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90 交換
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軍師省に届けられた書状には、陸明樹とその夫人星羅を、朱京湖と交換したいという内容が書かれてあった。更に、交換に応じれば、華夏国の飢饉に食料の援助も申し出ると書かれてある。しかし断れば、もちろん明樹と星羅の命はないし、いつでも出撃の準備ができていると脅迫文もあった。華夏国の飢饉がすでに西国に知られているようだ。
星羅の養母の朱京湖を西国が欲するのか理由が分からない軍師省は、朱家に赴き状況を話す。使者には、星羅と親しい郭蒼樹が出向いた。
なかなか帰ってこない星羅の代わりに、郭蒼樹が訪れると、京湖は悪い予感が当たったような表情で彼を出迎える。そして事情を聞いたとき、目の前が真っ暗になった気がしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか」
「あ、あ、ええ」
郭蒼樹は京湖の手を取り、椅子に腰かけさせる。
「どうして西国があなたを欲するのでしょうか」
「20年以上経っているのに……」
京湖は震える声でここまで来た経緯を話す。もう古い過去のような話で、自分自身でさえ、なぜ華夏国に住んでいるのか忘れるほどであった。
郭蒼樹も一人の男が20年以上も京湖を手に入れるために画策していたことに驚く。だが、その執着心を京湖には悪いが、なくもないと思っていた。
「どうしますか」
聞くまでもなく答えは決まっているが郭蒼樹は尋ねるしかなかった。華夏国としても、朱京湖が西国に帰国してくれないと都合が悪い。
「行きましょう。すぐにでも。あ、でも夫と息子に別れを告げたいから2日ほど待ってほしいわ」
「ええ。早馬で西国には返事をしておきます」
京湖は覚悟を決めて西国に帰る。夫の彰浩も息子の京樹も引き留めはしないだろう。
「娘には絶対に手を出させないわ」
星羅は京湖にとって本当に愛しい娘だ。その娘を救うために命も投げ出しても惜しくはない。20何年か前には、星羅の生みの母、胡晶鈴が自分の身代わりになってくれた。その恩も返さねばならない。
今夜、悲痛な家族の別れ話になるだろう想像はつくが、京湖をだれも止めることはできない。郭蒼樹を見送って、京湖は安穏と過ごした小屋を見渡す。昼寝をしている徳樹を見に行くと、幼いころの星羅の顔を思い出す。
「ごめんね。もうおばあさまは徳樹を抱っこしてやれないかも」
幸せな日々が終ってしまうと京湖ははらはらと涙を流す。しばらく感傷に浸っていると外で馬の泣き声が聞こえたので表に出る。
馬を柵につなぎ、走ってくるものがいた。星羅の舅である陸慶明だった。息子夫婦の消息と、交換の話を聞いて急いでやってきたようだった。
「陸殿……」
「今、聞いて。西国に帰られるのですか」
「ええ。それしか二人を救うことはできないので」
「残念だ」
一番事情を知っている慶明も、何の手立てもなかった。
「もう、ここには戻れないでしょうね。徳樹をしばらく陸家で預かっていただけませんか?」
「もちろん」
「よかった……」
話し合えることは何もなかったが、京湖は西国にいる、自分を蛇のようにしつこく手に入れようとする男を思い出し身震いする。
「ほかに私にできることが何かあれば」
「ありがとうございます、もう、特に……」
「そうですか……」
頭を下げて去ろうとする慶明を、京湖は引き留めた。
「あの一つだけお願いが。ほしいものがあるのです」
「なんでも」
「毒を」
「毒?」
「お願いです」
死をも覚悟している京湖に怖いものは何もなかった。
「わかりました。明日中に用意しましょう」
慶明も毒を何に使うかなど詮索はしなかった。ただ彼女の要望通りに、すぐさま調合し渡すだけだ。
「さあ、食事の支度をしないと」
明後日にはもうこの家を出る。それまで出来るだけ日常生活を味わっていたかった。
星羅の養母の朱京湖を西国が欲するのか理由が分からない軍師省は、朱家に赴き状況を話す。使者には、星羅と親しい郭蒼樹が出向いた。
なかなか帰ってこない星羅の代わりに、郭蒼樹が訪れると、京湖は悪い予感が当たったような表情で彼を出迎える。そして事情を聞いたとき、目の前が真っ暗になった気がしてしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか」
「あ、あ、ええ」
郭蒼樹は京湖の手を取り、椅子に腰かけさせる。
「どうして西国があなたを欲するのでしょうか」
「20年以上経っているのに……」
京湖は震える声でここまで来た経緯を話す。もう古い過去のような話で、自分自身でさえ、なぜ華夏国に住んでいるのか忘れるほどであった。
郭蒼樹も一人の男が20年以上も京湖を手に入れるために画策していたことに驚く。だが、その執着心を京湖には悪いが、なくもないと思っていた。
「どうしますか」
聞くまでもなく答えは決まっているが郭蒼樹は尋ねるしかなかった。華夏国としても、朱京湖が西国に帰国してくれないと都合が悪い。
「行きましょう。すぐにでも。あ、でも夫と息子に別れを告げたいから2日ほど待ってほしいわ」
「ええ。早馬で西国には返事をしておきます」
京湖は覚悟を決めて西国に帰る。夫の彰浩も息子の京樹も引き留めはしないだろう。
「娘には絶対に手を出させないわ」
星羅は京湖にとって本当に愛しい娘だ。その娘を救うために命も投げ出しても惜しくはない。20何年か前には、星羅の生みの母、胡晶鈴が自分の身代わりになってくれた。その恩も返さねばならない。
今夜、悲痛な家族の別れ話になるだろう想像はつくが、京湖をだれも止めることはできない。郭蒼樹を見送って、京湖は安穏と過ごした小屋を見渡す。昼寝をしている徳樹を見に行くと、幼いころの星羅の顔を思い出す。
「ごめんね。もうおばあさまは徳樹を抱っこしてやれないかも」
幸せな日々が終ってしまうと京湖ははらはらと涙を流す。しばらく感傷に浸っていると外で馬の泣き声が聞こえたので表に出る。
馬を柵につなぎ、走ってくるものがいた。星羅の舅である陸慶明だった。息子夫婦の消息と、交換の話を聞いて急いでやってきたようだった。
「陸殿……」
「今、聞いて。西国に帰られるのですか」
「ええ。それしか二人を救うことはできないので」
「残念だ」
一番事情を知っている慶明も、何の手立てもなかった。
「もう、ここには戻れないでしょうね。徳樹をしばらく陸家で預かっていただけませんか?」
「もちろん」
「よかった……」
話し合えることは何もなかったが、京湖は西国にいる、自分を蛇のようにしつこく手に入れようとする男を思い出し身震いする。
「ほかに私にできることが何かあれば」
「ありがとうございます、もう、特に……」
「そうですか……」
頭を下げて去ろうとする慶明を、京湖は引き留めた。
「あの一つだけお願いが。ほしいものがあるのです」
「なんでも」
「毒を」
「毒?」
「お願いです」
死をも覚悟している京湖に怖いものは何もなかった。
「わかりました。明日中に用意しましょう」
慶明も毒を何に使うかなど詮索はしなかった。ただ彼女の要望通りに、すぐさま調合し渡すだけだ。
「さあ、食事の支度をしないと」
明後日にはもうこの家を出る。それまで出来るだけ日常生活を味わっていたかった。
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