【完結】ゲーム配信してる俺のリスナーが俺よりゲームが上手くて毎回駄目だししてきます

及川奈津生

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こうくん

41:分かって

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 あの女は誰だ。あのあと寝たのか。付き合ったのか。俺は何人目だ。セフレでもよそ見するのが許せないのか。俺がずっとマキを好きのままじゃないと駄目なのか。

「お前が、俺を好きじゃないんだろ」

 泣きそうになって言葉を言い直した。マキが泣いたまま怒ったように「はあ!?」と聞き返す。

「何でそうなんだよ!?」
「女に告白されてるのを見た」
「はっ……え!? どこで!?」
「駅。先週、俺との予定を断った日」

 先週見たことをそのまま言った。途端にマキの顔色が変わり、怒りから戸惑いに表情が変化する。

「ちがっ、あれはリスナー!」
「リスナーにナンパされて付き合ったのか」
「いや、断ったし! ……えっ、待って、何でナンパされたことも知ってんの!?」

 攻守が逆転して今度はマキが言い訳を始めた。リスナーか。確かにガチ恋してそうなファンガが何人もいる。嘘が言えないように俺は逆ナン現場から俺が見たことと聞いたことの全てを話した。それから、きっと付き合ったのだろうと思ったことも。

「……女と比較されたら俺は勝てない」

 泣き言を言うようで情けない。
 結婚ができない。子供が産めない。家族になれない。それは大きなハンデだし、そもそもマキはノンケだ。こんなでけぇ図体した男より、華奢で丸っこい女の方が愛しくなるのは仕方ない。

「何言ってんの? ぜっとさんほど可愛くてエロい人、他に居ないよ」
「は?」

 お前が何言ってんだ?
 ぐす、と泣いた名残でマキが鼻を鳴らした。すっかりベッドの上で向かい合って座り、話をする態勢になっている。俺の話を聞いて冷静さを取り戻したマキは、もう一度頭から俺の見たものを解説し始めた。

「あの子は……リスナーだって声かけられて。どうしてもってしつこいから一回会っただけで、好きでもなんでもない」
「しつこいって何だ。そもそも最初に連絡先を交換してる時点で」
「いやそれはぜっとさんがもうすぐ来そうだったから慌てて」
「は?」
「打ち上げのときでしょ? ぜっとさんが身バレしたら困ると思ったんだよ。話切り上げるために手っ取り早く連絡先交換したの」

 逆ナンはマキが俺とヤカモレさんと待ち合わせをしているときだった。あのまま俺が女に気づかずマキに声をかけていたら、身バレしていたというのか。確かに身バレは面倒くさいとマキにもヤカモレさんにも最初に伝えていた。
 だが、俺は配信に顔出ししてないし、何から特定されるか分からないから余計な雑談もしていない。顔出し配信してるマキやヤカモレさんならともかく、俺と街中で会っていきなりzh@だと気づく奴はいないだろう。

「そうそうバレねぇだろ。俺のために逆ナンに応えたって言うのか」
「いや何言ってんの? 声、声!」

 声?
 マキが散々褒められる俺の声帯を指さす。

「一撃だから! 配信見てるやつならぜっとさんの声聞いたら絶対分かる!」

 そこまでか、というほどマキが俺の声の特徴について熱弁する。たかだか他人より低いだけの声にどれほど魅力があるのかも。

「ほんとイケボなんだよ、ぜっとさん。その子だってさあ、ぜっとさんの声が格好いいって、俺より褒めてた」
「何で俺を褒める。お前に告白してきたんだろ」
「……俺断ったときに他に好きなやついるから無理っつって、その相手ぜっとさんだって言ったんだよね」
「は?」

 さらっとマキがすごいことを言った。二重にも三重にも影響力のある言い方だ。
 人気商売の配信者で、町中で躊躇いもせず逆ナンしてくるような厄介なファンガを持つマキが、男が好きだとカミングアウトしたと言う。俺ですら周りに言ってないのにお前が言うのか。驚き過ぎて自分自身が好きだと言われたことよりそちらに意識が行ってしまう。大丈夫なのかと思っていると、いつの間にかスマホを取り出して操作していたマキが俺の視線に気づいて補足する。

「大丈夫だよ。俺、ぜっとさん本人に言ってないから内緒にしててってお願いして、そしたらすげぇ頷いてたから。なんかめちゃめちゃ喜んでた」

 何故振られて喜ぶ。
 いやでも確かに、駅でははたから見ても分かるくらい喜んでた。てっきり告白に成功したからだと思っていたが、マキがカミングアウトしたせいらしい。……もしかして「格好いい、好き」と言ってたのも俺に対してか。
 思考回路が全く分からん。
 俺が理解出来ずにいると、更に証拠だと言わんばかりにマキはその女とのスマホのトーク画面を俺に見せてきた。最初はマキを口説き落とそうと駆け引きが行われていたやりとりが、ある日を境に恋愛相談の体を成していた。確かに俺のことを格好いいと褒めてる文章があった。頑張って、とマキが応援されている。
 何だこれは。他に意味があるんじゃないか。メッセージを更に深読みしようと俺が眺めていると、マキは俺からスマホを奪ってまた指で操作した。「はい、消した」と女の連絡先が消去された画面を見せる。

「ぜっとさん、この子に嫉妬してたの?」
「…………」

 指摘されて居た堪れない。
 さっきまでの怒りは一体どこに追いやったのか、にやにや面をしたマキが俺を見下ろす。

「嬉しい。好きだよ」

 勘違いを非難するでもなく、許して喜んでる。

「……本人には言ってないんじゃなかったか」
「だって言ったってぜっとさん信じてくれねぇだろ」

 マキの女との会話を拝借すると、マキが拗ねた。違う、好きだと言われて嫌だったわけじゃない。悔し紛れだ。こうでも言ってないと会話もできないんだ。顔なんてもう上げられない。
 情けねぇ。
 マキが俺を好きだと言って、それを俺自身が信じられなかっただけじゃないか。

「今、言え」

 勢いだけじゃない告白が欲しいなんて恥ずかしくて言えなかった。でもマキが何でもないように好きだと言うから、自分の足を見たまま催促してしまう。

「今なら信じる」
「好きだよ」

 間髪入れずにマキが告白した。俺の顔を両手で包むとと、ぐっと無理矢理上げさせる。
 目が合う。

「俺と付き合って」

 カラコン入れてんじゃないかというくらい綺麗な黒目に見つめられる。偽物にしては透き通ってる。自前で綺麗な男が俺を離さず好きだと言ってくる。あまりにも真っ直ぐで怖くて逃げ出したくなる。でもこれを断る方法なんて知らない。
 断りたくない。

「分かった、付き合う」

 夢みたいだ。
 あれだけ酒を飲んだのに喉がカラカラで、掠れた返事をしてしまった。でもマキは顔をほころばせ、乾いた息も全部飲み込んでしまうみたいに唇を合わせてきた。一度だけ舌で唇を舐めて、離れていく。
 顔が熱い。まだマキに顔を掴まれたままで、どうして良いか分からず視線を彷徨わせていると、ニコッとマキがいい笑顔を浮かべた。

「じゃ、今日のは浮気な」

 笑顔で俺を責める。

「……は?」
「は? じゃねぇよ。俺すげぇ怒ってんだけど」

 みしっと頬骨を締め付けるようにマキの手に力が込められた。何も分かってない俺に「分かる?」と聞いてから、視線を外さず言い聞かせる。

「約束断られたけど会いたくなって、この時間なら居るかなってぜっとさんちに向かってたんだ。そしたらさあ、ラインは既読にならねーわ、電話には出ねーわ、忙しいのかなって思ってたら目の前で知らねー男といちゃついてやがんの」
「……お前だって、女と」
「いやあんた、やる気満々だっただろ。えっろい匂いしてさあ」
「っ、おい」

 抱きつかれて後ろに倒され、首に鼻を押し当てられる。つけている香水を言い当てられると恥ずかしさでカッとなった。普段はつけない。マキの言う通りだ。
 それでも正式に付き合う前のことだ、浮気じゃないだろと胸中では反論するが、俺も女といるマキに十分傷ついたから気持ちが分かって責められない。

「しかも相手、イケメン。くっそ面食い」

 悪いか。
 お前だって顔が良いから好きになったんだ。それだけじゃないけど、きっかけはそうだ。
 馬鹿で乱暴で顔だけやたら良い俺の可愛い恋人が、嫉妬に瞳を燃えさせて俺を見下ろす。

「俺は英語も中国語も喋れねぇしなあ、馬鹿で悪かったなあ」
「……気にしたことない」
「俺は気にする。だって相手と何喋ってっか分かんねぇから。目の前でぜっとさんが外国語で口説かれてても俺には分かんねぇよ」
「そんな場面そうそうないだろ」

 日本に住んでて日本語以外を喋る機会なんて俺もそう無い。せいぜいオンラインミーティングで英語を使うくらいだ。プライベートで色気のある会話なんて、今回が最初で最後かもしれない。

「……なんで分かんねぇんだよ」

 低い声で聞き返されてゾクッとした。
 マキのキレてるときの声はゲームの中で何回か聞いてる。いつもの幼いとも言える柔らかい雰囲気が無くなって一気に粗野になる。でもこんなに静かなのは知らない。こんな造り物みたいに整った男前の真顔は恐ろしい。

「分からせ、するかあ」

 不似合いなゲームスラングをマキが使って、一瞬その意味を考えた。"分からせ"とは、ゲーム上級者が格下に対してその力量差を知らしめることを言う。最近じゃあまり聞かなくなり、マキが使ってる場面も見たことが無い。そもそもこいつはそんなにゲームが上手くない。どういう意味で言葉が使われたか考えたが、多分俺の知ってるそれじゃないんだろう。
 体格の良いマキに上から乗っかられて身動きが出来ず、言葉も通じないから反論も出来ない。完全にマウントを取られた状態で、間近で話すマキの言葉を待つ。

「分からせセックス。こうくん、そういうの好きだろ」

 呼び名が変わってやっと意味を察した。
 不穏な流れに抵抗しようとするも「どうせ即ハメ出来るよう後ろの準備してんだろ」と言い当てられて、諦めた。
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