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98 王太子候補
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しばらく長男の陸明樹の喪に伏した後、陸慶明は久しぶりに王族の健診にやってきた。王の曹隆明とともに、珍しく王妃の桃華がそばにいる。初めて見る睦ましい二人の姿に慶明は驚き、明樹と星羅の若い夫婦の仲の良かった様子を思い出した。
「もう、仕事ができるのか?」
労りのある隆明の言葉に、慶明は「恐れ入ります」と感謝の言葉を述べた。隆明は陸家のことだけではなく、胡晶鈴との間に生まれた娘である星羅のことを心配している。そのことがよくわかっているので慶明は率直に話す。
「私たちよりも、嫁が心配です。ろくに寝もせず食べもせず仕事ばかりしております」
「そうか……」
「孫のことも、構う暇がないくらいです」
「軍師省が多忙を極めておるのはわかるが」
話が深くなるにつれ、そばにいる王妃の桃華が気になってしまい、慶明はぼかしたような話を続ける。そのことに気付いた隆明は「はっきり申してよい。星羅が朕の娘であることは王妃のみ知っておる」と桃華に視線を送る。
「ええっ?」
驚いた慶明が、桃華に視線を送ると彼女はこくりと頷いた。いつの間に、秘密を共有するほどの仲になっていたのかと慶明は驚いた。
「この国難の状況下において、星羅に休養をとらせられないのが気の毒だな」
「ええ……。ただ休めても星羅は休もうとしますまい」
「徳樹の様子はいかがか?」
「母親を煩わせることなく軍師省で大人しくしています」
「軍師省におるのか」
「ええ。なぜか徳樹は軍師省に行きたがるのです。妻と乳母が面倒をみようとするのですが」
徳樹は母親から離れたくないと思って側にいるふうではなかった。まだ幼い彼は、軍師省で議論や策が練られているそばでじっと話を聞き、うとうと眠り、腹が減った時だけ星羅を呼ぶ。殺伐とした軍師省で徳樹は軍師たちに安らぎを与える存在のようであった。
「まこと、天子というものは徳樹殿のようですわね。陛下によく似ておいでで」
王妃の桃華が優しく隆明に話しかける。
「天子、か」
「あの、陛下。徳樹殿を王太子としてお迎えできませぬか? 杏華公主の子として」
「ふ、む」
桃華の提案に、脈診を行っている慶明の脈が速くなってきた。慶明は桃華と同様に、ずっと以前から自分の孫を王太子にとひっそり望んでいたのだ。
「できませぬか?」
「できぬこともない。しかし色々手筈を整えねばならぬ。本来なら生まれるはずのない子なのでな……」
陰りのある隆明の表情を見て、桃華も苦しくなる。
「わたしのせいで……」
「そなたに罪はない」
慶明は、桃華が男児を産めなかったことを苦しんでいるのだと思っていたが、桃華は自分が選ばれていない妃であることを話していた。冷宮に送られた姉が王家に嫁いでいればきっと男児が生まれただろうと思っている。
「どうでしょう。本当は杏華公主が男児をお生みになっていたが、母子ともに療養中であったため公表できなかったことにすれば」
「まあ!」
「ほう」
慶明の提案に、隆明と桃華は顔を明るくする。
「あ、しかし星羅殿が承知するのかしら。杏華はきっと子供を喜んで慈しむと思うわ」
「こちらの都合だけで話してしまったが、星羅に話してみないとな。慶明頼めるか?」
「ええ。きっと星羅も良い話だと思うでしょう」
慶明は早速、今夜にでも星羅に話そうと話の手順を考えた。それと同時に、徳樹の立太子を邪魔する人物をどうにかしなければと考え始めている。
慶明が去ったあと、隆明と桃華は二人で庭に出た。手入れは良くされているが、気候が寒冷化され花は咲かなくなっている。
「また温かくなったらそなたの好きな花でも植えようか。好きな花はあるか?」
桃華はこうして隆明を一緒に歩くことが出来、心に花が咲き乱れるような気持だった。
「春に咲く花ならなんでも好きですわ」
「そうか。もっと他にも好きなものを聞かせておくれ」
「ええ」
30年近く過ぎてやっと心を通わせ会う二人に、優しい風が流れる。桃華は初めて安心と幸福を感じている。今、飢えて死んでも心は満たされている。
「もう、仕事ができるのか?」
労りのある隆明の言葉に、慶明は「恐れ入ります」と感謝の言葉を述べた。隆明は陸家のことだけではなく、胡晶鈴との間に生まれた娘である星羅のことを心配している。そのことがよくわかっているので慶明は率直に話す。
「私たちよりも、嫁が心配です。ろくに寝もせず食べもせず仕事ばかりしております」
「そうか……」
「孫のことも、構う暇がないくらいです」
「軍師省が多忙を極めておるのはわかるが」
話が深くなるにつれ、そばにいる王妃の桃華が気になってしまい、慶明はぼかしたような話を続ける。そのことに気付いた隆明は「はっきり申してよい。星羅が朕の娘であることは王妃のみ知っておる」と桃華に視線を送る。
「ええっ?」
驚いた慶明が、桃華に視線を送ると彼女はこくりと頷いた。いつの間に、秘密を共有するほどの仲になっていたのかと慶明は驚いた。
「この国難の状況下において、星羅に休養をとらせられないのが気の毒だな」
「ええ……。ただ休めても星羅は休もうとしますまい」
「徳樹の様子はいかがか?」
「母親を煩わせることなく軍師省で大人しくしています」
「軍師省におるのか」
「ええ。なぜか徳樹は軍師省に行きたがるのです。妻と乳母が面倒をみようとするのですが」
徳樹は母親から離れたくないと思って側にいるふうではなかった。まだ幼い彼は、軍師省で議論や策が練られているそばでじっと話を聞き、うとうと眠り、腹が減った時だけ星羅を呼ぶ。殺伐とした軍師省で徳樹は軍師たちに安らぎを与える存在のようであった。
「まこと、天子というものは徳樹殿のようですわね。陛下によく似ておいでで」
王妃の桃華が優しく隆明に話しかける。
「天子、か」
「あの、陛下。徳樹殿を王太子としてお迎えできませぬか? 杏華公主の子として」
「ふ、む」
桃華の提案に、脈診を行っている慶明の脈が速くなってきた。慶明は桃華と同様に、ずっと以前から自分の孫を王太子にとひっそり望んでいたのだ。
「できませぬか?」
「できぬこともない。しかし色々手筈を整えねばならぬ。本来なら生まれるはずのない子なのでな……」
陰りのある隆明の表情を見て、桃華も苦しくなる。
「わたしのせいで……」
「そなたに罪はない」
慶明は、桃華が男児を産めなかったことを苦しんでいるのだと思っていたが、桃華は自分が選ばれていない妃であることを話していた。冷宮に送られた姉が王家に嫁いでいればきっと男児が生まれただろうと思っている。
「どうでしょう。本当は杏華公主が男児をお生みになっていたが、母子ともに療養中であったため公表できなかったことにすれば」
「まあ!」
「ほう」
慶明の提案に、隆明と桃華は顔を明るくする。
「あ、しかし星羅殿が承知するのかしら。杏華はきっと子供を喜んで慈しむと思うわ」
「こちらの都合だけで話してしまったが、星羅に話してみないとな。慶明頼めるか?」
「ええ。きっと星羅も良い話だと思うでしょう」
慶明は早速、今夜にでも星羅に話そうと話の手順を考えた。それと同時に、徳樹の立太子を邪魔する人物をどうにかしなければと考え始めている。
慶明が去ったあと、隆明と桃華は二人で庭に出た。手入れは良くされているが、気候が寒冷化され花は咲かなくなっている。
「また温かくなったらそなたの好きな花でも植えようか。好きな花はあるか?」
桃華はこうして隆明を一緒に歩くことが出来、心に花が咲き乱れるような気持だった。
「春に咲く花ならなんでも好きですわ」
「そうか。もっと他にも好きなものを聞かせておくれ」
「ええ」
30年近く過ぎてやっと心を通わせ会う二人に、優しい風が流れる。桃華は初めて安心と幸福を感じている。今、飢えて死んでも心は満たされている。
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