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第一部
61 プロポーズ
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仲良くバイキング料理を取りに行き、席に着くと和夫が緋紗にワインを持ってきてくれた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
直樹は水だが二人で乾杯した。
「美味しい」
緋紗はにっこりして料理を楽しんでいる。
直樹も少し食べてから緋紗の食べるペースが落ちるのを待った。
グラスワインを飲みほしてデザートに手を付けたころ、直樹は春の窯焚きから緋紗と離れている間に考えたことを話した。
「緋紗。これからのことなんだけど。聞いてくれるかな」
「はい」
緋紗は食べかけていたデザートを途中にして手を膝に置いた。
「いいよ。食べながらで」
「え。あ、そうですか?」
緋紗は緊張を解いた。
「緋紗は備前にずっといたいのかな?」
「いえ。そういうわけじゃないですよ。備前焼きが一番好きなだけで場所にこだわりはないです」
「そうか。よかった。静岡にきてくれる?」
「きてもいいんですか?」
「もちろんだよ。そばに居て欲しいんだ」
「私も直樹さんのそばに居たいです」
「それで来年の春からなんだけど僕は前の職場に戻ろうと思ってるんだ」
「え?今の仕事辞めるんですか?」
「うん。今の仕事のままだと少し経済的に苦しいかな。緋紗のアトリエとか建ててやりたいし」
「あの。ちょっと待ってください。好きな仕事でしょう?」
直樹は淡々と、「いいんだ」と、一言言った。
緋紗は直樹の気持ちが痛いほどよくわかる。
少し時間がとまって、また動き出す。
「私も同じことを考えていたんです。陶芸を辞めてここに来るつもりでした」
直樹ははっとして緋紗を見つめた。
「直樹さんが私の陶芸のことを考えてくれて本当にうれしいです。今まで陶芸を辞めてほしいと言われたことはありましたけど……。私は陶芸を選んできたんです。でも直樹さんのそばに居られるなら辞めてもいいと思ってここに来ました。今、直樹さんが森の仕事を辞めるって聞いて……。私、間違ってるかもと思ったんです」
直樹は緋紗の話を静かに聞いたあと自分の思いを話した。
「僕はこの仕事を始めることにしたときに彼女がすごく反対してね。やっていけないって言われたんだ。結婚すれば子供だってできるし子供の将来とか老後とか経済的な見通しが全く立てられないってね。その時は結婚どころかそんな先のことなんてどっちでも良くて好きなことをする方が大事だったんだ。でも今は緋紗と一緒にいられる事のほうが大事なんだ」
少しの沈黙の後、緋紗が話し始めた。
「私の好きな作家の小説の中に、少女が自由に駆け回る獣に恋をする話があるんです。獣も少女が好きになって彼女のものになるために檻に入るんですけど……」
「走らない獣に魅力が感じられなくなって少女は獣を見なくなり、そして獣は死ぬんだったよね」
直樹は先をつづけた。
死んだように魂が抜けた空っぽの身体でも抱き合っていれば、一緒に時間を過ごすことはできるかもしれない。
しかし今のような歓びはないだろう。
二人は静かに見つめ合う。
なんてぴったり合うんだろう。
ベターハーフというのはこういう相手のことかもしれない。
同じことを同じように二人は思った。
そして二人には少女と獣の未来が待っているのだと実感した。
「帰ろうか」
緋紗は黙って頷いた。
和夫と小夜子に、「またね」と元気よく声をかけられたが笑顔でいることで精一杯だった。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
直樹は水だが二人で乾杯した。
「美味しい」
緋紗はにっこりして料理を楽しんでいる。
直樹も少し食べてから緋紗の食べるペースが落ちるのを待った。
グラスワインを飲みほしてデザートに手を付けたころ、直樹は春の窯焚きから緋紗と離れている間に考えたことを話した。
「緋紗。これからのことなんだけど。聞いてくれるかな」
「はい」
緋紗は食べかけていたデザートを途中にして手を膝に置いた。
「いいよ。食べながらで」
「え。あ、そうですか?」
緋紗は緊張を解いた。
「緋紗は備前にずっといたいのかな?」
「いえ。そういうわけじゃないですよ。備前焼きが一番好きなだけで場所にこだわりはないです」
「そうか。よかった。静岡にきてくれる?」
「きてもいいんですか?」
「もちろんだよ。そばに居て欲しいんだ」
「私も直樹さんのそばに居たいです」
「それで来年の春からなんだけど僕は前の職場に戻ろうと思ってるんだ」
「え?今の仕事辞めるんですか?」
「うん。今の仕事のままだと少し経済的に苦しいかな。緋紗のアトリエとか建ててやりたいし」
「あの。ちょっと待ってください。好きな仕事でしょう?」
直樹は淡々と、「いいんだ」と、一言言った。
緋紗は直樹の気持ちが痛いほどよくわかる。
少し時間がとまって、また動き出す。
「私も同じことを考えていたんです。陶芸を辞めてここに来るつもりでした」
直樹ははっとして緋紗を見つめた。
「直樹さんが私の陶芸のことを考えてくれて本当にうれしいです。今まで陶芸を辞めてほしいと言われたことはありましたけど……。私は陶芸を選んできたんです。でも直樹さんのそばに居られるなら辞めてもいいと思ってここに来ました。今、直樹さんが森の仕事を辞めるって聞いて……。私、間違ってるかもと思ったんです」
直樹は緋紗の話を静かに聞いたあと自分の思いを話した。
「僕はこの仕事を始めることにしたときに彼女がすごく反対してね。やっていけないって言われたんだ。結婚すれば子供だってできるし子供の将来とか老後とか経済的な見通しが全く立てられないってね。その時は結婚どころかそんな先のことなんてどっちでも良くて好きなことをする方が大事だったんだ。でも今は緋紗と一緒にいられる事のほうが大事なんだ」
少しの沈黙の後、緋紗が話し始めた。
「私の好きな作家の小説の中に、少女が自由に駆け回る獣に恋をする話があるんです。獣も少女が好きになって彼女のものになるために檻に入るんですけど……」
「走らない獣に魅力が感じられなくなって少女は獣を見なくなり、そして獣は死ぬんだったよね」
直樹は先をつづけた。
死んだように魂が抜けた空っぽの身体でも抱き合っていれば、一緒に時間を過ごすことはできるかもしれない。
しかし今のような歓びはないだろう。
二人は静かに見つめ合う。
なんてぴったり合うんだろう。
ベターハーフというのはこういう相手のことかもしれない。
同じことを同じように二人は思った。
そして二人には少女と獣の未来が待っているのだと実感した。
「帰ろうか」
緋紗は黙って頷いた。
和夫と小夜子に、「またね」と元気よく声をかけられたが笑顔でいることで精一杯だった。
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