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 一時間ほど歩くと町中に出る。

吉弘の言う通り、外国人がジープに乗って狭い町を往来していた。

砂埃が舞い、せき込みながら珠子は洋食屋『イタリヤ亭』のある繁華街へと向かう。



 この町は大きな被害は少ない様で戦前と同じ店構えが立ち並び、そろそろ再開の見通しを立てようとしているものも多くいそうだ。



 期待を込めてイタリア亭へ急ぐ。

(店長いるかしら?)

「あっ」

 店構えはそのままだが看板が変わっていた。



「カフェー アメリカ……」

 ぼんやりと文字を読んでいると、隣に男が並んで声を掛けてきた。

「何か御用ですか?」

「え、あの、以前ここは洋食屋だったと思うのですが、失くなってしまったのでしょうか?」

「ああ。店長が戦争で亡くなってしまいましてね。今度は僕がここでカフェーを始めることにしたんです」

「えっ、あ、店長が……。そ、そうですか……」



 予想をしていたことではあるが実際に知ると胸が痛んだ。

愛してはいなかったが『一緒になりたかった』と言ってくれた言葉を思い出し、涙が溢れた。

「お知り合いでしたか」

「あ、ええ。少しだけ。ありがとうございました」



 頭を下げて立ち去ろうとすると男が「ああ、待って」と引き留めた。

「は、はい」

「あなたは仕事を探しているのではないですか?」

「え、ええ、まあ……」

「どうです?ここのカフェーで働くのは。なかなかいい女給がこなくてねえ」

「は、はあ……」

 まるで既視感の様な気がする。

井川三郎にこの男は雰囲気も似ている。

(仕事……しなくちゃ)

珠子は前と同じような感覚でここに勤めることに決めた。
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