流行りの異世界転生が出来ると思ったのにチートするにはポイントが高すぎる

はぎわら歓

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野弧と娘

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1 出会い

 うっそうと茂るシダと、湿っぽい苔の上で横たわる冷たくなった硬い母親の乳房を、いくら吸っても乳は出ず、その代わりに彼女のわき腹に刺さった矢傷から流れ出た血を舐めた。ひりつくような刺激の強いその赤い液体は、私の喉を潤すことも腹を満たすこともしない。受け付けられない味わいに空かせた腹を抱えて、母親の周りをうろついているときに彼に出会った。
「可哀想に。母狐が死んでしまったのか。しかし人間を恨むではないぞ」
「ウラム? ウラムって何? 腹が減った。腹が減った」
 幼い畜生の私には母親が死んだことが悲しいとか、矢を放った人間を恨むなどの感情はなく、ただただ空腹が辛かった。
「そうかそうか。腹が減って辛いのか。お前はまだ心を持たぬのだな」
「ココロ? それを持つと腹が膨れるのか? 腹が減った。腹が減った」
「よしよし。おいで」
 そっと身体を大きな両手で包み、抱き上げられた私の口に一滴の甘い水が転がり落ちた。
「甘い。甘い。もっと、もっと!」
「ふふふ。美味いか」
 目の前を良く見ると硬い丸い葉の上に、更に上からぽつぽつと雫が垂れ溜まっている。それを彼は私に飲ませた。乳とは違うが甘く優しく喉を潤し、空腹を感じなくなっている。
「山には恵みが多いのだが、今のお前にはまだ厳しいであろうな」
 赤子の私には生き延びる知恵を母親から授けられておらず、このままでは朽ち果てるのみだった。腹が満たされた私は落ち着き、彼の手の中の温かさで瞼が閉じかけたとき「私の使いにすることにしよう」と優しく全身を撫でられたのを感じた。

 その日から私は彼の使いとなる。彼は私を、黄金色の毛皮を見て「金陽」と名付けた。彼が何者かを知るのはそう遅くはなかった。私を懐に入れ山を歩いていると、童たちとすれ違う。山を駆け回っている彼らは私たちに出会うと「天様!」と声を掛け手を振る。彼――天様は微笑みを返し、また山をめぐる。天様はこの山の精霊であり、神なのだ。不思議なことに彼の姿は大人には見えない。
「どうして大人には見えない?」
「童と大人では見たいものと見えるものが違うのだよ」
 理解はできないがそのようなものかと私は深く考えることもせず納得し、彼が与えてくれる甘い雫やら木の実などを食べ育っていった。
 湿り気を帯びたしっとりとした空気の中をゆるゆると歩き、季節の移り変わりを感じながら静かに暮らす。私たちが見えていた童は大きくなり、私たちを見失うが、また彼らは子を作り、その子らが私たちを見つけた。
 何度か季節が変わるころ私もすっかり大きくなり青年狐と成長していた。もう彼に抱かれることはなく、とてつもない速度で野山を駆け回り、彼の周りをくるくる回った。
「天様! 天様! ほら僕の尻尾面白いでしょ」
 私はふさふさとした黄金の尻尾を追いかけるようにその場をくるくる回る。
「ふふふ。目を回さぬようにな」
 優しく見つめる天様を楽しませたいと私は色々な遊びを披露する。ゆるゆると流れる静かな時間と心地よい空間と優しい天様と永遠に過ごすのだとこの時私は信じ切っていた。

 時折、天様の笑顔に陰りが出始め、私もなんだかそわそわと落ち着かない日々を過ごすようになった。遠くの山から飛んできた小鳥が天様にここのところの異変を伝える。私にはこの山が全てだったので、それより広い世界があり、更にはこの山を変化させようとする者がいたことに驚きを隠せなかった。
 小鳥の話を聞き、天様は寂し気に私の頭を撫で「そろそろ別れの時が来たかもしれぬ」と呟いた。
「別れ? 別れってなんです? 親から子供が離れるってことですか?」
「ふふ。そうだな」
 嫌な予感がしていた。次の日、天様はいつもとは違う道をどんどん下り、とうとう山を下りてしまった。
「こんな世界の果てに来てどうするのですか?」
 山の麓は深い霧に覆われており、それ以上私も天様も進んだことはなかった。
「この霧を抜けて、この山が見えなくなるところまで行きなさい。そこでは安心して暮らせるから」
「え? なぜこのままここに居てはいけないんですか? 天様はどうするんですか?」
「私はこの山を抜け出すことは出来ない。この山、そのものだからだ。しかしここはそろそろお前が住めぬ場所になるだろう」
 この山の自然が奪われていることに私は全然気が付かなかった。後で知ったことであるが、人間が戦乱のために大量の木々を切り倒した上に、異国の神をまつるのだという。天様は精霊であるが故、自然と、そして人の信仰がなくては存在し得ぬらしい。
「もう時間がない。金陽、教えたことを守りなさい。そうすればずっと心安らかに生きていけるから。いいね。恨むでないぞ」
「恨む……」
 遠い記憶の中でその言葉を幼い時に聞いたことを思い出す。と、同時に天様の姿がうすぼんやりと霞んできてしまった。
「天様! お姿が! ああ!」
「よい。私の天寿である。お前と過ごせて、しあ……」
 ふわりと全ての姿が消えた。私は唖然としてぼんやり立っていたが、天様が死んだ私の母の亡骸を地面に埋め、山と一体化したことを思い出し、急いで私もそうしようと天様を探す。
 土をせっせと掘り、天様を姿をきょろきょろ探し、また土を掘るが彼の髪の毛一筋も残っていなかった。そのうち人間の男たちのざらついた不愉快な笑い声が聞こえ始め、土を掘る私の足元にひゅっと一本の矢が飛んで地面に刺さった。
「うあああっ!」
 母狐の命を奪ったのは一本の矢だ。私は初めて怖いという感情が芽生え、濃い霧の中に身を投じ息が切れるまで走りぬいた。


2 堕落

 無我夢中で走り、気が付くと少し乾燥しているが静かな人気のない森の中にたどり着いた。天様といた山とは違い紅葉した木々と、深く積もった枯葉がカサカサと鳴る。チョロチョロと水の流れる小さな小川を見つけ、水を飲み、転がっているどんぐりをかじった。いつも舐めていた蜜のような甘い水と香ばしい木の実ではなかったが、とりあえず腹を満たし、木の根元で丸くなって眠り続けた。
「天様……」
 夢の中で彼とゆるゆると山を散策する。優しく撫でられ、私はお返しに尻尾で彼の頬をくすぐる。そして「また会えますよね」と問いかけて返事を待っているうちに、眩しい日の光で目が覚めた。
「あ……。ここは……」
 天様はやはりいなかった。彼が消えたことが夢ではなかった。私はまた初めての感情を知る。寂しさだ。
「天様……天様……」
 母狐を失ったときは、空腹が辛いだけだった。今は違う。寂しくて悲しくて孤独だ。天様のいた山に戻ってももう彼はおらず、下卑た人間と荒地があるばかりだろう。
 ぼんやりと小川の淵で佇んでいると野鼠がやってきた。
「おや。あんたは精霊のみ使いかね。主はどうした?」
「天様は、消えたんだ」
「おやまあ! また異国の神に負けちまったのかい。情けないったら。お前もとっとと異国の神の使いでもした方がいいぞ。うまい思いもできるしな!」
 矢を放った人間のような下品な声を出して笑う野鼠に私はカッとなり飛びついた。
「うるさい! お前に何がわかる!」
「ひいっ! ぎっ、きぃ……」
 喉に牙を食い込ませ、野鼠を絶命させる。赤子の時にはまずくて飲めなかった血潮をごくりと飲みこみ、肉を貪っているうちに私は畜生となる。金陽と呼ばれた黄金色の毛皮は輝きを失い、怪しい赤黒い毛並みに変わった。
 天様と一緒に過ごし、精霊の使いであったためか私は普通の狐と違い殺生をすることなく生きてきた。また天様には遠く及ばないが人間が呼ぶ霊力というものもあり空を飛び姿を変えることもでき、命に限りがないように生きた。しかし最初に殺生をしてから私は精霊の使いである金狐から野狐へと堕ちていった。

 腹が減れば獣を捉え食らう他の動物と人間とも変わらぬ日々を送っていたが、私にはその獲物の血肉のみならず、そのものが持つ命の霊力をも食らうことが出来るおかげで、死ぬことも老いることも持っている能力を失くすこともなかった。しかしこの生き方は純粋な生き物としての生を全うすることでもなく、天様のように生きとし生けるものの信仰の対象ともならぬ、悪鬼としての姿だった。私は長い年月生き永らえ、『金陽』と名を呼ばれることもなくなり『野弧』と蔑まれ恐れられる存在となった。そのことがもはや私のとって矜持となりますます自分の存在を知らしめる行為へと繋がっていく。
「恐れるがいい。異国の神など信じたところでお前たちは私の糧になるだけだ」
 それでもまだ人間を食らったことはなかった。腹は減り獣を食べはするが、少しの肉と血潮で身体は満たされる。人間ほど大きなものを狩る必要はないのだ。そのため私の側には、食い余したものを下げ渡してもらうべく、血なまぐさい息を吐く獣が付いて回った。勿論私の腹が減っているときに近づけば己が餌食になると分かっているので一定の距離を保っている。鬱陶しい輩ではあったが、食い残しを朽ち果てさせることに比べたらましであろうと特に何も気にせずにいた。そしてその獣の命が今尽きようとしている。私と少し似た容貌のその犬ははあはあと荒い息をし、だらりと舌を伸ばし私を初めて呼んだ。
「金陽様、いままでありがとうございました」
「お前は私の名を知っていたのか」
「ええ。天様の使いのあなたのことは我が一族でも語られていました」
「お前の一族とな?」
 この犬は犬神の一族であり、故郷を離れ独り霊力を高めようとしていたところに私を見つけ、ついて来ていたようだ。
「あなたの残り物でも頂いたら、力が増すかと思いましたが、そうでもなかったですねえ」
 浅いため息をつき、虚ろになり始めた瞳は視点が定まらなくなっている。その様子を見ていると、珍しく情けをかけてやろうかという気になった。
「故郷へ戻してやろうか」
「へえ? 本当ですか? ああ、嬉しいなあ。故郷を離れたせいで力が半減してしまっていて」
やせ細った彼を背負い運ぶのは造作もない事だった。遠くぼんやりと霞む陸地を鼻づらで指し、ふんふんと匂いを嗅ぎながら「あそこです」と言うので、私はふうっと大きく息を吸い込み、高く舞い上がり、一番近い陸地に降り立つ。
「うわあー、さすが金陽様だ。なんて高く飛ぶのだろう」
何度か繰り返し、その土地に足を踏み入れると、背負っていた彼の毛並みに艶が戻り始めていた。
「ああ、この匂い。もう少しで故郷だ……」
今までの土地と違い湿度が高く、霧に煙っている。険しい岩肌だらけの高い山を登り頂上に立つと何やら大きな影が現れた。
「ああ……。長老だ」
「……」
静かに立ち止まり様子をうかがっていると、全身、真っ白な雪のような毛並みの大きな犬が現れる。背負っている犬の二倍、つまり私の三倍はあるであろう大型な犬である。
「ようこそ。金陽様。我らの一族のものをお連れくださいましてありがとうございます」
「いや……」
「わしは一族の長でございます」
長老は恭しく頭を垂れる。
「長老……」
私の背から、ずるりと滑り降りやせ細った犬が甘えたように鼻を鳴らす。
「やれやれ。わかったであろう。霊力をまず高めてから出て行かないと。これだから今どきの若者は身の程知らずで困る」
「すみません……」
しょんぼりと身体を低くするが、土地の霊気を吸っているであろう、その犬は命の輝きを取り戻し始めている。
「どうぞ。金陽様。ご馳走させてくだされ」
「いや、私は別に……」
「そう言わずに、金陽様! どうぞ!」
いつの間にかすっかり元に戻ったような若い犬に苦笑しながら私は犬神の村へと入っていった。


3 美食

 村には社が立っている。茅葺屋根の粗末なものではあるが雨露や寒さをしのぐには十分すぎる。
「ここが住いか」
「ええ。人間たちが我々を祀るためにために建てたのですよ」
「ほう。ここはまだ異国の神がおらぬのじゃな」
「ええ、ええ。小さい島ですし、海で隔たれておりますから、異国の者も相手にせぬのでしょうな」
「そうか」
 私が拠点としていた場所から比べると確かに田舎だ。建物、人間の着るものなどが私の幼かった頃と同じ様子だった。しかし、その昔ながらの様子は天様と過ごした優しい時間を思い起こさせ、古傷のように感じた。ぼんやりしているまま社に通され、人間が奉っていた卵と絞めた鳥が目の前に出される。
「どうぞ、召し上がってくだされ」
「ん、あ、ああ」
 一口肉をかじり取る。そこで初めて『味』というものを感じる。
「いかがです?」
 若い犬が尋ねてくる。
「う、む。なんだか不思議だ。旨いと思う」
「そうですか! そうですか! よかった!」
「お前たちはいつもこのようなものを食べているのか」
「え、ええ。わしらは人が生みし一族で人に養われています」
「なるほど」
 犬神たちは人間の手によって呪詛のために生まれ、信仰の対象になっている。
「だから、己で狩ることなく私の食べ残しを食らっておったのか」
「ええ、わしらは狩りをしたことがないんです」
 人間が育てた家畜の味というものを知る。人の手により世話をされ肥やされた家畜の味はなんとも旨い。噛んだ時の柔らかな弾力。たっぷりの脂身。肉汁の多さ。
ただ野生の動物と違い命の霊力が少ない。そのため量を食べる必要を感じた。しばらく滞在し、もてなされた後再び、大きな河を飛び越え本土へと戻る。
 行く当てのない私は適当に山々をぶらつき、ふっと元いた山へ帰ってみることにした。あの若い犬の望郷の念が移ってしまったのであろうか。高い山も低い山もさっと飛び越えてあっという間に天様と過ごした山に着く。
「こんなに小さな山であったのだろうか」
 昔はこの山が全てであり広々とした世界であったが、今、外の世界から帰ってくるととてもこじんまりとした山であった。それでも懐かしく心地よさを感じる。
「これが故郷か」
 山を一回りするのも一瞬であった。めぐっている最中に小さな村が出来ているのを見つける。そこでは珍しく異郷の神が祀られておらず私にとって居づらい場所ではなかった。更に良いことに家畜が豊富であった。犬神のところで家畜を食らったおかげで私は命の霊力よりも味に魅せられており行く先々で家畜を食らった。
「ここで落ち着くことにするか」
 私は腹がすけば鳥と卵を食べた。勿論食べ散らかすことはせず、骨まで綺麗に残さず食べる。村人たちは最初は全く気付かなかったが、さすがに増えない卵といつの間にか数羽になっている鳥に異変を感じた。見張りが置かれるようになったが私にはどうということはない。音を立てるどころか姿を見せることもないからだ。

 ある日の真夜中、焚火を囲み見張っている男の前で、白い卵を宙に浮かせる。
「た、卵が、浮いてる?」
 卵に顔を近づけた瞬間にその卵を飲みこんで見せると男は腰を抜かした。
「ひっ! 消えたっ!」
 村人を驚かせることが面白く、ただ家畜を食べるだけでなくいたずらもする。牛を食べた後、さすがに骨が固く食べる気がしなかったので組み立てておいてやった。村人がその骨だけになった牛の前にやってきた時に、風を吹かせばらばらと崩れさせる。
「ひいいいっ!」
 慌てふためくさまは愉快だ。大きな家畜を食べるとしばらく腹が減らないので、村人たちをからかった。暗闇の中にぼんやり灯りをともしたり、笑い声をたてたり。こうしてなんとなく日々を過ごしていると、恐れる村人たちはとうとう村の若い娘を生贄に差し出してきた。
 日暮れ時、狭い村の真ん中にムシロを引き、白い着物を着せた娘を座らせ、空に向かって村の長が叫ぶ。
「どうぞ! この娘を差し上げます! お願いですから、どうかお怒りを鎮めてください!」
 私は何も怒っておらず、ただの暇潰しであったが、彼らにとっては恐怖でしかなかったようだ。ムシロの上に座っている青白く華奢な若い娘を眺める。
「人間か。旨いのであろうか」
 せっかくなので頂いておこうと、私は風をまといチリを巻き上げ姿を消して、娘の後ろから腰の帯を噛んで持ち上げ連れ去った。
 後ろの方で「どうか! お鎮まりください!」と口々に叫ぶ声が聞こえた。

 寝床にしていた洞窟に娘を運び込む。娘はガタガタと震え身体を小さく小さく丸め込んでいる。どうやって食らおうかと姿を見せないまま私はその娘の周りをくるくる回る。どうせなら美味しくいただきたい。村人たちの家畜を食べる様子を思い出す。確か鳥は絞めた後よく水で洗われていた。村人たちは家畜の血を啜ることはない。そう思うとやはり人間は愚かだと思う。血潮にこそ霊力があるというのに。私は血潮ごと食らうつもりなので娘を綺麗に洗うだけでよいであろうと考えた。更に自分で洗うのは面倒であるので娘自身に洗わせることにした。
 もう一度娘を、今度は襟首を噛んで持ち上げ、近くの小さな滝へと運ぶ。
「あれえっ!」
娘の悲鳴はもちろん無視して、滝の前におろす。ごつごつとした岩肌の上で娘は様々に変わる場面に真っ青な顔をして身体を抱きかかえている。
 さて、と私は娘の耳元で囁く。姿はまだ現せていない。現したところで娘はこちらを見る余裕などないであろうが。
「着物を脱いで、そこの滝で身体を洗うのだ」
「ひっ!」
「早くしろ」
「は、はいっ」
 娘は震える手で帯をほどき着物を脱ぎ丁寧に畳んでから浅い滝つぼに向かい、零れ落ちてくる水に手を差し出し水をため顔を洗う。足から腕からごしごしと洗っている。洗い終えた後、長い腰まで垂れた髪の水を絞りながら両手でおずおずと身体を隠し元の場所へ帰ってきた。
「そこへ横たわるがよい」
 無言で横たわる娘の全身を眺める。あばらが浮き、筋張っており肉付きが良くない。肌艶も今一つだ。
「うーむ。これは美味いのであろうか?」
 ぶるぶる震える娘をとりあえず食らってしまう前に味見をしてみようと、身体を舐めてみることにした。

 
4 蜜

 姿を消し続けるのも体力を消耗するので現すことにした。娘がハッとこちらを見る。
「あ、ああ、お狐様……」
「ん? 私を知っておるのか?」
 こくりと娘は頷き、なぜか安堵したような表情を見せる。
「ふーん。まあよい」
 私は足から舐めあげる。ぺろぺろと脛を舐めあげ太腿にも舌を這わせる。娘はまた身体を振るわせ始めたが、お構いなしに何か旨い味はすまいかとあちこち舐める。足の付け根に淡い茂みと紅い亀裂と小さな豆のような突起を見つけた。興味をそそられ、そこへ鼻の先を近づける。ふんふんと匂いを嗅ぎぺろりと舐めあげる。どうやら他の場所と違うようだ。
 チロチロと突起を舐めまわすと娘が呻き始めた。
「う、ううぅ、ふぅっ、くぅうっ」
「ん? ここがどうかしたのか」
 娘の変わった様子に興味をそそられ、執拗に突起を舌先でねじ上げるように回転を加え舐めまわす。
「お、お狐、さぁ、まあっ、も、もうっ、堪忍、あんっ、堪忍、く、ださいっ」
「何を言っておるのだが」
 無視してそのまま舐めまわす、吸い上げると娘は悲鳴に似た声を上げ、身体を痙攣させた。
「なんだ」
「う、あ、あう、ううっ、は、ああぁ、はあ、はぁ……」
 見上げると、娘は荒い息をし、身体を火照らせ汗ばんでいる。更には紅い亀裂から何やらツユが滴っている。
「ん? 小便ではないようだか」
 そのツユを味見すべく、舌先ですくう。
「ひいっ」
「んん? これはこの奥から出てくるのか?」
 私は亀裂の奥の窪みに長い舌を捻じ込む。娘からあふれるツユは、味わったことのない何とも言えない味ではあるが、なぜだかなめとってしまいたい欲求にかられる。私は夢中になって娘の柔らかい温かい内部に舌を這わせぐるぐる回す。
「あんっ、ああんっ、あんっ、あ、ああ、んん」
 娘の声は悲鳴のような甘いような不可思議な声を上げている。それを聞いているうちに私も妙な気分になってくる。その間にも娘はどんどんツユを滴らせている。
「もう、もう、お狐様、お願い、で、す。き、きて、くださ、い」
「こいとな?」
「な、なかに、あなた様、と、つ、繋がりたいです」
「繋がる――か」
 交尾のことを言っているのだとは分かった。しかし私と人間の娘では交わるのが無理であろうと考える。ぴちゃぴちゃとツユを舐めあげていると娘はもう言葉を発することが出来ず、喘ぐのみであった。
「天様――」
 ふと私は天様の姿を思い浮かべ、集中し、その姿になるべく全身の神経を統一する。ふわっと身体が軽くなったのを感じたあと、天様の容姿に似た、人間の男の姿になったのを水面に映し確認する。
 天様の姿を取った私を娘は恍惚とした表情で見つめる。濡れたその双眸を見つめていると身体の中心が熱くなるのを感じ、視線を落とすと人間の男の男根が強く起立し熱を帯びていることに気づく。
「これを、そこへ埋めるのだな……」
濡れそぼった披裂にそっと亀頭をあてがう。
「ふぅ……」
そのまま腰を押し進め、少し亀裂から抵抗されるのを感じ、動きをとめた。
「くっ……」
「なんだ? 痛いのか?」
「う、ううっ、す、少し……」
 娘が痛がっている様子を見るとなんとなく気が乗らなくなってくる。さっきの紅潮し恍惚として私を欲しがっている様子には興奮を覚えたが。動きを止め様子を見ていると娘は私の背に腕を回し、「お願いです。このままきてください」と呟く。
「苦しいのであろう」
「最初はだれでも痛むものです。それでも、構わないのです。身体の奥がなんだか疼いて……」
「そういうものか……」
 思い切って腰をぐっと進ませると娘はまた悲鳴に似た声を上げる。
「う、む、は、はあ、こ、心地よい……」
 娘の中にすっかり納めてしまうと、得も言われぬ心地よさが全身を貫き身震いさせる。
「あ、ああ、はあぁ……」
 眉間にしわを寄せ、苦しげな表情を見せるが、漏れる吐息と声は甘く、私は思わず娘の唇に吸い付いた。
「んんっ、あ、むぅ、うぅん、あぅ、ん、ふぅむぅ、うぅう」
 舌を絡め合わせると甘い蜜が口の中に広がる。娘はまた私の身体にしがみつき声を上げる。もう苦痛の声ではないことがわかる。
「あ、ん、あんっ、あ、あっ、お狐、さ、まあっ、んん」
「良いのか」
「あ、ん、よ、良い、でぇ、すぅっ」
 くちゅくちゅと繋がったところから再びツユが溢れだす。滑りが良くなり私は誰にも教わったことがないが、男根を娘の披裂の奥から浅いところへ行き来させる。
「あああっ、あああっ、んんっ、あうううっ」
「う、むっ」
 娘はまたひどく眉間にしわを寄せ、私の身体を強い力で抱きしめる。どうやら私と同じく快感を得ておりそれに耐えているようである。
ひどく気持ちが良く何度も何度も突き上げ、腰を前後させる。そのうちにまた娘は「あ、ああ、もう、もう、だ、だめっ」と懇願するような目つきを見せる。
「何、が、駄目、なのだ」
 私も鼓動が早くなり息が荒くなっている。確かに何かわからぬが限界が近づいている気がする。
「くっ、あああっ!」
 娘はのけぞり、身体を震わせる。同時に私の男根をきゅうきゅうと締め付け引き込む。
「ううううっ」
 私も同じように絶頂感を得て達した。
 早い鼓動を打つ、薄い娘の身体にぴったりと身体を添わせ、初めて感じた快楽を味わっていた。


5 夫婦

 その後、娘と共に数回の絶頂を得ると彼女はぐったりと意識を失った。
「ん? どうしたのだ?」
 ただでさえやせ細っている娘はよりくたびれた様子を見せ、腹はくぼみ身体に力が入らぬようである。どうやら腹を空かせているのだろう。私はまだまだ精力も体力も十分にみなぎっていたが人間はやはりもろいものである。ぼろ布のような娘をそっと洞窟に運び込み。私は娘のために食料を調達することにした。
 村の家畜を襲っても今の娘は食すことが出来ぬであろう程弱っている。そうだ、と思い出す。私は山の中心部分の一番深いところを目指す。
「ああ、あった」
初めて天様から甘い雫をもらった古い巨木は倒されておらずひっそりと荘厳な佇まいを見せている。上の方からぽつぽつと雫が光を受けながら落ちてくる。私は大きな柔らかい葉を袋のようにして雫を貯め込み持ち帰った。

 浅い息をして昏々と眠る娘を見つめる。最初は食らうつもりであったが、もうそのような気持ちには不思議となれなかった。
再び人間の姿をとり、娘を抱き起し、雫を口に含んで唇を濡らすように一滴注ぐ。小さな唇が少し動く。もう一度、今度は二滴ほど唇に流すとパクパクと飲みこもうとする。一口一口と飲ませると娘は喉をこくりと鳴らし、やがて目を開けた。
「ああ、お狐様……」
「気づいたか」
 裸のままであることに気づいた娘はさっと両手で身体を隠しうつ伏せになった。
「お前は私をなぜ知っていた?」
 食す前には気にならなかったことがなぜか口をつく。
「へ、へえ。おらたちの村はずっと天様と使いのお狐様の話を伝えてきていますから」
「そうか」
もういつであった忘れるくらいの昔の出来事であろうが、天様の存在が無くなってはいないことに私は温かい気持ちになった。
「お前は私が恐ろしくないのか」
「お狐様と知らないときは怖かったです。でも、お狐様は天様の使いですから」
 天様の使いであった時も特に私は善行を施したことはなく、ただ彼と戯れる毎日であった。それでも天様のおかげで私も信仰の対象であったようだ。
「あ、あの、不束者ですがよろしくお願いいたします」
「ん?」
 娘は痩せた身体を起こし、正座をして頭を下げる。
「精一杯お仕えいたします」
 何を言っているのかしばらく分からなかったが、どうやら娘は私の元に輿入れしたつもりであるようだ。
「うーむ。お前と番うことになるのか」
「え? 違うのですか?」
「ふふっ。まあよいか」
 お前を食らうつもりであったとは告げず、甘露によって回復した娘と、とりあえずまた交わることにした。

 娘は毎朝、私の毛並み整えた後、洞窟の中を掃き清める。山に入り木の実や果実をとって食し、枯れ草をひいた柔らかい寝床で交じり合う。不思議なものでこのように娘と過ごしているうちに、毛並みが以前のような輝きを取り戻してきた。
「なんと、お美しい。金のお日様のようです」
「ああ、名乗っていなかったな。私は『金陽』という」
「金陽さま……」
「お前は?」
「おらは千代と申します」
千代は子供の頃に両親を亡くして村の中ではあぶれた存在であった。そのため私の生贄に選ばれたのだろう。
「村に帰りたいか?」
「いえ、帰りたいとは思わないのですが、あなた様のそのお姿を見せたく思います」
「私を?」
「へえ。村の中でももう天様とお狐様のことを忘れてしまうものが増えたのです」
「そうか」
 天様のことを心の中にでもとどめておいて欲しいと願う私は娘、千代の言う通りに村人の前に姿を現すことにした。

 背中に娘を乗せ、空を飛び、村の上を旋回するとざわめきが聞こえ始めた。
「おい! あれ!」
「お、お狐様じゃ!」
「なんと輝かしい!」
「背中に乗っておるのは千代でねえか」
「ほんに、ほんに!」
 村で一番大きな茅葺屋根に立ち私は村人に告げる。
「社を建て、天様を祀れ! さすれば村は永遠に守られるであろう!」
 私の言葉に村人たちはひれ伏し、すぐさま社を建て始めた。これで天様が忘れ去られることはないだろうと満足してまた山の中に帰った。

 千代との交わりが一番の私の歓びとなっている。
「ああ、金陽さま……」
 すこしふっくらとして青白かった肌が桃色になっている。最初についてしまった癖であろうか、交わる前に千代の身体中を舐めまわしてしまう。
「あ、あうっ、も、もう」
「ああ、うまい、うまい」
 存分にツユを舐り倒すと千代はじれて身体をねじる。
「も、もう食べられても、よ、いです、う、ううっ」
「ふふっ。食べようと思っていたのだがな」
 今では食欲は情欲に抑えられている。千代と交わり合うために食べて体力をつけているようなものである。

 交わるときだけ人の姿をとる。起立した男根を温かい千代の中にすっかり埋めてしまい、何度も何度も行き来させる。
「あ、あんんっ」
「やはり、人の姿が良いか?」
「あ、あうっ、お狐様、でも、よい、です、が、あんっ、口づけが、しとうございます」
「そうか、そうであるな」
 やはり同じ種族の姿は便利であると、千代の口を吸い、舌を絡める。口の中に甘い蜜が溢れると、繋がったところからもグジュグジュとツユが溢れだす。その水音と腰を打ち付ける音、千代の甘い嬌声が、毎夜洞窟の中で響き続けた。


6 親子
 
 春になると山の中では新しい命が芽生えてくる。動物たちも発情期をむかえ新しい命を生み出している。背中に千代を乗せ山を散策していると、ときおり彼女のため息が聞こえる。ちらりと見ると千代は木の陰からのぞく小さな狸を、憧れるような眼差しで見ていた。
「どうしたのだ。狸が欲しいのか?」
「え? いえ、狸が欲しいのでは……」
「ではなんだ」
「お子が、あなた様のお子が産めたらどんなに悦ばしい事かと……」
「私との子が欲しいのか」
「へえ……。愛し合った証が欲しいのです」
 動物たちは発情期が訪れれば交わり子を産むが、寿命を感じない私には子を持つことなど意味のないことであった。私と一緒にいるため千代は普通の人間より随分老いが緩やかだが寿命はあるのだ。それを改めて認識すると私は天様を失ったときの悲しみが胸をよぎる。永遠に彼女と一緒に居ることは出来ないのだと。
「よいだろう。狐はそもそも繁殖力が高いのでお前の願いはすぐに叶えられるだろう」
「ほんとですか! うれしい……」
 ぱっと表情を明るくさせ、千代は日の光よりも眩しい笑顔を見せた。

 ぺろぺろと全身を舐めあげ、千代の身体が火照ったところで人間の男の姿をとる。
「今宵、精を放つことにしよう」
「セイ?」
「ああ、今まで放つことはなかった。お前がいればよいと思っておったのでな」
「すみません。わがままを言ってしまい」
「いや、良いのだ。お前の望みなら叶えたい」
 従順で無欲な彼女が望む唯一の事が私との子を産むことだった。

 いつもよりも嬉しそうに私を受け入れ彼女は歓びの声を上げる。その様子をじっくりと眺め、しっかりと身体を抱きしめる。汗ばみ熱い身体は、何よりも命の躍動を感じさせる。
「どうだ。よいか」
「あんっ、あんっ、き、きもちっ、いい、です」
 彼女が絶頂を感じるたびに抱きしめ、中に精を放った。
「あうぅ、中、中が温かい……」
「たっぷり注いでやろう」
 精を放つと私の精力も多く失われるが、それはそれで心地よい快感を招く。一度で充分であるが、注いだ後の千代の披裂から白濁した液が溢れるのを見ると、また注ぎたくなってしまう。
「私の精を、お前に、全て注いでしまいたい」
「ああ、嬉しいです……」
 今では私の心に愛しいという気持ちが芽生えていた。 

 すぐに千代は体調の変化を訴えた。腹が大きく膨れた。赤子を産むために洞窟ではなく、村人に建てさせた社に向かい、村の産婆に手伝わさせる。人間ほど時間がかかることなく、難なく赤子は生まれた。
 老いた産婆はため息混じりにうっとりと「あなた様ににて美しいお子です」と天様の姿の私に告げる。
「ふむ。私の息子か」
「ええ、ええご立派な息子さんで。村の者はますますこの山と社を大事にするでしょう」
 後にこの社は安産と子供を守るご利益があると言われるようになっていく。

 赤子は人間の肉体を持つが私と同じ狐の耳と長い尾を持っていた。
「しかしこの子は、色合いが夜の月のようだな」
「そうですね。銀月と名付けましょう」
 こうして私は父となる。母となった千代の乳房は驚くほど膨らみ銀月にたっぷりと乳を与えていた。その光景をみていると、まるで私自身も死んだ母狐から同じように乳を与えられていたのだろうと幸せな気持ちになった。
 千代と愛し合い、銀月を慈しみ私は満足な日々を送っていた。

母となった千代の肉体は薄っぺらだった娘の頃と違い、ふっくらとして柔らかだった。
「このようにおなごの身体は変わるものなのだなあ」
「あ、は、恥ずかしいです」
「恥ずかしがらずともよい」
 私は柔らかい膨らんだ両乳房を揉みしだく。もう乳は出ないが乳首に吸い付き舐めまわす。
「今のお前があの時の現れていたら、食らっておったかもしれぬ」
「あ、あふっ、あ、ん、た、食べられて、も、かまわない、で、す」
「ふふっ。食らわぬ」
 丸い尻もしっかりと掴み、肉の厚みを感じる。柔らかく温かい千代の身体に沈み込むと安堵する。銀月が生まれてからは貪るような交わりではなくなった。その代わりしっかりと密着し、お互いの身体に刻み込むような深い情交となっていった。


 銀月は早く青年狐となり、私が教えた妖術も覚えた。
「父さま、この山の外にはなにがあるのですか?」
「ああ、外の世界を知るのもいいかもしれぬな」
「外?」
「そうだ。この山の外にも、山があり、人がいて、我らのような者もいる」
「そうなのですね」
「外に行ってみたいか?」
「いえ」
「そうか」
 銀月はとくに外の世界に興味はないらしく、他にも世界があることを知って納得したようだ。私が金の毛並みを再び得てから殺生をしなくなったためか、銀月も私と同様に甘露と木の実で生き永らえている。こうして私たちは山と共存し自然を慈しみ一体化していった。しかし命の終焉はそこまで来ている。


7 旅立ち

 肉体を交えることよりも寄り添い合うことが増え、私は妖狐の姿よりも人型をとっていることがほとんどになっている。数多の春が訪れ、芽吹き、新しい命が山に満ちる。しかしこのところ千代は元気がなく弱々しい微笑みを見せ始めた。
「あなた、そろそろお別れです」
「何を言うのだ」
「あなたは出会った頃のままでとても美しい。幸せでした。あなたに出会わなければずっと村で小さく下を向いて過ごしていたでしょう」
「私もお前と夫婦になり歓びを知った」
「ああ、とても嬉しいです。生まれてきてよかった」
「そのようなことを言うな。そうだ。私の精を注いでやろう」
「ありがとうございます。でも、もうおらの身体は老いて、あなたを受け入れることは無理でしょう」
 千代が老いていることに私は気づいていなかった。彼女の優しさや慈しむ姿にばかり目を奪われていて外見に頓着はなかった。言われてみて初めて、髪が白くなっていることや、肌がたるみ、深いしわがあることに気づく。
「そのような、ことを……言わないで、くれ……」
「ああ、あなた……」
 千代の小さな手のひらが私の頬を撫でる。彼女の指先を伝い、雫がぽたぽたと落ちる。生まれて初めて私は涙をこぼしていた。
「う、ううぅ……」
「ごめんなさい。あなたと過ごせなくて……。銀月を呼んでください」
「わかった……」
 私は村の社でゆるゆると過ごしている銀月を呼びに行く。彼は千代の言うことをよく聞き、村人の願いや困りごとに手を貸してやっている。
すっと社の中に入ると銀月は袴姿でふわふわと宙に浮き、まどろんでいる。
「銀月……」
 呼びかけると耳がピクリと動き尻尾がふわりと揺れ目を開いた。
「どうしたのですか、父さま」
「千代が、そなたの母が……」
「わかえりました。参りましょう」
 銀月は何も言わずとも千代に寿命が来ていることがわかっていたようだった。私と違い彼は人間と密接であったが故に、彼らの一生を良く知っているようであった。
「母さま……」
「銀月。もうお別れです。あなたにもいつかきっと番う相手が出てくるでしょう。父さまをよろしくね」
「わかりました」
 千代は私の方へ視線を向ける。
「手を、手を握って……。金陽、さ、ま」
「ああ、ああ。ずっと、ずっと握っておるぞ」
 にこりと少女のような笑みを見せて千代はこと切れた。私はしばらく身動きせず千代の手を握りじっと過ごしていた。二晩ほど同じ状態の私にとうとう銀月は声を掛けてきた。
「父さま。このままでは母さまが傷んでしまいます」
「あ、ああ。そうか……」
 千代の亡骸を、巨木の元へ運ぶ。天様が私の母を埋めたように私は彼女を深く深く掘った穴に横たわらせる。
「う、ううっ、いっそ食らってしまおうか」
 悲しみのあまり彼女を自分の体内に納めてしまおうかと思った。しかし思い直してもう一度青黒くなった死に顔を見てから土をかけた。
「天様、天様」
 私は久しぶりに天様を呼ぶ。もう彼がいないことはわかっているのに。

 毎日毎日、千代の埋まっている巨木の根元に行く。今までで一番悲しみを感じたが、以前のように自暴自棄にならなかったのは千代の与えてくれた愛情のおかげであったのだろうか。それともやっと天様の言っていたことが分かったのであろうか。
 もう殺生を犯すことはなく、自然を守り、育み、千代が好きだった花を増やした。
 村の事は銀月に任せておいた。彼は淡々と叶えられるものは叶えてやり、無理なものはそのままにした。それでもいつの間にかご利益があるということで、よその村からも参るものが増え、そのことにより小さな村は豊かになって、また栄えた。このような繰り返しのおかげで村人たちは豊かさを得て、悪い心を持つものは皆無であった。

 ある時、犬神の若者がやってきた。
「お久しぶりです。金陽さま」
「ん? お前か。立派になったな」
 若い犬は力をつけてきたらしく、堂々として以前の甘ったれた様子はもうなかった。
「今度、一族の長となることになりました。それでご挨拶に参ったのですよ」
「ほお。それはめでたいことであるな」
「しかし、もうそのお姿では金陽さまとお呼びすることはできませんな」
「なぜだ?」
「あなたはもう天様でしょう」
「私が天様とな?」
「ええ」
 確かに天様の姿に似せてきたが私はもともと妖狐であり、天様の使いである。
「姿だけだ」
「いえ。その眩しい光は使いのものではありません。以前に長老から話に聞いていた天様のお姿そのものでしょう」
 犬神の若者は目を細め眩しそうに言うが私にはそのような実感はなかった。犬は一晩、社で過ごし帰っていった。

 季節は巡り、私と銀月は変わらないが、村も人も山も様変わり始めた。もう社の周りと山の中心の巨木のあたりにしか自然はなく、硬い灰色の景色が増えた。気が付くと社は立派な建物に建て替えられ、多くの人間が参拝するようになった。

「銀月よ。そなたは社にずっとおるようだが、面白いのか?」
「さあ。どうでしょう。ただ人というものの様々な願いを聞くのは面白いと言えば面白いです」
「ふむ。そのようなものか。しかし人が増えて大変であろう」
「いえ。今は神主というものがおりまして、その者が何やら願いに貢献しているようです」
「ほう。時代は変わったのであろうな」
 もう神々の時代ではないらしい。畏怖されてきた信仰の対象ももはやない。それでも子供たちは巨木の周りをくるくる回り、木肌を撫でる。
 時代は変わっても変わらぬものはきっとあるのだろうとしみじみ巨木を眺めているとふわっと身体が軽くなり目の前が眩しい光で覆われる。
「ん? これは?」
 光に慣れ目を開くと、若々しい娘の姿の千代が立っている。
「あなた。お迎えに参りました」
「千代?か」
薄衣の美しい衣をまとい、微笑む姿は神々しい。唖然としている私に彼女は澄んだ美しい声で話す。
「あなたが天様となって千年が経ちました。そしてこれからまたあなたが望む世界にわたしはあなたをお連れします」
「私が望む世界とな?」
「ええ。わたしは天上であなたがお役目を終えるのを観音様のところで修行しながら待ちました。あなた様をご案内するために」
「お前は、私を案内した後どうするのだ」
「さあ、それは考えておりません」
 千代は私を案内する役目のためだけに修行をしたのであろうか。私は今までの感じてきたすべての感情が交じり合い深まり全身を覆う感覚を得る。
「では望みを言おう」
 千代は微笑みながら頷く。
「またお前と夫婦になり、同じ速さで年老いてゆきたい。もう離れることなく、穏やかに交わっていたい」
「あなた……。また、わたしを望んでくださるのですか」
「ああ。お前だけを望もう」
 千代は私の手をひく。錦の雲が迎えに来ている。その雲に乗ろうとすると巨木から懐かしい声が聞こえた。
「金陽よ。幸せに」
「天様?」
 錦の雲に千代と乗り、神社の上を通り過ぎると、銀月が微笑んで手を振っているのが見えた。
「あなた。もうこの世界には未練はありませんか?」
「ない。お前とならどの世界でも良い」
 千代を抱きしめると身体が溶け合うようだ。この錦の雲の上で永遠の時を過ごしてもよいと思えるぐらいだった。
 私は天様に感謝の祈りを捧げ、全ての生き物に幸あれと願った。






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