卯月堂の空にクジラが歌う

ねじまる

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カフェ 卯月(うげつ)堂

第五話

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「なぁに、あなた、道を知っているの?」

 おどけてそう言うと、猫は短く返事をするように鳴き、少し走るようにして歩き始めた。

「あ、ちょっと!」

 少女は慌てて後を追う。

 猫は道を知り尽くした案内人のように歩いて行く。

 それもそうか、この猫もここの住民だ。
 少女よりも道を知っているのは当然のこと。

 とはいえ、それは猫の道。

 緑が生い茂る生垣の間を擦り抜け、壊れた板壁の下を潜る。
 塀の上を行かないのは、人間である彼女を気遣っているのか。

 猫の道案内に従って、そう数分も経たないうちに開けた場所に出た。

 あれだけ密集していた住宅地がプツリと途切れ、草木の生える緩やかな丘が広がっていた。

「あれ……家が黒い……」

 その丘の上に、木組みの家ではなく、黒い外壁の日本家屋が生垣に囲まれた中央に佇んでいる。
 それは二階建てで、丘の主だと言わんばかりの風格すら感じさせられた。

 黒い外壁の家屋を見るのは初めてで、少女は目を丸くした。

 いや、初めてではない。
 どこかの武家屋敷がこんな黒い外壁だったはずだ。

 確か、渋墨塗という技法を施されているのだとか。

 彼女は専門的な話を遠く思い出していた。
 幼い頃、父が教えてくれた。

 日本に古くから伝わる技法で、これには防虫と防腐の効果があるのだと。
 どうして黒くすることでそんな効果があるのか、詳しくは記憶の海に沈んでしまったけれども。
 黒い塗料に秘密があったはず。

 猫が一声鳴いた。

 少女はハッと我に返り、声の主を捜す。

 猫は彼女の数メートル先に立っていた。

「あそこね?」

 目で家屋を指し示すと、猫はこちらに戻ってくる。
 そして、そのまま少女の脇を通り抜けると、木組みの街並みへ向かっていく。

 自分の案内は終わったとでも言うかのように。

「ありがと!」

 彼女は去りゆく猫の背中に手を振った。
 そして、案内された家屋に向かって歩き始める。



 生垣には蔓のような装飾を施された金属製の門があり、わずかに開いていた。

 門には英語で短く何か書かれた札が風に吹かれて揺れているが、彼女は気にすることなく門の隙間に身を滑り込ませて中に入る。
 それが何を意味するのか、幼い彼女には理解できなかったようで。

 家屋に近付くにつれて、玄関付近にブラックボードの置き看板が置かれていることに気が付いた。
 どうやら店のようである。

「カフェ……んん? うづき?」

 ブラックボードには白いチョークで店の名前と、満月の中でマグカップを手にしたウサギが横向きのシルエットが描かれていた。

 今、密かな流行りとなっている古民家カフェというものか。

 玄関は引き戸ではなく、木製のドアだった。

 大きくくり抜かれたドアにはステンドグラスがはめ込まれている。
 置き看板にもあった、満月の中にマグカップを持つウサギのシルエットだ。

 そっとドアを開けて中を覗くと、ふわりとあの香ばしい匂いに顔を撫でられた。
 中は外見とは相反して、栗色をした木の椅子にテーブル、落ち着いた木製の内装に統一されていてモダンだ。
 壁には沢山の本が、背の高い書架に収められている。

 客は誰もいないようだ。
 しんとした店内に、少女の頭に不安が過ぎる。


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