上 下
100 / 136
第二部

第85話 俺達と叔父の別荘

しおりを挟む
「ハハハハハハハッ! なんだ急にそんなものを取り出して……という顔をしているなッ! 知りたいか? 知りたいのか……? よーしッ、ならば教えてやろうッ! この宝具の使い道をッ!」


 叔父さんはなんか腹立つ顔と声を発しながら、その球体の説明をし始めた。……ふむ、これが噂に聞く《竜星》の宝具自慢のようだ。

 球体の名は『帰還球 フローグ』といい、登録した場所へ瞬時に移動できるアイテムらしい。

 ダンジョンの中では使えなかったり、移動可能な距離に制限があったり、さらには自分にゆかりのある土地でないと使えないというかなり重い縛りはあるみたいだが、まあ、便利なものに変わりはないだろう。

 ただ、知り合いに完全上位互換の効果を持つ靴の宝具を所有している人間が居るようだ。それが悔しいのか、その話をする時はあからさまに顔に出てたぜ……。

 そんな『フローグ』の無駄に長い説明が終わった直後、オレンズが申し訳なさそうに叔父さんに話しかけてきた。


「あのー旦那、ケンカに加えて別荘で取引、さらに姪っ子さんとも話をすると考えると時間、かなりかかりやすよね? 帰りが遅くなると妻が……」
「ハハハハハッ、そうだなッ! いいぞ、帰れ帰れッ! 貴様がこの店を抑えてくれていたおかげで、黒鍵も姪も見つかったわけだしな。無理は言わんッ! また明日あすなッ!」
「ありがとうございやす。……どうせ圧勝でございやしょうが、後で戦いの結果を教えてくだせぇ。では」
「ああ!」


 うんうん、奥さんや子供は当然何よりも大事にすべきだよな。それもまたジェントルの一つの形だろう。
 そうして冒険者にして、一家の主として家族を支えている立派なオレンズは、この古物屋から出ていった。


「……では、フローグを使って飛ぶからな! オレ様の身体のどこかに触れておけよッ!」
「あ、あの~」
「なんだ小娘?」


 今度はエルフ族のレディがおずおずと叔父を引き留める。その手には、少し高そうな羊皮紙とペンが握られていた。
 ああ。そういや、彼女は《竜星》にサインをねだっていたっけな。


「おお、すまん忘れていたッ! 名はなんという?」
「ジルです~っ!」
「そうかッ……。ふむ、よしッ。これでどうだ?」
「わぁ~! ありがとうございますー!」
「大事にしろよッ!」


 しっかりとしたファン対応……やっぱ基本的にかなりのジェントルマンだよな、この叔父さん。
 これがケンカの話となるとああも変わっちまうんだから、人ってわからないものだよな。


「じゃあ気を取り直して行くとしようッ、貴様ら、オレ様に捕まるが良い! ではな婆さん、長居してすまなかったな」
「全くだよ。まぁ、またなんか用があったら来な」
「そうさせてもらおう」


 こうして、ここでの用事が一通り済んだ。
 叔父に促されるまま俺とロナは彼の鎧の一部に触れると、『フログ』が淡い光を放ち始め ───! 

 ……たと思ったら、既に全く別の場所に立っていた。

 ほー、瞬間移動ってのはこんな感じなのか! 奇妙すぎて頭が混乱するぜ……!

 どうやらここは住宅街のようだが……ギルド『リブラの天秤』の建物の一部がハッキリと見えるな。
 さっき叔父はこのギルドの近辺に別荘があると言ってたが、まさにその通りのようだ。

 俺達の泊まっている宿や、通ってる黄色い屋根の店からもかなり近いだろう。


「な? 一瞬だったろ?」
「す、すごいね!」
「ハハハハハハハッ、そうだろう、そうだろう! さて、今オレ様の目の前にあるのがオレ様の別荘の一つだ」


 彼の向いている方に視線を合わせると、そこには一つの家庭が暮らして行くのに丁度良さそうなサイズの一軒家があった。
 庭もきちんとついている。
 
 しかし一般人にとってはこれで十分だろうが……世界トップクラスの冒険者の別荘として考えたら、だいぶ豪華さやインパクトさに欠ける気がするな。


「これと同じような家がこの王都の各出入り口付近と、中央に一つある。ここはそのうちの一軒だッ」
「つ、つまり五つもお家があるんだね? 王都だけで」
「そういうことだッ! 全てこの宝具のためだけのものだ! ハハハハハハハハハッ!」


 なるほどな、それなら割と普通の家なのも納得だぜ。いちいち豪邸なんて建ててられないよな。
 それでも、国の主要都市に家五軒なんて金があるからこそ出来ることだ。

 《竜星》ほどの人物になれば、金より時間のほうが圧倒的に価値があるだろうし、多少の出費は構わないのだろう。


「とはいえオレ様は家として使ったことないが、いつ滞在することになってもいいようにと設計はちゃんとしているッ! 無論、オレ様にとって必要不可欠ゆえ、ロナの望む訓練室や、筋肉育成機材のおけるトレーニングルームもあるぞッ!」


 ま、マジか……それならまた話は変わってくるぞ?

 不動産屋からは、俺達に会う条件の家を買うのに八千万ベル以上も必要な理由として、訓練室がものすごく高価だからだと教えてもらっている。
 ちなみに中古価格だ。新築はもっとする。
 
 それを踏まえると、この家、《竜星》の別荘としては控えめだとさっきは思ってしまったものの、値段だけならむしろ相応しいと言えるんじゃないか?

 それに、もしかすると彼のことだから五軒全ての別荘に、同じ機能を備え付けてある可能性もある。
 そうなると瞬間移動のためだけにかけた総額ってのは「多少」どころで済む出費じゃなくなるな……最低でも四億とかの話になってくるぞ。


「で、どうだ? この家を黒鍵と交換でくれてやろう」
「えぇっ⁉︎」


 叔父はロナの反応を見てニヤリと笑っている。

 ああ、やはりそうくるよな。
 話の流れからしてそうじゃないかと思っていたさ。
 
 思っていたが……おそらく俺らの予定していた予算と、同額かそれ以上はするであろうこの家を、三千万ベルの鍵の代わりに貰えるってのはとんでもない話だな。


「……い、いいの⁉︎ ほんとにっ⁉︎」
「無論だッ! ただ、先ほどの宝具の効果で稀にオレ様が姿を見せることもあるだろうが……そこは目を瞑ってくれッ!」


 いや、いい。それを踏まえてもフェアとは言い難いトレードなんだ。親戚としての贔屓ひいきも入ってるんだろうがな。

 ……まぁ、なんにせよ向こうがノリノリでそれで良いと言ってるんだ。断る理由なんてないよな?


「ザン……ど、どうする?」
「ははは、喜んで受け取ろうぜ」
「い、いいのかなー?」


 ロナは随分と躊躇ちゅうちょしているようだ。
 うん、それが普通の反応だよな。俺みたいに変に図太いわけじゃないんだ、このレディは。
 

「おいおい、ロナ。このオレ様がそれでいいと言ってるだろうッ?」
「そ、そか。わ、わかった! じゃあ、それでお願いします……!」
「ハハハハハハハハハッ、よし、交渉成立だな!」


 叔父に促され、ロナも頷いた。
 これで黒鍵を渡し、後日いろいろな手続きをすませば、晴れて一軒家が俺達のものってことか?

 なんか、実感が湧かないが……目標を一つ達成できたってのは非常にいいことだ。
 ここから、俺とロナのスウィートな物語が改めて始まって行くのだろう!


「で、だ小僧。黒鍵を頂戴する前に……わかっているだろう?」


 そう、話を切り出した叔父の目は、獲物を狩る猛獣のような雰囲気を放ち始めていた。

 またまた能力による威圧感のおまけ付きだ。
 ロナとの二人きりの生活を考えていた、俺の頭の中の紳士的でない妄想が一気に吹っ飛んじまったぜ。

 ま、俺も覚悟はもうできてるけどな。


「ああ、もちろん」
「ここの訓練室が試合場だ。いいな?」
「問題ないさ」
「よし、ならばついて来いッ……!」


 俺はそれに従い、家の中に足を踏み入れた。





=====

非常に励みになりますので、もし良ければ感想やブックマーク、イイネ、☆評価、レビューなどをよろしくお願いします!

おかげさまで総話数100話に到達しました!
ここまでの応援ありがとうございます!
しおりを挟む

処理中です...