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第1話 転生前
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「悪い。俺、つきあってる彼女いるんだ」
居酒屋の店内にあるカウンター席で横並びに座っている時、困ったような声でそう言われた。
高坂亜姫はグラスを握り締めていた手に力を入れた。動揺と震えを抑えようとしたのだ。
「そ、そうなんですね。やっぱりね。フリーなわけないですよね」
話が違う、と脳内で叫んだ。社内の女性社員たちの間では、三十歳で営業部主任の西岡悠司悠司には彼女なんていないという噂だった。だから思い切って告白したのだ。
今年二十七歳になったばかりの亜姫は、樫川文具という文房具を取り扱っている商社で事務職をしている。大学生時代の就職活動で第三希望の会社だった。第一希望と第二希望の会社が内定しなかったのだ。
大学を卒業してからは、うまく引っかかった会社でなんとなく働き始め、特に将来の夢も希望も目標もなく、流れのままに生きてきた。キャリアウーマンと呼ぶほど仕事熱心ではないし、すぐに結婚しようと頑張るほど結婚願望も強くなかった。なんとなく、流れのままに。亜姫の人生はそんな感じで進んできた。
樫川文具に入社してから、すぐに悠司のことは好きになった。事務職と営業職とでは接点は少ないが、まったくないわけでもない。しかし、どうせ彼女がいるのだろうと思って告白しないまま数年が過ぎた。やっと最近になって、どうやら営業部の西岡主任には彼女がいないらしいと同僚から聞いて、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
この数年間のうちに、社内の忘年会や送迎会などで飲み会を開く機会はたびたびあった。悠司はだいたい毎回参加するので、亜姫も参加するようにしていた。そのおかげか、悠司は亜姫の顔も名前も覚えているし、同じ職場の同僚として会話することも少なくはなかった。
だが、それだけだった。
仕事を抜きにした男女としての関係に発展することもなく、ただ日々は過ぎて行くばかりだった。だから亜姫は、きっと彼には彼女がいるのだろうとひそかに諦めの気持ちでいたのだが、彼女なんていないという情報に踊らされて、こんな醜態をさらす羽目になったのだった。
告白しなければよかった。激しい後悔に襲われる。
こんなことになるのなら、ただの職場の同僚のままでいたかった。
隠れたくても隠れられる場所などない。夜八時の居酒屋の店内は混雑していて、どの客も楽しそうに見える。この店の中で地の果てまで落ち込んでいるのは、きっと亜姫だけなのだろう。
「こんなことでギクシャクするのも嫌だから、明日からは今まで通りでいような。今日は俺がおごるから」
そう言って支払いだけして、悠司は先に帰ってしまった。
「明日も仕事だから、高坂さんも早く帰りなよ?」
帰る元気などなかった。悠司がいなくなった後、亜姫は焼酎を追加した。
居酒屋の店内にあるカウンター席で横並びに座っている時、困ったような声でそう言われた。
高坂亜姫はグラスを握り締めていた手に力を入れた。動揺と震えを抑えようとしたのだ。
「そ、そうなんですね。やっぱりね。フリーなわけないですよね」
話が違う、と脳内で叫んだ。社内の女性社員たちの間では、三十歳で営業部主任の西岡悠司悠司には彼女なんていないという噂だった。だから思い切って告白したのだ。
今年二十七歳になったばかりの亜姫は、樫川文具という文房具を取り扱っている商社で事務職をしている。大学生時代の就職活動で第三希望の会社だった。第一希望と第二希望の会社が内定しなかったのだ。
大学を卒業してからは、うまく引っかかった会社でなんとなく働き始め、特に将来の夢も希望も目標もなく、流れのままに生きてきた。キャリアウーマンと呼ぶほど仕事熱心ではないし、すぐに結婚しようと頑張るほど結婚願望も強くなかった。なんとなく、流れのままに。亜姫の人生はそんな感じで進んできた。
樫川文具に入社してから、すぐに悠司のことは好きになった。事務職と営業職とでは接点は少ないが、まったくないわけでもない。しかし、どうせ彼女がいるのだろうと思って告白しないまま数年が過ぎた。やっと最近になって、どうやら営業部の西岡主任には彼女がいないらしいと同僚から聞いて、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
この数年間のうちに、社内の忘年会や送迎会などで飲み会を開く機会はたびたびあった。悠司はだいたい毎回参加するので、亜姫も参加するようにしていた。そのおかげか、悠司は亜姫の顔も名前も覚えているし、同じ職場の同僚として会話することも少なくはなかった。
だが、それだけだった。
仕事を抜きにした男女としての関係に発展することもなく、ただ日々は過ぎて行くばかりだった。だから亜姫は、きっと彼には彼女がいるのだろうとひそかに諦めの気持ちでいたのだが、彼女なんていないという情報に踊らされて、こんな醜態をさらす羽目になったのだった。
告白しなければよかった。激しい後悔に襲われる。
こんなことになるのなら、ただの職場の同僚のままでいたかった。
隠れたくても隠れられる場所などない。夜八時の居酒屋の店内は混雑していて、どの客も楽しそうに見える。この店の中で地の果てまで落ち込んでいるのは、きっと亜姫だけなのだろう。
「こんなことでギクシャクするのも嫌だから、明日からは今まで通りでいような。今日は俺がおごるから」
そう言って支払いだけして、悠司は先に帰ってしまった。
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