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進路

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水色のシャツに深い赤のネクタイ。カレーうどんが天敵の真っ白なジャケット、同じく真っ白なスラックス。
シンプルなデザインだが、袖口や襟に金糸の装飾が施されており生地も縫製も最高品質の超一級品。
流石王族も通うお金持ち学校の制服だ。
僕みたいのが着たら逆に服に着られてしまうんじゃないかと危惧していたが、そこは高級品。
僕のこの魔王軍の呪い専門のサイコ魔術師みたいな陰気フェイスをもってしても、なんとなく良い感じに上品に見せてくれている。
傷跡を隠すように伸ばした前髪が陰気さに拍車をかけているのは重々承知しているのだけど、驚かれるのも同情めいた視線もいちいち理由を説明するのも面倒なのだから仕方ない。
パッと見は分からないし、気付かれても隠していると気を遣って皆余り触れてこない。
堂々と顔を晒すのはいつか髭の似合う渋い大人になった時のお楽しみだ。
酒場で武勇伝として語るのだ。

ちなみにこの世界にカレーうどんは、ない。


鏡の前でくるくると姿をチェックしていると、店主に「よくお似合いですよ。大きくなられましたなぁ」と感慨深そうに褒められて少し照れる。
ここはうちの商会が出資してるテーラーだ。僕も小さい頃からここぞという時の服はここで仕立てて貰っていたので、店主は馴染みだ。
えへへ、とほっこりした雰囲気になっていると、別室から天使から神へとクラスチェンジした銀髪の美青年が現れた。
美青年は僕の姿を上から下へとじっくり観察した後、にこりと笑った。

「うん、良いね。似合ってる。可愛いよ、レイル」
「……どーも。ファルクこそ、似合ってるよ」

むしろ、似合いすぎている。

僕は苦笑いしてしまった。同じ制服を自分より遥かに着こなしてる男の褒め言葉を素直に受け取れないのは仕方ないだろう。
いや、そもそも可愛いって褒められてる?
同じ服なのにここまで差があると、僕に着られてる方の制服が可哀想になってきた。ファルクの方の制服が心なしか誇らしげに見えてくるのは、僕の卑屈が極まってるからなのかな。
とりあえず隣に並ばないで欲しい。僕はそっと一歩距離を取る。すると二歩近付かれた。解せぬ。

──それにしても、マジのマジで『ファルク・サンブール』だな。

目の前に立つファルクの姿をしみじみと見る。
それなりに成長した僕でも少し見上げる事になる長身に長い手足。自然にセットされた神秘的な青色を帯びた銀色の髪。
長い睫毛に縁取られた完璧な形のアーモンドアイ。目を引く金色の瞳。通った鼻筋。形の良い唇。
正に女子の理想を詰め込んでデザインされたみたいなイケメン。
そんな彼があの白い制服を纏えばそこには、前世でディスプレイ越しに見ていたファルクが居た。

この制服は『セブンスリアクト』の舞台、シルヴァレンス学園の制服だ。
何故僕が決して入学するつもりのなかったシルヴァレンス学園の制服をファルクと共に着ているのか、それには深い理由がある。

ーーーーーーーーーーーーーー

この国の貴族や裕福な家の子供達は、初等・中等教育は家庭教師をつけての自宅学習で終わらせて、十六歳で初めて高等教育を受けられる学校に入学するのが一般的だ。
そこで集団生活とより高度で専門的な学びをする。
地区によっては初等教育を行う学校も存在するが、その多くが平民用である。
僕の家は裕福ではあったが、両親の教育方針で十二歳まで平民用の学校に通っていた。
いかんせん引っ込み思案で暗いのであまり友人は出来なかったが、それでもまぁあの事故後はそれなりに話すような子も出来た。
それからは家庭教師をつけての自宅学習、そして十六歳になり他の子達と同様に進学する事になった。

僕も最初はシルヴァレンス学園ほど格式高くはないが、商会や宮廷勤めの子息達が多く通う名門オーガスタン学園に通うつもりだった。
歴史、美術史、鑑定学、法学など、実家の商会に役立ちそうな授業が沢山ある所もポイントが高い。

未だ知られていないがシルヴァレンス学園はそもそもの始まりがダンジョンボスを倒せる人材育成の為の場だったので、授業内容も戦闘によった物が多いし、あと主人公も苦労していたが貴族ばかりの中で平民というのは気疲れしそうだ。
前世で遊び倒してた身からするとダンジョン探索は魅力的だが、流石に進路を左右するほどではない。

ゲームに干渉しないようにという目的がなかったとしても、オーガスタンを選んでいたと思う。
両親も賛成していた。ファルクだってうんうん、と頷いていた。なのに。

「オーガスタンって学者とか目指してるような子も行く学校だし、勉強ついていけるか不安だなぁ」
「レイルなら大丈夫さ。真面目だし、一生懸命だし……それに、俺も一緒だから安心していいよ」
「え?」
「ん?」
「……ファルクはシルヴァレンス学園でしょ?」
「え? レイルと一緒にオーガスタン学園に入るよ」
「はぁ!!??」

思わずクソデカボイスが出てしまった。
なんでだよ!!!!
目の前のテーブルに頭を打ちつけたくなった。

「いやいやいやいや、ファルクは家柄的に絶対シルヴァレンス一択でしょ。オーガスタンは名門だけど、それでも王族が来るような所じゃないって。学校側も困るよ」
「俺は別にシルヴァレンスに拘り無いし……レイルに一人で寮暮らしなんてさせられないからね。両親も了承してるよ」

了承するなっっ!!!!
そんなどうでも良い理由で進路を決めるな……!
大事な息子の進路をそんな理由で決めさせるな……!

でも考えてみればファルクがそう言い出すのは全然不自然じゃなかった。
ファルクはシルヴァレンス学園、というゲームの先入観に囚われて、考えが足りなかったと反省する。

あの一件以来この幼馴染は僕に対して異常に過保護になり、僕はこの五年間ものすごーく甘やかされまくった。
現に今も、僕はファルクの脚の間に座らされ後ろから抱き締められるような体勢でこの会話をしている。
最初のうちは僕もおかしくない?と思っていたが、月日は人を慣れさせるもので。
このカップルのような体勢もあーんも今では特になんとも思わず自然に受け入れていた。
ゲームのファルクは贖罪としての献身を全ての人に向けていたが、こっちのファルクは被害者である僕が生き残っているから僕一人に献身が集中しているっぽい。

律儀というか真面目というか……。

そんなウルトラ過保護な幼馴染が別々の学校、しかも全寮制になんて行く訳が無いよなぁ……。

やばい、頭が痛い。
どうしようどうしよう、このままだと僕の存在どころかファルクが入学しないとかいう特大のバグが発生してしまう。
ファルクはメインシナリオでも、そこそこ出番があるキャラだ。流石にまずいだろ。

──……はぁぁ……仕方ない。

僕は意図して憂いを帯びた表情を作ると、これみよがしに溜め息を吐いた。

「あのね、ファルクだけに言うけど……本当は僕、シルヴァレンス学園に行きたいんだ……」
「え、そうだったのかい」

ファルクが驚いたような声を出す。

「……うん。ほらやっぱり……憧れるよね。……ほら、生徒だったらダンジョン?にも行けるみたいだし。あー、ダンジョンって独自のバイオームがあるらしくて、図鑑でしか見られないような鉱石とか植物とか沢山あるんだろうなぁって……」

しどろもどろである。
学園というかダンジョンの事しか言えてないし。
だってシルヴァレンス学園に行くなんて全く考えてなかったからさぁ……。
横目で様子を窺うと案の定ファルクは不審そうに眉をひそめている。
苦しかったか……。

「ダンジョンなんて危険な所、レイルに行かせたくないんだけど」

そっちかー。

「それに、シルヴァレンス学園って戦闘訓練や野外演習が多いんだよ。レイルの足に負担がかかりそうだ」

するりと伸びてきたファルクの手が僕の右の太ももを優しく撫でる。

そうなんだよなぁ、僕もそう思う。
僕の右脚は今は杖無しでもそこそこ歩けるくらいに回復したけど、調子に乗って走ったりすると脚全体が酷く痛んで力が入らなくなってしまう。シルウォーク様の見立て通りだ。
だからこそ、僕はオーガスタン、ファルクはシルヴァレンスに行けたら良いと思ってたんだけど……。

後ろからぎゅうぎゅうと抱き締めてくる幼馴染を言いくるめるのは至難の業に思えた。

「僕が入りたいのは魔法クラスだし、多分そこまで激しく動いたりはしないと思うよ」
「レイルが魔法得意なのは知ってるけど……」

そう。そうなのである。
この平凡を極めたみたいな僕だが、意外と魔法は得意だったのだ!
まぁ完全にゲーム知識のおかげで、どういう魔法かのイメージがしっかり出来てるから人より習得が早いってだけなんだけど。
魔力量は並だし、適性も闇しか無かったから才能はない方だと思われる。
しかも闇て。そんな所も魔王軍の呪い専門のサイコ魔術師っぽさに拍車がかかっている。
この世界、魔法は光・闇・火・風・水の五属性に分かれてて人によって適性が違う。
僕は闇しかないけど、ファルクは光と風と水の適性があったりなど複数適性持ちも居る。
他属性の魔法を使う事は適性が無くても可能だけど、威力や効果は半減するし、魔力消費も激しいから、下位魔法はともかく適性外の上位魔法を使う人はあまり居ない。
ゲーム内だったらそもそも使えなかったな。
ちなみに主人公は流石の全属性適性持ちです。チートだ。

「僕がシルヴァレンス学園に入学するなら、ファルクも一緒に入学してくれるんでしょ?」
「もちろん」
「なら大丈夫だよ! ファルクが一緒なら、シルヴァレンスでもやっていけると思う」
「でも……」

よし! 言質取った!
上半身を捻って背後のファルクの顔を見ると、行かせたくありませんって書いてある渋い表情をしていた。美形の不機嫌そうな表情って怖い。

しかし、もうこの方向性で畳み掛けるしかない。我が国の平和の為に、入学だけは絶対させなければ……!

……この手はダメージが大きいのであまり使いたくなかったんだけど、止むを得まい。
僕は身体ごと後ろを振り返ると足を開いてファルクの膝の上に乗り上げた。向かい合わせになってぴったり身体同士を密着させながら、ファルクの首に両腕を回す。

「ファルク、お願い。一緒にシルヴァレンス学園に行こ」

そしてしっかりと筋肉の乗った胸に甘えるように頬を擦り寄せた。

はぁ~~~僕キッッッショ。
魔王軍の呪い専門のサイコ魔術師が王子様みたいなイケメンに媚び媚びで甘えてる絵面キッッツ。
側から見た時の光景を想像すると鳥肌が止まらない。
でも、何故か効くんだなこれが……。
ファルクは僕の事をまだ赤ちゃんか幼児だと思ってる節があるから、素直に甘えられるととても喜ぶ。父性かな?

何故か苦悶の声を上げたファルクの腕が僕の背に回り、きつく抱き締められた。

体勢の是非はともかく、こうやってくっついてるのは温かくて落ち着く。ファルクはいつも良い匂いがするし。
僕はリラックスしてぺたりと体重を預けた。

「あー、もう……ずるいなぁ」

ファルクは大きなため息を吐くと、「いいよ」と力無く頷いた。
っしゃ! 身体を張ったうやむや作戦成功だ!
その後僕は「ありがとう!」と言いながら膝の上から降りようとしたが、ファルクにがっちりと抱き締められているせいで身動きが取れず、しばらくキツい絵面のままで過ごす事になってしまった。
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