45 / 127
45 進路
しおりを挟む
14歳になると女学生は進路を尋ねられる。15歳になると国の主要な試験が受けられる。この学舎の残るものは、将来教師の道を志すものと、役所に入るための試験に受かるまで居続けるものだった。それでも3年ほど教師と役人の試験に落ち続けると、あきらめて別の道へと進んだ。輿入れが決まっているものは、家庭学を学ぶべく花嫁学校へと移行する。庶民の娘の多くは、役所などの事務的な仕事に就いた。
絹枝はそれぞれの女学生と個人面談を終え、最後に星羅と面談する。
「星羅さんはどのような進路を望んでいるの? あなたならどんなの道も考えられそうね」
「教師の仕事も素晴らしいですね。でも、わたしは、あの……」
珍しくはっきり言わずもじもじしている。
「どんなことでもはっきりおっしゃいな」
「あの、軍師見習いの試験を受けたいと」
「え? 軍師見習い?」
「本気なの?」
「本気です」
「そう……」
「やっぱり無理そうでしょうか。わたしじゃ」
「いえ、無理ではないわ」
星羅の学力なら軍師見習いの試験は合格できるだろう。軍師という職に就きたい気持ちも理解できるし、合っている気もする。時代が時代なら、国で最も輝かしい活躍を見込めるやりがいのある仕事だ。
しかし今の平安な時代では、昼行燈のようなぼんやりした窓際族のような職である。現在の数名の国家軍師は誰一人、公で名前を知られることがない。献策するほどの国難がないので、諸外国や従属国との交渉などを行う外交官のような仕事が主だった。
絹枝にしてみれば、教師や薬師などはどんな時代にでも必要だと思うが、もう軍師は斜陽だと思う。なくてもよいのではないかと進言したいくらいだった。
将来が明るくないのに、試験は国で一番難しい。この王朝を開いた武王が軍師を一番素晴らしいものとし、彼自身が最高の名軍師と呼ばれる所以かもしれない。軍師がなくなるということはこの国のアイデンティティも無くなることに繋がるのかもしれなかった。
さらに軍師見習いになってから、主に寮生活になるが武芸を磨き、兵法書を読み、議論し、過去の戦のデータをもとに各々が国主となり中華を統一していくシミュレーションを行う。絹枝に言わせれば、机上の空論どころか遊戯にみえる。戦国時代ではない世の中に無用の長物とは軍師だろう。
どの職業にも性より才が重要視されるので、女性の進出も目覚ましい。薬師も教師も兵士も半数近く女性がいる。しかし王朝が開いていらい今まで女性が軍師に着いたことはなかった。現実的な女性にとって、先細りの軍師職など全く魅力を感じないのであろう。
「学舎で試験勉強を続けてもいいけど、どうする?」
「ここだと兵法の勉強はできないので家でやります。先生から写させてもらった兵法書で」
「そう。剣技とかは? 馬術もあるでしょう」
軍師試験には、筆記と武芸の実技もあった。
「あ、それですけど、明兄さまに稽古をつけてもらっています」
「まあ!」
星羅が本気で軍師を目指し、兵士見習いになっている息子の明樹とともにひそかに準備をしていたことに、絹枝は苦笑した。
「すみません……」
「いいの。本気なのね……」
「明兄さまも応援してくれています」
「明樹さんもね……」
若者というものは親の期待に応えてくれないものだと絹枝は改めて悟る。絹枝の希望では、星羅は教師になって明樹と結婚し落ち着いた暮らしをしてほしかった。軍師見習いになれば軍師にたどり着くまで、最短で何年かかるだろうか。絹枝が知ってる限り、20代で軍師になったものは知らない。
「あの、星羅さんは結婚についてどう考えているのかしら?」
進路の面談だというのに、こんな話を持ちだしてしまった自分を恥じたが、聞かずにおれない。
「結婚ですか?」
「ええ」
「まったく考えてません」
「……」
見習いでも助手でも、途中で結婚を禁じられていることはないので見習い同士で結婚することもあったが、星羅はそういう可能性がなさそうだ。明樹もきっとある程度の地位を築くまで、縁談には目もくれないだろう。
「婚約でもさせておこうかしら?」
「はい?」
「あ、いえ、こっちのこと」
男しかいないところで紅一点の星羅は、もしかしたら明樹以外の男のもとへ嫁いでしまうかもしれない。明樹も積極的な女兵士に言い寄られてしまうかもしれない。自分の縁談には全く気を揉まなかった絹枝だが、子供のことになると色々考え始め、妄想が膨れ上がってしまう。
「あの、先生? ほかに何か?」
「軍師だけは女人がいないのよ。それが心配で」
「ああ、そのことですか。明兄さまにも言われました。なのでもし軍師見習いになったら男名をつけて男装しておくとよいと」
「ええっ!? 男装?」
「名前も星雷がいいんじゃないかと、明兄さまがつけてくれました」
「は、はあ、まあそれは良い考えね。軍師省も認めてくれそうだわ」
婚約の話など場違いすぎてもう告げることはでいなかった。星羅の意志は固い。彼女の家族も反対することはないだろう。最後に絹枝は「何かあったら相談してね。合格を祈ってるわ」と微笑みを見せる。
力強く頷き、煌く瞳を見せた星羅は、翌年トップの成績で軍師見習いの試験に合格した。過去最高の成績だった。
絹枝はそれぞれの女学生と個人面談を終え、最後に星羅と面談する。
「星羅さんはどのような進路を望んでいるの? あなたならどんなの道も考えられそうね」
「教師の仕事も素晴らしいですね。でも、わたしは、あの……」
珍しくはっきり言わずもじもじしている。
「どんなことでもはっきりおっしゃいな」
「あの、軍師見習いの試験を受けたいと」
「え? 軍師見習い?」
「本気なの?」
「本気です」
「そう……」
「やっぱり無理そうでしょうか。わたしじゃ」
「いえ、無理ではないわ」
星羅の学力なら軍師見習いの試験は合格できるだろう。軍師という職に就きたい気持ちも理解できるし、合っている気もする。時代が時代なら、国で最も輝かしい活躍を見込めるやりがいのある仕事だ。
しかし今の平安な時代では、昼行燈のようなぼんやりした窓際族のような職である。現在の数名の国家軍師は誰一人、公で名前を知られることがない。献策するほどの国難がないので、諸外国や従属国との交渉などを行う外交官のような仕事が主だった。
絹枝にしてみれば、教師や薬師などはどんな時代にでも必要だと思うが、もう軍師は斜陽だと思う。なくてもよいのではないかと進言したいくらいだった。
将来が明るくないのに、試験は国で一番難しい。この王朝を開いた武王が軍師を一番素晴らしいものとし、彼自身が最高の名軍師と呼ばれる所以かもしれない。軍師がなくなるということはこの国のアイデンティティも無くなることに繋がるのかもしれなかった。
さらに軍師見習いになってから、主に寮生活になるが武芸を磨き、兵法書を読み、議論し、過去の戦のデータをもとに各々が国主となり中華を統一していくシミュレーションを行う。絹枝に言わせれば、机上の空論どころか遊戯にみえる。戦国時代ではない世の中に無用の長物とは軍師だろう。
どの職業にも性より才が重要視されるので、女性の進出も目覚ましい。薬師も教師も兵士も半数近く女性がいる。しかし王朝が開いていらい今まで女性が軍師に着いたことはなかった。現実的な女性にとって、先細りの軍師職など全く魅力を感じないのであろう。
「学舎で試験勉強を続けてもいいけど、どうする?」
「ここだと兵法の勉強はできないので家でやります。先生から写させてもらった兵法書で」
「そう。剣技とかは? 馬術もあるでしょう」
軍師試験には、筆記と武芸の実技もあった。
「あ、それですけど、明兄さまに稽古をつけてもらっています」
「まあ!」
星羅が本気で軍師を目指し、兵士見習いになっている息子の明樹とともにひそかに準備をしていたことに、絹枝は苦笑した。
「すみません……」
「いいの。本気なのね……」
「明兄さまも応援してくれています」
「明樹さんもね……」
若者というものは親の期待に応えてくれないものだと絹枝は改めて悟る。絹枝の希望では、星羅は教師になって明樹と結婚し落ち着いた暮らしをしてほしかった。軍師見習いになれば軍師にたどり着くまで、最短で何年かかるだろうか。絹枝が知ってる限り、20代で軍師になったものは知らない。
「あの、星羅さんは結婚についてどう考えているのかしら?」
進路の面談だというのに、こんな話を持ちだしてしまった自分を恥じたが、聞かずにおれない。
「結婚ですか?」
「ええ」
「まったく考えてません」
「……」
見習いでも助手でも、途中で結婚を禁じられていることはないので見習い同士で結婚することもあったが、星羅はそういう可能性がなさそうだ。明樹もきっとある程度の地位を築くまで、縁談には目もくれないだろう。
「婚約でもさせておこうかしら?」
「はい?」
「あ、いえ、こっちのこと」
男しかいないところで紅一点の星羅は、もしかしたら明樹以外の男のもとへ嫁いでしまうかもしれない。明樹も積極的な女兵士に言い寄られてしまうかもしれない。自分の縁談には全く気を揉まなかった絹枝だが、子供のことになると色々考え始め、妄想が膨れ上がってしまう。
「あの、先生? ほかに何か?」
「軍師だけは女人がいないのよ。それが心配で」
「ああ、そのことですか。明兄さまにも言われました。なのでもし軍師見習いになったら男名をつけて男装しておくとよいと」
「ええっ!? 男装?」
「名前も星雷がいいんじゃないかと、明兄さまがつけてくれました」
「は、はあ、まあそれは良い考えね。軍師省も認めてくれそうだわ」
婚約の話など場違いすぎてもう告げることはでいなかった。星羅の意志は固い。彼女の家族も反対することはないだろう。最後に絹枝は「何かあったら相談してね。合格を祈ってるわ」と微笑みを見せる。
力強く頷き、煌く瞳を見せた星羅は、翌年トップの成績で軍師見習いの試験に合格した。過去最高の成績だった。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】
日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。
それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。
ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。
「このままでは、あなたは後宮から追い出される」
実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。
迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。
けれど、彼には誰も知らない秘密があった。
冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる