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スコーピオの女 情欲の章
1 蠍座 佐曽利 麻耶(さそり まや) 愛人(元ホステス)
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「ほしき!」
信号待ちをしていると窓をコツコツと叩き、許可もなく女が車に乗り込んできた。
「麻耶!」
「青よ」
「あ、ああ」
慌てて発進させちらっと助手席を見た。彼女は僕が高校生の時に初めて付き合った女、佐曽利麻耶だ。
「何年振り?ほしきって変わってなかったからすぐわかった」
「麻耶も変わらないな」
「ええ~。ほんとかな。嬉しいけど」
二十年近くぶりにもかかわらず麻耶は高校生の頃と大した変わりがなかった。当時の彼女が高校生にしては完成された大人の妖艶さを持ち怪しい魅力を放っていたからかもしれない。昔と変わらず漆黒の長いストレートの髪は艶やかで濃いまつ毛のふちどられた切れ長のアーモンド形の瞳は男を魅了し続けているだろう。
麻耶が乗ると車内は湿り気を帯びた洞窟の様に感じられる。息苦しさを感じて少し窓を開け初夏の風を入れた。
「ほしきは占いの先生やってるんでしょ」
「うん。よく知ってるね」
「有名じゃない。同級生ならだいたい知ってると思うけど」
「そうかな。麻耶はどうしてるの?結婚とか」
「ふふ。今はねえ……。愛人」
「え?愛人?」
「そうよ。あたしらしいでしょ」
ため息をついていると「そこ入って」とファミリーレストランを指さした。昔から逆らえないこの麻耶の言うとおりに店に車を止めた。
「忙しいの?」
「いや……」
「久しぶりに会ったんだからさ。お茶でもしよ?ね」
拒めないまま店内に入る。ちょうどランチタイムは過ぎたころで空席を多く騒がしくはなかった。特にメニューを眺めることもなく二人でコーヒーを注文した。
「ほしきってば、さすがに落ち着いた大人って感じになったわね」
「オジサンってことだよ」
「ふふふ。あたしが目をつけてただけあっていい男になってるじゃない。結婚してないの?」
「縁がなくてね」
「ええ~。そんなこと言っちゃって。まだまだあんたは自分に夢中ってことね」
分かり切ったように言われて軽くカチンときたが案外図星かもしれない。
「そっちこそ、愛人なんて……。なにをやってるんだ」
「ふふ。元カノが心配?」
「まさか!」
ついつい若かったころの自分に戻ったような気がしてエキサイトしてしまう。
「今ね。やくざの愛人してるの」
「ええっ!愛人の上にやくざだなんて」
「どうしょうもないわよね。ああ。でも誤解しないでね。あたし今が一番幸せなの」
「そうか」
「ふふ。ほしきと別れてからいろんな男と付き合ったけど、今の男がきっと最後の男になると思うんだ。たとえ上手くいかなくてもさ」
「いいのか。愛人で」
「うん。いいの」
麻耶は寂し気に目を伏せたが慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。こんな表情の彼女を初めて見た僕は驚いた。かつての彼女は愛よりも所有することに熱心で心よりも身体を優先していた。欲しがり屋で相手が枯渇するまで奪い尽くすような印象だった。
「変わったんだな」
「あら。さっき変わらないって言ったじゃない」
「それは表面の話だよ」
「そっか」
奪い合うような付き合いしかできなかったのに今こうして静かに話をしていると不思議な気分になった。
「何か困ってないのか?」
「ん。ありがと。ほしきに会えてよかった。元気になったし」
「辛いのか」
「ううん。そんなことないんだけどね。ほしきはさ、優しかったし、あたしのことちゃんと見てくれてた男だったから。会えて若返った感じ」
朗らかに笑う麻耶は高校生の頃と同じ表情をしていて懐かしさが胸に広がった。
ファミリーレストランを出て麻耶のマンションに送り届ける。市内でもまずまずの高級マンションだ。
「苦労はしてなさだな」
「そうね。でも……あたしは……」
突然黒塗りの高級車が一台、目の前に横づけし中からサングラスをかけた黒いスーツの男が三人降りてきて僕らを取り囲んだ。
「佐曽利麻耶さんですね。一緒に来てもらいやしょうか」
麻耶の手首をつかんで車に連れて行こうとするのを僕は引き留めようと声を掛けた。
「いきなりなんですか。彼女は僕の友人なんですが」
「ほしき!いいの!平気。ちょっと行って来るだけだから」
「麻耶!平気じゃないだろう」
明らかにおかしい状況に僕は恐怖を感じながらも声を張り上げていた。
一番長身のガタイのいい男がチッと舌打ちをしたと同時に一人の男が僕に素早く近寄りみぞおちにこぶしを打ち込んできた。
「ぐっ」
「ほしき!」
一番小柄な男が小さな容器を素早くポケットから取り出し僕の顔に何か吹きかけた。そこから意識が遠のいた。
信号待ちをしていると窓をコツコツと叩き、許可もなく女が車に乗り込んできた。
「麻耶!」
「青よ」
「あ、ああ」
慌てて発進させちらっと助手席を見た。彼女は僕が高校生の時に初めて付き合った女、佐曽利麻耶だ。
「何年振り?ほしきって変わってなかったからすぐわかった」
「麻耶も変わらないな」
「ええ~。ほんとかな。嬉しいけど」
二十年近くぶりにもかかわらず麻耶は高校生の頃と大した変わりがなかった。当時の彼女が高校生にしては完成された大人の妖艶さを持ち怪しい魅力を放っていたからかもしれない。昔と変わらず漆黒の長いストレートの髪は艶やかで濃いまつ毛のふちどられた切れ長のアーモンド形の瞳は男を魅了し続けているだろう。
麻耶が乗ると車内は湿り気を帯びた洞窟の様に感じられる。息苦しさを感じて少し窓を開け初夏の風を入れた。
「ほしきは占いの先生やってるんでしょ」
「うん。よく知ってるね」
「有名じゃない。同級生ならだいたい知ってると思うけど」
「そうかな。麻耶はどうしてるの?結婚とか」
「ふふ。今はねえ……。愛人」
「え?愛人?」
「そうよ。あたしらしいでしょ」
ため息をついていると「そこ入って」とファミリーレストランを指さした。昔から逆らえないこの麻耶の言うとおりに店に車を止めた。
「忙しいの?」
「いや……」
「久しぶりに会ったんだからさ。お茶でもしよ?ね」
拒めないまま店内に入る。ちょうどランチタイムは過ぎたころで空席を多く騒がしくはなかった。特にメニューを眺めることもなく二人でコーヒーを注文した。
「ほしきってば、さすがに落ち着いた大人って感じになったわね」
「オジサンってことだよ」
「ふふふ。あたしが目をつけてただけあっていい男になってるじゃない。結婚してないの?」
「縁がなくてね」
「ええ~。そんなこと言っちゃって。まだまだあんたは自分に夢中ってことね」
分かり切ったように言われて軽くカチンときたが案外図星かもしれない。
「そっちこそ、愛人なんて……。なにをやってるんだ」
「ふふ。元カノが心配?」
「まさか!」
ついつい若かったころの自分に戻ったような気がしてエキサイトしてしまう。
「今ね。やくざの愛人してるの」
「ええっ!愛人の上にやくざだなんて」
「どうしょうもないわよね。ああ。でも誤解しないでね。あたし今が一番幸せなの」
「そうか」
「ふふ。ほしきと別れてからいろんな男と付き合ったけど、今の男がきっと最後の男になると思うんだ。たとえ上手くいかなくてもさ」
「いいのか。愛人で」
「うん。いいの」
麻耶は寂し気に目を伏せたが慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。こんな表情の彼女を初めて見た僕は驚いた。かつての彼女は愛よりも所有することに熱心で心よりも身体を優先していた。欲しがり屋で相手が枯渇するまで奪い尽くすような印象だった。
「変わったんだな」
「あら。さっき変わらないって言ったじゃない」
「それは表面の話だよ」
「そっか」
奪い合うような付き合いしかできなかったのに今こうして静かに話をしていると不思議な気分になった。
「何か困ってないのか?」
「ん。ありがと。ほしきに会えてよかった。元気になったし」
「辛いのか」
「ううん。そんなことないんだけどね。ほしきはさ、優しかったし、あたしのことちゃんと見てくれてた男だったから。会えて若返った感じ」
朗らかに笑う麻耶は高校生の頃と同じ表情をしていて懐かしさが胸に広がった。
ファミリーレストランを出て麻耶のマンションに送り届ける。市内でもまずまずの高級マンションだ。
「苦労はしてなさだな」
「そうね。でも……あたしは……」
突然黒塗りの高級車が一台、目の前に横づけし中からサングラスをかけた黒いスーツの男が三人降りてきて僕らを取り囲んだ。
「佐曽利麻耶さんですね。一緒に来てもらいやしょうか」
麻耶の手首をつかんで車に連れて行こうとするのを僕は引き留めようと声を掛けた。
「いきなりなんですか。彼女は僕の友人なんですが」
「ほしき!いいの!平気。ちょっと行って来るだけだから」
「麻耶!平気じゃないだろう」
明らかにおかしい状況に僕は恐怖を感じながらも声を張り上げていた。
一番長身のガタイのいい男がチッと舌打ちをしたと同時に一人の男が僕に素早く近寄りみぞおちにこぶしを打ち込んできた。
「ぐっ」
「ほしき!」
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