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NPO団体から、そろそろ宿泊所を出ろと言われ始めた。まあ、戸籍も取れたし。今までは住民票がないから市営住宅にすら入れなかった。言われるまま部屋を借りて仕事を探し始めた。
面接を受けまくって単発のバイトでもなんでもやって、ようやくとあるホテルで照明係として続けて呼ばれるようになった。主に結婚式だ。このご時世、毎日式があるわけじゃないが週末は必ず呼ばれる。新郎新婦にスポットを当てる簡単な仕事と、そこから作った人脈でイベント会場の仕事を掛け持ちして金を稼いだ。でもやっぱそのうち制作会社に就職してぇなあ、なんて思いながら今日も仕事してたら、目が合った。
それは照明機材を披露宴会場に搬入して準備していたときだ。いつも以上に格好いい元カレが「明」と俺を呼んだ。招待客らしく礼服で身を包み、揃いの高級ブランドで小物まで完璧に決めていた。
格好いいな。転職して給料も上がったんだろ。未だに泥くせぇことやってる俺とはちげーわ。無視して道具を担ぎ、横を通り過ぎようとするとぐいっと腕を引かれた。道具が落ちそうになるのを慌てて支える。だってこれ、一個10万。弁償出来る額じゃない道具に気を取られていると、そのまま頬っつらをグーで殴られた。
「ふざけんじゃねぇぞ、立浪明!」
フルネーム。戸籍とるときに俺が自由に決めていいって言われたから、今も生前と同じ名前にしている。
「いきなり訳分かんねぇこと言いやがって人のことレイプして、飽きたら俺を捨てんのか!」
「あ?」
いってぇんだよ。突然殴りやがっててめぇが何なんだ。
――待て待て、場所が悪すぎる。せっかく見つけた職場で言い返してどうする。胸倉を掴んで唾を飛ばして怒鳴る正人を引きずって、裏に連れて行った。
「人の顔見ていきなり殴りかかるとか何処のチンピラだてめぇ」
「人の職場で盛ってレイプしてきたやつが言えるセリフか」
「うるせぇんだよ、ど腐れビッチが。どうせ俺のちんぽが恋しくて追っかけてきたんだろ」
大人だから家以外で殴り合いの喧嘩なんかしない。てか正人相手じゃこのくらい普段から言ってる。もしもこれ聞かれて警察呼ばれたら悪いの俺だよなあ、捕まんのレイプした俺だよなあ、まあそれでもいいかなんて頭の裏で考えてると、ぐっと正人が息を詰めた。
「……悪いかよ」
え、まじ?
「マジで俺のこと追いかけて来たの?」
「たまたまだ。同僚の結婚式に来たらお前が居た。……でも、探してた」
はー、と正人は重苦しいため息をつく。壁にもたれて頭を抱えるその様は、丸っきり思い悩んでますという格好だった。さあ今から喧嘩するぞと臨戦態勢だった俺の勢いが削がれる。
とつとつと話し始めた。
「お前を探して明の両親と昔の知り合いに会いに行ったら、全員頭のおかしな奴が訪ねてきたと言いやがる。自分こそが立浪明だと妄想話をするでけー男だ。すぐにお前だと分かった」
「妄想話じゃねぇっつーの」
あれだけ会いに行ったのに結局誰一人として信じてねぇのかよ。意外と生まれ変わりだの転生だのオカルト信じるやついねーのな。改めて己の行動の無意味さを突き付けられ、ため息をつく。重い空気が流れる中、正人が「俺は」と口を開いて閉じ、何を逡巡したのかもう一度言い直した。
「俺は、明が火葬場で焼かれるところを見た」
「…………」
「事故で傷だらけになった体も、見た」
俺の知らない、死んだあとの俺の話だった。死んだ瞬間に記憶が途切れてて、どれだけ凄惨な事故だったのかも、いきなり死んだ恋人にこいつがどれだけ泣いたのかも、俺は知らない。今のように俯いて顔を手で覆って泣いたのだろうか。
「死んだ人間は生き返らないし、それに成り替わろうとするにはお前は違い過ぎる」
完全否定された。
違うも何も俺は俺だ。立浪明だ。それが真実だ。それ以外にどう説明しろと言うんだ。
「……お前、俺を信じたから俺を探したわけじゃないのか」
「信じられるわけがねぇ」
「そこまで聞きまわっても駄目か。じゃあ何で探してたんだよ」
正人が俺を信じない限り、俺は正人にとって赤の他人だ。しかもレイプしたひでー男だぞ。散々犯して嫌になって逃げた最低な男だ。まさか警察に突き出すつもりじゃねぇだろうなと思ってると、「でも」と正人は思いもよらないことを口にする。
「お前がそうだったらいいのにとは思った」
信じてなんかいないくせに。泣きながら正人は自分に都合が良いように解釈する。
「お前が明なら、本当は明が死ぬ前に伝えたかったことを代わりに全部言ってやれ、って……っ」
いやむしろ、信じてないからこそなのか。
死ぬ前の俺に言いたかったことを、正人は今の俺にぶつけていたのだと言う。昔の俺とは全然違う、赤の他人にだからこそ天邪鬼な正人は本当のことを言えたんだろう。再会してからの正人を思い出してみる。
正人はでけーちんこに快楽堕ちして頭ン中どピンクにして声の節節にハートを飛び散らしていた。「気持ちいい」だの「もっとして」だの生前の俺には言わない素直な言葉をハートマークと一緒にどんどん口にした。
そして絶対言わねぇから言ったら死ぬ病気なんじゃないかと思ってたくらいの「好き」って言葉を何回も言った。
「あきら、好き」って何回も。
――何回も何回も。
「……俺のこと好きじゃん」
いや、今の俺じゃないか。でも明は俺だし、言われたのは今の俺だし。もう訳わからん。ぐずぐず泣いてる正人にどうしていいか分からず「別に言わなくても知ってた」と言った。
生前、正人が俺のことを好きなことくらい、直接言葉にされなくてもすげー伝わってきたし分かってた。
「俺も好きだ」
今更俺も告白した。ちゃんと恋人になりたかったから。そういや再会してから気持ちを伝えたのは初めてだ。
「信じてくれなくていいよ。俺と付き合って」
何でもいいから、どう思われててもいいから、正人のそばに居たい。俺がそう懇願すると正人は俺の胸を引っ張って体を寄せ、「もう二度と俺の前から消えるな」と言って抱きしめた。
面接を受けまくって単発のバイトでもなんでもやって、ようやくとあるホテルで照明係として続けて呼ばれるようになった。主に結婚式だ。このご時世、毎日式があるわけじゃないが週末は必ず呼ばれる。新郎新婦にスポットを当てる簡単な仕事と、そこから作った人脈でイベント会場の仕事を掛け持ちして金を稼いだ。でもやっぱそのうち制作会社に就職してぇなあ、なんて思いながら今日も仕事してたら、目が合った。
それは照明機材を披露宴会場に搬入して準備していたときだ。いつも以上に格好いい元カレが「明」と俺を呼んだ。招待客らしく礼服で身を包み、揃いの高級ブランドで小物まで完璧に決めていた。
格好いいな。転職して給料も上がったんだろ。未だに泥くせぇことやってる俺とはちげーわ。無視して道具を担ぎ、横を通り過ぎようとするとぐいっと腕を引かれた。道具が落ちそうになるのを慌てて支える。だってこれ、一個10万。弁償出来る額じゃない道具に気を取られていると、そのまま頬っつらをグーで殴られた。
「ふざけんじゃねぇぞ、立浪明!」
フルネーム。戸籍とるときに俺が自由に決めていいって言われたから、今も生前と同じ名前にしている。
「いきなり訳分かんねぇこと言いやがって人のことレイプして、飽きたら俺を捨てんのか!」
「あ?」
いってぇんだよ。突然殴りやがっててめぇが何なんだ。
――待て待て、場所が悪すぎる。せっかく見つけた職場で言い返してどうする。胸倉を掴んで唾を飛ばして怒鳴る正人を引きずって、裏に連れて行った。
「人の顔見ていきなり殴りかかるとか何処のチンピラだてめぇ」
「人の職場で盛ってレイプしてきたやつが言えるセリフか」
「うるせぇんだよ、ど腐れビッチが。どうせ俺のちんぽが恋しくて追っかけてきたんだろ」
大人だから家以外で殴り合いの喧嘩なんかしない。てか正人相手じゃこのくらい普段から言ってる。もしもこれ聞かれて警察呼ばれたら悪いの俺だよなあ、捕まんのレイプした俺だよなあ、まあそれでもいいかなんて頭の裏で考えてると、ぐっと正人が息を詰めた。
「……悪いかよ」
え、まじ?
「マジで俺のこと追いかけて来たの?」
「たまたまだ。同僚の結婚式に来たらお前が居た。……でも、探してた」
はー、と正人は重苦しいため息をつく。壁にもたれて頭を抱えるその様は、丸っきり思い悩んでますという格好だった。さあ今から喧嘩するぞと臨戦態勢だった俺の勢いが削がれる。
とつとつと話し始めた。
「お前を探して明の両親と昔の知り合いに会いに行ったら、全員頭のおかしな奴が訪ねてきたと言いやがる。自分こそが立浪明だと妄想話をするでけー男だ。すぐにお前だと分かった」
「妄想話じゃねぇっつーの」
あれだけ会いに行ったのに結局誰一人として信じてねぇのかよ。意外と生まれ変わりだの転生だのオカルト信じるやついねーのな。改めて己の行動の無意味さを突き付けられ、ため息をつく。重い空気が流れる中、正人が「俺は」と口を開いて閉じ、何を逡巡したのかもう一度言い直した。
「俺は、明が火葬場で焼かれるところを見た」
「…………」
「事故で傷だらけになった体も、見た」
俺の知らない、死んだあとの俺の話だった。死んだ瞬間に記憶が途切れてて、どれだけ凄惨な事故だったのかも、いきなり死んだ恋人にこいつがどれだけ泣いたのかも、俺は知らない。今のように俯いて顔を手で覆って泣いたのだろうか。
「死んだ人間は生き返らないし、それに成り替わろうとするにはお前は違い過ぎる」
完全否定された。
違うも何も俺は俺だ。立浪明だ。それが真実だ。それ以外にどう説明しろと言うんだ。
「……お前、俺を信じたから俺を探したわけじゃないのか」
「信じられるわけがねぇ」
「そこまで聞きまわっても駄目か。じゃあ何で探してたんだよ」
正人が俺を信じない限り、俺は正人にとって赤の他人だ。しかもレイプしたひでー男だぞ。散々犯して嫌になって逃げた最低な男だ。まさか警察に突き出すつもりじゃねぇだろうなと思ってると、「でも」と正人は思いもよらないことを口にする。
「お前がそうだったらいいのにとは思った」
信じてなんかいないくせに。泣きながら正人は自分に都合が良いように解釈する。
「お前が明なら、本当は明が死ぬ前に伝えたかったことを代わりに全部言ってやれ、って……っ」
いやむしろ、信じてないからこそなのか。
死ぬ前の俺に言いたかったことを、正人は今の俺にぶつけていたのだと言う。昔の俺とは全然違う、赤の他人にだからこそ天邪鬼な正人は本当のことを言えたんだろう。再会してからの正人を思い出してみる。
正人はでけーちんこに快楽堕ちして頭ン中どピンクにして声の節節にハートを飛び散らしていた。「気持ちいい」だの「もっとして」だの生前の俺には言わない素直な言葉をハートマークと一緒にどんどん口にした。
そして絶対言わねぇから言ったら死ぬ病気なんじゃないかと思ってたくらいの「好き」って言葉を何回も言った。
「あきら、好き」って何回も。
――何回も何回も。
「……俺のこと好きじゃん」
いや、今の俺じゃないか。でも明は俺だし、言われたのは今の俺だし。もう訳わからん。ぐずぐず泣いてる正人にどうしていいか分からず「別に言わなくても知ってた」と言った。
生前、正人が俺のことを好きなことくらい、直接言葉にされなくてもすげー伝わってきたし分かってた。
「俺も好きだ」
今更俺も告白した。ちゃんと恋人になりたかったから。そういや再会してから気持ちを伝えたのは初めてだ。
「信じてくれなくていいよ。俺と付き合って」
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