卯月堂の空にクジラが歌う

ねじまる

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カフェ 卯月(うげつ)堂

第一話

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 午後二時二十一分。

 幼い少女は息を潜め、駅の構内に設置されたゴミ箱の影に隠れた。
 構内の隅、人目につきそうもないゴミ箱の影。

 彼女は荒い息を無理矢理抑えようと両手で口元を塞いだ。
 血管の波打つ音が耳の中に響いて痛い。

 柔らかなフリルがついた白いスカートの裾を汚れた床に擦りつつ、彼女はその場を動かなかった。

「残念だったねー」

 不意に聞えてきたのはヒールの音と女性の声。

 少女は肩を震わせると、小さな体を更に縮こまらせた。

「あ、行ったことだけはサエズっとこーっと」

「今日はもう閉店だってさー。材料が無くなったとか、ヤバイよね」

 女性は二人組のようだ。

「ねー。テイクアウトもグッズもすべて売切れだったしぃ。サエズリでリアルタイム、検索してみれば良かったぁ」

「ていうかさ、あそこの店員さん達、何気に顔面偏差値高くなかった?」

「そうそうそう! ガチイケメンでメッチャ、ウケたんですけど!」

「サエズリでも言ってる人いたわぁ。あー、インストで見た季節のパイ食べたかったぁ」

「しばらくは凄そうだし、今度はもっと早く来よ! 店内に良い匂いが残ってたし、間違いなく美味しいよ、あのお店!」

「だよねー! 行く行く! あそこのお店、サエズリとかブログやってないの?」

「後で調べてみよっかー。とりあえず、レインボトルでお茶しない?」

 春の嵐のように彼女達の大きな声が近付いてきたかと思えば、そのままゴミ箱の前を素通りして去って行く。

 少女は小さく安堵の息を吐いた。

 すると、今度は騒がしい足音が聞えてくる。
 彼女は再び体を小さく強張らせ、それでいて耳は大きくして辺りをうかがう。

「ど、どこ行った!」

「もう外に出たかも知れない!」

 息を弾ませる声の主は二人。

 彼女の脳裏に黒服の男達が浮かぶ。

「田舎のクセに、やけに広いホームだな。これなら、まだどこかに隠れているはずだろう。あの短時間で逃げられるはずがない」

「女子トイレとか?」

「駅員を上手く丸め込んで協力してもらうか」

「よし!」

 男達の声と騒がしい足音が遠くなっていく。


 逃げるなら今しかない。


 彼女はゴミ箱の影からそっと顔を覗かせた。
 男達の姿はない。

 丁度、列車がホームに滑り込んできたようだ。

 閑散としていた構内がちょっとだけ賑やかになる。
 駅を降りる人々に紛れ、白いスカートは駅を後にした。

 彼女は男達の悔しそうな顔を思い浮かべ、少しだけ口元を緩めながら。

「わぁ……!」

 改札口を抜けると、そこは色鮮やかな木組みの家が立ち並ぶ街だった。
 その建物達の上には可愛らしい三角屋根が乗っている。

 彼女は整然と並べられた石畳の歩道に飛び出し、しばし見惚れると、

「お母様と一緒に行った、外国の街みたい……!」

 そう呟いてから僅かに表情を曇らせた。
 しかし、その表情もすぐに引き、彼女は慌てて自分の後ろを確認する。

 ここでもたもたしていたら、あの男達が来てしまう。

「ここで捕まるわけにはいかないの!」

 白いスカートをひるがえし、少女は木組みの街へと消えていった。

 その数分後、黒いスーツの男が二人、駅の入り口で悔しそうな声を上げていたそうだ。

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