クリストファー王

ゆきんこ

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――アリス―― クリストファー14歳

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「アリスちゃん。いつまで寝ているの?」

 それはいつもと同じ……あの王子が寄宿学校に行ってからの平和な朝だと思っていた。
 いつもあの王子に振り回されている身としては側にいない間くらいは静かにゆっくりと自由に過ごしたい。
 王子が寄宿学校に入学してから一年……夏休みで戻ってくるまでわたしは自由なの!
 
 はぁ……この平和な時間が無限に続きますように。

「もう少し……」

 レースのカーテン越しにも伝わる力強い陽射しを微睡みながらも感じる。
 仕事だって今日は午後から顔を出せばいいだけだし、まだ寝ていても問題ないはず。

「もう、王子様がお待ちよ」

 なにがお待ちだって?
 今一番聞きたくない言葉が聞こえた気がした。

 王子様がお待ち……よ?

 は?
 一気に目が覚めた。
 もう微睡みを楽しむ事なんてできない。
 こうしてベッドの中での安らぎは今をもって終わり……
 絶望だ……

「なんでいるの?」

 布団を跳ね上げ起き上がるとママの後にクリストファー王子がいた。
 相変わらずキラキラと輝いているな。
 特に手入れもされていないはずなのに金色の髪は輝き少しの動きにも揺れ動き、あの青い瞳にはなにを写しているのか気になって目が離せなく……離したくない。
 いつになったらわたしはクリストファー王子から逃れられるのだろうか?

「なんでって? 何時になってもアリスが起きて来ないから起こしに来た」

 さも当然といった顔で机に置いてある本に手を伸ばす。

「寝起きの……しかも、年頃の女の子の部屋に平気な顔をして入って来るな!!」

 ママもママだ。
 どうしてこの王子を勝手に部屋に入れるんだ。
 あれ? 随分と大人しく出ていくな。
 わたしが女の子とわかったか。

「それでアリス……」

 着替えのためにパジャマを脱いだときにドアが開いた。
 目があった王子は気にすることもなくそのまま部屋の中に入ってきた。

「今日なんだけど……」

 女として見られていないことはわかってはいるけど……
 女として見られても困るけど。
 わたしだって一応女の子だ。
 いくら巷で憧れられている王子様であっても……
 女の子には恥じらいというものがある。
 寄宿学校は共学なのだからわかるでしょ!

「術式完了」

 小さな鎌鼬が王子の頬を掠め、氷の矢が王子に照準を合わせた。
 王子は顔をひきつらせ

「ケ……ケロベロス!」

 部屋の隅で寝ている青いリボンを着けた黒い小犬が首をもたげ、一声鳴くと瞬く間もなく王子の足元に移動する。
 わたしのペットのくせにあっちに行くの!?
 
 ケルベロスは悪魔だ。

 わたしと王子はこの悪魔と契約を交わしている。
 いつものように王子に着いてまわっていたら契約を交わしていた。
 悪魔との契約においてなにかしら制約がつくものだがわたしへの制約は明らかになっていないし、王子は魔術が使えるようになった。
 それでも王子はケロベロスが近くにいなくては魔術が使えない。
 契約者の命に従い魔犬ケロベロスは小さな小犬の姿になっている。
 契約で特を得たのは王子だけだ。
 わたしとこのケロベロスにおいてはなに一つ特になっていない。
 なにを思ってこの悪魔はわたしたちと契約を交わしたんだろう?

 青いリボンってことは、王子も一応ここが室内だということはわかっているらしい。

「術式完……」

「出ていけ! バカ王子!」

 対決するつもりはない!
 王子の魔術式を律儀に待つ理由もないんだ。
 ケロベロスの小さな悲鳴と一緒に部屋から追いだした。

 わたしはあの王子、このレイディエスト王国の王太子クリストファー様の御付き兼護衛をしている。
 遊び相手として王宮に上がってからずっと一緒にいるが、いつも振り回されてばかりで損な役を当てられたと思っている。
 なにかしら問題を起こすあの王子に騎士であり魔術師のわたしを当てがるのはもったいないと思うけど、それ相応の問題を起こすのだから仕方ないのかもしれない。
 お陰様でわたしは貴重な子供時代を王子に捧げるはめになったんだ。

 まるで自宅のように寛いで……ここは王子の部屋じゃないんだ。
 そのコーヒーカップはいつから王子専用になったの?
 デカデカと名前まで書いてあるし、当然のように新聞を持って来てもらうな。

 喋らす、動かなければ憧れの王子様になるのに。
 なんだ?
 この残念なキモチは?

「それでクリスはどうしてここにいるの?」

 わたしも使用人にコーヒーをお願いする。
 朝のコーヒーは憧れのお爺様の真似だ。
 わたしは苦くてあまり得意ではないんだけど、少しでもあのお爺様に近づきたい。

「いつまでもアリスが出勤して来ないから迎えにきただけだろ」

 はい?
 出勤時間はちゃんと守っているし、今日は朝早くに城に行くような用事はなかったはずだ。
 それに王子は寄宿学校にいるはず……

「もしかしてアリス、夏の長期休暇って知らなかったのか?」

 それは知っているけど、明後日からだと思っていた。
 それまでは騎士として、魔術師としてお城での仕事を楽しめると、楽しんでいたのに。

 わたしの平和な時間……
 平穏なキモチ……

 ――サヨウナラ。

 ん? 王子のあのにやけた顔……
 もしかして……

「ああ。城の者には明後日まで学校にいると伝えてあった」

 ……やっぱり。

「昨夜帰って来たときも皆アリスと同じような顔をしていた。皆の大事な王子様が帰って来たというのに酷いよな?」

 そりゃみんなそんな顔になるでしょ。
 誰もが一度は王子の趣味の悪いイタズラの餌食になったことがあるから仕方がない。
 ああ、今年の夏もこの王子のお守りで終わるのか……
 寄宿学校にいる間はこの世の春、自由を謳出来ると思っていたのに……

「さあ、アリス行くぞ」

 どこへ行くつもりだろう。
 このままお城へ戻るったりしないのかな?
 わたしが朝食を終えるまで待つことは覚えたみたいだけど、ね。
 この王子の側にいることは王様からの勅命だ。
 諌めたとこで話を聞かない王子だ。
 この王子を敬うことはしたくないし、しないけど、わたしも貴族の端くれ王子に逆らうことはできない。
 わたしはその言葉に従うし以外の選択肢はないんだ。
 ……真面目な自分が嫌になる。

 馬車に揺られ、街の景色が遠退いてからどのくらいの時間が過ぎたのだろうか?
 行き先も聞かずに言われるがまま来てしまったけど、どこまで行くのだろう?
 今日中に王都まで帰ることはできるのだろうか?
 ため息が漏れていたらしい。
 王子の青い視線がこちらに向く。

「学校で仲良くなったやつがいるんだ。これからそいつを迎えに行くそ」

 王子と仲良くなった?
 この王子と?
 そんな物好きどこにいるっていうの?
 ……王子の独り善がりじゃないの?
 それとも、本当にそんな物好きがいるの?

「いくらなんでも失礼じゃないか?」

 あれ? いつの間にか独り言が漏れていたらしい。

「それにしても町の乗り合い馬車は乗り心地が悪いな。なんど乗っても慣れないな」

 確かに。
 一応クッションはあるけど本当に一応ってだけで役に立たない。
 結構な時間乗っているとおしりが痛くなる。
 てか、町の乗り合い馬車でここまで遠乗りするやつっていないんじゃないか?
 同じ停留所で乗り合わせた人たちは大分前に降りていったし、後から乗ってきた人たちだって顔触れが何度も変わっている。
 もう馬車の外に街の風景が流れなくなったのはどのくらい前だったかな?
 もう建物はたまにしか見えないし、木々ばかりが流れていく。

 その王子と仲良くなった物好きなやつは一体どこで暮らしているのだろう。
 しかしケロベロスはよくこのよく揺れる馬車のなか眠れるものだ。
 犬とは、悪魔とはこの馬車の揺れも気にならないのかな。
 街道を真っ直ぐに進むだけだった馬車を降り、村の中を進むと大きなお屋敷があった。
 物好きはどうやら貴族の子らしい。
 同じくらいの年頃の貴族の子が王子と仲良くできるなんて……本当ならスゴい事だと思う。
 だって、クリストファー王子相手にだよ?
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