上 下
99 / 136
第二部

第84話 俺達と黒鍵の取引

しおりを挟む
 というわけで。
 老婦人の声がけにより改めて、俺達は本来するはずだった取引を再開することになった。


「しっかしなぁ、オレ様の求めていた黒鍵を持ってきたのが、まさか自分の姪だとは思いもしなかったぞッ!」


 もといた席に座り直し、落ち着きが戻った様子の叔父はそう言った。まあ、それに関してはこちらも全くの同感だ。


「……ん⁉︎ 机の上に『トレジア』もあるじゃないか。これもオレ様たちとは別件で売るつもりなのか?」
「ああ、その通りだ」
「おいおいロナ。このアイテムの大切さは昔、オレ様が教えなかったか……? そもそもダンジョン攻略家なんだろう貴様らは。必需品ではないか」
「うん、そうなんだけどね! もう一枚あるからいいの」
「あー、ならば話は別だな! たしかに二枚は要らぬ」


 そういや、宝具であるはずの『トレジア』の使い方をロナが把握していたのはこの叔父さんのおかげだったな。

 ただ、教えられたんじゃなくて自慢をしてきたと、彼女は言っていたか。ザスターの性格を見るに、正しいのはロナのその発言の方だろう。


「さて、本題に入るが……オレ様は元より、この黒鍵に対して相場の倍は払っても良いと思っていた。だいたい六千万ベルか」
「い、いいの⁉︎」
「まあ、待て。そう思っていたんだがな。交渉相手が身内となると話は別だ。特別にこれでどうだ?」


 叔父の腰に付いている俺のものとは色違いの『シューノ』から取り出されたのは、見覚えのある宝具だった。
 指の部分に穴の空いた手袋、そう、間違いなく『リキオウ』だ。

 これも、ロナは叔父に自慢されたと言っていたな。


「り、リキオウ……」
「おお、覚えてくれていたかッ! そうだ、あのリキオウだ。攻撃のステータスが半数分上がる、前衛タイプの必需品だッ! これがなければ戦士や武闘家は話にならんぞ!」
「う、うん」
「貴様らの『トレジア』と同じで、オレ様もあれからもう一個手に入ってな。売るのも勿体無いし、ギルドの連中か親戚の誰かに安めに譲ってやろうと思っていたんだが、丁度良い。ロナならばステータス配分的にもピッタリだろう? これと交換なんてどうだッ!  コイツは本来なら相場が八千万ベルはするものだが……!」


 ロナは叔父の長い話を聞き流しながら、自分の鞄の中を漁り、俺たちが自力で手に入れた『リキオウ』を申し訳なさそうに取り出した。

 『リキオウ』の良さを力説している最中だった叔父さんは、それを見て目をキョトンとさせる。
 ……すごいな、キョトンとした時の目元はロナと結構似てるぞ。さすが親戚だ。


「お、おい、それ……」
「ごめんね叔父さん。気持ちは嬉しいけど、それももうあるの」
「マジかッ……! え、貴様らダンジョンはいくつ踏破したんだ?」
「まだ三つだぜ」
「三つで『トレジア』と『リキオウ』ッ……⁉︎ そういや小僧の腰には『シューノ』もあるよな」
「あ、あまりにもクジ運の良い……毎回虹色の宝箱が出てるのでありやしょうか、ちょっと驚きやしたね……」
「ああ、全くだ」


 やっぱり運が良かったのか、俺達。
 今まで分身する剣の『フォルテット』くらいしかハズレっぽいのが無いから、もしかしたらとは思っていたんだよな。

 とはいえ、隠し部屋には必ず行くし、手に入れる宝箱の三割近くが「パンドラの箱」になるしで、そもそもの当たりを引く可能性が高いってのもあるかもしれない。


「うーむ、そうか。それなら……一つ訊いてもいいか? まず前提としてな? たしか『トレジア』は売値で一つ五千万ベルはしたはずだ」
「違うね。どっかの誰かさんが何年も前からその宝具を自慢して回ってね、そのせいで需要が高まって今じゃ最低でも七千万ベルさ」
「なんだと婆さん、そんなに高騰してたのか! どこの誰がそんなこと……自慢もほどほどにすべきだろうにッ」


 ロナやオレンズの様子を見るに……その自慢しいが《竜星》であることは、本人以外全員気がついているようだな。
 たしかにこんな有名人が広めてまわれば需要も高まるよな。


「とにかくだ、そんな大金を得て何かを買うつもりだったんじゃないか? それを買ってやるってのはどうだッ!」
「あ……えーっとね、訓練室とお庭付きのお家、なんだけど……」
「なに、家ッ? まだ十六と十七のガキ共が家なんて買ってどうするんだ」
「え、えと、あのねっ」
「それは俺が説明しよう」


 やはり説得や説明なら俺の出番だろう。

 俺は叔父に、今は宿屋に泊まり続けておりちゃんとした拠点がないこと、自分達はギルドに所属しないため訓練が自由にできないこと、各々の趣味をするためのスペースが欲しいことの三点を話した。

 叔父の反応は……うん、どうやらまた納得はしてくれたようだ。


「うーむ……ガキ共はガキ共なりにちゃんと考えてるんだな。ま、たしかに竜族にとって自由に扱える練習スペースが無いのはキツいか。ギルドに所属しないってのも話の中で一貫してるしな、何か理由があるんだろう」
「……あの、姪っ子さん? それって彼と二人だけで同棲するってことで?」
「バカお前ッ! アイツは自立したんだ、自由にさせてやれ」
「いやしかし、子を持つ親としてはやはり気になるというか……」


 そうそう、それが普通の考え方だよな。

 俺もロナと二人で居ること自体は得でしかないからな。
 なんの反対意見もあんまり口に出してはこなかったが、実際は家を買う件について最初はそう考えてたんだぜ……? 

 そして当のロナは、今更になってドギマギし始めたようだな。


「ど、同棲! あぅぅ……でもとにかく拠点が欲しいから……!」
「わかったわかった。しかし訓練室付きの家か……よし。なぁ婆さん」
「なんだい」
「ここに長居しておいてなんだが、コイツらとの交渉を別の場所でしたくなった。構わんかッ?」
「……良いも何も。そもそも、身内同士なら最初からそうすべきだったんだよ」
「ハッハハハハッ! その通りだ。すまんなッ!」


 ああ、この店の老婦人とレディにはマジで迷惑しかかけてないぜ? なんともジェントルな話じゃない。

 それに、トレジアの取引もまだ終わっていない。
 唐突に移動するって言われても、俺の中の予定じゃここで取引は終わらせるつもりだったしな。

 大方、移動した先で戦う約束を果たすんだろうが、その前にやるべきことはキッチリやらないと。


「あー、悪いがロナの叔父さん。俺達は婦人ともその『トレジア』の取引が終わってなくてだな……」
「構やしないよ坊や。どうせあんな大金を用意するのにも数日かかるんだ。取引自体は話がついてるようなもんだし、今日はそれを持ち帰って、また明後日にでも来な」
「そうか……申し訳ない、感謝するぜ」


 なんとも慈悲深すぎるな。
 流石、宝具を取り扱ってる理由が客の笑顔を見たいからってだけのことはある。
 次来る時は菓子折りでも持って行くべきか?


「どうやら話は良さそうだなッ! ならばロナ、教えろ。貴様らは今、どこらへんで過ごしているんだ?」
「え? えっとね、ギルド『リブラの天秤』の近くだよ」
「となるとあの入り口付近か……ちょうど良い。そこらへんにオレ様のあまり使っていない別荘がある。そこへ向かおうかッ!」


 そう言いながら叔父は、『シューノ』から球体のような宝具を取り出した。





=====

非常に励みになりますので、もし良ければ感想やお気に入り登録などをよろしくお願いします!
しおりを挟む

処理中です...