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358話 私の記憶でございます。 6
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昔の私は一度深く呼吸をした。
「とりあえずここから脱出しましょう」
「う、うん」
まず、お嬢様を怪我なく無事にこの場から逃すことが第一。昔の私は窓の前に立ち、普通に開けようとした。お嬢様を抱えてこの3階から一気に逃げ出そうと考えたのだ。
私は無事じゃすまないかもしれないが、そもそも私という存在の役割はそういうもの。自分も無事で済ませるという選択肢はない。こんな考えを正直に言ったらまたガーベラさん達に怒られてしまいそう。
ただ、それもちゃんと窓が開けばの話。
「開かない……」
「え!?」
「固定されています」
当然、敵がこの場所を用意したのだから簡単に逃げ出せるような方法は事前に潰している。ダメだと分かったら、昔の私は即座にブレザーを脱いで腕に巻きその腕でガラスを思い切り殴りつけた。
しかし、割れない。むしろ拳は弾き返された。
「なっ……!?」
「よ、よく見たらガラスだけ新しいよ、ばぁや。もしかしたら……」
「なるほど強化ガラスかなにかですか」
そこから昔の私は蹴りや体当たり、護身用の道具を使ったりして窓を割ろうとしたがやはりできなかった。この旧校舎には机や椅子といったものが残されておらず、窓を割ることは諦めた方がはやい。
「はぁ……はぁ……。やはり、無理そうですね。しかし一階は燃やされており、その火の手がここまでくるのも時間の問題。強化ガラスまで用意する徹底ぶりからして避難訓練で使われるような裏口やそのほか簡単に思いつく脱出口は同じ状態でしょうし、屋上からは流石に飛んで逃げられない……となると一階の玄関から突破するしかないですか」
今の私が考えても脱出できる場所は、入ってきた玄関しか思いつかない。もしかしたらどこかの窓だけ強化ガラスにし忘れてるとか、忘れられてる出入り口が存在していたりだとかするかもしれないが、それを探してる間に焼け死んでしまうだろう。
「わかった。ばぁやがそういうなら、そうしよう。でも無茶だけはしないでね」
「承知しまし……! しっ!」
突然、私たちの方に近づく足音が聞こえてくる。私はお嬢様を乱暴に引っ張って物陰に身を潜めさせた。
しかしこの足音の主に対して、そんなことをする必要はないと今の私は知っている。彼は味方だから。……巻き込みたくなかった、心からの味方だから。
「愛理! お嬢様! どこだ、どこにいる!」
「……え! この声は勝負くん!?」
「あ、愛理……お嬢様も! ここに居たか。見たところまだ怪我は無さそうだね」
「勝負さん、なんで!?」
「それは……」
勝負くんは先生方が、「私が旧校舎に向かって走ってる姿を見た」と噂しているところに出くわし、嫌な予感がしたのですぐさま追いかけてきたらしい。
「ば、爆発は大丈夫でしたか!? ひ、火は……?」
「ああ、まあちょっと危なかったよ」
彼の制服の左袖が焼け焦げており流血もみられ、顔はすこし煤がかかっている。かなり無理してここまできたことは明白だった。
「どうしてそこまで……」
「こんなちっちゃいことはいいんだ。それより早く逃げよう」
「……そうだね。ばぁや、勝負さんも来たんだからいつも通り、大丈夫だよ! 三人ならなんとかなるって!」
「ですね。いつも通り解決しちゃいましょう」
怪我をしているとはいえ一番力がある勝負くんがお嬢様を背負い、昔の私はその二人の背中を守るように後ろにつく。
一気に2階まで駆け降りたものの、火の手はそこまでやってきており、有害な煙も充満していた。各々、ハンカチや袖で呼吸の安全を確保しながらそのまま玄関近くにでる階段から1階まで降りようとする。
しかし、その踊り場で私達は足止めをくらうことになった。
「なっ……俺が来た時はこんなのなかったぞ!?」
「早く退避しましょう!」
明らかに爆弾らしきものが置いてあり、デジタルで時を刻んでいた。私達が急いで来た道を戻ると、その数秒後に小規模の爆発が起こる。
デジタルで表示されていた秒数より少し早い気がしたが、この状況を過去として見てる今の私以外はそれに気が付いていない。
「どうする……? 別の階段にも同じ仕掛けがあるかもしれないぞ」
「今の爆発は小規模でした。となると、そこまで足場が崩れていないかもしれません。引き返して多少怪我をしてでもあそこから向かった方が良いかと」
「……待て、なんかすごく嫌な予感がする」
「しかし、もう時間が……!」
「……仕方ないか」
そうだ、この選択だ。この私の選択が間違っていた。
今の私だったらガーベラさん、もとい勝負くんの並外れた勘の良さを知っているから彼に対して自分の提案を押し通そうとしたりしない。でもこの時の私は違う。
いつも間がよく私達を助けにくるのを、昔の私はただ運がいいか、あるいはその強い正義感から私達を普段から助けようと後をつけているか、くらいにしか考えていなかった。今思えば全部、彼の異常な勘の良さのたわものだったのかもしれない。
……昔の私達は、爆発した地点までもどった。
階段は多少えぐれていたが、予想通り、通れないことはない程度で済んでいる。そして私達はそこを通ろうとした。
その瞬間だった。
私たちの耳に、壁一枚向こう側からピピッという機械音が聞こえてきた。瞬間、昔の私は咄嗟にお嬢様と勝負くんを思いっきり突き飛ばす。
「うお!?」
「きゃっ!」
「……!」
爆発した。
壁が崩れ、手摺りがねじ曲がり、私は吹き飛ぶ。
腕がちぎれ、横腹が裂かれる。そんな昔の私の上に、さらに瓦礫と火花と衝撃が覆い被さった。
「あ………ぐ………」
「……ば、ばぁや!」
「愛理……!」
「あ……あはは……ごふっ……も、もうダメですね……これは……」
正直、この時、二人と別れなきゃいけないという心の痛み以外は何も感じなかった。だから自分の死に際をあまり把握しきれていなかったけれど……第三者目線で見るとなかなかにひどい。おそらく下半身は潰れて、腕が一本なく、臓物は裂けた腹から出てきており、顔の半分が焼けている。
仮に私以外の大切な人が、私の目の前でこうなったらトラウマになるだろう。もしかしてゴーレムの私の得意技が自爆とかなのも、この爆発に関係あるのかしら。それは流石に考えすぎだろうか。
「うそ、うそだぁ……うそだ、うそだ!」
「お嬢様……お、お顔がよく見えない……め、眼鏡も吹き飛んで……さ、可愛いお顔を見せて……くださいませ……お、お嬢様……」
「嫌だ、嫌だ! 勝負さん、なんとかできない!?」
彼は首を振る。目を真っ赤にし、血が出るほど指を強く握り拳を作りながら。
「……行こう。愛理、まずはお嬢様を逃すよ。それがいいんだろう?」
「はい、お願いします。最も信頼できる人に、もっとも大切な人を預けます……お願いします、どうか」
「そんな……」
「任せてくれ」
昔の私は満足気に、ほんの少しだけ首を動かして頷いた。
何かを守るために自分が犠牲になる……ガーベラさんが私の自己犠牲の精神に酷く嫌な顔をするのは、この瞬間のせいなのかもしれない。
一方、昔の私は安心したような顔で目を閉じた。
この時考えていたことは確か、来世があるのなら、お嬢様のようにお金持ちで勝負くんのようにかっこよくて素敵な人と結婚する、そんな人生を送りたいな……なんて、くだらない内容だった気がする。
とにかく、これで蛇神家専属メイド、石上愛理の一生は終わった。私の記憶を追いかけるのもこれで終わりのはず。
しかし、何も起きない。まだ記憶が流れ続けている。
ああ、なるほど。意識は失ったけどまだ死にきれていないってことかしら。
ということは、このあとお嬢様と勝負くんがどうなったのかを見れる。……勝負くんは私と一緒にあの世界に来た、つまり死んでしまったわけだけど、お嬢様は来ていない。どうなったかが気になる。
そもそもなんで勝負くんは亡くなる羽目になったのかしら。
「勝負さんっ……! ばぁやを、ばぁやを助けようよ! ねぇ!」
彼は何も言わず、すぐ目の前の玄関までお嬢様を背負ったまま走る。私の亡骸がある場所を境に、火の手はほとんど回り切っており、あと無事なのは都合良く玄関のみとなっていた。
そして、勝負くんはその玄関で足を止めた。
入り口の影から何人もの人が現れる。
「勝負さ……あ……」
「おっと、まさかここまでたどり着くとは。殺せたのはあのメイドだけか」
「蛇神の君もろとも厄介なのを皆殺しにする計画……まさか最後の砦まで到達されるなんてね」
七人の敵。その中には私をここまで追いやった教師の顔もある。また、服装的に別の一人は中等部の教師とみられ、そいつがお嬢様をここまで連れてきたのだと察することができる。
「なんなんだ、お前らは……! いつも……いつも……!」
「それはこちらのセリフだ部外者め。ただあのメイドの尻を追っかけてる奴が無駄に強くて作戦の邪魔を毎回してくるなんてな。ウザイ以外の何モノでもないんだよ」
「そうだ……俺は……愛理が好きだった……」
「し、勝負さん……」
「叶わない恋だと分かっていた。だからせめて助けようと……してきたんだ。でも……俺は彼女自身を助けられなかった……!」
「おっと、それ以上近づくなよ? これが見えるだろ」
勝負くんとお嬢様の前に、拳銃の銃口が7つ。
勝負くんはお嬢様をそっと下ろし、自分はその拳銃にむかってゆっくりとあゆみを始めた。
「だからせめて、彼女の最期の願いだけは叶える! 俺が! 死んでも!」
「だ……だめ! まって! 貴方達、勝負さんは蛇神家と関係ないでしょ! 私、私だけが死んだら終わるから! だから……」
「残念ながらこのガキは俺達の顔を見た時点でどっちみち死ななきゃならない」
「……俺も愛理を殺したお前達を逃がすつもりはない!」
「バカめ」
勝負くんは素手で敵に殴りかかった。無論、そのうち一人が彼に向かって発砲する。しかし、勝負くんはそれを難なく回避し、一番先頭に立っていた奴の懐に忍び込んだ。
「なっ……こいつ、撃つ前に回避を……!?」
「うぉああああああああああああああ! ……あが……っ」
しかし、残りの銃口はそれでも6つ。全て回避しきるなんてことは流石の彼でも無理で、その拳を打ち出す前に首を鉛玉で貫かれた。
「はぁはぁ……ヒヤッとしたぜ……」
「高校生だからと侮るな。こいつの武にどれだけ苦しめられてきたか……。まあ、もうそれも終わりだが」
「ま……だ……だ!!」
「……!?」
倒れ込み、首から血を大量に流れ出したまま、勝負くんは目の前にあった足を掴んで立ち上がろうとした。
「うわぁ!?」
「ほらな……やれ」
七人全員が残りの弾を撃ち尽くすように、勝負くんに集中砲撃をした。それで流石の勝負くんも動かなくなった。……記憶の中とはいえ婚約者がこんな無惨な姿になるなんて。辛くないと言えば嘘になる。
「勝負さん!?」
「やれやれ、どうする。撃ち殺す弾が無くなっちまった」
「しぶとかったからな、こいつが。肝心のお嬢様殺しは別の方法でやるしかあるまい」
そういうと、敵七人は大股で後ろに下がり、玄関から外に出た。そしてすぐさまその鍵を閉める。
「あ……」
「そこで焼け死ぬといいさ」
そうか、こんなことになっていたんだ、私が死んだ後は。
ガーベラさんは分かっていたとは言え、まさかお嬢様すら助からなかったとは。……無理な状況だって分かってたから、お嬢様を救えなかったことで彼を責めたりはしないけれど。
「……そっか、ここまでか……。ごめん、ごめんね、勝負さん。ずっと巻き込んじゃって……。私のせいだよね……」
お嬢様はそう独り言を言うと、ふらふらと立ち上がり、燃え盛る校内へと入っていった。そしてすでに燃え始めていた私の体の前に、寄り添うように横たわる。
「……ばぁやも、ごめんね。ずっと不自由な生活をさせて、好きなこともさせられないで。私の世話とか、私のお守りばかり」
そんなことはない。私はお嬢様を心から愛していた。そして仕える日々もとても楽しかった。ただ勝負くんと結ばれないのだけが今思えば不満だったけど、それ以外は気持ちの面で何不自由なかった。でも、今私の声はどうやったってお嬢様には届かない。
「大好きだよ、ばぁや。私の大事なお姉ちゃん。次、次があれば……別の形で家族になろうよ。……えへへ、実はずっとお姉ちゃんって呼んでみたかったんだ」
お嬢様は冷たいであろう私の手を握る。そしてそこに自分の頭を乗せた。
「いままで、ありがとうね」
その瞬間、後方で爆炎が巻き起こる。
それは私達を飲み込むには十分な規模だった。今の私も飲み込まれた。目の前が真っ白になる。
#####
非常にお待たせしました! ずいぶん遅くなってしまって申し訳ありません。
次の投稿は2/16の予定です。予定変更する場合はこの欄にて記載します。
「とりあえずここから脱出しましょう」
「う、うん」
まず、お嬢様を怪我なく無事にこの場から逃すことが第一。昔の私は窓の前に立ち、普通に開けようとした。お嬢様を抱えてこの3階から一気に逃げ出そうと考えたのだ。
私は無事じゃすまないかもしれないが、そもそも私という存在の役割はそういうもの。自分も無事で済ませるという選択肢はない。こんな考えを正直に言ったらまたガーベラさん達に怒られてしまいそう。
ただ、それもちゃんと窓が開けばの話。
「開かない……」
「え!?」
「固定されています」
当然、敵がこの場所を用意したのだから簡単に逃げ出せるような方法は事前に潰している。ダメだと分かったら、昔の私は即座にブレザーを脱いで腕に巻きその腕でガラスを思い切り殴りつけた。
しかし、割れない。むしろ拳は弾き返された。
「なっ……!?」
「よ、よく見たらガラスだけ新しいよ、ばぁや。もしかしたら……」
「なるほど強化ガラスかなにかですか」
そこから昔の私は蹴りや体当たり、護身用の道具を使ったりして窓を割ろうとしたがやはりできなかった。この旧校舎には机や椅子といったものが残されておらず、窓を割ることは諦めた方がはやい。
「はぁ……はぁ……。やはり、無理そうですね。しかし一階は燃やされており、その火の手がここまでくるのも時間の問題。強化ガラスまで用意する徹底ぶりからして避難訓練で使われるような裏口やそのほか簡単に思いつく脱出口は同じ状態でしょうし、屋上からは流石に飛んで逃げられない……となると一階の玄関から突破するしかないですか」
今の私が考えても脱出できる場所は、入ってきた玄関しか思いつかない。もしかしたらどこかの窓だけ強化ガラスにし忘れてるとか、忘れられてる出入り口が存在していたりだとかするかもしれないが、それを探してる間に焼け死んでしまうだろう。
「わかった。ばぁやがそういうなら、そうしよう。でも無茶だけはしないでね」
「承知しまし……! しっ!」
突然、私たちの方に近づく足音が聞こえてくる。私はお嬢様を乱暴に引っ張って物陰に身を潜めさせた。
しかしこの足音の主に対して、そんなことをする必要はないと今の私は知っている。彼は味方だから。……巻き込みたくなかった、心からの味方だから。
「愛理! お嬢様! どこだ、どこにいる!」
「……え! この声は勝負くん!?」
「あ、愛理……お嬢様も! ここに居たか。見たところまだ怪我は無さそうだね」
「勝負さん、なんで!?」
「それは……」
勝負くんは先生方が、「私が旧校舎に向かって走ってる姿を見た」と噂しているところに出くわし、嫌な予感がしたのですぐさま追いかけてきたらしい。
「ば、爆発は大丈夫でしたか!? ひ、火は……?」
「ああ、まあちょっと危なかったよ」
彼の制服の左袖が焼け焦げており流血もみられ、顔はすこし煤がかかっている。かなり無理してここまできたことは明白だった。
「どうしてそこまで……」
「こんなちっちゃいことはいいんだ。それより早く逃げよう」
「……そうだね。ばぁや、勝負さんも来たんだからいつも通り、大丈夫だよ! 三人ならなんとかなるって!」
「ですね。いつも通り解決しちゃいましょう」
怪我をしているとはいえ一番力がある勝負くんがお嬢様を背負い、昔の私はその二人の背中を守るように後ろにつく。
一気に2階まで駆け降りたものの、火の手はそこまでやってきており、有害な煙も充満していた。各々、ハンカチや袖で呼吸の安全を確保しながらそのまま玄関近くにでる階段から1階まで降りようとする。
しかし、その踊り場で私達は足止めをくらうことになった。
「なっ……俺が来た時はこんなのなかったぞ!?」
「早く退避しましょう!」
明らかに爆弾らしきものが置いてあり、デジタルで時を刻んでいた。私達が急いで来た道を戻ると、その数秒後に小規模の爆発が起こる。
デジタルで表示されていた秒数より少し早い気がしたが、この状況を過去として見てる今の私以外はそれに気が付いていない。
「どうする……? 別の階段にも同じ仕掛けがあるかもしれないぞ」
「今の爆発は小規模でした。となると、そこまで足場が崩れていないかもしれません。引き返して多少怪我をしてでもあそこから向かった方が良いかと」
「……待て、なんかすごく嫌な予感がする」
「しかし、もう時間が……!」
「……仕方ないか」
そうだ、この選択だ。この私の選択が間違っていた。
今の私だったらガーベラさん、もとい勝負くんの並外れた勘の良さを知っているから彼に対して自分の提案を押し通そうとしたりしない。でもこの時の私は違う。
いつも間がよく私達を助けにくるのを、昔の私はただ運がいいか、あるいはその強い正義感から私達を普段から助けようと後をつけているか、くらいにしか考えていなかった。今思えば全部、彼の異常な勘の良さのたわものだったのかもしれない。
……昔の私達は、爆発した地点までもどった。
階段は多少えぐれていたが、予想通り、通れないことはない程度で済んでいる。そして私達はそこを通ろうとした。
その瞬間だった。
私たちの耳に、壁一枚向こう側からピピッという機械音が聞こえてきた。瞬間、昔の私は咄嗟にお嬢様と勝負くんを思いっきり突き飛ばす。
「うお!?」
「きゃっ!」
「……!」
爆発した。
壁が崩れ、手摺りがねじ曲がり、私は吹き飛ぶ。
腕がちぎれ、横腹が裂かれる。そんな昔の私の上に、さらに瓦礫と火花と衝撃が覆い被さった。
「あ………ぐ………」
「……ば、ばぁや!」
「愛理……!」
「あ……あはは……ごふっ……も、もうダメですね……これは……」
正直、この時、二人と別れなきゃいけないという心の痛み以外は何も感じなかった。だから自分の死に際をあまり把握しきれていなかったけれど……第三者目線で見るとなかなかにひどい。おそらく下半身は潰れて、腕が一本なく、臓物は裂けた腹から出てきており、顔の半分が焼けている。
仮に私以外の大切な人が、私の目の前でこうなったらトラウマになるだろう。もしかしてゴーレムの私の得意技が自爆とかなのも、この爆発に関係あるのかしら。それは流石に考えすぎだろうか。
「うそ、うそだぁ……うそだ、うそだ!」
「お嬢様……お、お顔がよく見えない……め、眼鏡も吹き飛んで……さ、可愛いお顔を見せて……くださいませ……お、お嬢様……」
「嫌だ、嫌だ! 勝負さん、なんとかできない!?」
彼は首を振る。目を真っ赤にし、血が出るほど指を強く握り拳を作りながら。
「……行こう。愛理、まずはお嬢様を逃すよ。それがいいんだろう?」
「はい、お願いします。最も信頼できる人に、もっとも大切な人を預けます……お願いします、どうか」
「そんな……」
「任せてくれ」
昔の私は満足気に、ほんの少しだけ首を動かして頷いた。
何かを守るために自分が犠牲になる……ガーベラさんが私の自己犠牲の精神に酷く嫌な顔をするのは、この瞬間のせいなのかもしれない。
一方、昔の私は安心したような顔で目を閉じた。
この時考えていたことは確か、来世があるのなら、お嬢様のようにお金持ちで勝負くんのようにかっこよくて素敵な人と結婚する、そんな人生を送りたいな……なんて、くだらない内容だった気がする。
とにかく、これで蛇神家専属メイド、石上愛理の一生は終わった。私の記憶を追いかけるのもこれで終わりのはず。
しかし、何も起きない。まだ記憶が流れ続けている。
ああ、なるほど。意識は失ったけどまだ死にきれていないってことかしら。
ということは、このあとお嬢様と勝負くんがどうなったのかを見れる。……勝負くんは私と一緒にあの世界に来た、つまり死んでしまったわけだけど、お嬢様は来ていない。どうなったかが気になる。
そもそもなんで勝負くんは亡くなる羽目になったのかしら。
「勝負さんっ……! ばぁやを、ばぁやを助けようよ! ねぇ!」
彼は何も言わず、すぐ目の前の玄関までお嬢様を背負ったまま走る。私の亡骸がある場所を境に、火の手はほとんど回り切っており、あと無事なのは都合良く玄関のみとなっていた。
そして、勝負くんはその玄関で足を止めた。
入り口の影から何人もの人が現れる。
「勝負さ……あ……」
「おっと、まさかここまでたどり着くとは。殺せたのはあのメイドだけか」
「蛇神の君もろとも厄介なのを皆殺しにする計画……まさか最後の砦まで到達されるなんてね」
七人の敵。その中には私をここまで追いやった教師の顔もある。また、服装的に別の一人は中等部の教師とみられ、そいつがお嬢様をここまで連れてきたのだと察することができる。
「なんなんだ、お前らは……! いつも……いつも……!」
「それはこちらのセリフだ部外者め。ただあのメイドの尻を追っかけてる奴が無駄に強くて作戦の邪魔を毎回してくるなんてな。ウザイ以外の何モノでもないんだよ」
「そうだ……俺は……愛理が好きだった……」
「し、勝負さん……」
「叶わない恋だと分かっていた。だからせめて助けようと……してきたんだ。でも……俺は彼女自身を助けられなかった……!」
「おっと、それ以上近づくなよ? これが見えるだろ」
勝負くんとお嬢様の前に、拳銃の銃口が7つ。
勝負くんはお嬢様をそっと下ろし、自分はその拳銃にむかってゆっくりとあゆみを始めた。
「だからせめて、彼女の最期の願いだけは叶える! 俺が! 死んでも!」
「だ……だめ! まって! 貴方達、勝負さんは蛇神家と関係ないでしょ! 私、私だけが死んだら終わるから! だから……」
「残念ながらこのガキは俺達の顔を見た時点でどっちみち死ななきゃならない」
「……俺も愛理を殺したお前達を逃がすつもりはない!」
「バカめ」
勝負くんは素手で敵に殴りかかった。無論、そのうち一人が彼に向かって発砲する。しかし、勝負くんはそれを難なく回避し、一番先頭に立っていた奴の懐に忍び込んだ。
「なっ……こいつ、撃つ前に回避を……!?」
「うぉああああああああああああああ! ……あが……っ」
しかし、残りの銃口はそれでも6つ。全て回避しきるなんてことは流石の彼でも無理で、その拳を打ち出す前に首を鉛玉で貫かれた。
「はぁはぁ……ヒヤッとしたぜ……」
「高校生だからと侮るな。こいつの武にどれだけ苦しめられてきたか……。まあ、もうそれも終わりだが」
「ま……だ……だ!!」
「……!?」
倒れ込み、首から血を大量に流れ出したまま、勝負くんは目の前にあった足を掴んで立ち上がろうとした。
「うわぁ!?」
「ほらな……やれ」
七人全員が残りの弾を撃ち尽くすように、勝負くんに集中砲撃をした。それで流石の勝負くんも動かなくなった。……記憶の中とはいえ婚約者がこんな無惨な姿になるなんて。辛くないと言えば嘘になる。
「勝負さん!?」
「やれやれ、どうする。撃ち殺す弾が無くなっちまった」
「しぶとかったからな、こいつが。肝心のお嬢様殺しは別の方法でやるしかあるまい」
そういうと、敵七人は大股で後ろに下がり、玄関から外に出た。そしてすぐさまその鍵を閉める。
「あ……」
「そこで焼け死ぬといいさ」
そうか、こんなことになっていたんだ、私が死んだ後は。
ガーベラさんは分かっていたとは言え、まさかお嬢様すら助からなかったとは。……無理な状況だって分かってたから、お嬢様を救えなかったことで彼を責めたりはしないけれど。
「……そっか、ここまでか……。ごめん、ごめんね、勝負さん。ずっと巻き込んじゃって……。私のせいだよね……」
お嬢様はそう独り言を言うと、ふらふらと立ち上がり、燃え盛る校内へと入っていった。そしてすでに燃え始めていた私の体の前に、寄り添うように横たわる。
「……ばぁやも、ごめんね。ずっと不自由な生活をさせて、好きなこともさせられないで。私の世話とか、私のお守りばかり」
そんなことはない。私はお嬢様を心から愛していた。そして仕える日々もとても楽しかった。ただ勝負くんと結ばれないのだけが今思えば不満だったけど、それ以外は気持ちの面で何不自由なかった。でも、今私の声はどうやったってお嬢様には届かない。
「大好きだよ、ばぁや。私の大事なお姉ちゃん。次、次があれば……別の形で家族になろうよ。……えへへ、実はずっとお姉ちゃんって呼んでみたかったんだ」
お嬢様は冷たいであろう私の手を握る。そしてそこに自分の頭を乗せた。
「いままで、ありがとうね」
その瞬間、後方で爆炎が巻き起こる。
それは私達を飲み込むには十分な規模だった。今の私も飲み込まれた。目の前が真っ白になる。
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