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IGNITION
開演、そして空気
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フロアが一気に暗転する。
その瞬間、空気が凍る。
照明が落ち、ざわめきが止まり、数千の視線が一斉に“次”を待った。
そして——
SEが流れる。
低く唸るような重低音。
ゆっくりと鼓動のように鳴るリズムが、場内全体に広がっていく。
そこに混ざるのは、ノイズ、歪んだギター、断片的なボーカルサンプル。
音楽ではない。けれど、音楽の“前触れ”が、観客の緊張をかき乱していく。
《まだ終わりじゃない》のSE。
このフェスのために作り替えられた、戦闘前の宣告だった。
ステージ上、4人の影がライトに浮かび上がる。
蓮がベースを構える。翼がスティックを握る。
結華がヘッドを上げ、悠人がマイクスタンドの前に立つ。
SEが鳴り止む、寸前。
悠人がマイクを握る手に力を込める。
そして——
「叫べ!!!」
悠人の叫びと同時に、演奏が始まる。
1曲目、《火花の証明》。
イントロのギターが切り裂き、ドラムが爆ぜるように響いた。
光が一気に照らされ、フロアがうねり始める。
けれど、その熱が一気に伝播することはなかった。
拳は上がる。声も出る。だが——何かがまだ足りない。
観客の一部は様子をうかがっている。
立ち止まって、判断している。
このバンドが“信じるに値するかどうか”。
その問いが、空気に張り詰めていた。
ステージ上。
4人の音は確かに噛み合っていた。
けれど、“観客と繋がっている実感”は、まだ遠かった。
悠人が、一瞬だけ目を細めた。
——刺すだけじゃ足りない。
——突き刺して、置いてけ。
その言葉を、心の中で繰り返す。
そして、2番の歌い出し。
悠人の声は、もう“音楽”ではなかった。
それは、叫びだった。
1曲目のサビを超えたあたりで、ようやくフロアの一部に熱が灯り始めた。
先に反応したのは、最前列のコアファンたちだった。
拳を突き上げ、声を上げ、何度も何度もリズムに合わせて飛び跳ねる。
その熱が、次の列へ伝わる。
けれど——後方はまだ静かだった。
スマホを構える者。腕を組んだまま様子を見ている者。
観客の一部は、未だに「試している目」をしていた。
《火花の証明》は、決して派手な曲ではない。
疾走感も煽りもない。
ただ、言葉と音で殴るような楽曲だ。
その分だけ、“本気で聴こうとする耳”を持った客じゃなければ、掴めない。
「……ここからだ」
蓮が低くつぶやいた。
背筋を反らせるようにして、ベースの音を底から持ち上げていく。
翼のドラムが1打ずつ重くなる。
観客の呼吸に、少しずつリズムが合っていくのがわかる。
曲が終わる。
一瞬の静寂。
そこに、悠人の叫びが乗る。
「次——いけるよな!!!」
歓声が返る。
その声には、少しだけ“期待”が混ざっていた。
2曲目、《REASON》。
イントロのギターが鳴った瞬間、
フロアの中段で跳ねる若者たちの数が増える。
「これ好きだったやつ!」
誰かが叫んだ。
観客が一歩、近づいてきている。
それが、目に見えてわかる。
でも——まだ“完全な一体”ではない。
蓮と翼はアイコンタクトを交わし、
結華の手がギターのネックに強く噛みついた。
このステージで、自分たちが“何者なのか”を証明する。
その覚悟が、次のフレーズににじんでいた。
だが、悠人はまだ——なにかが足りない気がしていた。
2曲目《REASON》が終わる。
ギターのフィードバックがまだ空気を撫でていたその瞬間——
悠人は、ギターを外した。
そのまま、ステージ中央にそっと置く。
何かを叫ぶわけでもなく、マイクにも触れず。
そして次の瞬間、まるで迷いなどなかったように——客席へ走り出した。
そして——飛んだ。
観客の上へ、真っ直ぐに。
フロアがどよめいた。
最前列が咄嗟に手を伸ばす。
その身体を支えながら、歓声が爆発する。
ステージ上。
蓮が目を見開く。
「……は?」
翼が一拍遅れてスティックを構えたまま固まる。
結華がマイクに手を伸ばしかけたが、止めた。
その瞬間、3人は思い出していた。
——あのアンコール。
——即興で音をぶつけ合い、悠人が客の上で歌った、あの夜の狂気と輝き。
しかも今は——まだ三曲目。
蓮が先に動いた。
ベースのボリュームを目いっぱいに上げ、リフをぶち込む。
「やるしかねぇだろ、これ。行こうぜ!」
翼が笑った。
「うっし、ぶっ叩く!!」
ドラムが轟音を刻み始める。
結華はギターのネックをぐっと握りしめ、深く息を吐いた。
「また無茶なこと……でも——わかってるよ、悠人」
音が、動き出す。
客席の上。
悠人はマイク一本だけを持っていた。
ギターもない。譜面もない。
ただ——叫ぶための“声”だけがそこにあった。
ステージから見た景色じゃない。
**客席の上から見える“ステージの全体”**が、今この瞬間、彼の背中を押していた。
ステージの4人目がいない。
けれど——音は完全に噛み合っていた。
《まだ終わりじゃない》が、またひとつ、予測不可能な伝説を刻もうとしていた。
その瞬間、空気が凍る。
照明が落ち、ざわめきが止まり、数千の視線が一斉に“次”を待った。
そして——
SEが流れる。
低く唸るような重低音。
ゆっくりと鼓動のように鳴るリズムが、場内全体に広がっていく。
そこに混ざるのは、ノイズ、歪んだギター、断片的なボーカルサンプル。
音楽ではない。けれど、音楽の“前触れ”が、観客の緊張をかき乱していく。
《まだ終わりじゃない》のSE。
このフェスのために作り替えられた、戦闘前の宣告だった。
ステージ上、4人の影がライトに浮かび上がる。
蓮がベースを構える。翼がスティックを握る。
結華がヘッドを上げ、悠人がマイクスタンドの前に立つ。
SEが鳴り止む、寸前。
悠人がマイクを握る手に力を込める。
そして——
「叫べ!!!」
悠人の叫びと同時に、演奏が始まる。
1曲目、《火花の証明》。
イントロのギターが切り裂き、ドラムが爆ぜるように響いた。
光が一気に照らされ、フロアがうねり始める。
けれど、その熱が一気に伝播することはなかった。
拳は上がる。声も出る。だが——何かがまだ足りない。
観客の一部は様子をうかがっている。
立ち止まって、判断している。
このバンドが“信じるに値するかどうか”。
その問いが、空気に張り詰めていた。
ステージ上。
4人の音は確かに噛み合っていた。
けれど、“観客と繋がっている実感”は、まだ遠かった。
悠人が、一瞬だけ目を細めた。
——刺すだけじゃ足りない。
——突き刺して、置いてけ。
その言葉を、心の中で繰り返す。
そして、2番の歌い出し。
悠人の声は、もう“音楽”ではなかった。
それは、叫びだった。
1曲目のサビを超えたあたりで、ようやくフロアの一部に熱が灯り始めた。
先に反応したのは、最前列のコアファンたちだった。
拳を突き上げ、声を上げ、何度も何度もリズムに合わせて飛び跳ねる。
その熱が、次の列へ伝わる。
けれど——後方はまだ静かだった。
スマホを構える者。腕を組んだまま様子を見ている者。
観客の一部は、未だに「試している目」をしていた。
《火花の証明》は、決して派手な曲ではない。
疾走感も煽りもない。
ただ、言葉と音で殴るような楽曲だ。
その分だけ、“本気で聴こうとする耳”を持った客じゃなければ、掴めない。
「……ここからだ」
蓮が低くつぶやいた。
背筋を反らせるようにして、ベースの音を底から持ち上げていく。
翼のドラムが1打ずつ重くなる。
観客の呼吸に、少しずつリズムが合っていくのがわかる。
曲が終わる。
一瞬の静寂。
そこに、悠人の叫びが乗る。
「次——いけるよな!!!」
歓声が返る。
その声には、少しだけ“期待”が混ざっていた。
2曲目、《REASON》。
イントロのギターが鳴った瞬間、
フロアの中段で跳ねる若者たちの数が増える。
「これ好きだったやつ!」
誰かが叫んだ。
観客が一歩、近づいてきている。
それが、目に見えてわかる。
でも——まだ“完全な一体”ではない。
蓮と翼はアイコンタクトを交わし、
結華の手がギターのネックに強く噛みついた。
このステージで、自分たちが“何者なのか”を証明する。
その覚悟が、次のフレーズににじんでいた。
だが、悠人はまだ——なにかが足りない気がしていた。
2曲目《REASON》が終わる。
ギターのフィードバックがまだ空気を撫でていたその瞬間——
悠人は、ギターを外した。
そのまま、ステージ中央にそっと置く。
何かを叫ぶわけでもなく、マイクにも触れず。
そして次の瞬間、まるで迷いなどなかったように——客席へ走り出した。
そして——飛んだ。
観客の上へ、真っ直ぐに。
フロアがどよめいた。
最前列が咄嗟に手を伸ばす。
その身体を支えながら、歓声が爆発する。
ステージ上。
蓮が目を見開く。
「……は?」
翼が一拍遅れてスティックを構えたまま固まる。
結華がマイクに手を伸ばしかけたが、止めた。
その瞬間、3人は思い出していた。
——あのアンコール。
——即興で音をぶつけ合い、悠人が客の上で歌った、あの夜の狂気と輝き。
しかも今は——まだ三曲目。
蓮が先に動いた。
ベースのボリュームを目いっぱいに上げ、リフをぶち込む。
「やるしかねぇだろ、これ。行こうぜ!」
翼が笑った。
「うっし、ぶっ叩く!!」
ドラムが轟音を刻み始める。
結華はギターのネックをぐっと握りしめ、深く息を吐いた。
「また無茶なこと……でも——わかってるよ、悠人」
音が、動き出す。
客席の上。
悠人はマイク一本だけを持っていた。
ギターもない。譜面もない。
ただ——叫ぶための“声”だけがそこにあった。
ステージから見た景色じゃない。
**客席の上から見える“ステージの全体”**が、今この瞬間、彼の背中を押していた。
ステージの4人目がいない。
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《まだ終わりじゃない》が、またひとつ、予測不可能な伝説を刻もうとしていた。
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