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87 旅路
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馬を走らせ星羅はまっすぐに明樹の駐屯地を目指す。旅の供は馬の世話係の許仲典だ。
「星羅さん! 次の宿で休まねばだめだ」
「もう? もう少し行けないか?」
「無理だ。馬がもう走れねえ」
「そうか……」
「んだ」
許仲典の言うとおりにして、宿屋に泊ることにした。
――星羅は夫の明樹を探しに行くために、軍師省に休職願を出す。叶わねば辞職も覚悟の上だった。誰もいい顔をしなかったが、決心の堅い星羅に大軍師、馬秀永は西へ向かうことを許可した。唯一、星羅を煙たがっている柳紅美だけは、喜んでいた。
「退職になっても構いません。また試験を受けますし」
「わーっはっは。最高点でも更新する気か?」
教官の孫公弘が豪快に笑う。
「俺がついて行ってやりたいが」
「おいおい。軍師省から二人も抜けられると困るだろう。ただでさえ少数精鋭なのに」
郭蒼樹の言葉には孫公弘は青ざめる。
「残念だ。しかし一人ではだめだ。誰か、連れていけ。そうだ、許仲典がいいだろう」
「許仲典さん? 馬係の?」
「ああ、そりゃいい。そうしろ」
許仲典の一族は元々、高祖に仕える将軍の家系だった。忠臣だった一族は、国が平和に落ち着くにつれ、自分たちの役割も終わりだと悟り中央から退いていく。気性ものんびりとしており、野心もない許家の過去の栄光を知るものは郭家など、もう一部のみだった。
許仲典の忠義心といざというときの武力、そして馬を知り尽くしている彼は星羅の供にぴったりだ。彼に、星羅の供の話をすると二つ返事で快諾した。許仲典は主君を得たと拱手し、初めて鋭い目を見せた。
都から離れ、小さな町が点在し始めるとなんだか星羅は懐かしい気がした。まばらな木々、舗装がなされてない、でこぼこの轍だらけの道。もう記憶には残っていないが、実の母、胡晶鈴と別れ、朱家の家族と旅した風景に似てるのかもしれないと星羅はあたりを眺めた。
「どうしただ? 子供が心配か?」
「ん? いや、徳樹はかあさまが見てくれているし、心配ない。ちょっと懐かしい気がしただけ」
「そうかそうか。さ、宿が見えてきただ」
「うん」
小さな宿に着くと、許仲典はすぐさま馬を繋ぎ、水をやる。星羅が宿屋の主人に話をつけ終わると、馬たちはすでにゆっくり休んでいた。
「ごめんね。いっぱい走らせて」
今回の旅には馬の優々は連れてこなかった。郭家から一日で千里を駆けるという名馬、汗血馬を2頭借りている。それでも途中で馬を変えねばならないだろう。
「馬は役に立って喜んでいるだよ」
にこやかな許仲典に星羅は気が安らぐ。
「ありがとう。仲典さんがいなかったら馬を乗りつぶしてしまっていたかもしれない」
「んー。馬は優しいからなあ。星羅さんが走れと言えば倒れるまで走ってしまうかもな」
馬の優々は倒れて泡を吹くまで、星羅の言うとおりに走るのだろうかと思うと胸が痛んだ。
「まあまあ。おらたちも飯食って寝るべ」
「だね」
はやる心を抑えて星羅は食事をし寝床についた。駐屯地まではほぼ一本道なので迷うことはない。華夏国の中央を横断する道は、国境沿いに比べ、治安もよく盗賊もおらず安全だ。しかし飢饉の影響が出ているので、宿屋の食事は粗末で少なかった。
「仲典さん。私のも良かったら」
大きな体格の許仲典に、星羅は自分の椀を差し出す。
「いらねえいらねえ。星羅さんこそ、ちゃんと食べないといけないぞ」
「あんまり腹も減らないのだよ」
「だめだだめだ。ちゃんと食っておかねば。おらはこう見えて10日間くらい水だけで平気なんだぞ?」
「え? 10日間水だけ?」
「んだ。ご先祖様もそうだったらしい。だけんど、食べるときは象のように食べるんだって」
「へえ。象のように。食いだめできるなんて駱駝みたいだ」
「まあ、象も駱駝もみたことがねえけどな。わははっ」
「食べられるときにはちゃんと食べておかねばならないということね」
「んだ」
迫る飢饉に国に仕えず、夫を探す旅に出ることに罪悪感を持たなくもない。星羅は高祖にあこがれ、軍師を目指したのに自分がとても身勝手だと思えてしまう。
暗い表情をする星羅に、許仲典は良く気づき「どうしただ?」と聞いてくる。邪気のない彼の問いに星羅はついつい自分の気持ちを話すようになっている。
「そりゃあ、仕事の代わりはいっぱいあるけんど、旦那さんの代わりはないど」
「だよね」
思い悩むことを、明るく肯定してくれる許仲典に星羅はいつの間にか心をすっかり許していた。許仲典もこんなに親しみを持ち、敬意を払われたことはなかった。先祖が高祖の忠臣であったことで、許家に敬意をはらわれることはあるが、馬の世話係である彼自身に対してではない。許仲典は星羅が危機に見舞われたなら命に代えても守る覚悟を持っている。
「星羅さん! 次の宿で休まねばだめだ」
「もう? もう少し行けないか?」
「無理だ。馬がもう走れねえ」
「そうか……」
「んだ」
許仲典の言うとおりにして、宿屋に泊ることにした。
――星羅は夫の明樹を探しに行くために、軍師省に休職願を出す。叶わねば辞職も覚悟の上だった。誰もいい顔をしなかったが、決心の堅い星羅に大軍師、馬秀永は西へ向かうことを許可した。唯一、星羅を煙たがっている柳紅美だけは、喜んでいた。
「退職になっても構いません。また試験を受けますし」
「わーっはっは。最高点でも更新する気か?」
教官の孫公弘が豪快に笑う。
「俺がついて行ってやりたいが」
「おいおい。軍師省から二人も抜けられると困るだろう。ただでさえ少数精鋭なのに」
郭蒼樹の言葉には孫公弘は青ざめる。
「残念だ。しかし一人ではだめだ。誰か、連れていけ。そうだ、許仲典がいいだろう」
「許仲典さん? 馬係の?」
「ああ、そりゃいい。そうしろ」
許仲典の一族は元々、高祖に仕える将軍の家系だった。忠臣だった一族は、国が平和に落ち着くにつれ、自分たちの役割も終わりだと悟り中央から退いていく。気性ものんびりとしており、野心もない許家の過去の栄光を知るものは郭家など、もう一部のみだった。
許仲典の忠義心といざというときの武力、そして馬を知り尽くしている彼は星羅の供にぴったりだ。彼に、星羅の供の話をすると二つ返事で快諾した。許仲典は主君を得たと拱手し、初めて鋭い目を見せた。
都から離れ、小さな町が点在し始めるとなんだか星羅は懐かしい気がした。まばらな木々、舗装がなされてない、でこぼこの轍だらけの道。もう記憶には残っていないが、実の母、胡晶鈴と別れ、朱家の家族と旅した風景に似てるのかもしれないと星羅はあたりを眺めた。
「どうしただ? 子供が心配か?」
「ん? いや、徳樹はかあさまが見てくれているし、心配ない。ちょっと懐かしい気がしただけ」
「そうかそうか。さ、宿が見えてきただ」
「うん」
小さな宿に着くと、許仲典はすぐさま馬を繋ぎ、水をやる。星羅が宿屋の主人に話をつけ終わると、馬たちはすでにゆっくり休んでいた。
「ごめんね。いっぱい走らせて」
今回の旅には馬の優々は連れてこなかった。郭家から一日で千里を駆けるという名馬、汗血馬を2頭借りている。それでも途中で馬を変えねばならないだろう。
「馬は役に立って喜んでいるだよ」
にこやかな許仲典に星羅は気が安らぐ。
「ありがとう。仲典さんがいなかったら馬を乗りつぶしてしまっていたかもしれない」
「んー。馬は優しいからなあ。星羅さんが走れと言えば倒れるまで走ってしまうかもな」
馬の優々は倒れて泡を吹くまで、星羅の言うとおりに走るのだろうかと思うと胸が痛んだ。
「まあまあ。おらたちも飯食って寝るべ」
「だね」
はやる心を抑えて星羅は食事をし寝床についた。駐屯地まではほぼ一本道なので迷うことはない。華夏国の中央を横断する道は、国境沿いに比べ、治安もよく盗賊もおらず安全だ。しかし飢饉の影響が出ているので、宿屋の食事は粗末で少なかった。
「仲典さん。私のも良かったら」
大きな体格の許仲典に、星羅は自分の椀を差し出す。
「いらねえいらねえ。星羅さんこそ、ちゃんと食べないといけないぞ」
「あんまり腹も減らないのだよ」
「だめだだめだ。ちゃんと食っておかねば。おらはこう見えて10日間くらい水だけで平気なんだぞ?」
「え? 10日間水だけ?」
「んだ。ご先祖様もそうだったらしい。だけんど、食べるときは象のように食べるんだって」
「へえ。象のように。食いだめできるなんて駱駝みたいだ」
「まあ、象も駱駝もみたことがねえけどな。わははっ」
「食べられるときにはちゃんと食べておかねばならないということね」
「んだ」
迫る飢饉に国に仕えず、夫を探す旅に出ることに罪悪感を持たなくもない。星羅は高祖にあこがれ、軍師を目指したのに自分がとても身勝手だと思えてしまう。
暗い表情をする星羅に、許仲典は良く気づき「どうしただ?」と聞いてくる。邪気のない彼の問いに星羅はついつい自分の気持ちを話すようになっている。
「そりゃあ、仕事の代わりはいっぱいあるけんど、旦那さんの代わりはないど」
「だよね」
思い悩むことを、明るく肯定してくれる許仲典に星羅はいつの間にか心をすっかり許していた。許仲典もこんなに親しみを持ち、敬意を払われたことはなかった。先祖が高祖の忠臣であったことで、許家に敬意をはらわれることはあるが、馬の世話係である彼自身に対してではない。許仲典は星羅が危機に見舞われたなら命に代えても守る覚悟を持っている。
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