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第一部
34 女性客
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昼食を済ませた緋紗はペンションの隅々を見学した。
太い丸太が何本も使われて無骨だが頑丈で温かみのある和夫そのもののようだ。
ペンションの周りを歩いてスカーレットオークの木にぶつかる。
直樹が好きだといった木。
自分の分身だといいのにと愛しそうにその木の葉を見つめた。
薪をある程度割り終えて、直樹は厨房でディナーの準備を始めた。
さっきの和夫の言葉が多少気にはなっていたが、今はまだそんな時期でも関係でもないので考えることはあまりなかった。
ただ緋紗を手放したくはないと感じている。
会えば会うほど抱き合えば抱き合うほど緋紗の存在が色濃くなっていく。――まだわからない。
次にどうなるかもわからない。
頭を軽く振って調理に専念した。
夕方になると客が次々にやってきた。
緋紗は厨房にこもって作業をしていたので、どんな客が来ているかよく知らなかったし、たいして知りたいとも思わず、小夜子から軽く客層のデータを聞きそれに応じて多少対応を変えるくらいだ。
直樹はピアノ演奏のため、多少客と顔を合わせることもあるだろうが、緋紗は裏方なので客と話をしたのは、この前の陶芸教室のみだ。
今夜の客層はほぼ女性客のグループで元気で賑やかだ。
ディナータイムのピアノは直樹が担当で、演奏が聴けるのも今日が最後かもしれず、緋紗は客が静かに食事をしてくれるように祈った。
客たちが夕食の席に着き始め料理も並び落ち着き始めたころ、直樹もやってきてピアノの前に座った。
静かにピアノが流れ始める。
聴き始めた客もいるがそんなに主張もしない演奏なのでさらっと流されていた。
今日は緋紗にもよく聴こえてきた。――良かった。聴こえる。
昨日は騒めきでよく聴こえなかった。
ついでに直樹のタキシード姿も目に焼き付けておきたいと思い、そうっと覗く。
ライトの加減で直樹は青白く、より冷たく硬質な雰囲気が漂い、無機質だが精密な指先の動きが緋紗をエロティックな気分にさせる。
噛まれた肩が熱くなる。
演奏を聴いているとあっという間に時間が過ぎてしまいそうだ。
小夜子に、「緋紗ちゃんもっと食べないとだめよ?」 と、注意されてしまった。
小夜子は緋紗が真剣な目で直樹を見ている様子に、和夫と同様(この娘が悲しい思いをしませんように)と思うのだった。
演奏が終わり、軽く拍手をもらって頭を下げ、直樹が立ち去ろうとすると女性客の一人が何か話しかけた。
直樹は軽く驚いた様子だが、すぐに笑顔で答えている。――なんだろ。楽しそう……。
心配そうな顔の緋紗に、「営業スマイルよ」小夜子はフォローを入れたつもりで言った。
「そうですかあ」
間の抜けたような返答をして緋紗は片付けを始めたが、直樹はまだ何か女性と話している。
緋紗は気になってしょうがないが、気にしてない素振りで仕事に集中するよう努めた。
女性が手を振ってやっと離れた。
直樹もまんざらではなさそうだ。
むしゃくしゃするが何ともできず片付けるしかなかった。
しばらくして着替えた直樹が降りてきて手伝い始めると小夜子がすかさず、「知り合いか何か?」と、聞いた。
「ああ。中学の時の同級生。十六、七年ぶりに会ったよ。こっちは最初、誰かわからなかったけどね」
「ああ。そうなんだ。地元なのにここに泊まってくれたのね」
小夜子はへーという顔をした。
「女三人プチリフレッシュ旅だってさ」
――なんだ。同級生か……。
聞いてくれた小夜子に感謝して少し安心した緋紗だった。
二人で浴場に向かった。
並んで歩くのが嬉しいと思っていると浴場の前にさっきの女性が立っていた。
「大友君、ちょっと」
直樹を呼びつける。
「緋紗、先に入ってて」
「あ、はい」
緋紗は黙って言うとおりにすると直樹は女性客とロビーのほうへ向かった。
後ろ姿を見送って緋紗は広い風呂場にぼんやりと入る。――どれくらい親しかった同級生だろ。
不安の影がもやもやと緋紗を襲う。
身体をゴシゴシと洗って湯船につかったがすっきりせず、落ち着かなくなり出ることにした。
部屋に戻ろうと歩いているとロビーから話し声が聞こえてきた。
まだあの女性客と直樹は話をしているらしい。――あーあ。今日は暖炉に行けないな……。
こじんまりした部屋が広く感じてしまう。
自分の知らない直樹を知ってる女性。
一人でベッドに入るとやけに広くて寒々しく時間も長く感じた。
直樹が部屋に帰ってきたがなんだか待って起きているのも嫌だと思い、緋紗は寝たふりを決め込んだ。――さっきの人と楽しく過ごしたんだろうな。
直樹がベッドにもぐりこんで「起きてる?」と、声をかけてきたが無視をした。
「寝ちゃったか。遅くなってごめん。おやすみ」
直樹は昨日噛んだ緋紗の肩を後ろから抱きしめて眠り始める。――すねないで起きてたらよかった。
緋紗は後悔しながら眠った。
太い丸太が何本も使われて無骨だが頑丈で温かみのある和夫そのもののようだ。
ペンションの周りを歩いてスカーレットオークの木にぶつかる。
直樹が好きだといった木。
自分の分身だといいのにと愛しそうにその木の葉を見つめた。
薪をある程度割り終えて、直樹は厨房でディナーの準備を始めた。
さっきの和夫の言葉が多少気にはなっていたが、今はまだそんな時期でも関係でもないので考えることはあまりなかった。
ただ緋紗を手放したくはないと感じている。
会えば会うほど抱き合えば抱き合うほど緋紗の存在が色濃くなっていく。――まだわからない。
次にどうなるかもわからない。
頭を軽く振って調理に専念した。
夕方になると客が次々にやってきた。
緋紗は厨房にこもって作業をしていたので、どんな客が来ているかよく知らなかったし、たいして知りたいとも思わず、小夜子から軽く客層のデータを聞きそれに応じて多少対応を変えるくらいだ。
直樹はピアノ演奏のため、多少客と顔を合わせることもあるだろうが、緋紗は裏方なので客と話をしたのは、この前の陶芸教室のみだ。
今夜の客層はほぼ女性客のグループで元気で賑やかだ。
ディナータイムのピアノは直樹が担当で、演奏が聴けるのも今日が最後かもしれず、緋紗は客が静かに食事をしてくれるように祈った。
客たちが夕食の席に着き始め料理も並び落ち着き始めたころ、直樹もやってきてピアノの前に座った。
静かにピアノが流れ始める。
聴き始めた客もいるがそんなに主張もしない演奏なのでさらっと流されていた。
今日は緋紗にもよく聴こえてきた。――良かった。聴こえる。
昨日は騒めきでよく聴こえなかった。
ついでに直樹のタキシード姿も目に焼き付けておきたいと思い、そうっと覗く。
ライトの加減で直樹は青白く、より冷たく硬質な雰囲気が漂い、無機質だが精密な指先の動きが緋紗をエロティックな気分にさせる。
噛まれた肩が熱くなる。
演奏を聴いているとあっという間に時間が過ぎてしまいそうだ。
小夜子に、「緋紗ちゃんもっと食べないとだめよ?」 と、注意されてしまった。
小夜子は緋紗が真剣な目で直樹を見ている様子に、和夫と同様(この娘が悲しい思いをしませんように)と思うのだった。
演奏が終わり、軽く拍手をもらって頭を下げ、直樹が立ち去ろうとすると女性客の一人が何か話しかけた。
直樹は軽く驚いた様子だが、すぐに笑顔で答えている。――なんだろ。楽しそう……。
心配そうな顔の緋紗に、「営業スマイルよ」小夜子はフォローを入れたつもりで言った。
「そうですかあ」
間の抜けたような返答をして緋紗は片付けを始めたが、直樹はまだ何か女性と話している。
緋紗は気になってしょうがないが、気にしてない素振りで仕事に集中するよう努めた。
女性が手を振ってやっと離れた。
直樹もまんざらではなさそうだ。
むしゃくしゃするが何ともできず片付けるしかなかった。
しばらくして着替えた直樹が降りてきて手伝い始めると小夜子がすかさず、「知り合いか何か?」と、聞いた。
「ああ。中学の時の同級生。十六、七年ぶりに会ったよ。こっちは最初、誰かわからなかったけどね」
「ああ。そうなんだ。地元なのにここに泊まってくれたのね」
小夜子はへーという顔をした。
「女三人プチリフレッシュ旅だってさ」
――なんだ。同級生か……。
聞いてくれた小夜子に感謝して少し安心した緋紗だった。
二人で浴場に向かった。
並んで歩くのが嬉しいと思っていると浴場の前にさっきの女性が立っていた。
「大友君、ちょっと」
直樹を呼びつける。
「緋紗、先に入ってて」
「あ、はい」
緋紗は黙って言うとおりにすると直樹は女性客とロビーのほうへ向かった。
後ろ姿を見送って緋紗は広い風呂場にぼんやりと入る。――どれくらい親しかった同級生だろ。
不安の影がもやもやと緋紗を襲う。
身体をゴシゴシと洗って湯船につかったがすっきりせず、落ち着かなくなり出ることにした。
部屋に戻ろうと歩いているとロビーから話し声が聞こえてきた。
まだあの女性客と直樹は話をしているらしい。――あーあ。今日は暖炉に行けないな……。
こじんまりした部屋が広く感じてしまう。
自分の知らない直樹を知ってる女性。
一人でベッドに入るとやけに広くて寒々しく時間も長く感じた。
直樹が部屋に帰ってきたがなんだか待って起きているのも嫌だと思い、緋紗は寝たふりを決め込んだ。――さっきの人と楽しく過ごしたんだろうな。
直樹がベッドにもぐりこんで「起きてる?」と、声をかけてきたが無視をした。
「寝ちゃったか。遅くなってごめん。おやすみ」
直樹は昨日噛んだ緋紗の肩を後ろから抱きしめて眠り始める。――すねないで起きてたらよかった。
緋紗は後悔しながら眠った。
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