卯月堂の空にクジラが歌う

ねじまる

文字の大きさ
6 / 25
カフェ 卯月(うげつ)堂

第六話

しおりを挟む



「あー、難しいなぁ!」

 突然、中から男の唸り声が聞えてきた。
 その声はまだ若い。

 どうやら奥の方に人がいるようだ。

 少女は身を屈め、隠れるようにして素早く店内に入った。
 椅子とテーブルの影に隠れてゆっくりと歩みを進める。
 木の床がきしきしと小さな音を立てた。

「仕方ないよ。ここ数日で急激にお客さんが増えるなんて、予測できなかったんだし」

 最初に声を上げた男とは別の声。
 柔らかく、落ち着いたトーンだ。

「SNSって凄いんだな。お客さん、ほとんど写メ撮ってたし。アレって……アレだろ? サエズリとか、イン、スト? とか」

 最初の男の声。
 続いて柔らかい声の男が笑う。

「ノリヒトのサエズリ・アカウント、フォロワー数が六桁いってるからね。フォロワーの中には有名人も多数含まれてるし、そんな彼等が拡散してくれたんだもの」

 無理もないよと言葉が続く。

「編集さんに頼まれてサエズリを始めましたけど……私の仕事とは何ら関係のない呟きが、そんなに影響があったとは思えないのですが」

 また違う男だ。
 今度は少し神経質そうな声。

「ノリ君、少しは自分の立場を自覚しようか」
 
 少し舌足らずのような、ほんわかとした少年の声。
 その彼の声が続けられる。

「出身、年齢、私生活、色んな情報が一切不明。あ、性別だけは判明してるんだっけ? エンタメから純文学、ミステリーに恋愛、歴史、ファンタジー、ホラー……本当は書き手が複数いるんじゃないの? って囁かれる程の幅広い作風を持つ。メディア化された作品は多いのに、本人はメディア露出一切無し。唯一の窓口であるサエズリで呟くのは仕事の進捗のみ! そんな謎だらけの人気小説家が、ほんの少しだけ明かした人間味……じゃなくて、私生活なんだもの。ファンとしては同じ空間を味わってみたいって思うものだよ?」

 まるで台本があるかのように説明口調でまくしたてる少年の声には、どこか迫力があって。
 それに気圧されたのか、少し神経質そうな声が言葉に詰まる。

「そ、そういうもの、でしょうか」

「もぉー、無自覚さんなんだからー。で、新作の続きは、いつ読ませてくれるの?」

「やけに私を持ち上げてくれるかと思えば、それが目的でしたか……」

「えっへへー、だって、続きが気になるし」

「あれだけカフェ開業を反対してたのにな。まさか、店の場所を発言した挙げ句に、ケーキとコーヒーが美味しいですなんて、写真付きで投稿するんだもん。写真もスゲェ、フォトジェニック? で、良かったし」

 最初の男の声が笑っていた。

「私はまだ……反対、なんですよ。でも、ナオヤさんがそう決めたのなら……」

 そこでポンと手を打つ音。

「はい、それじゃあ、今日の反省点を踏まえて、明日からは材料の仕入れを多くしないと。材料が尽きたなんて、折角来てくれたお客さん達に申し訳ないことしちゃったし。当分はノリヒト効果と春休みで店は忙しくなるね。ここを上手く乗り切るかどうかで今後を左右することになると思う。あ、そうだ。後で色紙にサイン入れといて。カウンターに飾るから」

 柔らかい声の男に、神経質そうな声が短く「はい」と応える。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうぞ添い遂げてください

あんど もあ
ファンタジー
スカーレット・クリムゾン侯爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーで婚約もしていない王子から婚約破棄を宣言される。さらには、火山の噴火の生贄になるように命じられ……。 ちょっと残酷な要素があるのでR 15です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...