卯月堂の空にクジラが歌う

ねじまる

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カフェ 卯月(うげつ)堂

第十三話

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 彼に促され、チヒロは先程まで座っていた、背の高いスツールによじ登った。

 そして、先程と同じように青年達は各々の場所に収まる。
 カウンターの中で、再びナオヤがヤカンでお湯を沸かし始めた。

「月見町に何かあるの?」

 コウスケがチヒロの左隣で首を傾げる。

 彼女は目を伏せ、口をつぐんでいたが、しばらくして、

「蛍草を探しているの」

 カウンターの上に積んで並べられたカップのソーサーに小さな指を這わせて、そう答えた。

「お母さんが病気で入院して……蛍草を見せたら、元気になるかなって」


 目の端に涙が溜まり、視界を歪める。
 彼女はポケットからハンカチを取り出して、目元を拭った。

「蛍草って……」

「ううん、花屋にある物じゃダメなの!」

 言いたいことが伝わったのか、ナオヤの言葉を彼女は遮って首を横に振る。

「私が探しているのは……」

「夜間に光る蛍草」

 彼女は目を丸くしてノリヒトに振り向いた。

「でしょう?」

 ノリヒトの言うことに一つだけ頷く。

「蛍草は比較的メジャーな植物ですが、光る蛍草ともなれば話は別です」

「蛍草って、たまに原っぱとかで咲いてる、青とか水色の……小さい花をつけるアレだよね?」

 トシキが思い出すように首を傾げた。

 蛍草は多年草で、剣状の直立した細い葉は大人の腰丈程にまで伸びる。
 背丈が高く、姿が大きい割に、花は鈴なりで小さく可憐だ。
 水色や青……というよりは、浅葱色に近い色の花をつける。

「近年は外来種の蛍草が勢力を増して、古くから生息している方は余り見られなくなっていますね」

 そうノリヒトが解説すると、ナオヤが理解したとばかりに目を輝かせた。

「あ、それならわかる! タンポポと一緒ってことだよね! ね!?」

「えぇ、まぁ、そんなところです」

「と、いうことは……チヒロちゃんの探し物って」

 トシキが彼女に目を向けると同じくして、コウスケが肩を竦める。

「その在来種の方ってことかぁ」

 これには思わず青年達も唸った。

「ですが」

 逆接の接続詞がノリヒトの口からこぼれると、チヒロを中心とした青年達も彼に注目した。
 その目は一類の希望を託すかのように輝いている。

「ここ、月見町では町の花とされる程、我々にとっては身近すぎて気にも留めないレベルです」

「あー……言われてみればそうかも。裏庭とか丘にも結構生えっぱなしだし」

 ナオヤが思い出すように斜めの空間を見る。

「ってことは、俺達も気付かずに見てる可能性が高いってことになる?」

 トシキもナオヤの視線の先を追う。

「ノリ君、在来種の特徴って何か無いの?」

 コウスケが僅かに首を傾げた。

「在来種の特徴……ですか」

「俺達ド素人が見ても、これだ! って、すぐにわかるような感じ?」

「えぇ、花が桜色をしています」

 ナオヤの問いにノリヒトは頷いた。

「へぇ、僕が幼い頃から見ていたのは青いから、あれが普通だと思ってたけど」

 コウスケがのほほんとした口調で目を細め、空のカップを両の手の中でくるくると回して弄る。

「とりあえず、桜色の花を見掛けたらお互いに連絡を入れること」

「蛍草は群生して生えてますから、花が咲いていればわかりやすいはずですよ」

 トシキに応えるようにノリヒトが言葉を続けた。
 青年達が顔を見合わせ、小さく頷くのを見る。

 チヒロは彼等の話を聞きながら、徐々に頬を赤らめていった。

 会ってまだ三十分経ったかどうかという彼等が、親身になって花を探そうとしている。

「……どうして?」

 彼女は無意識のうちに声に出していた。

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