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2周目④
しおりを挟むマリア・ルビィが行った後、俺も自国の馬車を呼んでエメラドに帰った。
城に着いて、すぐさま俺は自室に戻る。
「ミハ……はいないのか」
静かな部屋で俺は堅苦しいコートをテーブルに脱ぎ捨てる。皺がついたらミハに怒られそうだな…。まぁ、今はいないから良いか。ミハは俺の従者ではあるが仕事以外の時間は神出鬼没だ。気がつくといなくなっているし、よそ見をしているうちにいたりする。本当に不思議な男だ。
ひとまず落ち着くために、俺は椅子に腰掛ける。
そして、テーブルに置かれていた水差しからグラスへと水を注いでそのまま飲み干した。緊張かはたまた疲れて渇いていた口内が一気に潤う。
「…これからどうしようかな」
マリア・ルビィを救うためとはいえ、エメラド国の王子である俺がサフィナ国の王子の元婚約者を娶るのは、なかなか国際問題に発展しそうな内容だ。このままでは結局のところマリア・ルビィはサフィナ国、エメラド国の両者共に追放されてしまうのではないだろうか。……それは俺も同じか。
だが、あの断罪の場面で止める方法はこれしかなかったとも思う。ほんの少しだけど追放が長引く時間稼ぎになっていれば良いなと思う。その後は2人で追放と言われる前に駆け落ちなんてのもありな気がしてきた。彼女なら困った顔をしながら許してくれそうだ。
『ルイン……第二王子には気をつけてください』
「気をつけて…か」
ふと、彼女が馬車に乗る間際に言っていた言葉を思い出した。……ないとは思いたいが念の為だ。
俺は万が一を考えて護身用の剣を懐に忍ばせることにした。
しばらく部屋で休んでいると扉を叩く音が聞こえる。続けて「兄様」と、か細い声で俺を呼ぶルインの声が耳に入り、俺は慌ててと部屋の扉を開けた。
部屋の前で従者もつけずに1人立ちすくむ、ルインがいた。整えられていたはずの髪は目元を隠すように下ろされており、顔がはっきりと見えない。
「ルイン」
「兄様、中に入ってもよろしいですか?」
「あぁいいよ」
俺はルインを招き入れ、先ほどまで休んでいた椅子にルインを座らせた。パーティがあのあとどうなったのかなど聞きたいことはあったが、疲れからか先ほどから俯いて顔を上げないルインを休ませることにした。
「何故僕を置いて先に帰ってしまったのですか」
「ごめんな、勝手に帰ってしまって」
「そうですね、せっかくカナエを紹介したかったのに。でも良いんですよ、もうそんなことは」
「………」
「どうしてマリア・ルビィの断罪を止めてしまったのですか、彼女の数々の行いを聞いていたのでしょう?兄様が助けるような相手ではないですよ。僕が止めたのに何故行ってしまったのですか。僕は兄様が心配で心配でしょうがないです。今からでも婚約を破棄しましょう、ね?名案ですよ」
ほどなくして喋り始めたルインの声には抑揚が無かった。淡々と俺を追い詰めるように言葉を投げかける弟に少し恐怖を感じる。ルインのこんな姿は初めて見た。
………本当に?
頭の中でうっすらと記憶にあった夢と同じ末路を辿っているようで仕方がない。
「……婚約破棄はしない」
「何故?なんで?どうしてですか?」
「あんな、人を貶めるやり方は俺が許せないから」
「それだけの理由で、ですか」
理由は他にもある。ただ理由の全てが感情論すぎてルインに言っても伝わらないと思った。
ルインは黙って立ち上がりゆっくりと顔を上げる。俺は隠されていたルインの表情を見て思わず後ずさった。
「ルイン、お前…」
ルインの顔は今にも人を殺しそうな憎しみに歪められていた。その顔はこちらを忌々しく睨みつけている。
「婚約なんて許す筈ないでしょう」
そして、ルインは腰に下げていた剣を引き抜く。その動作を見た瞬間、俺は思わず懐の剣を取り出した 。
キィィインと剣同士がぶつかり合う音が部屋に響く。ルインが俺に剣を突き刺そうとしたのをなんとか防げたようだ。
「何をするんだ!?」
「兄様が悪いのですよ」
ルインは再び容赦なく剣を俺へと振り下ろす。それを間一髪避けて、近くにあった机を障害物にして必死に逃げた。
こんな危機的状況だと言うのに、頭の中では先ほどのセリフを夢でも聞いたなと呑気に既視感を抱いていた。やはりあれは正夢だったのか。
「なんで、なんで、よりにもよってあんな女に」
「落ち着け、とりあえず剣を置け!」
俺の呼び声が聞こえていないのか、ブツブツ一人言を呟くルインは自分の頭を掻きむしった。苛つきをぶつけるように周りの家具を切りつける。
「あの女は姑息な奴なんですよ。カナエをたくさん傷つけたのに、あんな被害者振りながら兄様に擦り寄って…。
ねぇあの女は辞めましょう?兄様が金輪際あの女に関わらないなら、僕は今すぐにでもこの剣を捨てます。
本当は僕だってこんなこと…兄様にしたくない…」
ルインは剣を持っている手が震えているのかカタカタと剣と手が小刻みに当たる音が微かに聞こえた。剣もうまく構えられていない。ぼろぼろと瞳から涙を流してルインは俺に訴えかける。その顔を見ていれられなくて思わずルインから目を離した。
「ルインの言いたいことは分かった」
「では今すぐにでも婚約破棄を」
「それは実際に話してから考えてみるよ、俺はマリア・ルビィのことを何も知らないから」
「それでは遅いんですよッ!!」
先ほどとは打って変わって声を荒げるルインはすぐさま俺に剣先を突きつける。震えて泣いていたあのか弱い姿はもうそこには無かった。
「嫌だ嫌だ嫌だッ兄様は僕のものだッ!」
暴れるようにがむしゃらに振り回すルインの剣さばきは正直言ってめちゃくちゃだ。それほど余裕がなくて取り乱しているということなのだろうか。隙だらけで俺でもどうにかできてしまう。
「あぅッ」
俺はルインの剣を持っていた護身用の剣で弾き飛ばす。剣を弾かれたことにより手首を痛めたのか、ルインは腕を押さえた。可愛い弟の痛みに堪える声は聞いていて気分が悪いが、今のルインに近づいて死ぬのは俺だ。
すぐさま扉へと走り出す。このまま逃げ出せば俺の勝ちだ。
「…ッ……どこに逃げると言うのですか!」
「ぅぐッ」
片足が急な痛みと共に、思い通りに動かせなくなる。ガクリとその場に崩れ落ちた俺は自分の足元を見る。そこには剣が突き刺さっていた。
………嘘だろ。そう思った俺は飛ばしたはずの剣の方を見る、そこにももちろん剣が落ちていた。
ルインはもう一本用意していたのか。
「痛いですか?僕はそんな傷よりもっと傷ついているのですよ」
「んぎぃッ」
近寄ってきたルインは俺に刺さっている剣を、さらに足に突き刺すようにグリグリと動かした。肉が抉れている感覚に思わず痛みで声が漏れる。
「あぁこんなに血を流して可哀想な兄様」
「ッあ゛…ッ…」
可哀想と思うなら今すぐその剣を抜けよ。物申したいが今は歯を食いしばって痛みを紛らわすことしか俺にはできない。
「でも悪いのは兄様ですよ。僕というものがありながらあの女の味方をするのですから」
「はッ…ゔッ」
ルインは飛ばされた方の剣を拾いにいく。そして、拾った剣を手に持ち俺のところまで戻ると、にこりと俺に笑いかけた。
「…ッ…」
「おやすみなさい良い夢を、大好きな兄様」
ルインは俺に剣を振りおろす。
その瞬間、俺の視界は真っ黒に塗りつぶされた。
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