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第2話 材料はこれでいいか? とりあえずラーメン食べてみてくれ。
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俺の懸念は的中した。
スープが無くなってしまったのだ。
幸いなことに、まだ麺は残っている、十食分あるかないかというところだが。
「わるいな、もうスープがなくなっちまった」
俺が一言そう告げると、辺りに集まっていた見物客や、ラーメンという食べ物に興味が湧いていた人達から落胆の声が上がった。
「できればみんなに食わせてやりたかったんだが。すまない」
「タレというのをお湯で薄めるのはダメなのか?」
エリアンがそう言ってくるが、二杯も食べたならわかるだろう。
「スープで薄めないと、美味くないんだ」
「そうか」
「お嬢ちゃん頼みがあるんだが」
そう俺は話しかける。
「なんだ?」
「この世界の通貨について教えてくれ」
「わかった、ついてきて」
屋台を綺麗に片し、移動させるために、鍋の火を落とす。この作業も現実で幾度となくこなしてきたから、手際がいい。
ついてこいと言った彼女に屋台を引きながらついていく。
少しばかり、ラーメンが認知されたとはいえ、いまだにこの村の住民からは警戒されているようだ。排他的な社会に軽く入る部外者は基本こうなる。それは向こうでもこちらでも変わらないな。
数分歩き、村の奥までやってきた。
「ここが私の家だ」
「すまないが、屋台はどこにおけばいい?」
「それなら、そうだな。そこに置いておくといい」
そう言った彼女は馬小屋を指さす。
「馬小屋か? みたところ馬が繋がれていないようだが」
「馬は……今はいない、父上と兄上が他のエルフ族の村に交渉にいっているからな」
交渉か。何の交渉だか……聞かないほうがよさそうだな。
「じゃぁここに置かせてもらうぞ」
馬小屋の横に屋台を置き、車輪にストッパーを掛け、馬小屋の柵にロープ式のダイアルキーを通す。
「それはなんだ?」
「ん? これか? これは鍵だ」
「鍵?」
「少し説明が難しそうだな。ここに番号が書いてあるだろ?」
「あぁ。見ればわかる」
「この番号を合わせて、こうすると抜ける。一本のロープになるんだ。それを逆にこうつなげて、番号をずらすと……輪になる」
「すごいな。こんなものを作れるのか」
「無論俺が作ったわけじゃない」
「そういうことにしておこう。あがってくれ、茶を入れよう。ラーメンの礼だ」
「すまない」
彼女に案内され、家に上がる。
良くも悪くも古風な日本家屋のように見える。
馬小屋だけが異色を放っているな。
「なぜ素足になるのだ! 危険だぞ!」
そう彼女に言われ、ふと足元を見る。
日本家屋であったので、つい癖で靴を脱いでしまった。
「すまない。俺が元居たところでは、家に上がるときは靴を脱ぐものだったんだ」
そう言って再び靴を履く。
「そうなのか。つくづくお前の元居た世界のことはわからん。鳥でもないものが空を飛ぶみたいだしな」
俺だって細かい理屈なぞわからんさ。
生まれた時から、飛んでいたからな。それに俺は学がない。少しでも詳しければ答えてやれたんだがな。
「そこに座ってくれ、すぐに茶を持ってくる」
「あぁ」
リビングのようなところに案内され、言われた通り、椅子に座る。
和風ではあるのだが、内装は近代日本によくあるフローリングの床で、親しみやすい良い家だ。
カチャカチャと食器を動かす音が聞こえる。
湯が沸くカタカタという音も聞こえてきた。
しばらくすると彼女がティーカップをニ客と茶請けであろう焼き菓子を持ってきてくれた。
「あんなにおいしい食事が作れるお前には物足りないかもしれないが、客人に出すものだ。是非食べてくれ」
そう言いながら、俺の方にソーサーを置き、茶を注いだカップを置いてくる。
「いただきます」
まず茶をいただこう。
ズッ。
「うまいな」
自然と口から言葉が漏れる。
想像通り紅茶であったが、ハーブティーのように思えるほど香りが強く、それでいて、茶葉本来の味もしっかりしている。
元の世界だったら百グラムで千円前後する高級品に類するだろう。
「これは本当に美味いな」
そうして焼き菓子にも手を伸ばす。
パッと見た感じクッキーのように思えるが、触り心地は煎餅に近い。
サクッ。
「あぁ。これは茶に合うな」
程よい甘味があり、触感が思ったより強い。サクッとしていたのだが、口の中に入れた後、水分と混ざり柔らかくなってくる。そして甘味が強調されていく。
そうだな。例えると……栄養補助食のスティックのような感じである。一本百キロカロリーで一袋二本入り、一箱二袋入っているあれだ。元居た世界では好物だった。
こちらの世界に来てしまったので誰にも伝えることができない無駄知識となってしまっているのだが、あのコンビニエンスストアで売っている半分サイズの物はもともとイベント等で配られていた非売品らしい。
「この世界も悪くないな」
俺がそうつぶやくと顔を笑みでいっぱいにした彼女が見えた。
「笑っていると、可愛いな」
「なっ!」
俺がそう茶化すと彼女はそっぽを向いてしまった。
では本題に戻ろうか。
ご機嫌取りに別の味のラーメンを食わせると言ったら一瞬で懐柔できた。単純な奴だ。
「通貨について教えてほしいんだったな」
「ああ。この世界の通貨がわからんと材料も買えんからな」
「そういうことか。この世界の通貨はこれだ」
そう言って彼女はコインのようなものを懐から取り出す。
「硬貨か」
「紙幣もあるがそれは裕福な者しか持っていない」
「なるほど」
紙幣があるということは、硬貨一枚の価値はそこまで高くない物のようだ。
「これは一番価値の低い硬貨なのか?」
「いや。一番価値の低いものはこれだ」
そう言って彼女は部屋の棚から薄い板のようなものを持ってくる。
骨を削った板のように見える。大きさは成人男性の親指の爪くらいだ。
「骨か?」
「あぁ。小動物などの骨を削ってつくる。この村にも加工所がある」
「自分たちで作るのか?」
「あぁ。国から指定された加工所が各村に存在してな。そこで月に決まった額を生産している」
「それ一枚でどんなものが買える?」
「そうだな……。これ一枚だと何も買えんだろうな。十枚でやっとパンが買える程度だな」
なるほど。この骨の硬貨十枚でパンか。
「どのパンだか教えてもらってもいいか?」
「それなら……これだ」
うん。コッペパンだ。
「これ一つが十枚骨の硬貨か」
「ちなみに通貨はドラという」
骨でドラか。この世界には麻雀があるな。たぶんだが。
「十枚の骨製硬貨で一枚の石製硬貨になる。そして石製の硬貨十枚で一枚の鉄製硬貨になる」
つまり百枚の骨製硬貨で一枚の鉄製硬貨、コインになるわけだな。
パンから考えて一骨製硬貨が約十円といったところか。
大方理解してきた。
「紙幣は鉄製硬貨何枚だ?」
「十枚だ」
なるほど。非常にわかりやすい。
骨製硬貨が十円。
石製硬貨が百円。
鉄製硬貨が千円。
紙幣は一万円ということか。
物の価値が厳密にわかっていないが、しばらくはこの理解で問題ないだろう。
「骨製硬貨があることから考えると、お前たちは動物の骨は基本硬貨にしてしまうのか?」
「あぁ」
骨は結構簡単に入手できそうだ。
それもかなり安く。
「鶏しか食べれないと言っていたな?」
「あぁそうだ」
「その鶏の骨は硬貨にするのか?」
「そう言っている」
「そうか……。いま鶏の骨あるか?」
「ん? あるぞ。数日に一度の収集の日前だしな」
「それを俺にくれないか? 報酬はラーメンだ」
「そんなことで食わせてもらえるなら願ったりだが……スープとやらがなかったのではないか?」
「だからそのスープを作るために、鶏の骨が欲しいんだ」
「なるほど。骨からスープを……」
「まぁみればわかるさ。骨を持ってきてくれないか? 俺は停めてある屋台にいく」
「まて、この時期夜になると外は冷える。ここを使ってくれ」
そう言って彼女はキッチンまで案内してくれた。
元居た世界でいうガスコンロが置いてある。これは使いやすそうだ。
「なら鍋を取ってくる」
「あぁ。私は骨を持ってこよう」
一度屋台に行き、キッチンまで鍋を運ぶ。
「持ってきたぞ」
彼女が戻ってきたので、鍋の中身を捨てる。
「こうして骨を煮込んでいたんだ。これは鶏の骨だ。その骨と交換してくれないか?」
「煮込んだ骨でも骨は骨だからな。収集にだせるだろう。それでどうやって煮込むのだ?」
「あー。それなんだが……」
先ほど屋台を確認した際、スープを取る時使うショウガがなかった。ネギは一応あったんだが。このままだと鶏の臭みが残ってしまい美味いスープが完成しない。
「俺はショウガという香りの強い植物を刻んで入れ、煮込むことで鶏の臭みを消していたんだ。そのショウガがない事に気が付いた」
「鶏の臭み消しか? それならエルフはみな使っているぞ」
彼女はそう言って床にあった扉をガチャと開け、中に入っていった。
「すまない。俺も入っていいか?」
「かまわんが?」
「失礼する」
俺も後に続き、入らせてもらった。
温度が低く、食料の備蓄には最適だ。
右手の棚には野菜がたくさん置いてあった。元居た世界と比べて、野菜にそこまで差がないように感じる。
左手の棚には特に何も置いていなかった。
奥の棚には壺や瓶などが置いてあり、物を漬けているのがうかがえる。
「あまりじろじろみるな。うちは食料が少ない」
「すまない。これで少ないのか」
「あぁ。儲けが少ないからな。あまり高価なものが買えんのだ」
「…………」
「どうした?」
お嬢ちゃん。俺とラーメンで儲ける気はあるか? 俺はそう言おうとした。だがうまく言葉が出てこない。嫁に逃げられてから女性と会話することもなかった。気恥ずかしさが勝ってしまった。だが、まあいい。そのうち言う機会が来るさ。
「なんでもない。臭み取りはどれだ?」
「あぁ。これだ」
そう言った彼女が俺に見せてきたものは、元の世界でも慣れ親しんだものばかりだった。
「少し食べてみてもいいか?」
「かまわんが……うまくないぞ?」
「いいんだ」
そうして受け取った3個の臭み取りを一つずつかじり確かめていく。
「やはり、同じだな」
一つ目にかじったもの、二つ目にかじったもの、すべて元居た世界とほとんど変わらなかった。強いて言えば元居た世界よりも香りが強いというくらいか。
「これは俺が元居たところでショウガ、ニンニク、ローレルと言っていた」
「ニンニクは一緒なのだな」
「そうなのか。これを少し貰っていいか?」
そう言ってショウガを指す。
「かまわん。私は料理が不得手でな、ほとんど使い方がわからん。母上がやっていたのを真似ていただけだ」
「そうか。母はどこにいるのだ?」
「母は……死んださ。随分昔にな。流行り病だった」
「そうか。すまない」
「なぜ謝るのだ?」
「母を亡くす悲しみはわかるからな」
「お前もそうなのか」
「ああ」
そう言い、床下からキッチンに身体をだす。
彼女を引き上げ、スープの仕込みに取り掛かる。
ショウガと屋台から持ってきたネギを切り、エリアンから受け取った鶏の骨を鍋に入れ、水を張り、煮込み始めた。
「その……聞いても……いいか?」
「なにをだ?」
「お前の母上のお話だ」
「あぁ」
そうして俺は語り出す。
新規オープンのラーメン屋でメニューも多いって連日大盛況だった。
テレビの取材も来ていた。妻がそこそこ有名人ということもあり、その旦那がラーメン屋をと言って取材に来ていたよ。
朝八時のオープンから俺のラーメンを食いに来た客と妻を一目見に来た輩で店はごった返しさ。ショーシャル・ネットワーキング・サービスでも話題になっていた。
俺の店は安泰だ。そう思った矢先だった。
俺の携帯電話が鳴ったのは。
知らない番号だった。
どうせ昔の友人が茶化す為に電話してきたのだろう。適当に出て切ってやろうとした。
「もしもし」
「角田、角田義男さんですか?」
「はい。そうですが」
「私、京千医科大学付属病院の吉野と申します」
「お医者様が私に何の用ですか?」
「お母様、角田佳恵様が事故にあい、意識不明です」
「はっ?」
「先ほど運ばれてきたのですが厳しい状況でして、なんとかご家族にご連絡をと思いまして、手荷物を拝見いたしましたら、義夫さんのお名前と連絡先がございましたので」
「親父には連絡できたんですか!?」
「いえ。連絡先が見つからず」
「じゃぁ俺から連絡します! すぐに行きます」
俺はすぐ父親に連絡を入れた。
でもつながらなかった。
悪態をつきつつ、妻に話しかけた。
「佳弥子すまん! 俺のかあさんが事故ったらしい! 病院行ってきていいか?」
「嘘!? お義母さんが!? 店閉めて私も行く!」
「あぁ! みなさんすみません。俺の母親が事故にあいまして、今病院に運ばれたみたいなんです。すぐ病院に行きたいのでお店閉めさせてもらってもいいでしょうか!」
全身を使い頭を下げる俺と佳弥子。
だが、メディアは、客は許してくれなかった。
「ふざんけんな! 何時間もならんだんだぞ!」
「お前の店のために枠割いてんだぞ! 責任取れんのか!」
「どうせ嘘なんじゃねぇのか!」
「逃げんのか!」
色々な声が聞こえた。
あぁ。そうか。俺は、俺たちは、所詮……。
「佳弥子。先に病院行っていてくれ、俺はこいつらにラーメン食わせてから行く。かあさんを頼む」
「義夫……。わかった! 必ず待ってるから!」
「車使ってくれ。気を付けて行くんだぞ」
「あいあいさー!」
そうして駆け出していく妻を見送り、俺は袖を捲った。
あぁ。食わせてやるさ。死ぬほどうまいラーメンをな。
そこから二時間は地獄だった。
ネットで拡散され、炎上してしまい、さらに客がくる。用意していたスープもなくなり、メニューが減る。
それでも客足は途絶えなかった。
そして俺の心は心配と激務で摩耗していく。
そして四時間が経ち、全てが崩れていった。
俺は……気を失ってしまった。
後日病院で昔からの友人に録画を見せてもらったときは本気で恥ずかしかった。
俺は……母を失った。
俺が病院で目を覚ますと、泣き腫らした佳弥子の顔が見えた。
「ここは……どこだ……?」
「義夫……」
「そうか。俺、倒れちまったのか。無理もねぇな。あの忙しさだもんな」
「義夫……お義母さん……」
「そうだ! かあさんは!?」
「義夫が運ばれてきたときにはもう……」
「……。くそっ……。くそおおおおお!」
俺の魂の叫びが病院に響いた。
「ということだ。そのあとは普通にラーメン屋を続けたさ。悲劇の店主とか言われてちょっとした人気店さ。どうした?」
俺の話を聞いた彼女は、泣いていた。
大粒の涙を目から零し、頬を、顎を、そして机を濡らしていた。
「なんなのだ……。そんな世界……あっていいのか……」
「泣くなよ。俺の元居たとこじゃ普通だったんだろうさ」
「許せない。母親は……一人しかいないんだぞ……それなのに……」
「大げさだな。もう何年も昔の話だ。忘れろ」
「忘れられるわけないだろ! 認めん。私は認めないぞ!」
「あまり熱くなるな。可愛い顔が台無しだぞ」
「うるさい!」
涙をぬぐおうとした俺の手を彼女は払いのけた。
「おい……」
「なぜお前は立ち向かわなかった!」
「それは……客や、メディアが……」
「そんなの言い訳だ! お前は逃げたんだ!」
「なっ……」
そうだ。その通りだ。俺は……逃げたんだ。母親の死から。
当時の憤りが蘇る。大人げなく俺も声を荒げてしまう。
「しかたなかったんだよ!」
「なぜだ! すべてを捨てる覚悟でなぜ行かなかった!」
「行きたかったさ! でも許してくれなかった!」
「そんな奴ら……殺してでも行けばよかったではないか!」
「俺の元居た世界じゃ人殺しは大罪なんだよ!」
「知るか! 馬鹿者!」
「お前に何がわかるんだよ!」
「わかるさ! 私もそうだったからな!」
一気に頭が冴える。上った血がスッと引いていき、冷静な思考を取りもどす。
「お前も……そうだったのか?」
「そうだ! お前と同じだ! だが私は逃げなかった! 邪魔するものをみんな斬った! それでも間に合わなかったのだ! 逃げたお前とは違う!」
あぁ……。こいつは、エリアンは……強いな。
「お前の強さがうらやましいよ」
「強くなどない……すまない。頭を冷やしてくる」
「あぁ。俺はスープを見てる」
二時間ほどすると彼女は帰ってきた。
「さっきはすまなかった」
「あぁ。俺もすまなかった」
「昔を思い出してしまってな。もう何年も昔なのに」
「あぁ。といってもそんなに前じゃないんだろう?」
十八歳程度にしかみえんからな。
「もう二十年も前の話だ」
「ん?」
「なんだ?」
「お嬢ちゃん。十八歳くらいじゃないのか?」
「お前何を言っているんだ? 私は今年で三十六歳だぞ?」
「はっ?」
「なんだ?」
「三十六歳? 嘘だろ?」
「嘘ではない。身分証を見てみろ」
そう言って彼女は俺に身分証を見せてくれた。
確かに、三十六歳だ。
この世界身分証とかあるんだな。
「俺、身分証がないんだが」
「そんなわけないだろう。そうか、異世界から来たんだったな。身分証の出し方を教えてやる」
彼女に言われた通りにする。
すると俺の手には身分証が握られていた。
もちろん年齢も書いてあった。
「お前。四十一歳なのか。八十歳は超えてると思ったぞ」
「おい、それはないだろ」
「すまんな、あまり人族と接することがないんだ」
「そうか」
「いい匂いだな」
「あぁ。もうスープが完成するところだ」
「おお!」
「さっき食ったのは醤油ラーメンなんだが、取り立ての出汁だ、塩にしよう。酒と塩はあるか?」
「あぁ! あるぞ!」
「助かる。そこに置いておいてくれ」
「わかった!」
スープを一度濾すのが正しい作り方なのだが、替えの鍋がないのでこのままにしようとも考えた。代用品はないかとあたりを見回した俺の目は大きな鍋を見つめていた。
「お嬢ちゃん。その鍋、借りてもいいか?」
「かまわんぞ!」
「助かる」
火の通りが良さそうな銅鍋のようだった。
大きさも問題ない。
ザルやテボ、お玉麺などの道具を屋台に一度取りに行き、スープを濾す。
「美しい色だ」
「あぁ。鶏がいい証拠だ」
濾し終わったスープをもう一度火にかけ、先ほどスープを作った鍋を軽く洗う。
そしてそちらに水を張り、沸かす。
「おお。もうじき麺をゆでるのだな」
「あぁ。お湯が沸騰し……」
そう鍋を見て驚く、お湯がすでに沸騰しているのだ。
ふむ。異世界現象だ。
便利だから良しとする。
「お嬢ちゃん。麺を落としてみるか?」
「いいのか! それはそうとお嬢ちゃんはやめないか? エリアンでいい」
「だが一族以外に知られてるのは……」
「いいのだ。お前なら、いいのだ」
「そうか」
少し枯れた心が揺れ動く。
「なら俺は義夫でいい」
「あぁ。……ヨシオ」
「さぁやってみろ」
「あぁ」
彼女は、恐る恐る、鍋に引っ掛けてあるテボに麺を落とす。
「できたぞ!」
「よしじゃぁ時間を計るぞ」
「たいまーとかいうやつだな。先ほど触らせてもらえなかった」
「すまない。食い終わったら貸してやるから」
俺も昔話をしたからか、腹が減った。
自分の分の麺も茹で始める。
「今のうちに塩ダレをつくるぞ」
「それはどう作るのだ?」
「持ってきてもらった酒と塩を使う。あとは俺が使っている醤油ダレも少し加える」
「ほう?」
「小さい鍋にまず塩をこのスプーン一杯分いれてくれ」
そう言って、大さじを渡す。
「こうか?」
「あぁ。次にこのタレをそのスプーンの三分の一くらい入れてくれ」
「難しいな……このくらいか?」
「完璧だ」
「次はどうするのだ」
「酒をそのスプーン四杯分加える」
「こうだな!」
「あぁ。才能があるなエリアン」
俺がそう言い、エリアンの名前を呼ぶと彼女は顔を伏せてしまった。
恥ずかしいようだ。一族でもないものに名前を呼ばれることはないらしいから仕方ないな。
自分の分の塩ダレも足し、火にかける。
すぐ沸騰するので塩ダレの完成も一瞬だ。
麺ももうじき茹で上がる頃なので器を温め、塩ダレを注ぐ。
そして掬ったスープを器に流し込み麺を入れる準備を整える。
「エリアン。麺が茹で上がる。湯を切ってみるか?」
「……うん」
消え入りそうな声で返事があった。
「やはりお嬢ちゃんって呼んだ方がいいか?」
「や! ……エリアンで……いい……」
前半に大きな声を出したと思ったら尻すぼみで聞き取れなかった。
やはり名前呼びはまだ早かったのか。
「ここを持って」
「……こう?」
「あぁ。そうしたら上から下に振る、そして下に振りきる前に止める」
俺がそう説明すると彼女は見事に湯を切って見せた。
「本当に才能がある」
「……から」
「ん?」
「ずっと見てたから!」
「あ? あぁ。そうだったな。そしたらこの麺をそこに」
テボから器に移すやり方を教え、塩ラーメンが完成する。
「美味そうだ」
「うん。おいしそう」
「ちょっとまってな」
そう言って俺も麺を湯切りし、器に麺を移す。
箸で少し麺を解し、先ほどスープを作るときについでに切っておいた長ネギを乗せる。味玉が一つ残っていたのでそれも入れる。
「塩ラーメンおまち」
そう言って俺が作ったほうのラーメンをエリアンに渡す。
「そっちは、……ヨシオが作ったほうでしょ?」
名前の部分だけ小さくて聞き取りにくいな。
「あぁ。そうだが? 自分で作ったのも美味いが、やはり他人が自分のために作ってくれた物のほうが美味い。いいからエリアンはこっちを食ってくれ。俺はエリアンが作ったほうを食う」
「……わかった」
お互い席に座り、食べ始める。
「いただきます」
「……いただきます」
ズッズズズ!
「美味い」
誰かに作ってもらったラーメンはいつ以来だろうか。
主張しすぎない塩の味の中、埋もれない鶏の旨味があり、呼吸するかのように食べ続ける。
しばらくして、エリアンもラーメンをすすり始める。
「おいしい」
「だろ?」
そう言って俺は微笑み、彼女もまた微笑んだ。
to be continued...
スープが無くなってしまったのだ。
幸いなことに、まだ麺は残っている、十食分あるかないかというところだが。
「わるいな、もうスープがなくなっちまった」
俺が一言そう告げると、辺りに集まっていた見物客や、ラーメンという食べ物に興味が湧いていた人達から落胆の声が上がった。
「できればみんなに食わせてやりたかったんだが。すまない」
「タレというのをお湯で薄めるのはダメなのか?」
エリアンがそう言ってくるが、二杯も食べたならわかるだろう。
「スープで薄めないと、美味くないんだ」
「そうか」
「お嬢ちゃん頼みがあるんだが」
そう俺は話しかける。
「なんだ?」
「この世界の通貨について教えてくれ」
「わかった、ついてきて」
屋台を綺麗に片し、移動させるために、鍋の火を落とす。この作業も現実で幾度となくこなしてきたから、手際がいい。
ついてこいと言った彼女に屋台を引きながらついていく。
少しばかり、ラーメンが認知されたとはいえ、いまだにこの村の住民からは警戒されているようだ。排他的な社会に軽く入る部外者は基本こうなる。それは向こうでもこちらでも変わらないな。
数分歩き、村の奥までやってきた。
「ここが私の家だ」
「すまないが、屋台はどこにおけばいい?」
「それなら、そうだな。そこに置いておくといい」
そう言った彼女は馬小屋を指さす。
「馬小屋か? みたところ馬が繋がれていないようだが」
「馬は……今はいない、父上と兄上が他のエルフ族の村に交渉にいっているからな」
交渉か。何の交渉だか……聞かないほうがよさそうだな。
「じゃぁここに置かせてもらうぞ」
馬小屋の横に屋台を置き、車輪にストッパーを掛け、馬小屋の柵にロープ式のダイアルキーを通す。
「それはなんだ?」
「ん? これか? これは鍵だ」
「鍵?」
「少し説明が難しそうだな。ここに番号が書いてあるだろ?」
「あぁ。見ればわかる」
「この番号を合わせて、こうすると抜ける。一本のロープになるんだ。それを逆にこうつなげて、番号をずらすと……輪になる」
「すごいな。こんなものを作れるのか」
「無論俺が作ったわけじゃない」
「そういうことにしておこう。あがってくれ、茶を入れよう。ラーメンの礼だ」
「すまない」
彼女に案内され、家に上がる。
良くも悪くも古風な日本家屋のように見える。
馬小屋だけが異色を放っているな。
「なぜ素足になるのだ! 危険だぞ!」
そう彼女に言われ、ふと足元を見る。
日本家屋であったので、つい癖で靴を脱いでしまった。
「すまない。俺が元居たところでは、家に上がるときは靴を脱ぐものだったんだ」
そう言って再び靴を履く。
「そうなのか。つくづくお前の元居た世界のことはわからん。鳥でもないものが空を飛ぶみたいだしな」
俺だって細かい理屈なぞわからんさ。
生まれた時から、飛んでいたからな。それに俺は学がない。少しでも詳しければ答えてやれたんだがな。
「そこに座ってくれ、すぐに茶を持ってくる」
「あぁ」
リビングのようなところに案内され、言われた通り、椅子に座る。
和風ではあるのだが、内装は近代日本によくあるフローリングの床で、親しみやすい良い家だ。
カチャカチャと食器を動かす音が聞こえる。
湯が沸くカタカタという音も聞こえてきた。
しばらくすると彼女がティーカップをニ客と茶請けであろう焼き菓子を持ってきてくれた。
「あんなにおいしい食事が作れるお前には物足りないかもしれないが、客人に出すものだ。是非食べてくれ」
そう言いながら、俺の方にソーサーを置き、茶を注いだカップを置いてくる。
「いただきます」
まず茶をいただこう。
ズッ。
「うまいな」
自然と口から言葉が漏れる。
想像通り紅茶であったが、ハーブティーのように思えるほど香りが強く、それでいて、茶葉本来の味もしっかりしている。
元の世界だったら百グラムで千円前後する高級品に類するだろう。
「これは本当に美味いな」
そうして焼き菓子にも手を伸ばす。
パッと見た感じクッキーのように思えるが、触り心地は煎餅に近い。
サクッ。
「あぁ。これは茶に合うな」
程よい甘味があり、触感が思ったより強い。サクッとしていたのだが、口の中に入れた後、水分と混ざり柔らかくなってくる。そして甘味が強調されていく。
そうだな。例えると……栄養補助食のスティックのような感じである。一本百キロカロリーで一袋二本入り、一箱二袋入っているあれだ。元居た世界では好物だった。
こちらの世界に来てしまったので誰にも伝えることができない無駄知識となってしまっているのだが、あのコンビニエンスストアで売っている半分サイズの物はもともとイベント等で配られていた非売品らしい。
「この世界も悪くないな」
俺がそうつぶやくと顔を笑みでいっぱいにした彼女が見えた。
「笑っていると、可愛いな」
「なっ!」
俺がそう茶化すと彼女はそっぽを向いてしまった。
では本題に戻ろうか。
ご機嫌取りに別の味のラーメンを食わせると言ったら一瞬で懐柔できた。単純な奴だ。
「通貨について教えてほしいんだったな」
「ああ。この世界の通貨がわからんと材料も買えんからな」
「そういうことか。この世界の通貨はこれだ」
そう言って彼女はコインのようなものを懐から取り出す。
「硬貨か」
「紙幣もあるがそれは裕福な者しか持っていない」
「なるほど」
紙幣があるということは、硬貨一枚の価値はそこまで高くない物のようだ。
「これは一番価値の低い硬貨なのか?」
「いや。一番価値の低いものはこれだ」
そう言って彼女は部屋の棚から薄い板のようなものを持ってくる。
骨を削った板のように見える。大きさは成人男性の親指の爪くらいだ。
「骨か?」
「あぁ。小動物などの骨を削ってつくる。この村にも加工所がある」
「自分たちで作るのか?」
「あぁ。国から指定された加工所が各村に存在してな。そこで月に決まった額を生産している」
「それ一枚でどんなものが買える?」
「そうだな……。これ一枚だと何も買えんだろうな。十枚でやっとパンが買える程度だな」
なるほど。この骨の硬貨十枚でパンか。
「どのパンだか教えてもらってもいいか?」
「それなら……これだ」
うん。コッペパンだ。
「これ一つが十枚骨の硬貨か」
「ちなみに通貨はドラという」
骨でドラか。この世界には麻雀があるな。たぶんだが。
「十枚の骨製硬貨で一枚の石製硬貨になる。そして石製の硬貨十枚で一枚の鉄製硬貨になる」
つまり百枚の骨製硬貨で一枚の鉄製硬貨、コインになるわけだな。
パンから考えて一骨製硬貨が約十円といったところか。
大方理解してきた。
「紙幣は鉄製硬貨何枚だ?」
「十枚だ」
なるほど。非常にわかりやすい。
骨製硬貨が十円。
石製硬貨が百円。
鉄製硬貨が千円。
紙幣は一万円ということか。
物の価値が厳密にわかっていないが、しばらくはこの理解で問題ないだろう。
「骨製硬貨があることから考えると、お前たちは動物の骨は基本硬貨にしてしまうのか?」
「あぁ」
骨は結構簡単に入手できそうだ。
それもかなり安く。
「鶏しか食べれないと言っていたな?」
「あぁそうだ」
「その鶏の骨は硬貨にするのか?」
「そう言っている」
「そうか……。いま鶏の骨あるか?」
「ん? あるぞ。数日に一度の収集の日前だしな」
「それを俺にくれないか? 報酬はラーメンだ」
「そんなことで食わせてもらえるなら願ったりだが……スープとやらがなかったのではないか?」
「だからそのスープを作るために、鶏の骨が欲しいんだ」
「なるほど。骨からスープを……」
「まぁみればわかるさ。骨を持ってきてくれないか? 俺は停めてある屋台にいく」
「まて、この時期夜になると外は冷える。ここを使ってくれ」
そう言って彼女はキッチンまで案内してくれた。
元居た世界でいうガスコンロが置いてある。これは使いやすそうだ。
「なら鍋を取ってくる」
「あぁ。私は骨を持ってこよう」
一度屋台に行き、キッチンまで鍋を運ぶ。
「持ってきたぞ」
彼女が戻ってきたので、鍋の中身を捨てる。
「こうして骨を煮込んでいたんだ。これは鶏の骨だ。その骨と交換してくれないか?」
「煮込んだ骨でも骨は骨だからな。収集にだせるだろう。それでどうやって煮込むのだ?」
「あー。それなんだが……」
先ほど屋台を確認した際、スープを取る時使うショウガがなかった。ネギは一応あったんだが。このままだと鶏の臭みが残ってしまい美味いスープが完成しない。
「俺はショウガという香りの強い植物を刻んで入れ、煮込むことで鶏の臭みを消していたんだ。そのショウガがない事に気が付いた」
「鶏の臭み消しか? それならエルフはみな使っているぞ」
彼女はそう言って床にあった扉をガチャと開け、中に入っていった。
「すまない。俺も入っていいか?」
「かまわんが?」
「失礼する」
俺も後に続き、入らせてもらった。
温度が低く、食料の備蓄には最適だ。
右手の棚には野菜がたくさん置いてあった。元居た世界と比べて、野菜にそこまで差がないように感じる。
左手の棚には特に何も置いていなかった。
奥の棚には壺や瓶などが置いてあり、物を漬けているのがうかがえる。
「あまりじろじろみるな。うちは食料が少ない」
「すまない。これで少ないのか」
「あぁ。儲けが少ないからな。あまり高価なものが買えんのだ」
「…………」
「どうした?」
お嬢ちゃん。俺とラーメンで儲ける気はあるか? 俺はそう言おうとした。だがうまく言葉が出てこない。嫁に逃げられてから女性と会話することもなかった。気恥ずかしさが勝ってしまった。だが、まあいい。そのうち言う機会が来るさ。
「なんでもない。臭み取りはどれだ?」
「あぁ。これだ」
そう言った彼女が俺に見せてきたものは、元の世界でも慣れ親しんだものばかりだった。
「少し食べてみてもいいか?」
「かまわんが……うまくないぞ?」
「いいんだ」
そうして受け取った3個の臭み取りを一つずつかじり確かめていく。
「やはり、同じだな」
一つ目にかじったもの、二つ目にかじったもの、すべて元居た世界とほとんど変わらなかった。強いて言えば元居た世界よりも香りが強いというくらいか。
「これは俺が元居たところでショウガ、ニンニク、ローレルと言っていた」
「ニンニクは一緒なのだな」
「そうなのか。これを少し貰っていいか?」
そう言ってショウガを指す。
「かまわん。私は料理が不得手でな、ほとんど使い方がわからん。母上がやっていたのを真似ていただけだ」
「そうか。母はどこにいるのだ?」
「母は……死んださ。随分昔にな。流行り病だった」
「そうか。すまない」
「なぜ謝るのだ?」
「母を亡くす悲しみはわかるからな」
「お前もそうなのか」
「ああ」
そう言い、床下からキッチンに身体をだす。
彼女を引き上げ、スープの仕込みに取り掛かる。
ショウガと屋台から持ってきたネギを切り、エリアンから受け取った鶏の骨を鍋に入れ、水を張り、煮込み始めた。
「その……聞いても……いいか?」
「なにをだ?」
「お前の母上のお話だ」
「あぁ」
そうして俺は語り出す。
新規オープンのラーメン屋でメニューも多いって連日大盛況だった。
テレビの取材も来ていた。妻がそこそこ有名人ということもあり、その旦那がラーメン屋をと言って取材に来ていたよ。
朝八時のオープンから俺のラーメンを食いに来た客と妻を一目見に来た輩で店はごった返しさ。ショーシャル・ネットワーキング・サービスでも話題になっていた。
俺の店は安泰だ。そう思った矢先だった。
俺の携帯電話が鳴ったのは。
知らない番号だった。
どうせ昔の友人が茶化す為に電話してきたのだろう。適当に出て切ってやろうとした。
「もしもし」
「角田、角田義男さんですか?」
「はい。そうですが」
「私、京千医科大学付属病院の吉野と申します」
「お医者様が私に何の用ですか?」
「お母様、角田佳恵様が事故にあい、意識不明です」
「はっ?」
「先ほど運ばれてきたのですが厳しい状況でして、なんとかご家族にご連絡をと思いまして、手荷物を拝見いたしましたら、義夫さんのお名前と連絡先がございましたので」
「親父には連絡できたんですか!?」
「いえ。連絡先が見つからず」
「じゃぁ俺から連絡します! すぐに行きます」
俺はすぐ父親に連絡を入れた。
でもつながらなかった。
悪態をつきつつ、妻に話しかけた。
「佳弥子すまん! 俺のかあさんが事故ったらしい! 病院行ってきていいか?」
「嘘!? お義母さんが!? 店閉めて私も行く!」
「あぁ! みなさんすみません。俺の母親が事故にあいまして、今病院に運ばれたみたいなんです。すぐ病院に行きたいのでお店閉めさせてもらってもいいでしょうか!」
全身を使い頭を下げる俺と佳弥子。
だが、メディアは、客は許してくれなかった。
「ふざんけんな! 何時間もならんだんだぞ!」
「お前の店のために枠割いてんだぞ! 責任取れんのか!」
「どうせ嘘なんじゃねぇのか!」
「逃げんのか!」
色々な声が聞こえた。
あぁ。そうか。俺は、俺たちは、所詮……。
「佳弥子。先に病院行っていてくれ、俺はこいつらにラーメン食わせてから行く。かあさんを頼む」
「義夫……。わかった! 必ず待ってるから!」
「車使ってくれ。気を付けて行くんだぞ」
「あいあいさー!」
そうして駆け出していく妻を見送り、俺は袖を捲った。
あぁ。食わせてやるさ。死ぬほどうまいラーメンをな。
そこから二時間は地獄だった。
ネットで拡散され、炎上してしまい、さらに客がくる。用意していたスープもなくなり、メニューが減る。
それでも客足は途絶えなかった。
そして俺の心は心配と激務で摩耗していく。
そして四時間が経ち、全てが崩れていった。
俺は……気を失ってしまった。
後日病院で昔からの友人に録画を見せてもらったときは本気で恥ずかしかった。
俺は……母を失った。
俺が病院で目を覚ますと、泣き腫らした佳弥子の顔が見えた。
「ここは……どこだ……?」
「義夫……」
「そうか。俺、倒れちまったのか。無理もねぇな。あの忙しさだもんな」
「義夫……お義母さん……」
「そうだ! かあさんは!?」
「義夫が運ばれてきたときにはもう……」
「……。くそっ……。くそおおおおお!」
俺の魂の叫びが病院に響いた。
「ということだ。そのあとは普通にラーメン屋を続けたさ。悲劇の店主とか言われてちょっとした人気店さ。どうした?」
俺の話を聞いた彼女は、泣いていた。
大粒の涙を目から零し、頬を、顎を、そして机を濡らしていた。
「なんなのだ……。そんな世界……あっていいのか……」
「泣くなよ。俺の元居たとこじゃ普通だったんだろうさ」
「許せない。母親は……一人しかいないんだぞ……それなのに……」
「大げさだな。もう何年も昔の話だ。忘れろ」
「忘れられるわけないだろ! 認めん。私は認めないぞ!」
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「うるさい!」
涙をぬぐおうとした俺の手を彼女は払いのけた。
「おい……」
「なぜお前は立ち向かわなかった!」
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「そんなの言い訳だ! お前は逃げたんだ!」
「なっ……」
そうだ。その通りだ。俺は……逃げたんだ。母親の死から。
当時の憤りが蘇る。大人げなく俺も声を荒げてしまう。
「しかたなかったんだよ!」
「なぜだ! すべてを捨てる覚悟でなぜ行かなかった!」
「行きたかったさ! でも許してくれなかった!」
「そんな奴ら……殺してでも行けばよかったではないか!」
「俺の元居た世界じゃ人殺しは大罪なんだよ!」
「知るか! 馬鹿者!」
「お前に何がわかるんだよ!」
「わかるさ! 私もそうだったからな!」
一気に頭が冴える。上った血がスッと引いていき、冷静な思考を取りもどす。
「お前も……そうだったのか?」
「そうだ! お前と同じだ! だが私は逃げなかった! 邪魔するものをみんな斬った! それでも間に合わなかったのだ! 逃げたお前とは違う!」
あぁ……。こいつは、エリアンは……強いな。
「お前の強さがうらやましいよ」
「強くなどない……すまない。頭を冷やしてくる」
「あぁ。俺はスープを見てる」
二時間ほどすると彼女は帰ってきた。
「さっきはすまなかった」
「あぁ。俺もすまなかった」
「昔を思い出してしまってな。もう何年も昔なのに」
「あぁ。といってもそんなに前じゃないんだろう?」
十八歳程度にしかみえんからな。
「もう二十年も前の話だ」
「ん?」
「なんだ?」
「お嬢ちゃん。十八歳くらいじゃないのか?」
「お前何を言っているんだ? 私は今年で三十六歳だぞ?」
「はっ?」
「なんだ?」
「三十六歳? 嘘だろ?」
「嘘ではない。身分証を見てみろ」
そう言って彼女は俺に身分証を見せてくれた。
確かに、三十六歳だ。
この世界身分証とかあるんだな。
「俺、身分証がないんだが」
「そんなわけないだろう。そうか、異世界から来たんだったな。身分証の出し方を教えてやる」
彼女に言われた通りにする。
すると俺の手には身分証が握られていた。
もちろん年齢も書いてあった。
「お前。四十一歳なのか。八十歳は超えてると思ったぞ」
「おい、それはないだろ」
「すまんな、あまり人族と接することがないんだ」
「そうか」
「いい匂いだな」
「あぁ。もうスープが完成するところだ」
「おお!」
「さっき食ったのは醤油ラーメンなんだが、取り立ての出汁だ、塩にしよう。酒と塩はあるか?」
「あぁ! あるぞ!」
「助かる。そこに置いておいてくれ」
「わかった!」
スープを一度濾すのが正しい作り方なのだが、替えの鍋がないのでこのままにしようとも考えた。代用品はないかとあたりを見回した俺の目は大きな鍋を見つめていた。
「お嬢ちゃん。その鍋、借りてもいいか?」
「かまわんぞ!」
「助かる」
火の通りが良さそうな銅鍋のようだった。
大きさも問題ない。
ザルやテボ、お玉麺などの道具を屋台に一度取りに行き、スープを濾す。
「美しい色だ」
「あぁ。鶏がいい証拠だ」
濾し終わったスープをもう一度火にかけ、先ほどスープを作った鍋を軽く洗う。
そしてそちらに水を張り、沸かす。
「おお。もうじき麺をゆでるのだな」
「あぁ。お湯が沸騰し……」
そう鍋を見て驚く、お湯がすでに沸騰しているのだ。
ふむ。異世界現象だ。
便利だから良しとする。
「お嬢ちゃん。麺を落としてみるか?」
「いいのか! それはそうとお嬢ちゃんはやめないか? エリアンでいい」
「だが一族以外に知られてるのは……」
「いいのだ。お前なら、いいのだ」
「そうか」
少し枯れた心が揺れ動く。
「なら俺は義夫でいい」
「あぁ。……ヨシオ」
「さぁやってみろ」
「あぁ」
彼女は、恐る恐る、鍋に引っ掛けてあるテボに麺を落とす。
「できたぞ!」
「よしじゃぁ時間を計るぞ」
「たいまーとかいうやつだな。先ほど触らせてもらえなかった」
「すまない。食い終わったら貸してやるから」
俺も昔話をしたからか、腹が減った。
自分の分の麺も茹で始める。
「今のうちに塩ダレをつくるぞ」
「それはどう作るのだ?」
「持ってきてもらった酒と塩を使う。あとは俺が使っている醤油ダレも少し加える」
「ほう?」
「小さい鍋にまず塩をこのスプーン一杯分いれてくれ」
そう言って、大さじを渡す。
「こうか?」
「あぁ。次にこのタレをそのスプーンの三分の一くらい入れてくれ」
「難しいな……このくらいか?」
「完璧だ」
「次はどうするのだ」
「酒をそのスプーン四杯分加える」
「こうだな!」
「あぁ。才能があるなエリアン」
俺がそう言い、エリアンの名前を呼ぶと彼女は顔を伏せてしまった。
恥ずかしいようだ。一族でもないものに名前を呼ばれることはないらしいから仕方ないな。
自分の分の塩ダレも足し、火にかける。
すぐ沸騰するので塩ダレの完成も一瞬だ。
麺ももうじき茹で上がる頃なので器を温め、塩ダレを注ぐ。
そして掬ったスープを器に流し込み麺を入れる準備を整える。
「エリアン。麺が茹で上がる。湯を切ってみるか?」
「……うん」
消え入りそうな声で返事があった。
「やはりお嬢ちゃんって呼んだ方がいいか?」
「や! ……エリアンで……いい……」
前半に大きな声を出したと思ったら尻すぼみで聞き取れなかった。
やはり名前呼びはまだ早かったのか。
「ここを持って」
「……こう?」
「あぁ。そうしたら上から下に振る、そして下に振りきる前に止める」
俺がそう説明すると彼女は見事に湯を切って見せた。
「本当に才能がある」
「……から」
「ん?」
「ずっと見てたから!」
「あ? あぁ。そうだったな。そしたらこの麺をそこに」
テボから器に移すやり方を教え、塩ラーメンが完成する。
「美味そうだ」
「うん。おいしそう」
「ちょっとまってな」
そう言って俺も麺を湯切りし、器に麺を移す。
箸で少し麺を解し、先ほどスープを作るときについでに切っておいた長ネギを乗せる。味玉が一つ残っていたのでそれも入れる。
「塩ラーメンおまち」
そう言って俺が作ったほうのラーメンをエリアンに渡す。
「そっちは、……ヨシオが作ったほうでしょ?」
名前の部分だけ小さくて聞き取りにくいな。
「あぁ。そうだが? 自分で作ったのも美味いが、やはり他人が自分のために作ってくれた物のほうが美味い。いいからエリアンはこっちを食ってくれ。俺はエリアンが作ったほうを食う」
「……わかった」
お互い席に座り、食べ始める。
「いただきます」
「……いただきます」
ズッズズズ!
「美味い」
誰かに作ってもらったラーメンはいつ以来だろうか。
主張しすぎない塩の味の中、埋もれない鶏の旨味があり、呼吸するかのように食べ続ける。
しばらくして、エリアンもラーメンをすすり始める。
「おいしい」
「だろ?」
そう言って俺は微笑み、彼女もまた微笑んだ。
to be continued...
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感想ありがとうございます。
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