花屋と僕 -キミハトキメキノ青イバラ-

くるみ最中

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本章

part1. 花は全部僕に下さい

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「……ふう。今日は本当、半袖で良かったな……」

 青年はそう呟き、着ていた長袖のカットソーを恨めしく見た。いっそ服を脱いでしまおうかと思ったのだが、中に着ているタンクトップではさすがに働けないと思いとどまった。では逆に、中に着ているタンクトップを木陰ででも脱いでしまおうかと思ったが、もう少しで仕事も終わると思い、再び思いとどまった。

 そんな青年の元に、もう一人、同い年くらいの青年が近づいて来た。

「よう、調子はどう?」
「サトジュン。それがさ、売り上げは上々。もう帰ろうかと思って」
「だよなあ。本当にどしたの、もうほとんど花ないじゃん!」

 サトジュンと呼ばれた男は、驚いたように周囲を見回した。十個ほどの大きめのバケツに挿された花束たちは、ところどころに残っているだけで、あとはほとんど無くなってしまっていた。
 男はぐるりと回ると、花を売っていた青年――芳野よしの潤也じゅんや、に白い紙パックを手渡して来た。

「これ、パッタイっていう、タイ風やきそばだって。さっきそこに屋台出てた。昼飯にやるよ」
「えっサンキュ! 何、おごりでいいの?」
「うん」
「昨日、俺の髪を青くしちゃったから?」
「別に。そうじゃないけど。髪はそれでいーじゃん。よく似合ってると、俺は思うけど」
「よくないよ、これじゃ就活できないじゃん」

 ぶつぶつと文句を言いながら、芳野潤也――通称ヨシジュンは、植え込みの石に座り、割り箸をパキンと口で割った。サトジュンと呼ばれた友人は、昼を食べるヨシジュンに話し掛ける。

「就活すんの?」
「うん、そろそろね」
「……もう、大丈夫なん?」
「んー、いつかはしないといけないでしょー」
「そっか。もう、決めてんの? どんな仕事にするかとか」
「んー、まだ全然わかんないけど」
「そっか」

 エビとニラの入った、色のうすい焼きそばをすするヨシジュンを、友人は黙って見守っていた。ヨシジュンは、少し前に母親を亡くしたばかりなのだ。父親はとうの昔に亡くなっていて、女手一つでこのヨシジュンを育てていた。その母親さえも亡くしてしまったのだから、淋しくないと言えば嘘になる。
 しかも、その環境で裕福だったわけもなく、はっきり言ってしまえば貧乏だった。金もなく、身内も亡くした友人が、少しずつでも立ち直ろうとしているのを、友人サトジュン――佐藤純一さとうじゅんいちは、横で精一杯見守っていた。

「それがさぁ」
 焼きそばを頬張る友人が、口を開いたので、サトジュンも顔を上げた。昨夜髪が青くなった――友人の気持ちを少しでも吹っ切らせるために彼が青く染めた。その励まし方は適切だったのかは解らない――ヨシジュンは、もぐもぐと口を動かしながら、くうを見上げて、思い出しながら話をしていた。

「すげー奇特きとくな客が来てくれてさ……花、ほとんど買って行ってくれたの」
「……ふーん?」
「勿論、天気がいい祝日だから、それなりに売れるかとは思ってたんだけどさ。午前中の早い時間から、何だかその人がのろのろとやって来て。いい天気ですねとか何とか、俺が言ったら、その人は黙ったまま、値段の高い花の束から順番に指を差してった」
「……ほう。」
「初めはバラだろ。それからカサブランカ、次にピンクも。……作ってあったアレンジも、高いのから順に。どれも一種類ずつかと思うじゃん? そしたらさぁ、お抱え運転手みたいな格好した人ともう一人男の人がやって来て、片っ端から運んでくの。路肩に停めといた黒塗りの車に、入るぶんだけって感じで。
 こんなにいいんですか、何かイベントでもあるんですかって聞いたら、会社の人にあげるから、いいって」
「……おぅ」
「金持ちそうだったし、社長さんでもあるのかなあ」
「うーん……、それじゃ、そうかもね」
「だから、高そうな車汚さないように、全部根元包んで、水捨てたバケツも幾つかあげた。車内で挿して持ってってもらうようにな。……外だったからろくにリボンも持って来てなかったけど、幾つかはあるものでアレンジしてあげた」
「うーん」
「何だかよくわかんなかったけど、凄かったよ」
「おじさん?」
「ううん全然。俺らとあんまり変わんない位に見えたけど。でも、スーツ姿だったし、二十代後半はいってんのかなぁ。この天気の良い日に、朝からスーツ着てた。髪の毛もピシッとしてさ。そんで人の顔、ポカーンと見てるんだよね」
「……何か、怪しい人だったんじゃないの? お前狙われた?」

 サトジュンが心配してそう言っても、ヨシジュンはそんなこと全く疑う余地がないとでも言うように、眉を寄せて首を振った。

「変な人には見えなかったよ。……まさか、俺のこと知ってんのかなと思った。母さん死んじゃったの知ってたとか。それで同情して、買ってくれたのかな? とも思った」
「全く心当たりないの?」
「全然ない。会ったことあったら、覚えてると思うよ。金持ちそうだったし、印象強めの人だったもん」

 そうこうしていると、ヨシジュンは「ごちそうさまー」と言って、焼きそばを食べ終わった。食欲も以前のように戻ったようで、サトジュンはその様子を見て安心した。

「さてと……ありがとな。サトジュン。これで、心残りもほぼなくなったぜ」

 ヨシジュンは、うーんと伸びをして、青空を見詰めた。母親が生活のためにやっていた花屋を、ヨシジュンは畳む決意をしていたのだ。ヨシジュンは高校を卒業して母親の花屋を手伝っていたのだが、母親が亡くなった今、続ける理由がなくなってしまった。儲けもほぼなく、親子はいつも金に困っていた。
 母親は、青空の下、花を売るのが好きだった。この日、ヨシジュンは天国の母への最後の手向たむけのつもりで、花を売ったのだった。

(……母ちゃん。見てますか。今までありがとう)

 清々しい気持ちで、ジュンヤは青空を見上げていた。涙が出そうだったのをこらえていた。
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