15 / 25
カフェ 卯月(うげつ)堂
第十五話
しおりを挟むまずは店の裏に広がる庭から。
足を伸ばして近くの空き地に。
それから神社に。
お寺に。
寂れた小さな公園には青い蛍草が揺れていた。
坂道を上がって、下って。
石段を降りて、登って。
探してみると、意外と蛍草はあちこちに生えていた。
しかし、どれもこれも、違うよ、違う……否定するように風に揺れる。
春は夏ではない。
春はまだ日が短く、気付くと辺りは既に薄暗くなってきていた。
闇に飲み込まれるのも時間の問題だ。
街灯がぽつぽつと明かりを灯し始めると、
「タンポポと同じで、在来種はレアだわ」
こりゃ、手強いぞとナオヤは呟いた。
「蛍草の在来種って、ダブルスーパーレアってことだよね。課金しなきゃダメかなぁ。十連引かなきゃダメかなぁ」
張り切っていたコウスケも肩を落とす。
疲れているのかチヒロには理解できない言葉を並べている。
「普通の蛍草はあるんだけどなぁ。暗くなってきたけど、もう少し探そうか。レアは光るって話だし、見つけやすいかもね!」
立ち直りの早い男だ。
二時間近くも探して見つからなかった。
途中から心の折れていたチヒロからすれば感心してしまう。
「チヒロちゃん、大丈夫?」
知らず、感嘆の吐息を吐いていたチヒロにコウスケが気遣うように声を掛ける。
彼女が疲れたように見えたようだ。
「ううん、大丈夫」
「おんぶ、しようか?」
ナオヤがしゃがむのをチヒロは笑った。
「私、そこまで幼くない!」
「お、頑張るなぁ」
「だったらナオヤ君、僕をおんぶしてー!」
「コウスケは歩け!」
「えー、けちー」
「あっ、こら! 乗るな! 重ぇ!」
三人は賑やかに夕暮れに染まる小道を歩いたが、光る蛍草を見つけることはできなかった。
店先の玄関に掲げられた、黒いシェードを被った電球が温かな光を点していた。
ナオヤが先頭に立って門を押して入ると、チヒロの鼻先にふわんと良い香りがくすぐる。
「あー、お腹すいたー!」
コウスケが腹を空かせた子犬のように鼻を小さく鳴らすと、一気に駆けていってしまった。
「チヒロちゃん、行こう! 今日の夕飯は何だろ。というか、今日はトシ君とノリ君、どっちが作ったのかな」
それとも二人かな、と楽しそうに笑うナオヤをチヒロは見上げた。
「うん? どうした?」
何も言わず、ただこちらを見上げるチヒロにナオヤは首を傾げる。
「お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなって」
そう言って彼女は少し寂しげに笑った。
出会ってからほんの数時間しか経っていない。
だが、人懐っこい笑みを向けられていくうちにチヒロは自分が彼等を受け入れ始めていることに気付いた。
「チヒロちゃん……?」
久し振りに人と話している気がする。
久し振りに笑っているような気がする。
久し振りに心が温かくて、居心地がいいと感じている。
「私、一人っ子で、学校では友達も少なくて……」
つい、自分の境遇を口にしてしまい、しまったと口をつぐんだ。
知り合って間もない人間に、何を話しているのだ、と。
少女は眉根を寄せて小さく笑った。
そして、苦しそうに大きく息を吐く。
このまま黙ろうとしたが、心が押し潰されるような痛みを感じた。
心が悲鳴を上げようとして、それを自分が一生懸命に押し殺しているのを感じる。
窒息してしまう。
彼女は本能的に空気を求めて口を開く。
は、と息を吐くと、胸の内に詰まっていた言葉の塊がぽろぽろと溢れ出した。
「でも、お母様がいつもそばにいてくれたから寂しくなかったし……。でも、お母様、お母様はっ……」
小さな手を後ろに組み、視線を落とす。
そのとき、ぱたたと雫が石畳に吸い込まれるのが見えた。
「あ、れ?」
雨かな?
上を見上げようとしたところでナオヤは何も言わず、大きな腕でチヒロをそっと包み込んだ。
「お母様、このまま帰って来なかったら……帰って来なかったらどうしよう……! そんなのやだぁあぁ!」
チヒロからほたほたと熱い涙がこぼれ落ちる。
ナオヤの大きなシャツを掴み、顔に引き寄せて彼女は叫んだ。
押しとどめていた感情が崩壊したダムのように溢れ出る。
「だったらさ」
優しく背中をぽんぽんと撫でながら、上から穏やかな声が降りてきた。
「光る蛍草、絶対に見つけてさ、お母さんに元気になってもらわなきゃ!」
チヒロは何度も首を激しく縦に振った。
そんな彼女をナオヤはぽんぽんと撫でていた。
0
あなたにおすすめの小説
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうぞ添い遂げてください
あんど もあ
ファンタジー
スカーレット・クリムゾン侯爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーで婚約もしていない王子から婚約破棄を宣言される。さらには、火山の噴火の生贄になるように命じられ……。
ちょっと残酷な要素があるのでR 15です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる