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カフェ 卯月(うげつ)堂
第十六話
しおりを挟む表から聞えてきた泣き声に心配したのか、そっとドアを開けて様子を窺ってきたのはトシキで。
ナオヤはそれに気が付くと、小さく頷いた。
そんな彼にトシキは察したように頷き返して顔を引く。
彼女が落ち着いたのは十数分後くらいだろうか。
「……行けそう?」
「うん……ありがとう」
気遣わしげに声を掛けるナオヤに大きく息を吐き、チヒロは彼から離れた。
お腹の辺りのシャツはびしょびしょになっている。
「俺の胸でよかったら、いつでも貸すからね!」
明るくナオヤは振る舞っていたが、唐突に肩を落として大きな溜息を吐いた。
さすがに他人の涙と鼻水は嫌よね、と幼いながらもチヒロは自己嫌悪の笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんって、良い響きだよね……」
だが、予想に反する言葉が彼の口から出た。
本当に唐突である。
何のことかとチヒロが呆然としていると、
「チヒロちゃん、もう一回! もう一回、言ってもらっても良いかな?」
催促された。
自分のお腹周りがびしょびしょなのは本当に何も感じていないらしい。
「な、何を……?」
チヒロは何のことか察せず、ナオヤの勢いに気圧されながらじりと僅かに後退。
彼は彼女が若干引いていることに気が付くことなく、目を輝かせた。
「お兄ちゃんって呼んで!」
「お、お兄ちゃん?」
「そう! お兄ちゃんだよ、お兄ちゃん! その言葉、良いよね! 妹がいたとしたら、チヒロちゃんみたいな子が、お兄ちゃんは良いな!」
あぁとも、おぉとも言いがたい感嘆詞を口から漏らす。
盛大に嘆く彼にチヒロは恐る恐るといった様子で声を掛けた。
「ナオヤさ……」
「お・に・い・ちゃ・ん」
訂正される。
「お、兄ちゃんは兄弟、いるの?」
彼女の問いにナオヤは大きく頷いた。
「うん、いるよ! でもね、何でかなぁ。中学校を卒業した辺りから呼んでくれなくなっちゃったんだよねぇ」
遠くを見るような目はまるで、遠い昔を懐かしむようで。
「兄弟と言うよりは、親友って感じに……」
そのとき、店のドアが開いた。
再びトシキが顔を覗かせ、
「ほーら、ナオヤ! 風が冷たいんだから、早くチヒロちゃんを中に入れて! 風邪でも引いたら大変だから!」
「ナオヤくーん! 今日の夕飯はカニクリームコロッケだよー!」
トシキの後ろからひょこっと顔を出したのはコウスケだ。
「ばっ……お前! ネタバレすんなよ!」
「あれ? 楽しみにしてたぁ?」
「コウスケ、後で覚えてろよー! ノリ君の新作、ネタバレしてやるからな!」
「え、あ、ちょっと、それは待って! ごめんなさい! 僕が読む前にネタバレは止めて!」
そこへ更に顔を覗かせたのはノリヒト。
「あ、ナオヤさんとコウスケ君と、それぞれオチを変えるので、そこは安心して」
「ノリ君、ちょっと最近、働き過ぎやしないかい!?」
「わぁい、さすがノリ君だぁ。大好きー!」
「もー、そこのじゃれ合いは後にして! ナオヤにノリヒト、コウスケ、夕飯が冷めちゃうから!」
四人が集まると自然と賑わうようになっているのだろうか。
やいのやいのと騒がしい。
ふと、チヒロは気が付いた。
ナオヤの言う、親友のような兄弟とは誰なのか。
「お兄ちゃんって、呼んでくれないけど……まぁ、可愛い弟達なんだよね」
そう言って、ナオヤは笑った。
そんな彼にチヒロもつられて笑うのだが、
「え!? 弟達!? トシキさんも!?」
その事実に彼女は思わずナオヤを二度見した。
しっかりしているので、トシキが長男だと思ったらしい。
「そうなんだよねー……何でかトシ君の方が長男だと思われるんだよねー……何でかなぁ……あははは……はぁ」
ナオヤの乾いた笑いを夜風がさらう。
「さ、寒ぅっ! 行こ、行こ!」
「う、うん!」
二人は身震いすると、温かな光が漏れる扉へと向かった。
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