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17 風土病
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アンドレイが三回住まいを変えるころ、シャルロッタは瑞々しい乙女へと成長する。シスターたちとともに清らかな心を持ち、母親のエレーナに似て可憐で美しい。誰かに師事したわけでもないのに、エレーナのトウシューズを履いてバレエを踊り、何もない修道院のシスターたちに楽しみを与えていた。
幼いころは頻繁に届いた手紙は、大人になるにつれ減っていった。しかし彼女の会いたい、帰ってきてという要望は減ることがなく、アンドレイは半年に一度ほど、土産を持って修道院に向かった。
馬の嘶きが聞こえたのか、アンドレイが馬車から降りる前にシスターたちが何人か彼を出迎える。ただし険しい表情で。
「どうかしたのか?」
「ああ、アンドレ様、本当に良いときにお帰りになって下すって……」
「ん? 」
青ざめているシスターはアンドレイを急かすように修道院へ招き入れた。
「シャルロッタが……」
「彼女が?」
「ここの風土病にかかってしまったのです」
「医者は?」
「もちろん診てもらいました……」
シャルロッタの外見は茶色の髪と瞳を持つ一見、東国風の容貌だが、実際は北国の生まれだ。この地域の風土病に対する免疫がなく、非常に危険な状態らしい。
寝室に入ると薄暗い中で短く荒い息をしているシャルロッタが、うつろな瞳で天井を見ている。
「シャル……」
静かに声を掛けると目線だけがアンドレイのほうを向く。わずかに目じりが下がり、口をかすかに動かせる。バラ色だった頬は土色で、唇も青い。久しぶりにシャルロッタの母、エレーナの臨終間際を思い出し胸が痛んだ。
一番年老いたシスターがアンドレイに目配せをして、寝室の外で頭を下げた。
「アンドレイ様、どうか可愛いシャルロッタをお救いください。もうあなた様の――」
「シスター。私はもう私の代で終わりにしようと思っているのだ」
「しかし――」
「人ではなくなってしまう……」
「……」
黙り込むアンドレイにそれ以上シスターは何も言えなかった。ただ今夜が峠だろうと告げ、静かにそばを離れた。何もできることのないシスターたちは教会で静かに祈りをささげ続ける。シャルロッタの命が尽きるまで。
シャルロッタの胸の上がり下がりを見つめたままアンドレイは思案する。彼女に永遠の命を与えればこの風土病などたちまち克服し、バラ色の頬がよみがえるのだ。
しかし人としての人生は終わる。アンドレイの母は、父から永遠の命を授かることなくアンドレイを産んでから死んだ。母は永遠の命よりも、愛する男の血を受け継ぐ息子を産むことを選んだ。その選択は彼女にとってとても幸福なものだった。今、シャルロッタが永遠の命を持つと、アンドレイの母のように、そして彼女の母エレーナのような幸福は得られない。
「どうしたものか……」
このままにしておいても彼女は死んでしまう。静かに凪いでいるような感情にわずかに波が立つ。エレーナを失った時にも少し味わった感情だ。シャルロッタが死ねば、更に胸が痛むのだろうか。
呼吸の間隔が今度は長くなり始めた。もう息を吸うのも吐くのも億劫そうな状態だ。すでに瞳は閉じられている。手首を持つと軽く、指先に打ち返す脈はもうかすかになっている。
椅子に腰かけたままアンドレイはシャルロッタの暗い色の髪を撫で、そっと髪をかき分け首筋を出させる。何度か細く白い首筋を指先でなぞる。
「シャル……」
立ち上がって彼女の上に覆いかぶさり、そっと彼女の首筋に唇を押し当てる。若い乙女の首筋と血管を目の前にし、アンドレイは初めて心とは別に本能的な興奮を感じる。普段潜まれていた彼の暗部がとうとう表に出てくる。
瞳が真っ赤に燃えたような色彩になり、犬歯が長く鋭く伸び歯ではなく牙となる。その牙をゆっくりと首筋に埋めていく。血管に綺麗な穴をあけると、首を咥えたまま牙だけを縮め、ゆるゆると出てくる血を飲み干し舐めあげる。
「ああ……」
身体中が血を美味いと感じている。口の中で咀嚼する様にシャルロッタの血を味わう。血が出ている穴の周りも舐めあげ吸い付く。舌を生き物のように這わせ首筋に愛撫を施す。血が止まってくるとシャルロッタは目をかっと見開いた。彼女の瞳も燃えるような秘色になっている。
「あ、ああ、アンド、レイ」
両手を持ち上げシャルロッタは彼を探し求める動きをする。
「ここだよ。さあ、おいで」
軽いシャルロッタを抱き起し、真っ赤な瞳で見つめあった。
「きっとわかるだろう」
アンドレイは横に向き自分の首を彼女に見せる。シャルロッタはさらに目を見開いた。彼女の犬歯も牙と化している。ごくりと喉を鳴らして、教わりもしないのにアンドレイの首筋に嚙みついた。
「うっ……」
アンドレイは呻く。痛みのためではなく快感のためだった。
幼いころは頻繁に届いた手紙は、大人になるにつれ減っていった。しかし彼女の会いたい、帰ってきてという要望は減ることがなく、アンドレイは半年に一度ほど、土産を持って修道院に向かった。
馬の嘶きが聞こえたのか、アンドレイが馬車から降りる前にシスターたちが何人か彼を出迎える。ただし険しい表情で。
「どうかしたのか?」
「ああ、アンドレ様、本当に良いときにお帰りになって下すって……」
「ん? 」
青ざめているシスターはアンドレイを急かすように修道院へ招き入れた。
「シャルロッタが……」
「彼女が?」
「ここの風土病にかかってしまったのです」
「医者は?」
「もちろん診てもらいました……」
シャルロッタの外見は茶色の髪と瞳を持つ一見、東国風の容貌だが、実際は北国の生まれだ。この地域の風土病に対する免疫がなく、非常に危険な状態らしい。
寝室に入ると薄暗い中で短く荒い息をしているシャルロッタが、うつろな瞳で天井を見ている。
「シャル……」
静かに声を掛けると目線だけがアンドレイのほうを向く。わずかに目じりが下がり、口をかすかに動かせる。バラ色だった頬は土色で、唇も青い。久しぶりにシャルロッタの母、エレーナの臨終間際を思い出し胸が痛んだ。
一番年老いたシスターがアンドレイに目配せをして、寝室の外で頭を下げた。
「アンドレイ様、どうか可愛いシャルロッタをお救いください。もうあなた様の――」
「シスター。私はもう私の代で終わりにしようと思っているのだ」
「しかし――」
「人ではなくなってしまう……」
「……」
黙り込むアンドレイにそれ以上シスターは何も言えなかった。ただ今夜が峠だろうと告げ、静かにそばを離れた。何もできることのないシスターたちは教会で静かに祈りをささげ続ける。シャルロッタの命が尽きるまで。
シャルロッタの胸の上がり下がりを見つめたままアンドレイは思案する。彼女に永遠の命を与えればこの風土病などたちまち克服し、バラ色の頬がよみがえるのだ。
しかし人としての人生は終わる。アンドレイの母は、父から永遠の命を授かることなくアンドレイを産んでから死んだ。母は永遠の命よりも、愛する男の血を受け継ぐ息子を産むことを選んだ。その選択は彼女にとってとても幸福なものだった。今、シャルロッタが永遠の命を持つと、アンドレイの母のように、そして彼女の母エレーナのような幸福は得られない。
「どうしたものか……」
このままにしておいても彼女は死んでしまう。静かに凪いでいるような感情にわずかに波が立つ。エレーナを失った時にも少し味わった感情だ。シャルロッタが死ねば、更に胸が痛むのだろうか。
呼吸の間隔が今度は長くなり始めた。もう息を吸うのも吐くのも億劫そうな状態だ。すでに瞳は閉じられている。手首を持つと軽く、指先に打ち返す脈はもうかすかになっている。
椅子に腰かけたままアンドレイはシャルロッタの暗い色の髪を撫で、そっと髪をかき分け首筋を出させる。何度か細く白い首筋を指先でなぞる。
「シャル……」
立ち上がって彼女の上に覆いかぶさり、そっと彼女の首筋に唇を押し当てる。若い乙女の首筋と血管を目の前にし、アンドレイは初めて心とは別に本能的な興奮を感じる。普段潜まれていた彼の暗部がとうとう表に出てくる。
瞳が真っ赤に燃えたような色彩になり、犬歯が長く鋭く伸び歯ではなく牙となる。その牙をゆっくりと首筋に埋めていく。血管に綺麗な穴をあけると、首を咥えたまま牙だけを縮め、ゆるゆると出てくる血を飲み干し舐めあげる。
「ああ……」
身体中が血を美味いと感じている。口の中で咀嚼する様にシャルロッタの血を味わう。血が出ている穴の周りも舐めあげ吸い付く。舌を生き物のように這わせ首筋に愛撫を施す。血が止まってくるとシャルロッタは目をかっと見開いた。彼女の瞳も燃えるような秘色になっている。
「あ、ああ、アンド、レイ」
両手を持ち上げシャルロッタは彼を探し求める動きをする。
「ここだよ。さあ、おいで」
軽いシャルロッタを抱き起し、真っ赤な瞳で見つめあった。
「きっとわかるだろう」
アンドレイは横に向き自分の首を彼女に見せる。シャルロッタはさらに目を見開いた。彼女の犬歯も牙と化している。ごくりと喉を鳴らして、教わりもしないのにアンドレイの首筋に嚙みついた。
「うっ……」
アンドレイは呻く。痛みのためではなく快感のためだった。
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