異端の末裔

はぎわら歓

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22 最果て

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 シャルロッタは最後のシスターの血を飲み干してしまった。

「どうしよう。もう食べるものがないわ」

 いつの間にか彼女はシスターたちを食料とみなしていたようで、シスターの存在は心情的なものではなくなっていた。アンドレイは拘束を解かれたが、静かに横たわり体力の温存に努めている。多少痩せはしたが、永遠の命には影響がなかった。

「思ったよりも早かったな……」

 シスターたちがいなくなれば、シャルロッタはこの修道院をでて他の人間を襲い始めるだろう。

「それだけは食い止めなければ」

 飢える前にシャルロッタはアンドレイのもとにやってくるはずだ。同胞にしてしまったかわいそうな彼女をアンドレイの手で始末するほかなかった。
 静かに扉が開き、細い光とともにシャルロッタが部屋に入ってきた。ベッドの上のアンドレイの胸の上にシャルロッタはすがりつく。

「どうしよう。もう食べるものがないの……」
「もう飢えているのか?」
「ううん」

 眉を寄せ心配そうな彼女にアンドレイは優しく笑いかけ「大丈夫だよ」と髪をなでる。

「アンドレイ……」

 すっと顔をあげアンドレイの瞳を見た瞬間に、シャルロッタは視線を外せなくなった。アンドレイは燃えているような紅い瞳を見せる。その瞳を見続けるとシャルロッタは身体の中から高揚感と安堵と得てすべてを委ねたくなってきた。

「シャル……」

 アンドレイの顔が間近にせまり、唇が重なった。物理的に視線が外れてもシャルロッタは魅了されたまま恍惚としてアンドレイの口づけを受ける。アンドレイの丁寧な愛撫を全身に感じ、肌が重ねられた。貫かれたわずかな痛みがシャルロッタを正気にさせる。

「アンドレイ。ママともこうしたの?」
「いや。君だけだよ」
「そう、よかった」

 シャルロッタの母、エレーナは生前、シャルロッタの父親のことよりもアンドレイの話を良くしていた。幼いころはそう思わなかったが、大人になるにつれエレーナはアンドレイの恋人だったのではないかと考えていた。母の話を聞き、アンドレイに会うたびにシャルロッタは彼の花嫁になりたいと思っていた。ここにいるシスターたちすべての願いでもあった。

 わずかな痛みは一瞬で、すぐに快感のとりこになった。夢中でアンドレイの引き締まった身体にしがみつき、シャルロッタは喜びの声をあげた。
 首筋に牙が突き立てられるのを感じる。それには痛みはなかった。引き抜かれ血を吸われる。

「ああ……」

 シャルロッタは自分の命が吸い尽くされるのだとわかった。

「すまない……」
「いいの……」

 恐怖はなかった。シスターたちの悦びをシャルロッタもやっと得られるのだ。肉体の快感が絶頂に達した刹那、最後の一滴を吸い尽くされる。しかし彼女の内側にアンドレイの熱が放たれたので失われただけではなかった。

「アンド、レイ……」

 快感だけでなく満足そうな笑みを浮かべてシャルロッタはこと切れた。冷たく硬くなってきた彼女をアンドレイはしばらく抱きしめ続けた。



 北国では新しい皇帝が立った後、何度目かの革命でやっと君主制は崩壊した。国境は以前のような厳戒態勢はとられておらず、旅行者が自由に行き来している。

「旅行かい?」
「いや、妻の帰省なんだ」
「ああ、なるほどな」

 御者台のアンドレイの隣で目を閉じているシャルロッタのフードから金色の髪が見えている。彼女の血を吸い尽くした後、アンドレイは馬車に乗せ北国に向かう。息絶えた彼女は北に近づくにつれ髪が金色に変わっていった。
 シャルロッタの生まれた町に寄り、エレーナの墓に参る。

「エレーナ、すまない」

 町はすっかり寂れ、墓だけが残っていた。アンドレイは更に北を目指す。もうこれ以上馬は進められないというところで人に馬車を譲り、シャルロッタを抱いて大雪原を歩く。

 大地が切れたようにとぎれ、流氷の海が広がる。

「さあ私の花嫁。一緒に行こう」

 アンドレイはシャルロッタと自分の体が離れ離れにならないように、重ねた体にロープで何重も巻き付けた。ほどけないことを確認し、しっかりと彼女の身体を抱いて海の中に飛び込んだ。
 青白く精霊のようなシャルロッタを抱き、アンドレイは目を閉じてずっとずっと海の底深く沈んでいった。呪われた血を持つアンドレイは、美しい花嫁と安住の地を得た。

 今でも美しい彫像のような二人の男女はしっかりと抱き合って海底に横たわっている。




 
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