叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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鳴らすために、生きている

即興の中で響くもの

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悠人がフロアに飛び込んだ瞬間、
 観客たちの手が一斉に伸びた。

 

 掴む。支える。押し上げる。
 悠人の体はまるで浮遊物のように、群衆の上を流れていった。

 

 マイクは手から離れていない。
 そして、彼はそのまま——歌い始めた。

 

 「——まだだろ! まだ叫べるだろ!?
  この場所全部、終わらせないためにあるんだろ!!?」

 

 フロアが爆発した。

 モッシュが渦を巻き、
 前列では複数のサークルが自然発生的に生まれる。

 

 ダイブする者、支える者、巻き込まれて笑う者。
 そのすべてが“音楽”だった。

 

 結華はギターのストロークを強めながら、口元で呟く。

 「……やっば、今日のフロア」

 

 蓮は唇を噛み、同じリズムを鳴らし続けながら、
 翼のリズムに合わせる。

 

 「マジで、“伝説のライブ再来”って言われるレベルかもな」

 ステージ袖。

 BLUEBIRDの真田は腕を組んだまま、眉を上げた。

 「飛んだ……マジで飛んだな。あいつ」
 

 悠人は、観客の上を泳ぐように進みながら、マイクを握ったまま叫ぶ。

 

 「こい! こいこいこいこいこいこいこい!!!」

 

 ステージの上から見ていたメンバーたちは、
 そのあまりのテンションに笑いながらも顔をしかめた。

 

 「ほんと、あいつヤバいわ……」
 「……でも、たぶんこれが“正解”なんだよな」
 「うん。完全に、今しかできない音だよ」

 フロアの後方。
 あかねは腕を組んだまま、真っ直ぐにその様子を見ていた。

 

 騒ぎにも、モッシュにも、煽りにも乗らない。
 けれど、一番深く、音を受け止めているような目だった。

 

 (……見えてるよ。ちゃんと、全部)

 

 その視線は、誰よりも静かに、
 “この瞬間”を焼き付けていた。

悠人が観客の上を転がるように移動していくその背中を、
 ステージの上から3人が見ていた。

 

 「——やりやがったな」
 蓮が笑うように言った。

 

 けれど、彼の指先はまったく止まっていない。
 ベースのラインはむしろ、今までにないほど攻撃的なグルーヴを刻んでいた。

 

 その音に、翼が即座に応える。

 キックが地を叩き、スネアが爆ぜる。
 まるで、“この状況を楽しむために生まれてきた”かのようなドラミング。

 

 結華のギターがそこに絡む。

 

 エフェクトも計算も全部捨てた。
 ただ、感情と直感だけでコードをかき鳴らす。

 

 3人の音が、明確に変化していた。

 悠人がフロアを駆け抜け、
 スタッフに肩を貸されてステージに戻ってきた。

 

 マイクだけを持ち、汗まみれで立ち尽くす。
 だが、その目は誰よりも鋭かった。

 

 「行け。もっと燃やせ! お前らの音、全部、鳴らしてみろ!!」

 

 その一言に、翼がスティックを高く振り上げた。

 「よっしゃああああ!!」

 

 ドラムが、轟音とともに新たな拍を刻み始める。

 ステージの音が変わった。
 即興というより、“叫び”に近い演奏だった。

 

 でもそれは、バラバラではなかった。
 4人の“衝動”が奇跡のように噛み合って、
 まるで計算されたようなカオスを生み出していた。

 

 観客のモッシュはさらに激化。
 誰もが笑い、叫び、暴れ、この一瞬の熱狂に自分を委ねていた。


 そして——その“全部”を受け止めるように、
 あかねは客席の後方で、静かに拳を握った。

 

 (……届いてるよ。ちゃんと、全部)

ステージに戻った悠人は、ギターを持たずにマイク一本を握りしめていた。

 

 「まだ足りねえだろ!? もっとこいよ、もっと、もっと……」

 

 そう叫びながら、手を上下に何度も振る。

 

 「こいこいこいこいこいこいこいこいこいこいこい!!!」

 

 その叫びは狂気のようだった。
 客席から笑い声と悲鳴のような歓声が入り混じる。

 

 拳が天井に向かって突き上がり、
 前方では再びクラウドサーフが起きる。

 

 モッシュピットの輪が広がっていき、
 ステージとフロアの境界が、完全に溶けていた。

 蓮のベースは、リフというより“叫び”だった。
 低音が床を這い、会場の構造ごと震わせる。

 

 「うわ、ベースで脳揺れた……」
 最前の観客が笑いながら肩を叩き合っている。

 

 翼はすでにスティックを新しいものに持ち替えていた。
 1本は折れていたが、それも気にしていない。

 

 「これが音楽だろ? 今しかないやつだろ?」

 

 そう言わんばかりに、狂ったような正確さでリズムを刻み続けていた。

 結華はギターを弾きながら、
 蓮や翼の音をそのまま受け止めるように音を重ねる。

 

 コードでもフレーズでもない。
 ただ“ここにいる”という証明を、音に変えていた。

 

 それは誰にも真似できない“叫び”だった。

 悠人がマイクを再び天井に掲げて叫ぶ。

 

 「全員、もっと来いよ! 潰れるくらい叫べよ!
  今日が伝説だって、証明しに来たんだろ!?」

 

 観客のボルテージは限界を超え、
 モッシュが爆発的に拡大していく。

 フロアの後方、あかねは身じろぎもせずに立っていた。

 

 目の前で繰り広げられる狂騒。
 でも、彼女の目には、それが全部“意味のあるもの”に見えていた。

 

 悠人の声、蓮の音、結華の振動、翼の熱。
 どれもが、彼女の心に刺さっていた。

 

 (大丈夫。ちゃんと、あなたたちの音は……届いてるよ)

 そして、照明が一度だけ落ちる。
 バンドは最後の音へと向かっていく。
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