上 下
58 / 72
後談 夢の跡の後始末

三、どうにもこうにも

しおりを挟む
「あいつはもう駄目だ」
 出迎えた藤花を見て、天津桐矢は呟いた。

「そ、そうですか・・・・・・」
『あいつ』と言われただけで、容易に天津隼人を連想してしまい、何とも言えない気持ちになってしまう。


 いつものように勝手に鍵を開けて入って来た桐矢は、玄関口に座り込んでいる。
 その顔はいかにも疲れているといった表情で、眉間に皺を寄せる元気もないらしい。
 座り込み、額に両手を当てたまま動かなくなった彼の背に、何と声を掛けて良いものか分からない。
 紅鏡が括った黒髪を弄んでいるが、気付いてもいなさそうだ。

「あいつ何考えてるんだか・・・・・・」


 天津良夜が父を本邸に持ち帰った後、桐矢や重鎮達も交えて、経緯を説明したらしい。
 母親の不貞を説明せねばならなかった良夜達は大層お辛いだろう・・・・・・と藤花は内心同情せずにいられなかった。
 そして、当主の帰宅を待っていた面々との話し合いが・・・・・・起きなかった。

 事実を知っても、当主は表情を変えること無く頷いたらしい。
 不貞の末に父親が違う娘を産み、隠蔽の為に撫子から式神を奪った妻に対しては、『このまま本邸に留め置く』とだけ。
 側近の立場でありながら当主の妻と関係を持った青柳と、彼の血を引く娘に対しても、『出て行ったのならそれでいい』と一言のみ。

 天津隼人の意向は、再び撫子を本邸に戻すこと――ただそれだけだという。
 これまでの経緯もあり、撫子を強引に連れてくることはできないと息子達に説かれて、彼は渋々といった様子で諦めたらしい。

 そして、天津家を取り巻く環境は、ほとんど変わらないまま。
 当主が戻ったことで、良夜達の負担は少し減ったらしいが、本邸の空気はさらに微妙なものになっているらしい。

 夫への恨みつらみが溜まっていた雛菊も、今では何か憑き物が落ちたかのように淡々と過ごしているそうで。
 今は天津家の敷地内で蟄居しており、当主夫人としての権限は取り上げられたにしろ、今までの実績があるので良夜達が助言を仰ぐこともあるらしい。

 当主が帰宅した際、夫婦間で一言二言の会話はあったらしいが、今では没交渉の状態らしい。

「できれば顔を合わせたくないけどよぉ・・・・・・あの母君も、なんだかんだ言って二十年以上屋敷を取り仕切っていたし・・・・・・役に立つんだよなぁ・・・・・・まあ、うちの内情知る人間を他家に返しても危険なのはわかるし・・・・・・親父より使えるのはどうなんだよって気もするけどさぁ・・・・・・」

 いつもの桐矢らしからぬ、もにょもにょした口振りではあるのだが――
 要するに、『無害な無能より有害でも有能な方が益になる』ということであった。
 術者の世界とは、何とも業の深いものらしい。

 そんなことを語り終えた桐矢は、「あー」だの「うー」だの溜め息や呻き声を交えながら頭を抱えている。
(次男様ったら、本当に疲れてるのね・・・・・・)
 両親があんなんでは、息子達の負担や心労はかなりのものであろう。

 普段は敬遠している乱暴者でも、こんな姿を見ていれば、心配になるのが人情というもの。
 撫子の兄なのだから、できれば彼にも健やかに過ごしてほしい。
(そうよ、あくまで撫子様のためよ)

 自分の心の中でそんな言い訳をしつつ、そっと桐矢の隣にしゃがみ込む。
「次男様、元気出して? 今日は豚汁のお肉、増やしてあげますから」
「・・・・・・あぁ?」
 桐矢はゆっくりと此方へ顔を向け、藤花の顔を見て噴き出す。
「お前、豚汁しか作れねぇのか」
 そう言うと立ち上がり、藤花の頭を軽く撫でると居間へと歩いて行った。

 良夜の弟なだけあって、桐矢も端正な顔立ちをしている。
 いつもの険の鋭さを解けば、まだ少年ぽさが残る笑顔が魅力的ではあるのだが――
(何よ、人の顔見て笑うなんて。失礼ね)
 藤花は釈然としない気持ちで、彼の背を見つめていた。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄された公爵令嬢 アンジェリカ様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:252

人魚姫の微笑み~真実は断罪の後に~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,159pt お気に入り:1,999

【完結】もう一度恋に落ちる運命

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:250

君と一緒に

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

ちくにゃんさん日記

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:377pt お気に入り:5

処理中です...