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第一部

◆ ザンとファッション

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「ここだ。ここから紳士的な匂いがする……」
「そうなんだぁ……」


 次に辿り着いたのは、黒い屋根のメンズファッション店だ。
 あや、どっちかっていうとブティックか……?

 いかにも、たった今、雰囲気で惹かれたみたいなことを言ったが、実は前もって目をつけていた。
 直感が言っているんだ、ここは趣味に合う店だと……!

 さっそくドアを開けると、所狭しと服が並んでいた。
 そして思ったより中が窮屈だ……が、趣味が渋い。実に良く、実に渋い服ばかり置いている。
 どれもこの帽子と合いそうだ。


「あー……らっしゃい」


 店の奥で声がしたのでそちらを見ると、四十代の半ばほどに見える男性がカウンターの奥でロッキングチェアに揺られながら、顔に雑誌を乗せ、半分寝ているような仕草をとっていた。


「(だいじょぶなのかな、このお店……)」
「(たぶんな)」


 心配そうに耳打ちしてくるロナ。俺も普通だったらこんな店はすぐに出ているだろう。しかし、何かが俺を引き止めている。
 あの男性の衣服も、くたびれてはいるがファッションのテーマ自体は実によく俺の趣味と似ているんだ。

 なんとなく、彼の方をジーっと眺めていたら視線に気がついたのか寝るのをやめ、こちらに顔を合わせてくる。
 そして俺を見た途端、表情を明るくし、カウンターから出てきて近づいてきた。


「おいおい、少年。歳は幾つだ? い~い服のセンスしてんじゃないの」
「わかるか? 歳は十七だ」
「ほー、酒すら飲めないのか。その若さでそのファッションしてる奴ァ滅多にいないな。……わかるぞ、雰囲気そのままにその帽子に合う服を探してるんだろ?」
「その通りだ。上下合わせて3セットほど欲しい」
「なら話は簡単だ。ここにある服の大半が趣味に合うだろうよ」
「ああ、そのようだな」


 ざっくりと店内を見渡しただけでも、すでにこれは買いたいと思えるようなものばかり。俺の直感は大正解だったようだ。
 他の店に行ってみる必要すら無いだろう。ここで決めきってしまいたい。


「試着はできるか?」
「そりゃあ、当然。好きなのを選びな」
「じゃあ、そうさせてもらうぜ。ロナ、さっきの店で俺がやっまみたいにどれが良いか言ってくれよな」
「う、うん!」


 俺は直感的にいくつかの組み合わせを手に取り、案内された試着室へと籠る。
 しかし、ここはまるで紳士的な楽園だ。故郷じゃあこんな店はなかったからな。さすが都会だぜ。
 
 俺のファッションは基本的に、トップスは襟付きのワイシャツとベスト、ボトムズは長ズボンで構成され、小物は薄生地の黒いグローブやネクタイ、あとはハンケチ(使わずに胸ポケットに入れとくだけ)を付ける。
 
 ネクタイとワイシャツ以外の色合いは靴や靴下まで込みで全て、黒や暗い紺色、焦げ茶色という濃くて暗い色に統一される。
 色で違いを出すのはネクタイとワイシャツくらいだ。それらも大抵は暗い色にしているが。

 別に田舎でもこれらの服は揃えれないわけじゃない……が、俺好みの材質のものや渋さを出しているものはなかったんだ。だからわざわざ特注なんて真似を……。まあ、昔のことはいいさ。

 とりあえず、初めはこの組み合わせで……。


「ふっ……どうだ、ロナ」
「うん、似合うよ! 似合うけど……」
「けど、なんだ?」
「中のシャツの色以外、いつもと一緒のような……」
「いやぁ、材質が違うぜ。よく見ればデザインも……なぁ、店主」
「ああ、とてもダンディだ」
「え? あ、そうなんだ。ごめん私、男の人のファッションよくわかんなくて」
「ああ、いや、俺は男の中でも拘りが強い方だからあんまり気にしなくて良いぜ。もういっちょ試してくる」
「う、うん!」


 いつもと一緒……か。
 言われてみればそうかもしれないな。でも俺は今のスタイルから変えるつもりは全くないぜ! 
 さぁ、次だ!


◆◆◆


 黒か黒めの紺のズボン四着、材質が違う黒か灰色のベスト四着。
 いくつかの下着に、黒しかない靴下。
 そして、赤、青白ストライプ、深緑、白、なんかよくわかんない模様、様々なワイシャツ以外十着……ネクタイやハンカチも同数。
 
 これが、今回の俺の成果だ。


「ずいぶん買ったね」
「ああ……最高だった……」
「そ、そっかー」
「いやぁ、楽しかった……あっ」


 しまった、自分の好みの服に包まれるあまりすっかり忘れていた。……ロナを楽しませるという、その本命を。
 紳士としたことが……紳士としたことがぁああああ……!
 ぐわぁああああ!

 どうしよう、どう罪滅ぼしすればいい⁉︎
 よく思い出せ、ずっとロナはあんまり楽しくなさそうな顔してただろう! 何が……何を……俺は……!

 ……そうだ!


「な、なあ、ロナ。次は一番の目的でもあった全身の防具を買いに行くわけだが……その前にカフェで一休みと行かないか? 途中でこういう寄り道をするのもショッピングの醍醐味だぜ」
「カフェか、いいね!」
「歩いて疲れた身体を、紅茶と少しのスイーツを嗜んで労う時間だ」
「スイーツ! スイーツたべたい!」
「よし、じゃあ良さげなところを見つけたら、入ろうか」


 よかった、スイーツと言ったら表情が一気に明るくなったぞ。
 なんか食べ物で釣ったみたいで紳士的じゃないが……まあ、罪滅ぼしとしては妥当だろう。うん。








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気がついたら遅くなってました、申し訳ありません!

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