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カフェ 卯月(うげつ)堂
第六話
しおりを挟む「あー、難しいなぁ!」
突然、中から男の唸り声が聞えてきた。
その声はまだ若い。
どうやら奥の方に人がいるようだ。
少女は身を屈め、隠れるようにして素早く店内に入った。
椅子とテーブルの影に隠れてゆっくりと歩みを進める。
木の床がきしきしと小さな音を立てた。
「仕方ないよ。ここ数日で急激にお客さんが増えるなんて、予測できなかったんだし」
最初に声を上げた男とは別の声。
柔らかく、落ち着いたトーンだ。
「SNSって凄いんだな。お客さん、ほとんど写メ撮ってたし。アレって……アレだろ? サエズリとか、イン、スト? とか」
最初の男の声。
続いて柔らかい声の男が笑う。
「ノリヒトのサエズリ・アカウント、フォロワー数が六桁いってるからね。フォロワーの中には有名人も多数含まれてるし、そんな彼等が拡散してくれたんだもの」
無理もないよと言葉が続く。
「編集さんに頼まれてサエズリを始めましたけど……私の仕事とは何ら関係のない呟きが、そんなに影響があったとは思えないのですが」
また違う男だ。
今度は少し神経質そうな声。
「ノリ君、少しは自分の立場を自覚しようか」
少し舌足らずのような、ほんわかとした少年の声。
その彼の声が続けられる。
「出身、年齢、私生活、色んな情報が一切不明。あ、性別だけは判明してるんだっけ? エンタメから純文学、ミステリーに恋愛、歴史、ファンタジー、ホラー……本当は書き手が複数いるんじゃないの? って囁かれる程の幅広い作風を持つ。メディア化された作品は多いのに、本人はメディア露出一切無し。唯一の窓口であるサエズリで呟くのは仕事の進捗のみ! そんな謎だらけの人気小説家が、ほんの少しだけ明かした人間味……じゃなくて、私生活なんだもの。ファンとしては同じ空間を味わってみたいって思うものだよ?」
まるで台本があるかのように説明口調でまくしたてる少年の声には、どこか迫力があって。
それに気圧されたのか、少し神経質そうな声が言葉に詰まる。
「そ、そういうもの、でしょうか」
「もぉー、無自覚さんなんだからー。で、新作の続きは、いつ読ませてくれるの?」
「やけに私を持ち上げてくれるかと思えば、それが目的でしたか……」
「えっへへー、だって、続きが気になるし」
「あれだけカフェ開業を反対してたのにな。まさか、店の場所を発言した挙げ句に、ケーキとコーヒーが美味しいですなんて、写真付きで投稿するんだもん。写真もスゲェ、フォトジェニック? で、良かったし」
最初の男の声が笑っていた。
「私はまだ……反対、なんですよ。でも、ナオヤさんがそう決めたのなら……」
そこでポンと手を打つ音。
「はい、それじゃあ、今日の反省点を踏まえて、明日からは材料の仕入れを多くしないと。材料が尽きたなんて、折角来てくれたお客さん達に申し訳ないことしちゃったし。当分はノリヒト効果と春休みで店は忙しくなるね。ここを上手く乗り切るかどうかで今後を左右することになると思う。あ、そうだ。後で色紙にサイン入れといて。カウンターに飾るから」
柔らかい声の男に、神経質そうな声が短く「はい」と応える。
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