叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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跳ねろ、この音で

突き付けられた課題

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 「インフィニティ '26、サブステージ出場決定」

 藤代からの正式な連絡を受けたその日、
 悠人は自室でギターを抱えたまま、ずっと動けずにいた。

 フェス出演――
 それはバンドマンとして、夢のようなステージのひとつ。

 でも、浮かれた気持ちはなかった。

 (今のままじゃ、通用しない)

 ライブの余韻も消えていないはずなのに、
 心の奥には妙な焦りだけが膨らんでいた。

 “まだ終わりじゃない”は確かに少しずつ認知され始めている。
 渋谷DESEOでのライブ、テンペストとの対バン、SNSでの好反応。

 でも――それは“過去の蓄積”でしかない。

 次のフェスで問われるのは、“今の音”だ。

 (新曲……)

 悠人はノートをめくった。
 そこには仮タイトル、断片的な歌詞、リズム案。

 でもどれも、どこか“響かない”。

 「……弱いな」

 独りごちた声が、妙に現実的だった。

 歌詞に“魂”がない。
 メロディはそれっぽいのに、何も残らない。

 そんな音を、観客の真ん中にぶつけられるのか。

 スマホに通知が鳴った。

 > 結華:「明日、スタジオ16時。新曲の叩き台、持ち寄りってことでOK?」

 > 蓮:「OK!とりあえずガレージバンドで仮リフ詰めとく!」

 > 翼:「了解。リズム案だけ少し先に送る」

 (……みんな、ちゃんと動いてる)

 悠人は、ギターを見つめた。

 このままじゃいけない。
 でも、何をどうすればいいのか、掴めない。

 ただ時間だけが過ぎていく。

 (俺、本当に……このバンドの先頭に立っていいのかな)

 メトロノームを鳴らそうとして、指が止まった。

 リズムも、音も、言葉も――
 全部、今は止まっていた。

スタジオに入った瞬間、空気はどこか“新しい”ものを孕んでいた。

 「おーし、全員そろってんな」
 蓮がギターケースを床に置いて言った。

 翼はすでにスティックを握り、リズムパッドを軽く叩いていた。
 結華はマイクの前で静かにコードをつま弾きながら、目線だけを動かす。

 「で、今日は新曲の“叩き台”って話だったけど」
 結華が切り出した。

 「なんかある?」

 「いや、ぶっちゃけ全部が全部はないけど」
 蓮がスマホをスピーカーにつなぎ、仮デモを流した。

 骨組みは悪くない。リフは耳に残るし、ドラムのパターンも展開に応じてしっかり変化をつけていた。

 けれど――

 「……なんか、薄いな」
 翼が口を開いた。

 「リズムが整ってるのは分かる。でも……刺さってこない」

 「うん。整いすぎてるっていうか、“この音でしかできない”って感じがしない」
 結華も重ねた。

 「……やっぱ、そう思うよな」
 悠人が少しだけ俯いた。

 「俺、正直、歌詞も出てこない。曲はあるけど……言葉が降りてこないっていうか。
  誰に向けて書けばいいのか、わかんなくなってる」

 沈黙が流れた。

 「でもさ」
 蓮がゆっくりと口を開く。

 「俺ら、フェスで名前出るんだよ? “まだ終わりじゃない”って。
  誰かが初めて見るときの、その最初の音がこれでいいの?」

 結華がギターを手から外した。

 「……今の音じゃ、私は乗れない」
 その言葉は、想像以上に重かった。

 「乗れない、って?」

 「まだ、私はこの音に自分を重ねられてないの」
 結華がはっきりと悠人を見た。

 「悠人、あなたが何を歌いたいのか――それがまだ、聴こえてこない」

 誰も、何も言い返せなかった。

 ただ、スタジオに流れる“静かな不協和音”だけが、全員の胸に残っていた。

その日の練習は、何も決まらないまま終わった。

 蓮は黙ってギターを背負い、スタジオの外で軽く伸びをした。

 「まあ……こういう日もあるだろ。焦んなよ」
 言葉の最後には少し無理やりな明るさが混じっていた。

 「じゃ、また連絡するわ」
 そう言って先に駅へと歩いていった。

 翼はドラムスティックを手にしたまま、スタジオの椅子に座り続けていた。

 「……やっぱり、整えるのと響かせるのは、別だよな」

 誰に向けてでもなく、ただ小さく呟いた言葉。
 結華はそれに応えることなく、静かにアンプの電源を落とした。

 悠人はまだ、マイクの前に立っていた。

 音はもう鳴っていないのに、どこか名残を惜しむような背中だった。

 「悠人くん」
 結華がふと声をかけた。

 「……“その歌”、ちゃんと見つけて。
  でなきゃ、私……このまま歌えないままかもしれない」

 悠人は一度だけ振り返ったが、何も言わなかった。
 ただ、目の奥がわずかに揺れていた。

 帰り道。
 空はすっかり暮れて、街はいつもの雑踏に包まれている。

 コンビニの光、信号の赤、バスの排気音。
 音楽とは何の関係もない日常の中で、悠人はひとり歩いていた。

 スマホを取り出す。

 “あかね”の名前がトーク一覧の一番上にある。
 既読がついたまま、何も送っていなかった。

 (……会いたい、って思っても、
  今のままじゃ、何を話しても“逃げ”になる気がする)

 メッセージを打ちかけて、やめた。

 その指先が、一瞬だけ震えていた。

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