華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

文字の大きさ
80 / 127

80 蒼樹の従妹

しおりを挟む
 息子の徳樹を抱いて庭を歩く。首が座ってから徳樹は庭のいたるところに目をやる。星羅は厩舎のまえに立ちそっと入ると彼女の気配をずっと前から感じていたらしく、馬の優々とロバの明々は待ち遠しそうに前足を踏み鳴らしていた。

「こんにちは。徳樹を連れてきたわ」

 二匹とも徳樹を驚かさないようにしているのか、静かにじっと見つめる。徳樹のほうが好奇心が強いようで背の低いロバの明々に手を伸ばす。

「あらあら、明々を撫でたいの?」

 手本を示すように、星羅は優しく明々の鼻面を撫でる。明々が嬉しそうに鼻を鳴らすと、徳樹も小さな手でそっと明々に触れた。明々は目を細め、また嬉しそうに鼻を鳴らす。隣で馬の優々が、待ちきれないといったふうに「ヒヒンっ」と鳴き前足を鳴らす。

「はいはい。こんどは優々よ」

 艶やかな優々の首筋を撫でると、徳樹も手を伸ばす。

「あっ!」

 小さな手が優々の首の毛を握りこんでしまう。優々はじっと耐えていた。

「優々。ごめんね、痛かったわね」

 徳樹の手を開かせ、むしられかけた毛を撫でつける。

「ヒンッ」

 優々は平気だというように啼いた。優々は名前通り気性の穏やかな馬でとても優しい。

「もう少ししたら一緒に乗せてね」

 星羅のお願いを優々は承知したようだった。明々と優々に会って徳樹はご機嫌になっている。あうーとか、まうーなど喃語が盛んに発声されている。それに呼応するように、明々と優々も優しい鳴き声を出す。

「ふふっ。仲良しになったのね」

 一人と二匹の会話を楽しんでいると、京湖がやってきた。

「ここにいたのね」
「どうかしたの?」
「お客様よ」
「わたしに?」
「ええ、お祝いに来てくださったの。おなじ軍師助手の郭蒼樹さんよ」
「ああ、蒼樹が。今行くわ。じゃあね」

 名残惜しそうな3人組だった。

 朱家は陸家とも郭家ともちがい高い塀も門もなく、木の柵と防風林で囲まれている。無造作に止められている郭家の馬車は、明らかに朱家のものではないことがわかる。

「馬車も立派ねえ」

 しっかりとした造りは、今風の飾りや派手な布地などは使われておらず堅牢そうだ。弓矢が飛んできても防げるだろう。権力や富の象徴を馬車や輿で表されることが多いが、郭家はやはり実を取るようだ。ある意味護送車のようでもある。
 繋がれている馬は遮眼帯がつけられている。少し視界を狭くして走ることに集中させられているようだ。徳樹が馬に反応して「あまー」と手を伸ばすが、郭家の馬はきっと他人を触れさせることはないだろう。

「だめだめ。蒼樹がいるときにしましょう」

 徳樹をなだめ、星羅は家に入った。

 小さな客間では2人腰掛けている。一人は郭蒼樹だがもう一人は女人だった。

「お待たせ」

 星羅が声を掛けると郭蒼樹が振り返り「やあ。元気そうだな」と立ち上がる。

「ありがとう。どうぞ、座って座って」

 郭蒼樹が立ち上がるともう一人の女人も立ち上がり、優雅に腰を落とし「初めまして」とあいさつをする。星羅よりも数歳若いだろうか。あどけなさと利発さが同居する複雑な年頃の少女のようだ。シックな装いの郭蒼樹とは違い、娘らしく薄紅色の明るい色彩の着物だ。髪はまだ結い上げておらず長い髪を自由にさせている。

「俺の従妹だ」
「柳紅美と申します。よろしく」

 親戚とはいえあまり顔立ちは似ておらず、クールな容貌の郭蒼樹と違い、血気盛んで精力的な強い瞳をしている。

「朱星羅です。この子は徳樹です」

 2人に徳樹を見せる。徳樹はすでに寝息を立てていた。籠の中にそっと徳樹を入れ、星羅も腰掛ける。

「本当は一人で来ようと思ってたのだが紅妹が一緒に行きたいとうるさくてな」
「蒼にい。一人で女人のもとに訪れるのは世間体があるからついてきてあげたんです」
「わかったわかった」
「わざわざありがとうございます」

 星羅が柳紅美に頭を下げるが、彼女はにこりともせず口早に「別に」と答える。

「紅茶をどうぞ」

 京湖が茶を運んできた。

「桂皮は好き嫌いがあるだろうからお好みでどうぞ」
「ありがとうございます」
「かあさま、ありがとう。後は良いわ」
「なにか御用があれば呼んでね」
「ええ」

 京湖が去ると柳紅美が「桂皮なんかどうするの?」とシナモンスティックをつまんで目の前で振る。

「ああ、それは紅茶に入れて何度か掻きまわすの」
「どれどれ」

 郭蒼樹は言われるように匙のようにかき混ぜ、とりだしてから一口飲む。

「ふーん。香り高くなるのだな」
「ええ、西国ではよく飲まれているみたい。ここに乳と砂糖を入れると格別なのよ」

 異文化に触れ興味深そうな郭蒼樹をよそに、柳紅美はやけに否定的だ。郭蒼樹のシナモン紅茶の香りをかぎ、顔をしかめる。

「ちょっときつすぎるわ。繊細な漢民族には合わないと思うわ。下品な飲み物ね」
「紅美!」
「あら、ごめんなさい」
「いえ、いいの。確かに飲みなれていないときついわよね。桂皮なしで召し上がれ」 
「色々な経験をする意思がないと軍師には向かないと思うぞ」
「そんなことないわ」
「軍師?」
「ああ、紅妹は今年で学舎を卒業して軍師試験を受けるつもりのようだ。受かるかどうか怪しいものだが」
「失礼ね。女学生の中で一番の成績なのよ?」
「まったくおてんばで困る」
「あら、星羅さんだって軍師じゃない」

 さすがの星羅にも柳紅美が郭蒼樹を好きなことが分かった。しかも何か誤解をしているのか、星羅は恋敵のような扱いで言葉にも態度にもとげがある。どうしたものかと考えていると、軽く眠って起きた徳樹がふああんと泣き声を出す。

「あ、起こしてしまったか。すまない」
「いいのいいの。まだまだこんな調子なのよ」
「抱いていいか?」
「え、ええ。大丈夫? 夫なんかこわがってしまって」
「俺の下に弟が3人いるんだ。結構、子守をさせられている」
「そうなのね。意外!」

 そっと取り上げ慣れた手つきで徳樹を抱き寄せる。徳樹は人見知りをすることなくすぐに機嫌がよくなり、また持ち前の好奇心を発揮し、蒼樹の頬を撫でる。

「ふふふっ。よく似ているな」
「ねえ! あたしにも抱かせてよ!」
「お前はだめだ。すぐに重いとか飽きたとか言って泣かせるからな。ほら、母上のところへ」

 ふわっと徳樹は星羅の手に渡る。その時に郭蒼樹の手が、星羅の手に触れていることを柳紅美は厳しい目で見ていた。

「そろそろ帰るよ」
「ああ、もう? 軍師省のほうはどうかしら?」
「まあぼちぼちだな」
「もう少ししたら復帰するつもり」
「そうか。待ってる」
「さよなら」

 最後までにこりともしない柳紅美は「すぐに追いつきますね」と宣戦布告のように告げて去っていった。

「うーん。後輩になるのかしら?」

 同じ軍師を目指すならば、仲良く協力したいと星羅は願う。復帰したときに郭蒼樹に彼女との仲を取り持ってもらおうと思った。

「明兄さま……」

 煩わしいことや、暗くなる気持ちをいつも明樹は明るく吹き飛ばしてくれた。その彼は今、遠く離れている。
 星羅は努力家で実行力もあり、志も高く未だ挫折というものを知らない。明樹がどれだけ心の支えになっているのか、今はまだ実感していなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...