く。
顔を上げると、国王は重々しく口を開いた。
「突然のことで驚いたであろうが、実は貴公の父上について、重大な事実が発覚した」
「……重大な事実、とは?」
嫌な予感がした。
「貴公の父、ヴェルナー伯爵は——」
国王が一瞬、間を置いた。
「隣国と内通し、我が国を裏切っていたのだ」
「……なんですと?」
耳を疑った。
父が、裏切り者?
そんなはずがない。
「証拠もある。隣国の密偵と会っていた証言、そして金銭の授受を示す記録」
宰相が、書類を差し出した。
俺はそれを受け取り、目を通す。
確かに、父の署名がある。
でも——
(これは、偽造だ)
筆跡が微妙に違う。
父の字は、もっと力強く、直線的だった。これは、誰かが真似て書いたものだ。
「それがバレて、父上は自害されたのだ。誠に遺憾である」
国王の言葉に、俺は顔を上げた。
その瞬間——
見てしまった。
国王と宰相が、一瞬だけ目を合わせ、ニヤリと笑ったのを。
下品で、邪悪な笑みだった。
(……これは、罠だ)
全てが、繋がった。
父の毒殺。
偽造された証拠。
そして、この茶番劇。
全ては、ヴェルナー家を潰すための陰謀だったのだ。
「国賊の一族に、爵位は与えられん」
国王が宣言する。
「アレン・フォン・ヴェルナー、貴公の伯爵位継承は、これを認めない」
絶望が、胸を襲った。
領地が、奪われる。
家族が、路頭に迷う。
全てが、終わる——
「陛下」
その時、宰相が口を開いた。
「本人も自害をされたことですし、この度は若き当主アレン殿自らが、領地の返上と王都からの追放を願い出たということで、伯爵位だけは継がせても宜しいのではないでしょうか」
「ほう?」
「さすれば、陛下の慈悲の深さを、他の貴族に知らしめることができましょう。『罪を憎んで人を憎まず』と」
国王が、顎に手を当てる。
「ふむ……それもそうだな」
(……出来レースか)
全ては、最初から決まっていた。
俺に選択肢など、ない。
ここで抵抗すれば、命すら危うい。
「アレン・フォン・ヴェルナー」
国王が、再び口を開く。
「貴公は、領地を返上し、王都を去ることを望むか?」
「……」
俺は、拳を握りしめた。
爪が手のひらに食い込み、血が滲む。
でも、言うしかない。
「はい……望みます」
声が、震えた。
「よし。では、辺境の魔の森にある、開拓に失敗した村を領地として与えよう」
「……魔の森、ですか」
「そうだ。あそこは魔物が跋扈する危険な地だが、貴公なら開拓できるであろう」
できるわけがない。
魔の森は、この国で最も危険な場所だ。
かつて開拓を試みた村は、魔物の大群に襲われて全滅したと聞いている。
つまり、死ねと言っているのと同じだ。
「明日中に王都を発ち、領都にいる家族を連れて、その地へ赴くように」
「……承知いたしました」
「うむ。では、下がれ」
俺は立ち上がり、謁見の間を後にした。
背中に、二人の嘲笑が突き刺さった。
外に出ると、膝から力が抜けた。
壁に手をつき、何とか立っている。
「くそ……くそっ……!」
悔しさで、涙が溢れた。
父を殺され、領地を奪われ、辺境に追放される。
何もできなかった。
何も、守れなかった。
「アレン様……」
振り返ると、セバスが立っていた。
「セバス……聞いていたのか」
「はい。扉の外で」
「父上は、殺されたんだ。そして、俺たちは全てを奪われた」
「……」
「どうすればいい、セバス。俺は、どうすれば……」
セバスが、俺の肩に手を置いた。
「アレン様。今は、生き延びることを考えましょう」
「生き延びる……?」
「はい。魔の森は確かに危険です。ですが、生き延びることができれば、いつか必ず報いる機会が来ます」
「報い……」
「今は、力を蓄える時です。そして、いつの日か、この屈辱を晴らすのです」
セバスの目が、静かに燃えていた。
「……そうだな」
俺は涙を拭い、立ち上がった。
「今は、家族を守ることが先決だ」
「その通りです。さあ、屋敷に戻りましょう。準備をしなければ」
二人で、王宮を後にした。
屋敷に戻ると、ステラが待っていた。
「アレン様……」
彼女の目も、赤く腫れていた。
「全部、聞いたよ」
俺は、二人に今日のことを全て話した。
父の冤罪、領地の没収、辺境への追放。
「そんな……ひどすぎます……」ステラが涙を流す。
「今夜中に出発した方がよろしいかと」
セバスが言った。
「今夜? 明日までに王都を発てばいいのでは?」
「いえ。夜襲の可能性があります」
「夜襲……?」
「相手は、アレン様を生かしておくつもりはないでしょう。王都を出たところで襲撃する。そう考えるのが自然です」
確かに、その通りだ。
俺が死ねば、全てが闇に葬られる。
「では、すぐに準備を」
「はい。私とステラで荷造りをします」
二人が動き出そうとした、その時——
コン、コン。
玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「誰だ……?」
セバスが警戒しながら、扉に向かう。
「どちら様ですか?」
「アレン・フォン・ヴェルナー様はいらっしゃいますか?」
若い女性の声だった。
「……何のご用件でしょうか」
「お会いしたいのです。大切なお話があります」
セバスが俺を見る。
俺は頷いた。
扉を開けると、そこには——
剣を腰に帯びた、黒髪の少女が立っていた。
長い髪、凛とした目、引き締まった体つき。
明らかに、只者ではない。
「アレン・フォン・ヴェルナー様でいらっしゃいますか?」
「……そうだが」
「私は、カナデと申します」
少女が、深く頭を下げた。
「あなたを、お助けするために参りました」
その声を聞いた瞬間——
俺は、全てを思い出した。
前世で助けた、あの少女。
交差点で、スマホに夢中だった、あの少女。
顔は成長していたが、面影は確かに同じだった。
「君は……まさか……」
「お久しぶりです」
カナデが顔を上げ、微笑んだ。
「女神様が、あなたの助けになりなさいと仰って、この世界に送ってくださいました」
運命の、再会だった。
次回予告
突然現れた少女カナデ——彼女は前世で助けた、あの少女だった。 女神の使いとして送られてきた彼女が告げる、衝撃の事実。 リビルドスキルが使えなかったのは、不具合だった! そして今、十五年の時を経て、ついにスキルが覚醒する——
第4話「運命の再会」
最強スキル、ついに目覚める! アレンの逆転劇が、始まる!
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
いつもと変わらない、穏やかな朝——のはずだった。
「アレン様! アレン様!」
激しく扉を叩く音で、俺は目を覚ました。
「……セバス?」
時計を見ると、まだ朝の六時だ。いつもより一時間以上早い。
「失礼いたします!」
返事を待たずに、セバスが部屋に飛び込んできた。
その表情を見て、俺は全てを悟った。
セバスの顔は青ざめ、手に持った手紙が震えていた。五十代の
彼が、こんな表情を見せるのは初めてだ。
「どうした、セバス」
「アレン様……領地から、緊急の知らせが」
セバスが差し出した手紙を受け取る。
封蝋が破られ、中には一枚の便箋が入っていた。
読み始めた瞬間、俺の手も震えた。
『アレン様
突然の連絡、お許しください。
誠に申し上げにくいのですが、旦那様が昨夜、急逝されました。
夕食の後、突然倒れられ、そのまま……
医師の診断では心臓発作とのことですが、私には毒殺ではないかという疑いがございます。
詳細は追って報告いたしますが、まずは至急お知らせすべきと
判断し、夜通し馬を走らせて使者を送りました。
一刻も早く、伯爵位の相続手続きを始められることをお勧めいたします。
ヴェルナー伯爵領執事長代理 クラウス・フォン・ベルク』
手紙が、手から滑り落ちた。
「父上が……」
声が、震えた。
「アレン様……」
セバスが俺の肩に手を置く。
「嘘だろ……昨日の報告書には、何も書いてなかった。元気だって……」
「おそらく、突然のことだったのでしょう」
「毒殺……? 誰が、なんのために……」
頭が混乱する。
父は善良な領主だった。領民からも慕われ、他の貴族とも友好的な関係を築いていた。恨みを買うような人物ではない。
「アレン様」
セバスの声が、いつになく真剣だった。
「今は悲しんでいる時間はございません。すぐに行動を起こす
必要があります」
「行動……?」
「はい。至急、伯爵位の相続を王宮に申請してください」
「相続の申請……そうか、それをしないと」
貴族の爵位は世襲制だが、正式な手続きが必要だ。国王の承認を得なければ、爵位を継ぐことはできない。
「このまま放置すれば、領地が王家に没収される可能性があります」
「分かった。すぐに準備する」
「私が書類を用意いたします。アレン様は身支度を」
セバスが部屋を出ていく。
俺は立ち上がり、洗面台で顔を洗った。
鏡に映る自分の顔は、青白く、目には涙が浮かんでいた。
(父上……)
会いたかった。
最後に会ったのは、二年前。領地を発つ時だった。
「アレン、王都でしっかり学んでこい。お前はヴェルナー家の跡取りだ」
そう言って、力強く肩を叩いてくれた父の顔が、脳裏に浮かぶ。
もう、会えない。
話すこともできない。
(くそ……!)
拳で壁を叩いた。
痛みが、現実を思い知らせる。
泣いている場合じゃない。
今は、やるべきことをやらなければ。
一時間後、俺は正装に着替え、書斎でセバスと向き合っていた。
「これが相続申請の書類です。ここに署名を」
セバスが用意した羊皮紙には、既に必要事項が記入されていた。
俺は羽根ペンを取り、署名する。
アレン・フォン・ヴェルナー。
これから、この名前に「伯爵」の称号が加わる
「セバス、これを王宮に届けてくれ」
「いえ」
セバスが首を振った。
「アレン様ご自身で届けるべきです」
「俺が?」
「はい。これほど重要な書類を、使用人に任せるわけにはいきません。それに——」
セバスの表情が、より深刻になった。
「クラウスの手紙にあった『毒殺の疑い』が事実なら、これは
単なる事故ではありません」
「……陰謀、ということか」
「その可能性があります。だからこそ、アレン様ご自身で動かれた方が安全です」
確かに、その通りだ。
もし本当に陰謀なら、使者が襲われる可能性もある。
「分かった。すぐに王宮に向かう」
「ステラにも事情を話しておきました。彼女が朝食を用意しています」
「ありがとう、セバス」
食堂に行くと、ステラが目を赤く腫らしていた。
「アレン様……」
「ステラ……」
「お父様のこと……本当に……」
彼女の目から、涙が溢れた。
ステラは三年前、領地から王都に来た。父や母にも会ったことがある。だから、この知らせは彼女にとっても辛いものだったはずだ。
「ありがとう、ステラ。でも、今は泣いている場合じゃない」
「はい……朝食、作りました。しっかり食べてください」
テーブルには、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
パン、卵料理、ベーコン、サラダ、そしてスープ。
「こんなに……」
「アレン様には、しっかりしていただかないと。私たちのためにも」
ステラの言葉に、俺は頷いた。
そうだ。
俺には、守るべき人たちがいる。
領地の家族、領民たち、そしてセバスやステラ。
ここで倒れるわけにはいかない。
「いただきます」
食事を口に運ぶ。
味は、いつも通り美味しかった。
でも、どこか砂を噛んでいるような感覚だった。
王宮は、王都の中心部にそびえ立つ巨大な建造物だ。
白い大理石の壁、色とりどりのステンドグラス、天を突く尖塔。この国の権力の象徴である。
正門の前には、銀の鎧を纏った衛兵が立っていた。
「止まれ。何用か」
「アレン・フォン・ヴェルナーです。伯爵位の相続申請に参りました」
「ヴェルナー伯爵……ああ、訃報が届いていたな。待て、確認する」
衛兵が中に入り、しばらくして戻ってきた。
「通れ。内務官が応対する」
門が開かれ、俺は王宮の中へ入った。
廊下は広く、天井が高い。壁には歴代の王の肖像画が飾られている。
案内された部屋には、初老の男性が待っていた。
「ヴェルナー伯爵のご子息ですね。お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます」
「相続の書類を拝見します」
俺は書類を差し出した。
内務官がそれを確認し、何度か頷く。
「書類に不備はありません。明日、謁見の間で国王陛下に謁見していただきます」
「明日……ですか」
「はい。本来なら一週間ほどかかるのですが、緊急の案件ということで、特別に早めました」
「ありがとうございます」
「では、明日の午前十時に、再度ここへ。正装でお越しください」
「承知しました」
屋敷に戻ると、セバスとステラが待っていた。
「いかがでしたか、アレン様」
「明日、国王に謁見することになった」
「明日……早いですね」
「緊急案件だからだそうだ」
俺は椅子に座り、深く息を吐いた。
「セバス、正直に言ってくれ。父上は本当に毒殺されたのか?」
セバスは少し黙った後、口を開いた。
「断言はできませんが……おそらく、その可能性が高いでしょう」
「なぜ、そう思う?」
「ヴェルナー伯爵は健康そのものでした。心臓に持病があったわけでもない。それが突然、夕食の後に倒れるというのは不自然です」
確かに、父は健康だった。
剣術の腕も立ち、毎日のように訓練をしていた。そんな人間が、突然心臓発作で死ぬだろうか。
「では、犯人は……」
「分かりません。ですが」
セバスの目が、鋭くなった。
「おそらく、明日の謁見で、何かが明らかになるでしょう」
「どういう意味だ?」
「もし、これが計画的な暗殺なら、黒幕は必ず次の手を打ってきます。それが、明日かもしれません」
背筋に冷たいものが走った。
「気をつけろ、ということか」
「はい。どうか、お気をつけください」
その夜、俺は眠れなかった。
ベッドに横になっても、頭の中で様々な考えが渦巻く。
父を殺したのは誰だ?
なんのために?
そして、明日の謁見で何が起こる?
時計の針が、ゆっくりと進んでいく。
午前零時、一時、二時——
結局、ほとんど眠れないまま、朝を迎えた。
翌朝、午前十時。
俺は再び王宮の前に立っていた。
今日は正装だ。黒いジャケットに白いシャツ、家紋の入ったマント。ヴェルナー家の正式な服装である。
「アレン・フォン・ヴェルナー様、お待ちしておりました」
内務官に案内され、俺は王宮の奥へと進んだ。
廊下を歩きながら、緊張が高まる。
やがて、巨大な扉の前に着いた。
『謁見の間』
扉に、金色の文字で刻まれている。
「では、お入りください」
扉が、ゆっくりと開かれた。
謁見の間は、想像以上に広かった。
天井は高く、シャンデリアが煌びやかに輝いている。赤い絨毯が奥まで続き、その先には——
玉座があった。
そこに座っているのは、この国の王、ハインリヒ三世。
五十代半ばの彼は、金の王冠を被り、威厳に満ちた表情で俺を
見下ろしていた。
そして、玉座の横には——
「……」
一人の男が立っていた。
痩せた体、鋭い目つき、口元に浮かぶ不気味な笑み。
王都宰相、オットー・フォン・グリムハルト。
この国の実質的な権力者だ。
「アレン・フォン・ヴェルナー、参りました」
俺は膝をつき、頭を下げた。
「面を上げよ」
国王の声が響く。
顔を上げると、国王は重々しく口を開いた。
「突然のことで驚いたであろうが、実は貴公の父上について、重大な事実が発覚した」
「……重大な事実、とは?」
嫌な予感がした。
「貴公の父、ヴェルナー伯爵は——」
国王が一瞬、間を置いた。
「隣国と内通し、我が国を裏切っていたのだ」
「……なんですと?」
耳を疑った。
父が、裏切り者?
そんなはずがない。
「証拠もある。隣国の密偵と会っていた証言、そして金銭の授受を示す記録」
宰相が、書類を差し出した。
俺はそれを受け取り、目を通す。
確かに、父の署名がある。
でも——
(これは、偽造だ)
筆跡が微妙に違う。
父の字は、もっと力強く、直線的だった。これは、誰かが真似て書いたものだ。
「それがバレて、父上は自害されたのだ。誠に遺憾である」
国王の言葉に、俺は顔を上げた。
その瞬間——
見てしまった。
国王と宰相が、一瞬だけ目を合わせ、ニヤリと笑ったのを。
下品で、邪悪な笑みだった。
(……これは、罠だ)
全てが、繋がった。
父の毒殺。
偽造された証拠。
そして、この茶番劇。
全ては、ヴェルナー家を潰すための陰謀だったのだ。
「国賊の一族に、爵位は与えられん」
国王が宣言する。
「アレン・フォン・ヴェルナー、貴公の伯爵位継承は、これを認めない」
絶望が、胸を襲った。
領地が、奪われる。
家族が、路頭に迷う。
全てが、終わる——
「陛下」
その時、宰相が口を開いた。
「本人も自害をされたことですし、この度は若き当主アレン殿自らが、領地の返上と王都からの追放を願い出たということで、伯爵位だけは継がせても宜しいのではないでしょうか」
「ほう?」
「さすれば、陛下の慈悲の深さを、他の貴族に知らしめることができましょう。『罪を憎んで人を憎まず』と」
国王が、顎に手を当てる。
「ふむ……それもそうだな」
(……出来レースか)
全ては、最初から決まっていた。
俺に選択肢など、ない。
ここで抵抗すれば、命すら危うい。
「アレン・フォン・ヴェルナー」
国王が、再び口を開く。
「貴公は、領地を返上し、王都を去ることを望むか?」
「……」
俺は、拳を握りしめた。
爪が手のひらに食い込み、血が滲む。
でも、言うしかない。
「はい……望みます」
声が、震えた。
「よし。では、辺境の魔の森にある、開拓に失敗した村を領地として与えよう」
「……魔の森、ですか」
「そうだ。あそこは魔物が跋扈する危険な地だが、貴公なら開拓できるであろう」
できるわけがない。
魔の森は、この国で最も危険な場所だ。
かつて開拓を試みた村は、魔物の大群に襲われて全滅したと聞いている。
つまり、死ねと言っているのと同じだ。
「明日中に王都を発ち、領都にいる家族を連れて、その地へ赴くように」
「……承知いたしました」
「うむ。では、下がれ」
俺は立ち上がり、謁見の間を後にした。
背中に、二人の嘲笑が突き刺さった。
外に出ると、膝から力が抜けた。
壁に手をつき、何とか立っている。
「くそ……くそっ……!」
悔しさで、涙が溢れた。
父を殺され、領地を奪われ、辺境に追放される。
何もできなかった。
何も、守れなかった。
「アレン様……」
振り返ると、セバスが立っていた。
「セバス……聞いていたのか」
「はい。扉の外で」
「父上は、殺されたんだ。そして、俺たちは全てを奪われた」
「……」
「どうすればいい、セバス。俺は、どうすれば……」
セバスが、俺の肩に手を置いた。
「アレン様。今は、生き延びることを考えましょう」
「生き延びる……?」
「はい。魔の森は確かに危険です。ですが、生き延びることができれば、いつか必ず報いる機会が来ます」
「報い……」
「今は、力を蓄える時です。そして、いつの日か、この屈辱を晴らすのです」
セバスの目が、静かに燃えていた。
「……そうだな」
俺は涙を拭い、立ち上がった。
「今は、家族を守ることが先決だ」
「その通りです。さあ、屋敷に戻りましょう。準備をしなければ」
二人で、王宮を後にした。
屋敷に戻ると、ステラが待っていた。
「アレン様……」
彼女の目も、赤く腫れていた。
「全部、聞いたよ」
俺は、二人に今日のことを全て話した。
父の冤罪、領地の没収、辺境への追放。
「そんな……ひどすぎます……」ステラが涙を流す。
「今夜中に出発した方がよろしいかと」
セバスが言った。
「今夜? 明日までに王都を発てばいいのでは?」
「いえ。夜襲の可能性があります」
「夜襲……?」
「相手は、アレン様を生かしておくつもりはないでしょう。王都を出たところで襲撃する。そう考えるのが自然です」
確かに、その通りだ。
俺が死ねば、全てが闇に葬られる。
「では、すぐに準備を」
「はい。私とステラで荷造りをします」
二人が動き出そうとした、その時——
コン、コン。
玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「誰だ……?」
セバスが警戒しながら、扉に向かう。
「どちら様ですか?」
「アレン・フォン・ヴェルナー様はいらっしゃいますか?」
若い女性の声だった。
「……何のご用件でしょうか」
「お会いしたいのです。大切なお話があります」
セバスが俺を見る。
俺は頷いた。
扉を開けると、そこには——
剣を腰に帯びた、黒髪の少女が立っていた。
長い髪、凛とした目、引き締まった体つき。
明らかに、只者ではない。
「アレン・フォン・ヴェルナー様でいらっしゃいますか?」
「……そうだが」
「私は、カナデと申します」
少女が、深く頭を下げた。
「あなたを、お助けするために参りました」
その声を聞いた瞬間——
俺は、全てを思い出した。
前世で助けた、あの少女。
交差点で、スマホに夢中だった、あの少女。
顔は成長していたが、面影は確かに同じだった。
「君は……まさか……」
「お久しぶりです」
カナデが顔を上げ、微笑んだ。
「女神様が、あなたの助けになりなさいと仰って、この世界に送ってくださいました」
運命の、再会だった。
次回予告
突然現れた少女カナデ——彼女は前世で助けた、あの少女だった。 女神の使いとして送られてきた彼女が告げる、衝撃の事実。 リビルドスキルが使えなかったのは、不具合だった! そして今、十五年の時を経て、ついにスキルが覚醒する——
第4話「運命の再会」
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38
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