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IGNITION
最前線で、生きる
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イントロのギターが鳴った。
その一音で、フロアが静かに爆ぜた。
決して爆音ではない。
ただ、観客全員が——まるで呼吸を止めるようにして、その音を待っていた。
《まだ終わりじゃない》。
このバンドの名を冠する、魂の核のような楽曲。
翼のドラムが、地を打つ。
蓮のベースが、感情の根を揺らすように響く。
結華のギターが、叫ぶでもなく、泣くでもなく、ただ“抗っていた”。
そのすべての音を背負い、悠人がマイクを握る。
「なにもかも失くしても、まだ、終わっちゃいねぇ」
歌じゃない。告白でもない。
それは、ただの——命の叫びだった。
拳が、次々に上がる。
最前列だけじゃない。中段も、後方も、物販エリアの端にいた者すらも。
誰かが泣いていた。
誰かが、ただ立ち尽くしていた。
——でも誰も、目を逸らしていなかった。
演奏が進むにつれて、悠人の声は荒くなる。
それでも、その“雑さ”が今の彼のすべてだった。
飾らない。綺麗じゃない。
でも、生きている。
袖では志賀が無言のまま腕を組んでいた。
隣にいたフェススタッフがぽつりと訊く。
「……やっぱ、招待して正解でしたか?」
志賀は答えない。
けれど、その口元は、わずかに笑っていた。
蓮はギターソロの中、初めて悠人の背中を見た。
「……やっと、あのときの“先”に来たな」
誰にも聞かれないように、唇だけでつぶやいた。
サビ前、照明がすっと落ちる。
観客の合唱が始まる前に、悠人がマイクを握り直す。
「まだ、終わりじゃねぇって証明すんのは——
俺たちの音だろ!!!!」
そして、全員が音で返した。
サビに突入した瞬間だった。
——フロアが割れた。
観客の中央が大きく揺れ、数人が一斉に前へと突っ込んでいく。
誰かが拳を振り上げ、誰かが肩をぶつけ、
次の瞬間には、渦のようなモッシュピットが生まれていた。
蓮のベースがその熱を煽る。
重く、低く、暴れるように。
翼のドラムがまるで雷のように連打されるたび、観客の身体が弾けるように跳ねた。
結華のギターが裂くようなリードを刻む。
悠人の声は、すでに叫びを超えていた。
「立ち止まってる暇なんて、ねぇだろおおお!!」
その声に呼応するように、ダイブが起きた。
後方から走ってきた若者が、友人の肩を踏み台にして、宙を舞う。
誰かが受け止め、誰かが支え、
そのままフロアを泳ぐように運ばれていく。
スタッフが慌てて動く。
だが誰も止めようとはしない。
これは暴動ではなかった。祈りだった。
この一瞬に賭けた、叫びと感情の爆発だった。
悠人はステージの端に駆け寄り、マイクを観客に向けた。
「叫べええええええ!!!!」
拳がいくつも、同時に突き上がる。
誰かが泣きながら声を張り上げている。
誰かは、隣の知らない誰かと肩を組んで、飛んでいた。
悠人がステージ中央に戻る。
その背中を見ながら、蓮がベースを叩くように鳴らす。
翼がドラムを蹴り上げる。
結華がギターをかき鳴らし、悠人のシャウトがフロアを断ち割る。
——今、この空間の“主役”は、確かに彼らだった。
SNSのバズでもない。
奇跡でもない。
実力と感情で掴んだ、リアルな“熱”だった。
ステージ袖。
志賀零士が目を細めて笑う。
「……うるせぇな。最高じゃねぇか」
ラストサビが目前に迫った瞬間——
悠人はマイクを掴んだまま、ステージの縁ギリギリに立つ。
汗と息と、喉の擦れた声。
そのすべてが、**“狂気すれすれの本気”**に塗り替えられていた。
「来い……」
囁くように一言。
「来い来い来い来い来い来い来い……!」
次第に声が上がる。
口調も速く、リズムも崩れ、感情が吹き出すように加速していく。
「来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い!!!!」
「全部ぶっ壊しに来い!!! もっと前だ!!! 飛べえええええ!!!!」
ステージから観客を“誘う”のではなかった。
“巻き込む”どころか、“喰いに来てる”。
その叫びに、フロアが爆ぜた。
左右から観客が押し寄せる。
拳と肩がぶつかり、ダイブが三方向から同時に起きる。
誰かが笑っていた。誰かが泣いていた。
誰もが“何かをぶつけるため”に、そこにいた。
ステージの上で、蓮が口を半開きにして言った。
「……こりゃ、やばいわ」
「壊れるんじゃね? あいつ」
翼が笑いながらスネアを叩き続ける。
結華は真顔でギターを鳴らしながら呟いた。
「止めたら負ける気がする」
フロア後方。
照明の届かない、音が少し遠くなるあの位置に——あかねがいた。
肩を抱えて立っていた。
泣いてはいない。笑ってもいない。
ただ、しっかりと目を開いて、悠人の姿を見ていた。
まるで、“あの日の彼”と重ねるように。
——届いた。
叫ばなくても、泣かなくても、飛ばなくてもいい。
でも彼女は、“いまの彼の叫び”を、確かに受け取っていた。
曲が、終わる。
最後の音が空気に溶け、照明がふっと落ちる。
でもフロアは、まだ叫び足りていなかった。
その一音で、フロアが静かに爆ぜた。
決して爆音ではない。
ただ、観客全員が——まるで呼吸を止めるようにして、その音を待っていた。
《まだ終わりじゃない》。
このバンドの名を冠する、魂の核のような楽曲。
翼のドラムが、地を打つ。
蓮のベースが、感情の根を揺らすように響く。
結華のギターが、叫ぶでもなく、泣くでもなく、ただ“抗っていた”。
そのすべての音を背負い、悠人がマイクを握る。
「なにもかも失くしても、まだ、終わっちゃいねぇ」
歌じゃない。告白でもない。
それは、ただの——命の叫びだった。
拳が、次々に上がる。
最前列だけじゃない。中段も、後方も、物販エリアの端にいた者すらも。
誰かが泣いていた。
誰かが、ただ立ち尽くしていた。
——でも誰も、目を逸らしていなかった。
演奏が進むにつれて、悠人の声は荒くなる。
それでも、その“雑さ”が今の彼のすべてだった。
飾らない。綺麗じゃない。
でも、生きている。
袖では志賀が無言のまま腕を組んでいた。
隣にいたフェススタッフがぽつりと訊く。
「……やっぱ、招待して正解でしたか?」
志賀は答えない。
けれど、その口元は、わずかに笑っていた。
蓮はギターソロの中、初めて悠人の背中を見た。
「……やっと、あのときの“先”に来たな」
誰にも聞かれないように、唇だけでつぶやいた。
サビ前、照明がすっと落ちる。
観客の合唱が始まる前に、悠人がマイクを握り直す。
「まだ、終わりじゃねぇって証明すんのは——
俺たちの音だろ!!!!」
そして、全員が音で返した。
サビに突入した瞬間だった。
——フロアが割れた。
観客の中央が大きく揺れ、数人が一斉に前へと突っ込んでいく。
誰かが拳を振り上げ、誰かが肩をぶつけ、
次の瞬間には、渦のようなモッシュピットが生まれていた。
蓮のベースがその熱を煽る。
重く、低く、暴れるように。
翼のドラムがまるで雷のように連打されるたび、観客の身体が弾けるように跳ねた。
結華のギターが裂くようなリードを刻む。
悠人の声は、すでに叫びを超えていた。
「立ち止まってる暇なんて、ねぇだろおおお!!」
その声に呼応するように、ダイブが起きた。
後方から走ってきた若者が、友人の肩を踏み台にして、宙を舞う。
誰かが受け止め、誰かが支え、
そのままフロアを泳ぐように運ばれていく。
スタッフが慌てて動く。
だが誰も止めようとはしない。
これは暴動ではなかった。祈りだった。
この一瞬に賭けた、叫びと感情の爆発だった。
悠人はステージの端に駆け寄り、マイクを観客に向けた。
「叫べええええええ!!!!」
拳がいくつも、同時に突き上がる。
誰かが泣きながら声を張り上げている。
誰かは、隣の知らない誰かと肩を組んで、飛んでいた。
悠人がステージ中央に戻る。
その背中を見ながら、蓮がベースを叩くように鳴らす。
翼がドラムを蹴り上げる。
結華がギターをかき鳴らし、悠人のシャウトがフロアを断ち割る。
——今、この空間の“主役”は、確かに彼らだった。
SNSのバズでもない。
奇跡でもない。
実力と感情で掴んだ、リアルな“熱”だった。
ステージ袖。
志賀零士が目を細めて笑う。
「……うるせぇな。最高じゃねぇか」
ラストサビが目前に迫った瞬間——
悠人はマイクを掴んだまま、ステージの縁ギリギリに立つ。
汗と息と、喉の擦れた声。
そのすべてが、**“狂気すれすれの本気”**に塗り替えられていた。
「来い……」
囁くように一言。
「来い来い来い来い来い来い来い……!」
次第に声が上がる。
口調も速く、リズムも崩れ、感情が吹き出すように加速していく。
「来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い!!!!」
「全部ぶっ壊しに来い!!! もっと前だ!!! 飛べえええええ!!!!」
ステージから観客を“誘う”のではなかった。
“巻き込む”どころか、“喰いに来てる”。
その叫びに、フロアが爆ぜた。
左右から観客が押し寄せる。
拳と肩がぶつかり、ダイブが三方向から同時に起きる。
誰かが笑っていた。誰かが泣いていた。
誰もが“何かをぶつけるため”に、そこにいた。
ステージの上で、蓮が口を半開きにして言った。
「……こりゃ、やばいわ」
「壊れるんじゃね? あいつ」
翼が笑いながらスネアを叩き続ける。
結華は真顔でギターを鳴らしながら呟いた。
「止めたら負ける気がする」
フロア後方。
照明の届かない、音が少し遠くなるあの位置に——あかねがいた。
肩を抱えて立っていた。
泣いてはいない。笑ってもいない。
ただ、しっかりと目を開いて、悠人の姿を見ていた。
まるで、“あの日の彼”と重ねるように。
——届いた。
叫ばなくても、泣かなくても、飛ばなくてもいい。
でも彼女は、“いまの彼の叫び”を、確かに受け取っていた。
曲が、終わる。
最後の音が空気に溶け、照明がふっと落ちる。
でもフロアは、まだ叫び足りていなかった。
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