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鳴らすために、生きている
誰を呼ぶか、音でつながれ
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スタジオに残る音の余熱のなか、4人はそれぞれスマホを手にしていた。
アルバムは完成した。
次は——“鳴らす場所”を作る番だった。
蓮は迷わず連絡先を開く。
表示された名前は“真田”。
元は同じバンドの仲間。
今はBLUEBIRDのフロントマンであり、《まだ終わりじゃない》の原点とも言える存在。
《ツアー、やる。
アルバム、出す。
初戦、BLUEBIRDとやりたい。
……あのとき、あんたがフロアで俺らを見てくれたみたいに、
今度はこっちが“真っ向から”並びたい。》
10秒後に返事が返る。
《お前がそんな言い方してくるとはな。
了解。ぶつかろう。今度は“フロアで割る”ぞ、俺たちの音で》
蓮は目を細めて、静かに笑った。
結華はスマホの画面をじっと見つめていた。
相手はY.U.N.Oのボーカル、柚葉。
結華にとって、初めて“音でひれ伏した”相手だった。
《お久しぶりです。
あのときのギター、今もずっと背中を追ってます。
Zepp Nagoyaでツアーをやります。
もしご都合が合えば、ご一緒させてください。
今度は、同じステージで音を鳴らしたいです》
少しして、返事が来る。
《あんたの音、ちゃんと聴いてたよ。
ナメてない誘いでよかった。やる。》
結華はほっと息を吐き、「……よし」と小さく呟いた。
翼はスマホを握りしめたまま、しばらく天井を見ていた。
TACのドラムは、彼にとって“理想の音の化身”だった。
演奏力、構築力、空気の制圧。全部が“目標”だった。
《Zepp Osakaでのライブ、出てほしいです。
俺たちの音、今の形を見てほしい。
ステージで、あなたとぶつかりたいです》
しばらくして返ってきた返信は、簡潔だった。
《俺もお前らを見てたよ。行く》
翼は深くうなずいた。「マジで……やってやる」
そして、最後に悠人。
送信先は、志賀零士。
the blazeのボーカル。悠人にとって、最も越えたい存在であり尊敬する人物だった。
《志賀さん。対バンツアーします。そのファイナル。
俺たちの全部をぶつけたい。
今、ここにいる俺たちを、見てほしいです。
どうか、受けてくれませんか》
返事は早かった。
《いいだろう。……ただし、事務所に通す。》
その短い一文の中に、志賀の本気と現実があった。
4人がスマホを置いたとき、そこには言葉ではなく、音の約束だけが残っていた。
——届けるのではない。
——“ぶつかるために”呼ぶ。
そんなツアーが、いま始まろうとしていた。
数日後、スタジオに再集合した4人を前に、藤代がタブレットをテーブルに置いた。
「……the blaze、NGだってさ」
その一言に、空気がわずかに揺れる。
画面には、丁寧な署名入りのメール。
《志賀本人は出演に前向きでしたが、所属事務所の判断により、
今回は外部アーティスト主催のツアーへの参加を見送ることとなりました。
誠に申し訳ございません。今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。》
悠人は、無言で数秒間メールを見つめ、
ふっと息を吐いた。
「志賀さん……やっぱり、出たかったんだな」
蓮が肩をすくめる。
「まあ、バンドって“志賀さんの意志”だけじゃ回らないしな。俺らも似たような時期あったろ」
翼がぽつりとつぶやく。
「……でも、来るかもしれないよな。当日、フロアに」
その言葉に、誰も返さなかった。
けれど、誰も否定しなかった。
藤代がコーヒー片手に立ち上がる。
「とにかくだ。the blazeが出れなくなったのは事実。
でも、それで“最後が空白”になるのはつまんねぇだろ?」
全員が顔を上げる。
「野音、俺が抑えといた。ワンマンでいくぞ」
一瞬、時が止まった。
「……マジで?」
「野音って、あの……日比谷の?」
藤代はうなずいた。
「お前らだけで埋める。
誰かと一緒じゃねぇ、お前らの音だけで証明しろ。
それが“今のバンド”ってやつだろ」
結華が目を細める。
「the blazeがいたら、そりゃ安心だったけど……」
「いねえからこそ、やる意味あるだろ」
悠人が静かに言った。
誰かのためじゃない。
それでも、誰かが来てくれるとしたら——“全力で鳴らす理由”になる
ツアー発表から数時間。
SNS上では、かつてない規模で《まだ終わりじゃない》の名前が飛び交っていた。
《BLUEBIRDとまた対バンって、熱すぎない!?》
《Y.U.N.Oの柚葉と結華が並ぶとか、絶対エモい》
《TACとぶつかるとか、マジで正気かよ……?》
《“無題”ってなんなの!?気になりすぎて眠れん》
《Zeppでこんなに本気で見たいバンド揃うの、ずるい》
スタジオのモニタールーム。
4人は思い思いにスマホを眺めながら、それぞれの反応を静かに受け止めていた。
「……さすがに反響すごいな」
蓮が呆れ気味に笑う。
「Y.U.N.Oとのやつ、私よりファンのほうが盛り上がってんじゃん」
結華も画面をスクロールしながら眉をひそめる。
翼はTACのファンらしき投稿を読み上げた。
「“どうせ潰される側”って言ってる奴いる。……上等だろ」
悠人は静かに“無題”の話題を拾っていた。
《“完成してない”って言われてるのに、逆に気になる》
《バンドとしての“今”を詰めたっていうけど、どんな音なんだよ……》
「こういうの見ると、またちょっと怖くなるよな」
悠人がぽつりと漏らす。
「……でも、ありがたいよね」
結華が言う。
「“届いてない”って思ってた頃に比べたら、こうして待ってる人がいる」
そのとき、スタッフが部屋に入ってきた。
「ツアービジュアル、拡散止まんないっす。特に“無題”のやつがバズってて……“未完成って最強”ってタグできてます」
4人は顔を見合わせて、苦笑した。
「でも、“未完成”ってことは、“ここから”ってことだよな」
蓮がつぶやく。
「だったら証明しようぜ。俺らが“今”を鳴らしてるってこと」
その言葉に、誰も反論はなかった。
どこまで届くかは分からない。
でも、鳴らす理由は、もう十分にあった。
アルバムは完成した。
次は——“鳴らす場所”を作る番だった。
蓮は迷わず連絡先を開く。
表示された名前は“真田”。
元は同じバンドの仲間。
今はBLUEBIRDのフロントマンであり、《まだ終わりじゃない》の原点とも言える存在。
《ツアー、やる。
アルバム、出す。
初戦、BLUEBIRDとやりたい。
……あのとき、あんたがフロアで俺らを見てくれたみたいに、
今度はこっちが“真っ向から”並びたい。》
10秒後に返事が返る。
《お前がそんな言い方してくるとはな。
了解。ぶつかろう。今度は“フロアで割る”ぞ、俺たちの音で》
蓮は目を細めて、静かに笑った。
結華はスマホの画面をじっと見つめていた。
相手はY.U.N.Oのボーカル、柚葉。
結華にとって、初めて“音でひれ伏した”相手だった。
《お久しぶりです。
あのときのギター、今もずっと背中を追ってます。
Zepp Nagoyaでツアーをやります。
もしご都合が合えば、ご一緒させてください。
今度は、同じステージで音を鳴らしたいです》
少しして、返事が来る。
《あんたの音、ちゃんと聴いてたよ。
ナメてない誘いでよかった。やる。》
結華はほっと息を吐き、「……よし」と小さく呟いた。
翼はスマホを握りしめたまま、しばらく天井を見ていた。
TACのドラムは、彼にとって“理想の音の化身”だった。
演奏力、構築力、空気の制圧。全部が“目標”だった。
《Zepp Osakaでのライブ、出てほしいです。
俺たちの音、今の形を見てほしい。
ステージで、あなたとぶつかりたいです》
しばらくして返ってきた返信は、簡潔だった。
《俺もお前らを見てたよ。行く》
翼は深くうなずいた。「マジで……やってやる」
そして、最後に悠人。
送信先は、志賀零士。
the blazeのボーカル。悠人にとって、最も越えたい存在であり尊敬する人物だった。
《志賀さん。対バンツアーします。そのファイナル。
俺たちの全部をぶつけたい。
今、ここにいる俺たちを、見てほしいです。
どうか、受けてくれませんか》
返事は早かった。
《いいだろう。……ただし、事務所に通す。》
その短い一文の中に、志賀の本気と現実があった。
4人がスマホを置いたとき、そこには言葉ではなく、音の約束だけが残っていた。
——届けるのではない。
——“ぶつかるために”呼ぶ。
そんなツアーが、いま始まろうとしていた。
数日後、スタジオに再集合した4人を前に、藤代がタブレットをテーブルに置いた。
「……the blaze、NGだってさ」
その一言に、空気がわずかに揺れる。
画面には、丁寧な署名入りのメール。
《志賀本人は出演に前向きでしたが、所属事務所の判断により、
今回は外部アーティスト主催のツアーへの参加を見送ることとなりました。
誠に申し訳ございません。今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。》
悠人は、無言で数秒間メールを見つめ、
ふっと息を吐いた。
「志賀さん……やっぱり、出たかったんだな」
蓮が肩をすくめる。
「まあ、バンドって“志賀さんの意志”だけじゃ回らないしな。俺らも似たような時期あったろ」
翼がぽつりとつぶやく。
「……でも、来るかもしれないよな。当日、フロアに」
その言葉に、誰も返さなかった。
けれど、誰も否定しなかった。
藤代がコーヒー片手に立ち上がる。
「とにかくだ。the blazeが出れなくなったのは事実。
でも、それで“最後が空白”になるのはつまんねぇだろ?」
全員が顔を上げる。
「野音、俺が抑えといた。ワンマンでいくぞ」
一瞬、時が止まった。
「……マジで?」
「野音って、あの……日比谷の?」
藤代はうなずいた。
「お前らだけで埋める。
誰かと一緒じゃねぇ、お前らの音だけで証明しろ。
それが“今のバンド”ってやつだろ」
結華が目を細める。
「the blazeがいたら、そりゃ安心だったけど……」
「いねえからこそ、やる意味あるだろ」
悠人が静かに言った。
誰かのためじゃない。
それでも、誰かが来てくれるとしたら——“全力で鳴らす理由”になる
ツアー発表から数時間。
SNS上では、かつてない規模で《まだ終わりじゃない》の名前が飛び交っていた。
《BLUEBIRDとまた対バンって、熱すぎない!?》
《Y.U.N.Oの柚葉と結華が並ぶとか、絶対エモい》
《TACとぶつかるとか、マジで正気かよ……?》
《“無題”ってなんなの!?気になりすぎて眠れん》
《Zeppでこんなに本気で見たいバンド揃うの、ずるい》
スタジオのモニタールーム。
4人は思い思いにスマホを眺めながら、それぞれの反応を静かに受け止めていた。
「……さすがに反響すごいな」
蓮が呆れ気味に笑う。
「Y.U.N.Oとのやつ、私よりファンのほうが盛り上がってんじゃん」
結華も画面をスクロールしながら眉をひそめる。
翼はTACのファンらしき投稿を読み上げた。
「“どうせ潰される側”って言ってる奴いる。……上等だろ」
悠人は静かに“無題”の話題を拾っていた。
《“完成してない”って言われてるのに、逆に気になる》
《バンドとしての“今”を詰めたっていうけど、どんな音なんだよ……》
「こういうの見ると、またちょっと怖くなるよな」
悠人がぽつりと漏らす。
「……でも、ありがたいよね」
結華が言う。
「“届いてない”って思ってた頃に比べたら、こうして待ってる人がいる」
そのとき、スタッフが部屋に入ってきた。
「ツアービジュアル、拡散止まんないっす。特に“無題”のやつがバズってて……“未完成って最強”ってタグできてます」
4人は顔を見合わせて、苦笑した。
「でも、“未完成”ってことは、“ここから”ってことだよな」
蓮がつぶやく。
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